初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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アスペルガーの母親 ①カレー、ラーメン、ハンバーグ


ハンバーグが家では食べられないものだったのに対し、ラーメンは家でもよく食べるものだった。

しかし、その分ラーメンを食べるときにはよりストレスが溜まる状況があった。



インスタント麺の元祖、チキンラーメンが発売されたのが1958年、世界初のカップ麺、カップヌードルの発売が1971年である。
翌1972年、浅間山荘事件がきっかけで全国にカップヌードルが知れ渡ると、ラーメンは日本人にとって最も身近な食べ物の一つとなった。


俺が生まれたのが1975年である。

うちでもカップ麺は常備食だった。



学校が休みの昼間などはこのカップ麺に頼ることも多く、インスタントでも十分上手くて好きな食べ物だった。

ただし、そこにも一つ問題はあった。

母親がよくこんなことを言っていたからだ。


「カップラーメンはしょっぱいから、線より少し多めにお湯を入れないとダメだ」

「それと、3分って言うけど4分くらいがちょうどいい」



因みに当時の俺は、お湯は線ピッタリか少なめで濃い目のスープが好き。

時間も3分待たずに固めの麺がいい。


ダイエットのおかげでスープの好みは以前より少し薄めになったが、麺の好みは変わらない。



当然のことながら、こんなものは好みの問題だ。
どちらが正しいというものではない。

なのに、俺がカップ麺を食べる度にさっきの台詞を繰り返す。


いちいち絡むなよ……



アスペルガーがコミュニケーション障害と言われるのは、人との関わり方が対人相互ではないからだと思う。

相手の感情も考えずに一方的に絡めば、ウザがられるのも仕方ない。



母親も、カップ麺と言えば自分の考えを語りだすのがお決まり。

それ以外の作り方や食べ方はおかしいと言わんばかりの口調。

お湯くらい自分で入れると主張しないと、頼んでもいないのに母親の好みに作られ気分悪いことこの上ない。

だがこんな母親しか知らない俺は、たったこれだけのこともそういうものと思って従っていた。



ある時、いとこが3分に満たない時間で蓋を開けようとしたら、俺の母親は「まだ3分経ってないよ」と言って止めた。

ところが、いとこが「固めが好きだから」というとそれ以上は何も言わなかった。


その光景に、俺は腰が抜けるかと思った。


……それだけ?


俺には、人間失格っていうくらいクドクドと語ってたくせに。

好きに食べようとしたら、犯罪者でも見るかのような目で人を見下ろしたくせに……。



単に無視すればそれで済むんだと知ったのは、30歳を過ぎてからだった。

そして、これがアスペルガーというもので、母親には自分のやり方を強制するような意図はないことを知ったのは、さらに数年後のことだった。


俺が耐えに耐えてきたのは何だったのか……


この手のことはうちでは日常茶飯事なので、親と好みが違うときは、もう絶対に関わらせないことにしている。

人の意を汲むなんて高等な技は、うちの親には不可能だから。



ラーメン屋に行くとまた面倒だった。

母親がメニュー表を見ながら、どれが美味しそうだとか色々話す。

それだけなら普通の人と何ら変わりないのだが、母親は人の意向をうかがう感性が乏しい。

その為、一方的に好き嫌いを言うだけで、俺ら子供に意見を言う隙間を与えない。

本人にその気はないのだが、別の好みや考えを言えない空気を作ってしまう。




アスペルガーは空気が読めないと言われるが、彼らはそもそも空気を感知していない。

だから、簡単に空気を壊すし、変な空気を作っても平気な顔をしている。

わからないから。

せめて注意されたらやめればいいのだが、うちの父親のように意に介さず得意気になるタイプは、つまみ出すほかない。



結局、母親は好きなのを選べと言いながら、「なるべく皆一緒がいいよね」が口癖で、何となく母親と同じものを頼まなければいけない空気になる。

その方が注文が早く来るから、作るのが楽だからというのが母親の考える理由なのだが、お店の人に確認する訳でもない。

もちろん、自分が飲食店の経験者でもない。

全ては母親の勝手な思い込み。



まだ選んでる途中で「あんたこれ好きだから、○○にしなさい」と急かされて、母親や祖母に勝手に決められたことが何度もあったっけ。

別に嫌いなものにはならないのだが、大してわかってないのに「あんたの好みはわかってる」という対応が、何とも気持ち悪い。


ラーメン屋以外でも、外食に出るといつもこんな感じになってしまっていた。

母親の言葉には大した意図はなかったのに、あるかのように見えた意向に、俺はずっと振り回されて来た。

今となってはやっとそれがわかったので、遠慮なく好きなものを選ぶことにしている。


おかげで母親は絡まなくなったのだが、何がどういけなかったのか、理解しているかは定かではない。


アスペルガーの母親 ③カレー、ラーメン、ハンバーグ
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カレーもラーメンもハンバーグも、子供が大好きな食べ物だと思う。


月に2回ある給食のカレーの日は、いつもは残るご飯も食管も空になる程の人気。

月1回のラーメンも、腰がない麺にぬるいスープでもそれなりに食べていた。

ハンバーグは、晩ご飯のリクエストNo.1ではないだろうか。


今は俺も大好きなメニューだが、幼い頃、俺は一つとして自由に食べられなかった。



ハンバーグを初めて家で食べたのはいつだったか。

恐らく俺が作ったのが最初だから、25歳くらいか。

子供の時に、食卓にハンバーグがあがったことはなかった。

理由は、わかりやすく母親の都合だ。


ハンバーグの話題が出ただけで、「上手く焼けなくて嫌だよ~」と予防線を張る母親。

うちは子供が頼み事を出来るような環境ではないので、「食べたい」とか「作って」とか言ったことなどほとんどないはず。

なのに、誰も何も言わないうちから、いかにハンバーグを上手に焼くのが難しいかを力説し始める。


上手く出来ないなら、本格的に習わないまでも誰かにコツぐらい聞けばいい。

いや、それ以前に一度もまともに作ったことがないのに、経験したかのように言い切る不自然さ。


難しいという話を聞いて勝手に自分には無理だと決めつけ、チャレンジしないままグダグダ言っている。

この人には、子供の為にという感覚はない。

子供の為に何かをするのは、自分の都合と偶然一致した時のみである。



当然ここまで言われれば、子供の方が空気を読んでハンバーグの話はしなくなるというもの。

子供を喜ばすという発想がない母親は、こうして子供を窮屈にしていく。


小学生の俺には、ハンバーグに好きも嫌いもなかった。

よその子供がハンバーグが好きというのを聞いても、うちでは食べられない未知のものでしかなかったから。



補足すると、母親に悪気はない。

出来ないものを出来ないと正直に言っただけである。


子供に作ってくれと言われたら困るという気持ちはあるだろう。

だから、自分には出来ないと仰々しく表明したのだろうが、それがどれだけ子供を悲しませるかは考えていない。


子供が我慢して、食べたいと言わないでいることも知らない。

自分が出来ないのに、子供が空気を読んでるなんて恐らく想定外。


能力的に無理なんだろうけどね……



これがアスペルガーという障害なのだが、こちらの思いを一切汲み取らない態度はやはり非情に思える。


アスペルガーの母親 ②カレー、ラーメン、ハンバーグ
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俺は小学4年生くらいまで、サンタクロースは本当にいるのだと信じていた。

それをかわいいと見るか単に幼いと考えるかは任せるとして、こんなことが関係しているかもしれないと思う出来事がある。






うちの家庭には、プレゼントの習慣がない。


菓子折りを持って知人宅に挨拶に行くようなことはあっても、子供の誕生日や何かの記念にお祝いするということはしない。

母の日、父の日然り、結婚記念日も忘れている夫婦である。

七五三もなかったし、成人式なんか覚えてもいなかった。


知ってる習慣なら頑なにそれを守るが、自分で考えてプレゼントするようなことが出来ないのがアスペルガー。

だから、当然と言えば当然だったのだろうが、当時はもちろんそんなこととは知らない。






そんな家でクリスマスプレゼントというと、当然のように親がよく利用するデパートに連れて行かれた。

そこで子供本人が選び、親が預かった後クリスマスに開封を許されるというスタイルだった。


自分で選べるといっても、金額も買う場所も決められているし口出しする親の価値観もある。

親が激しく反対しないものを選ばなければならない。


それでも楽しみな日だった。

それが、年に一度、うちで許された唯一プレゼントをもらえる日だったから。






ある時、クリスマス気分の街中で、子供にインタビューしている様子がテレビで流れていた。


「サンタさんに何お願いしたの?」なんて聞くインタビュアーに、幼稚園くらいの子供が無邪気に答える。

隣にいる親の困惑をよそに、無茶なお願いをしていたのかもしれない。


それを見ていたうちの母親が、ぼそっとこう言った。




「サンタさんなんていないのにね。クリスマスプレゼントだって、結局親が買うだけなのに…」




俺はもう小学生だったかもしれない。

普通の子供なら、もうサンタクロースは親が夢を持たせているものだと理解している年齢だったようにも思う。

だが、俺はどこかでサンタさんを信じていた。


そして、その俺の幼さと親がテレビに話し掛ける習慣を差し引いても、何だか不自然だった。




テレビに出ている子供は、まだ何も知らない子供だ。

その子供に向かって現実はこうだと言う必要がどこにあるのか。

また、その場にいる俺に何を言わんとしているのか。


アスペルガーの嘘をつけないという特徴は、何も知らずに口走るムゴイ子供のようだ。




ショックだった。


サンタクロースが実在しないことではない。

サンタクロースの代わりが親であることが、衝撃だったのだ。


希望に満ちたサンタクロースの物語と、金と親の都合という現実のクリスマスが、あまりにも掛け離れていたから。




この出来事から、俺はむしろサンタクロースを信じるようになった。