初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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性同一性障害と言い、アスペルガー症候群と言い、俺は理解されにくいものばかり抱えてる。


精神的虐待もそうだ。

モラル・ハラスメントと言った方がまだ一般的か。

そういう毒親の元に育ったアダルトチルドレン(AC)という概念も、認めない精神科医もいるらしいし。


まぁ、わかりにくいものばかりってのは、気難しい俺らしいけどな(苦笑)




確立された概念や、何が正しいかはそんなに問題ではないと思う。

俺が感じてきたことは俺には真実だし、それを受け止めてどうしたら楽に生きられるかが重要だ。


もし、俺が苦しんだりもがいたりしてきたことの要因が、俺自身の弱さにあるとしたら、どうしたら強くなれるのかを知りたいだけだ。






実際、モラル・ハラスメントやアダルトチルドレンの訴えは、どこにでもある些細なこととしてよく軽視される。




「それくらい、どこのうちでもあることだよ」

よくあることは、正しいこと何ですか?



「昔からそんなもんじゃないの」

昔からからあるものなら、見過ごし続けていいんですか?



「うちもそうだよ」

ならば、助けてください。
どう乗り越えたのか教えてください。



「親だって一生懸命やってるんだから……」

一生懸命ならどんなに間違ってもいいんですか?



「親にも事情があったんじゃないの?」

事情があったら何をしてもいいんですか?



「何でも親のせいにするなよ」

子供は親の責任を指摘してはいけないのでしょうか?



「親だって人間なんだから間違うこともあるよ」

親なら、間違っても無条件に許されるんですか?



「昔のことでしょ?何で今さら蒸し返してんの?」

ずっと苦しんできて、今やっと言葉になったんです。



「産んでくれたことに感謝しなきゃ」

産みさえすれば、子供に何をしても感謝してもらえるんですか?



「一応、ここまで育ててもらったんだし」

見た目だけ大人に仕上げれば、心を育てなくてもいいんですか?



「上手く愛情表現出来ない時もあるって」

いつになったら表現してくれるんですか?



「親は子供が可愛いもんだよ」

だったら、虐待死させる親なんていないはずですよね?






「昔からよくあることだから」「皆もそうだから」と言われて、気にしなくなる人もいるのかもしれない。

それで済むならその方がいい。


日本人は、特に思春期の女の子なんて、人と一緒だと安心してやけに強気だ。

だから、他人と違うことで必要以上に焦っている人もいる。




俺は、「一緒」とか「よくある」に救われたことがないだけだ。


たまたまそこで多数派だからというだけで、そんなに安心できる心境がわからない。

多数が正しいとも限らないのに、盲目的に信じてることの方が、俺には怖いよ。




冷静に、問題のある親とうちの親を比べると、当てはまり過ぎるくらい当てはまる。

この現実をどう受け止めるかだと思う。


もう、盲目的に親を信じていられるほど、俺はバカじゃない。
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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うちの両親は、一切診断は受けていない。

家族でも必要な情報を共有したりしない家なので、俺が知らないだけかもしれないが……。


そういう意味では、本当にうちの親はアスペルガー症候群なのか、俺にも疑問ではある。


ならば、なぜ発達障害という前提で親の問題をさらすのか。

それは、何の困難も抱えていなくてこの状態なら、こんな非情な人間はいないからだ。




もし、両親が何らかの発達障害か精神疾患などではないとしたら、能力があるのにサボってきただけということになる。


俺は、出来る限り怠慢ではあってほしくないと思ってきた。

それだけ親のことを信じてきた。

自分は愛されてきたと思いたかった。


だから、俺を精神的に虐待してきた根本には何か障害があって、親の能力ではどうにも出来なかったのだとすると、まだ納得出来た。

不十分かもしれないし、何かがずれていたかもしれないが、うちの親なりの愛情があったと信じたい気持ちでいたのだ。






だが、いくら信じたくても、ないものはないと認めるしかない。

もし、うちの親が発達障害でなかったら、それは本当に冷たい人間だということだ。




愛されて育った人は、いとも簡単に言う。


そんなに親にこだわらなくても……。


こだわりたくてこうなってるわけじゃない。

これは意志の問題じゃない。


現に、俺がアダルトチルドレンだと確信したのは30歳を過ぎてからだ。

親の接し方を虐待だと考えるようになったのなんて、本当にここ数年の話だ。


気づかない方が幸せだったかもしれない。

ただ、気づかないで一生を終えることはまず不可能だったろう。


なぜなら、モヤモヤは幼少期からずっとあったのだから。




親が原因なんて夢にも思っていなかった。

虐待なんて最も遠いところの出来事だと思っていた。

俺は平和で幸せな家庭に育ったと思っていたのだ。






そう感じていた俺がどうしても上手く行かなかったのが、親に感謝することと親を尊敬することだった。


一人暮らしを始めて親の有り難さはわかったが、育ててくれてありがとうという思いはもう一つない。

尊敬に至っては、尊敬しなければいけないと自分を追い詰めるばかりで、両親を誇りに思う気持ちはどうしても出てこなかった。




そこで最初は、自分の感受性を疑った。

えらく冷たい人間なのではないかと思った。


今でも、その怖さはある。


何不自由なく育ててもらったはずなのに、親を誇りに思えない。

ずっと、自分の存在が心許ない。


でも、ただ自分が弱いんだと思っていた。

何が怖いのか、何が不安なのかもわからなかった。


というか、こんなことで不安になるのは良くないことだからと信じ込んでいたから、自分が何かに怯えてるなんて認識していなかった。




親不孝なことはしてはいけないと思うが、もしそうなったとしても、うちの親はとても淡泊な反応を示すことが手に取るようにわかった。

母親が目くじら立てて怒るのはお金がかかることであって、親不孝を働く俺の気持ちを叱りつけることはないだろう。

高校生の時には、そんなドライなのかクールなのか異様に冷めている親に気づいてはいた。




別に、心配してほしいとか、もう少し甘えたいとか、助けてくれとか、何もなかった。

そんなことを言ったところでどうにもならない親だってわかっていたし、寂しいなんて思ったことはなかった。


うちではこれが普通だ。




それで困ったことがおきたとしても、それは俺一人で何とかするしかない。

なぜなら、親に言えば助けてもらえるなんて知らなかったし、うちの親にそんな雰囲気を感じたことなどなかったから。


どうしたの?とか、お前はどっちがいい?とか聞かれたことはない。

親が勝手に全部決めるか、親のわからないものを俺が全部考えさせられるか、どっちかしかない。


それが普通だと思ってた。

それしか知らなかったから。

うちにはそれしか存在していなかったから。






友達やいとこの家が違うと知るときもあったのだが、そんなことを母親に言えば「だったら、そこのうちの子供になればいいでしょ」と言われて、煙たがられるのがオチだ。


さすがにそんなにバカじゃない。

二、三度繰り返したら、これは口にすることじゃないのだと学習する。

口にしないために、感じないようにする。

感じないように、なるべく見ないことにする。

そして、最初からなかったことにする。




そうすると、何を見ても動揺しなくなる。


嬉しくて自慢したいことも、喜んで話すなんてただのバカ。

涙が止まらない出来事も、メソメソすればただの弱虫。

怒りや悔しさで抑えきれない衝動も、少しでも表に出せば常に問題児。


俺の中に起きる感情の起伏は、母親には全てくだらない出来事。

俺にはメッチャ辛いことも、母親が大したことじゃないと言ったら、大したことではないのだ。






大人になって泣き言を言うと、知らない人間は「甘ったれるな」と言う。


それは、俺から言わせれば子供の時にそれなりに甘えられた人間のセリフだ。

そんな奴に説教される覚えはない。


お前が5歳、10歳と、大人に泣きついて慰めてもらった時に、俺は一人で頑張ってきたんだ。

ガキの時に使うはずだった「甘え」の貯金を、俺は使わずに今も持ってるだけなんだよ。


使い果たしたからって、人を妬むな。






今さら、親に受け止めてもらおうなんて思わない。

そんな能力はないことがよくわかったしな。


心優しい他人を探すことが、俺の課題だ。




ただし、俺は関係ない人間を恨みたくない。

恨むなら親を恨む。

助けてくれなかった親戚を恨む。


うちの親は、世話も出来ないくせに無責任に子供を作り、虐待と洗脳を繰り返してきた。


だから、俺は親と闘う。




そして、これからどんなに親が苦しむとしても、俺は助けたりしない。

自分を殺した人間を助けられるほど、人間出来ちゃいないんでね。


助けて欲しければそう言えばいい。


あんたたちが、俺にそう教えたのだから。


怯えて何も言えないガキに、「助けてと言わないお前が悪い」と言い切ったことを、忘れてもらっちゃ困る。
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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アスペルガーの母親 ①カレー、ラーメン、ハンバーグ
アスペルガーの母親 ②カレー、ラーメン、ハンバーグ


カレーライスは嫌いだった。

きっと、この世で一番嫌いだった。


あんな、辛くて何食ってるかわからないものの何がいいのか、全くわからなかった。

憎い食べ物だった。



うちのカレーは、いつもジャワカレーの中辛だった。

バーモントの辛口がジャワの甘口と同じ辛さだから、辛いのが苦手なら大人でもちょっと辛く感じるくらいの辛さだ。



小学校低学年ぐらいだったか。

何度か「辛くて食べられない」と言ったことがあった。

その度に返ってくる言葉が「辛くないよ」だった。

母親は、自分で食べてみて辛くないと感じたカレーは、辛いわけがないと言い張った。

好みや個人差はおろか大人と子供の違いもすっとばして、母親は自分の味覚こそが正しいと言ったのだ。


それでも俺は、再度「辛くて食べられない」と訴えた。

それに対し母親がとった行動は、ご飯を大盛りにするというものだった。

醤油をかけすぎた納豆をごまかした、あの技だ。


しかし、カレーの辛さはご飯の量を増やしたぐらいでは変わらない。

ただただ食べる量が増えただけだった。


辛い(からい)と書いて辛い(つらい)と読む。

辛い(からい)カレーは辛い(つらい)地獄の時間だった。



カレーにもそんなに辛くないものがあると知ったのはいつだったか。

友人宅でご馳走になったときだったか、給食が初めてだったか。

いずれにしても、全く別の食べ物だと思った。


給食のカレーでも辛いなんて泣き言を言ってる奴が、不思議でしょうがなかった。

おかげでよく弟と二人で、「給食のカレーが食えないなんてガキだ」とバカにしていた。


それは今考えると、うちのカレーを懸命に食っていることを母親にアピールしていたのかもしれない。



そして、子供の俺には激辛のカレーを食わされる以上にキツいことがあった。

ある時、俺はこんな話を聞いたからだ。


「子供がいると、子供に合わせてバーモントの甘口とかにするらしいんだけどね」

「それか、別の鍋に子供用のカレーを作るって人もいたよ。具は一緒に煮てルーだけ別々にするって」


何だか信じられない話だった。

よその親は子供の為にそこまでするのか……


うちじゃ有り得ない話だ。



いや、うちでは有り得ないんだと念を押されてるのだと思った。

なぜって、この話を聞いたのは母親からだったから。

悪びれる様子もなく、寧ろついこの間知り得た情報を披露するかのように、母親は俺に向かってカレーの作り方を解説した。

そして、こう付け加えた。

「バーモントじゃコクがなくて美味しくないんだよ。別の鍋にまで面倒臭くて作ってられないしね」


一体何が言いたいんだろう、この人は……

俺が、何度も「辛くて食べられない」と言ったのも、半泣きでカレーを食していた姿も、遠い異国の出来事らしい。


子供の好みに合わせたカレーは不味い。

子供のことまで考えて作るのは面倒。


すなわち、俺の好みは面倒なものなんだと思った。

俺の存在も面倒なのだと感じた。



ある時、何かの景品でもらったレトルトカレーが置いてあった。

カレーの王子さまだ。

うちで子供用の甘いカレーを食べられるまたとないチャンスだった。

しかし、我が家は子供用のカレーなど何の価値もないと考えている家だ。

こんなものを「食べたい」など、口が裂けても言えない。


俺は、何度か遠回しにカレーの王子さまを話題に上げたのだが、その度に打ちのめされた。

「どうせ味が薄くて物足りない」

「こんなの食べる人いるのかね」

「もらったって誰も食べないしね」

もうダメだ。


それは誰も手をつけることなく、2年の賞味期限が過ぎていった。

正確には、誰も食べることが許されずただ腐っていった。


自分が食べないだけでなく、誰も食べるなと言うのなら捨てればいいものを。

いつまでも見えるところに置いておくとは、どんな嫌がらせだ。



ラーメンでも似たようなことがあった。

どこで食べたのか、これでもかというほどチキンラーメンを語る。

「スープの量足りないし、何だか味薄いよね」

「ちっとも美味しくないから、違うのにしな」

食べる前から止められた。


チキンラーメンは幼稚園くらいの時に一度食べた気がするが、その時は罪悪感で一杯だった覚えがある。

間違っても「美味しい」なんて言ってはいけない。

でも、残してもいけない。

黙々と食べる俺の横で、母親は延々と文句を言い続けていた。



俺の記憶が確かなら、母親は作り方を間違ったのだ。

お湯の量が多過ぎて味が薄くなってしまったのだと思う。

さらに、そもそも他のインスタント麺とは異なり、麺に味がついているチキンラーメンの特徴を理解していなかった。

そんなに文句があるなら、食べなければいい。

子供にも見せなければいい。

散々興味を持たせておいて絶対に食べるなとは、悪趣味にもほどがある。



俺は、自分にチキンラーメンを食べることを許せるようになるまで、30年かかった。