初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。
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うちの両親は、一切診断は受けていない。
家族でも必要な情報を共有したりしない家なので、俺が知らないだけかもしれないが……。
そういう意味では、本当にうちの親はアスペルガー症候群なのか、俺にも疑問ではある。
ならば、なぜ発達障害という前提で親の問題をさらすのか。
それは、何の困難も抱えていなくてこの状態なら、こんな非情な人間はいないからだ。
もし、両親が何らかの発達障害か精神疾患などではないとしたら、能力があるのにサボってきただけということになる。
俺は、出来る限り怠慢ではあってほしくないと思ってきた。
それだけ親のことを信じてきた。
自分は愛されてきたと思いたかった。
だから、俺を精神的に虐待してきた根本には何か障害があって、親の能力ではどうにも出来なかったのだとすると、まだ納得出来た。
不十分かもしれないし、何かがずれていたかもしれないが、うちの親なりの愛情があったと信じたい気持ちでいたのだ。
だが、いくら信じたくても、ないものはないと認めるしかない。
もし、うちの親が発達障害でなかったら、それは本当に冷たい人間だということだ。
愛されて育った人は、いとも簡単に言う。
そんなに親にこだわらなくても……。
こだわりたくてこうなってるわけじゃない。
これは意志の問題じゃない。
現に、俺がアダルトチルドレンだと確信したのは30歳を過ぎてからだ。
親の接し方を虐待だと考えるようになったのなんて、本当にここ数年の話だ。
気づかない方が幸せだったかもしれない。
ただ、気づかないで一生を終えることはまず不可能だったろう。
なぜなら、モヤモヤは幼少期からずっとあったのだから。
親が原因なんて夢にも思っていなかった。
虐待なんて最も遠いところの出来事だと思っていた。
俺は平和で幸せな家庭に育ったと思っていたのだ。
そう感じていた俺がどうしても上手く行かなかったのが、親に感謝することと親を尊敬することだった。
一人暮らしを始めて親の有り難さはわかったが、育ててくれてありがとうという思いはもう一つない。
尊敬に至っては、尊敬しなければいけないと自分を追い詰めるばかりで、両親を誇りに思う気持ちはどうしても出てこなかった。
そこで最初は、自分の感受性を疑った。
えらく冷たい人間なのではないかと思った。
今でも、その怖さはある。
何不自由なく育ててもらったはずなのに、親を誇りに思えない。
ずっと、自分の存在が心許ない。
でも、ただ自分が弱いんだと思っていた。
何が怖いのか、何が不安なのかもわからなかった。
というか、こんなことで不安になるのは良くないことだからと信じ込んでいたから、自分が何かに怯えてるなんて認識していなかった。
親不孝なことはしてはいけないと思うが、もしそうなったとしても、うちの親はとても淡泊な反応を示すことが手に取るようにわかった。
母親が目くじら立てて怒るのはお金がかかることであって、親不孝を働く俺の気持ちを叱りつけることはないだろう。
高校生の時には、そんなドライなのかクールなのか異様に冷めている親に気づいてはいた。
別に、心配してほしいとか、もう少し甘えたいとか、助けてくれとか、何もなかった。
そんなことを言ったところでどうにもならない親だってわかっていたし、寂しいなんて思ったことはなかった。
うちではこれが普通だ。
それで困ったことがおきたとしても、それは俺一人で何とかするしかない。
なぜなら、親に言えば助けてもらえるなんて知らなかったし、うちの親にそんな雰囲気を感じたことなどなかったから。
どうしたの?とか、お前はどっちがいい?とか聞かれたことはない。
親が勝手に全部決めるか、親のわからないものを俺が全部考えさせられるか、どっちかしかない。
それが普通だと思ってた。
それしか知らなかったから。
うちにはそれしか存在していなかったから。
友達やいとこの家が違うと知るときもあったのだが、そんなことを母親に言えば「だったら、そこのうちの子供になればいいでしょ」と言われて、煙たがられるのがオチだ。
さすがにそんなにバカじゃない。
二、三度繰り返したら、これは口にすることじゃないのだと学習する。
口にしないために、感じないようにする。
感じないように、なるべく見ないことにする。
そして、最初からなかったことにする。
そうすると、何を見ても動揺しなくなる。
嬉しくて自慢したいことも、喜んで話すなんてただのバカ。
涙が止まらない出来事も、メソメソすればただの弱虫。
怒りや悔しさで抑えきれない衝動も、少しでも表に出せば常に問題児。
俺の中に起きる感情の起伏は、母親には全てくだらない出来事。
俺にはメッチャ辛いことも、母親が大したことじゃないと言ったら、大したことではないのだ。
大人になって泣き言を言うと、知らない人間は「甘ったれるな」と言う。
それは、俺から言わせれば子供の時にそれなりに甘えられた人間のセリフだ。
そんな奴に説教される覚えはない。
お前が5歳、10歳と、大人に泣きついて慰めてもらった時に、俺は一人で頑張ってきたんだ。
ガキの時に使うはずだった「甘え」の貯金を、俺は使わずに今も持ってるだけなんだよ。
使い果たしたからって、人を妬むな。
今さら、親に受け止めてもらおうなんて思わない。
そんな能力はないことがよくわかったしな。
心優しい他人を探すことが、俺の課題だ。
ただし、俺は関係ない人間を恨みたくない。
恨むなら親を恨む。
助けてくれなかった親戚を恨む。
うちの親は、世話も出来ないくせに無責任に子供を作り、虐待と洗脳を繰り返してきた。
だから、俺は親と闘う。
そして、これからどんなに親が苦しむとしても、俺は助けたりしない。
自分を殺した人間を助けられるほど、人間出来ちゃいないんでね。
助けて欲しければそう言えばいい。
あんたたちが、俺にそう教えたのだから。
怯えて何も言えないガキに、「助けてと言わないお前が悪い」と言い切ったことを、忘れてもらっちゃ困る。
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うちの両親は、一切診断は受けていない。
家族でも必要な情報を共有したりしない家なので、俺が知らないだけかもしれないが……。
そういう意味では、本当にうちの親はアスペルガー症候群なのか、俺にも疑問ではある。
ならば、なぜ発達障害という前提で親の問題をさらすのか。
それは、何の困難も抱えていなくてこの状態なら、こんな非情な人間はいないからだ。
もし、両親が何らかの発達障害か精神疾患などではないとしたら、能力があるのにサボってきただけということになる。
俺は、出来る限り怠慢ではあってほしくないと思ってきた。
それだけ親のことを信じてきた。
自分は愛されてきたと思いたかった。
だから、俺を精神的に虐待してきた根本には何か障害があって、親の能力ではどうにも出来なかったのだとすると、まだ納得出来た。
不十分かもしれないし、何かがずれていたかもしれないが、うちの親なりの愛情があったと信じたい気持ちでいたのだ。
だが、いくら信じたくても、ないものはないと認めるしかない。
もし、うちの親が発達障害でなかったら、それは本当に冷たい人間だということだ。
愛されて育った人は、いとも簡単に言う。
そんなに親にこだわらなくても……。
こだわりたくてこうなってるわけじゃない。
これは意志の問題じゃない。
現に、俺がアダルトチルドレンだと確信したのは30歳を過ぎてからだ。
親の接し方を虐待だと考えるようになったのなんて、本当にここ数年の話だ。
気づかない方が幸せだったかもしれない。
ただ、気づかないで一生を終えることはまず不可能だったろう。
なぜなら、モヤモヤは幼少期からずっとあったのだから。
親が原因なんて夢にも思っていなかった。
虐待なんて最も遠いところの出来事だと思っていた。
俺は平和で幸せな家庭に育ったと思っていたのだ。
そう感じていた俺がどうしても上手く行かなかったのが、親に感謝することと親を尊敬することだった。
一人暮らしを始めて親の有り難さはわかったが、育ててくれてありがとうという思いはもう一つない。
尊敬に至っては、尊敬しなければいけないと自分を追い詰めるばかりで、両親を誇りに思う気持ちはどうしても出てこなかった。
そこで最初は、自分の感受性を疑った。
えらく冷たい人間なのではないかと思った。
今でも、その怖さはある。
何不自由なく育ててもらったはずなのに、親を誇りに思えない。
ずっと、自分の存在が心許ない。
でも、ただ自分が弱いんだと思っていた。
何が怖いのか、何が不安なのかもわからなかった。
というか、こんなことで不安になるのは良くないことだからと信じ込んでいたから、自分が何かに怯えてるなんて認識していなかった。
親不孝なことはしてはいけないと思うが、もしそうなったとしても、うちの親はとても淡泊な反応を示すことが手に取るようにわかった。
母親が目くじら立てて怒るのはお金がかかることであって、親不孝を働く俺の気持ちを叱りつけることはないだろう。
高校生の時には、そんなドライなのかクールなのか異様に冷めている親に気づいてはいた。
別に、心配してほしいとか、もう少し甘えたいとか、助けてくれとか、何もなかった。
そんなことを言ったところでどうにもならない親だってわかっていたし、寂しいなんて思ったことはなかった。
うちではこれが普通だ。
それで困ったことがおきたとしても、それは俺一人で何とかするしかない。
なぜなら、親に言えば助けてもらえるなんて知らなかったし、うちの親にそんな雰囲気を感じたことなどなかったから。
どうしたの?とか、お前はどっちがいい?とか聞かれたことはない。
親が勝手に全部決めるか、親のわからないものを俺が全部考えさせられるか、どっちかしかない。
それが普通だと思ってた。
それしか知らなかったから。
うちにはそれしか存在していなかったから。
友達やいとこの家が違うと知るときもあったのだが、そんなことを母親に言えば「だったら、そこのうちの子供になればいいでしょ」と言われて、煙たがられるのがオチだ。
さすがにそんなにバカじゃない。
二、三度繰り返したら、これは口にすることじゃないのだと学習する。
口にしないために、感じないようにする。
感じないように、なるべく見ないことにする。
そして、最初からなかったことにする。
そうすると、何を見ても動揺しなくなる。
嬉しくて自慢したいことも、喜んで話すなんてただのバカ。
涙が止まらない出来事も、メソメソすればただの弱虫。
怒りや悔しさで抑えきれない衝動も、少しでも表に出せば常に問題児。
俺の中に起きる感情の起伏は、母親には全てくだらない出来事。
俺にはメッチャ辛いことも、母親が大したことじゃないと言ったら、大したことではないのだ。
大人になって泣き言を言うと、知らない人間は「甘ったれるな」と言う。
それは、俺から言わせれば子供の時にそれなりに甘えられた人間のセリフだ。
そんな奴に説教される覚えはない。
お前が5歳、10歳と、大人に泣きついて慰めてもらった時に、俺は一人で頑張ってきたんだ。
ガキの時に使うはずだった「甘え」の貯金を、俺は使わずに今も持ってるだけなんだよ。
使い果たしたからって、人を妬むな。
今さら、親に受け止めてもらおうなんて思わない。
そんな能力はないことがよくわかったしな。
心優しい他人を探すことが、俺の課題だ。
ただし、俺は関係ない人間を恨みたくない。
恨むなら親を恨む。
助けてくれなかった親戚を恨む。
うちの親は、世話も出来ないくせに無責任に子供を作り、虐待と洗脳を繰り返してきた。
だから、俺は親と闘う。
そして、これからどんなに親が苦しむとしても、俺は助けたりしない。
自分を殺した人間を助けられるほど、人間出来ちゃいないんでね。
助けて欲しければそう言えばいい。
あんたたちが、俺にそう教えたのだから。
怯えて何も言えないガキに、「助けてと言わないお前が悪い」と言い切ったことを、忘れてもらっちゃ困る。