初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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元記事はこちら

この『いらとん』って人のコメントについてだが……




で、結局、何が言いたいんだ?


うちの親はアスペルガーなんかじゃないよってのが、結論?


それとも、古今東西よくある話って言いたいの?

だったら、「だから何?」って思うけど……(苦笑)


もしくは、日本はアスペルガー大国、世界的に虐待とその連鎖は日常だから正常だと?




いずれにしても支離滅裂で、オチもないなんてイタイ……

批判したつもり?なんだろうけど、ガキの悪口にもなってない。






だいたいこのコメ主さん、元記事ぐらいしか読んでないでしょ?

他の記事はもちろん、注意事項だって目を通してないと思う。


だから、アスペルガーって用語に反応して突っ込んで来たんだよね(苦笑)


これって、まさにうざがられるアスペルガーの典型症状でしょ。




アスペルガーについての記述ではないのに、アスペルガーの特徴を書いたものと誤認。

山手線ゲームみたいに「古今東西」を繰り返して、同じ内容のコメントを連投。

こちらが何も知らないという前提で、ご丁寧に解説。

全く異なる状況なのに、勝手に似てると錯覚して自分の家庭の話と比較。




どれも的外れだよ(苦笑)。






もしかしたら誤解した人もいると思うので、元記事の要点を改めて整理するね。


①大前提として、うちの親はアスペルガーの典型例ではない

②このブログでアスペルガーの判断は出来ないし、そもそも親がアスペルガーかどうかがポイントではない

③アダルトチルドレンのカテゴリーで書いたことからも、この記事は俺の視点からの思い(愚痴)を綴ったものである

④昔から続いていたり数が多いから、より問題なのであって、だからこそ間違いは間違いだと言ったまでである

⑤アスペルガー被害者、毒親被害者のブログなんだから、アスペルガーや毒親当事者に心地よい話はない






俺は別にレアケースを紹介してる訳じゃない。

そんな特別意識ないよ。


子供に無関心なんてそこら辺の家庭に一杯ある。

クラスメートの数人は、問題を抱えてる家庭の子供だったよ。




でも、間違ってるじゃん。


大人が、自分の子供時代の親の教育を何でも正しいと思い込む
   ↓
自分の親の正当性を証明するように、自分の子供にも同じ教育をする
   ↓
結果、昔からよくあるしつけ方として、善悪を判断せずやり過ごす


これが虐待の連鎖だよ。




「昔からある」とか「どこでもよくある」というのは、正しい理由にはならない。

いじめと同じで、根本を0には出来ないけど、発生したら食い止めたり改善することは出来るじゃない。

どこかで悪しき慣習は断たなければならない。




そのためには、正しい対策を取る必要がある。


①自分が親にされたこと、子供にしていることは、虐待だという認識を持つこと

②「自分は親のようには自分の子供を虐待しない」と誓うだけでは、不十分だと知ること

③今更親から与えられないとしても、自分は愛されたかったという思いに目をつぶらないこと




愛されなかった子供は、愛し方を知らないと言われる。

自分が嬉しいときに冷たくあしらう母親を持つと、自分の子供が嬉しそうにしていてもハグしてあげられないことがある。


親の間違った教育が染みついてると、虐待しないと心がけただけでは出来ないのだ。




ここから次のステップに行くには、どこかで親の悪口を吐くことも必要なんだよ。

親を神様みたいに崇めていた俺なんかは、とにかくまずは全部ぶちまけないといけなかった。

それでようやっと、神の支配から脱しつつある。






俺は、アダルトチルドレンの代表者でも、典型例でも何でもない。


ただ、同じ葛藤やモヤモヤを持ってる人に、何かヒントになったら嬉しいなと思うだけ。




俺と同じかそれ以上に辛い状況でも、「私は親を憎まずやり過ごせてます」と言うなら、それでいいと思う。

それが親に対する諦めでも、許しでも、絶縁でも、また、何も感じないということでも、いいだろう。

心にしこりがないなら、自分の中では解決したということなのだから。


対決せずにすむなら、その方が省エネだよ。


俺みたいに無意識に我慢していて、気がついたら随分壊れてしまった場合は、吐き出すことも必要だったりするだけ。






虐待された子供にとって重要なのは、自分の問題の解決の為に生きることだと思う。


毒親は自分の問題を子供に預けて、子供のことは助けない。

だから、まずは親の問題を親に返す必要がある。


親に返すために親の病気や障害を知り、自分の問題と切り離す為にその情報を使うのだ。




俺の場合なら、両親のアスペルガーの問題は彼らが解決すべき問題なのだ。

それがアスペルガーではないとしても、俺には関係のないことだから。
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください。


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アスペルガー症候群とは何か、発達障害とはどういうものかという理解は、日々進んでいると思う。

「空気が読めない人」程度の認識の人がいることも確かだが、当事者の独特の感覚を学習しつつある人もいる。


今ならちょっと勉強すれば、「世の中にはこんな人もいて、こんな対応が必要」ということは誰でも知識として置いておける。

それ位、書籍などの情報も豊富になったと思う。




しかし、問題はここからだ。


アスペルガーの性質はわかった。

対応もそれなりに上手く行っている。


ところが、アスペルガーに合わせて対応すればするほど、周囲は疲弊する。

いいだけ振り回され、下手をすると精神疾患で倒れそうになる。

「障害なんだから助けてあげよう」という綺麗事は、時にアスペルガーを助けている定型の人間を殺してしまう。




これでは、好意的理解は到底無理だ。






「悪気はない」「いいところもある」「皆が同じじゃない」

確かにその通りだ。


だけど、だったら人を傷つけるようなことをするアスペルガーを放置してもいいの?

それこそ、周囲にただ我慢を強いるのはおかしいと思う。


まずはアスペルガー自身が、なぜ悪気がないのに人を傷つけてしまっているのかを学ばないと、他人の理解などスタートしない。


アスペルガーにだけ一方的に尽くせるほど、他人は暇じゃないのだから。






アスペルガーはなぜ、周囲をくたくたにさせてしまうのか?


それは、アスペルガー自身は助けてもらってるとは思っていないからだと思う。


アスペルガーは、周囲のサポートに対して当然という態度を取っていないだろうか。

ありがとうもごめんなさいもない。

それどころか、粗探しをするように、してくれることにさらに注文をつけたりする。




これでは、理解どころか恨みを買う。






アスペルガーは、心の理論が十分に発達していない。

だから、相手がアスペルガーの自分の為にわざわざしてくれていることなのか、相手自身の都合でやっていることなのか、区別がつかない。


いや恐らく、そもそも区別があることも知らないのだろう。

アスペルガー自身は、自分の言動を決めるのに要するのは自分の感覚だけだから、他人が自分以外のことも考えて行動してることに考えが及んでいない。


アスペルガーが全く他人のことを考えない訳ではないが、定型に比べると極めて希薄な感じがする。






俺は、ここ数年で両親の扱い方を随分学んだ。

「何が障害だ。障害だったら何してもいいのか。そんなものクソくらえだ」と思っていた割りには、真面目にアスペルガーを勉強したように思う。


おかげで、今まで訳のわからなかったことの謎が解け、自分を守る為の対処法もわかってきた。


しかし、わかればわかるほど腹立たしいのも確かだった。




まずは父親対策。


アウトだ、セーフだ叫んでうるさいので、野球は一緒に見ない。
(何度注意しても治らない。)

汚い体でも容赦なく触れるので、洗濯物の干し方を工夫する。

どんな状態で使用してるかわかったもんじゃないので、バスタオルもバスマットも自分用を準備。

食器は洗わず戻してることもあるので、なるべく共用しない。

爪磨きを歯石取りに使うなど、とんでもない使い方をしてることがあるので、父親が触れるものは極力使用を避ける。

間違いなく勝手に弄るので、体重計など俺個人のものは自室に保管。

ロック出来るものはロックし、基本的に父親には使用法を教えない。

どうしても何かを使いたいが父親の目に触れそうな時は、「絶対に触るな」と何度も念を押す。




母親はというと。


二つ以上情報が入ると一つしかインプットされないので、大事なことは繰り返し確認する。
(俺が「女子サッカーは今日の深夜1:00だよ」と言えば、女子サッカーか、1:00のどちらかしか残らない)

話の流れでは結論がわからないので、何が必要か、何を言うべきか、何をしてはダメかを母親本人に確認させる。

母親の知らない事柄を話すときは、知ったかぶりしてこじれるので、子供に説明するくらい基本から話す。

俺の知らないことを母親に聞くときは、「これくらい常識」というオーラで打ちのめされるので、予備知識を得て覚悟を決めておく。

小説やドラマなどのオチを知らない作品については、とにかく話題にしない。
(前フリなく突然結末を言われる)

他言されて困ることは、世間話程度でも絶対に言わない。
(勝手に、会ったこともない人に性同一性障害だと告げられたことがある)




ちなみに、母親には父親ほどの注意は必要ない。

逆に、父親には母親にも注意が必要なことでは関わらない。

もはや、注意や工夫でどうにかなるレベルではないので。






何もご丁寧に、「いつもありがとう」なんて言ってほしいわけじゃないんだよ。

俺に色々してもらってるという感覚だって、さして必要ない。


ただ、両親が自分で対応出来たら、俺はわざわざこんなことしなくても済むんだということを知ってほしいだけ。




父親が、使ったものを汚したり壊したりほったらかしにしなければ、俺は後始末に追われなくて済むだろ。

それを防ぐ準備も必要ない。


母親が、必要なことは人に伝え、不要なことは他言しなければ、俺はこんなに怯えなくて済むんだよ。






苦手があるのは恥ずかしいことじゃない。

苦手を補ってもらうのも悪いことじゃない。


だけど、自分の不足を誰かが補うことは、決して当たり前じゃない。




アスペルガーがストレスなく生活できているのは、周囲の配慮のおかげだと自覚すること。

そして、それを伝える術を知ること。




どんなに難しくても、この二つは出来ないと好意的理解には繋がらないと思う。


もう、「悪気はない」だけではダメだ。






そういや、洗濯で二度失敗したな。

一度は予約機能を使って、一度は風呂水使用で。


父親は、3歳児だと思ってないと何するかわかったもんじゃないよ……。
連日報道されているいじめについて、色々書きたいことがあるのですが、一杯あり過ぎてまとまらないです。


性同一性障害とも、発達障害とも、はたまたモラル・ハラスメントやアダルトチルドレンとも関連があると思っています。




「いじめはなくならない」という人がいますが、だからこそどう対処するかだと思います。


学校の治外法権や、性善説に基づいた放置はもうやめるべきです。


性善説を前提とするなら、逆に何で「悪いことは悪い」と注意しないのか疑問です。

いじめている方に悪気はないのにいじめられた側には深刻な被害があるとすれば、この受け止め方の差を誰かが気づかせなくてはいけないと思います。

「いじめっ子も根はいい子」だと言うのなら、話せばわかるはずでしょう。




自分の経験から言っても、いじめられたことは些細なことでも覚えてますが、いじめてしまったことは忘れています。

僕は、はっきりといじめの加害者になった経験は記憶してないんですが、知らずに傷つけたことは何度もあると思います。


人を思いやることを知らない家庭で育ちましたから、自分が順風満帆に生きているときには相手の立場など考えない時期がありました。

当然、鼻持ちならない奴だと思っていた周囲は、僕に仕返しをしたんだと思います。




当時の僕は「自分は何も悪いことはしていない」と思っていましたが、それなりに理由はあったような気がします。

僕は勉強も運動もそれなりに出来て、確かに正しかったけれど、他者を理解する優しさはありませんでした。

自分より弱かったり不器用な子に対して、確かに冷たかったと思います。

ずっと「出来ない奴は努力してないだけだ」と思っていましたから。




僕は、自分が壁にブチ当たって初めて気づきました。

友達が離れて、セクシュアリティに悩んで、やっとわかったんです。

努力ではどうにも出来ないことがあると……。




痛い目を見ないと気づけないことはありますから、僕が反撃されたのは良かった面もあります。

でも、大人がこれを放置したことは間違いだと思います。

僕の思いやりのない態度についても、それに対する仕返しも、何が正しくて何が間違っているか、舵取りをする人間が必要だったと思います。




僕は、小学校と中学校のいじめがきっかけで、自信の回復に10年くらいかかりました。


僕が受けたものは見た目にはわかりにくいモラル・ハラスメントなので、いじめた本人は全く覚えていないと思います。

その時のノリで僕を弄っただけで、特に信念も意図もないでしょう。


でも、深い傷を負ったし、それを知らずに長いこと引きずりました。

僕に心ない言葉を浴びせられた子も、同じように苦しんだかもしれません。




小さなものでさえ、こうです。

放置されることで二次被害も受けます。


僕には、教師がいじめっ子の味方をしたことや、親が全く助けてくれなかったことの方が辛かったです。

うちの親は、はっきり気づいて放置しましたから……。






今回の滋賀県大津市の事件は、「本当はいい子がやり過ぎた」なんてものではないでしょう。


誰もとがめない無法地帯だから、助長されていったと思います。

教師も学校も自分の立場しか考えないと、子供は足元を見ます。


はっきり舐められてるでしょう。




犯罪者を野放しにしてまで守りたい立場って何ですかね?

人の命より大事な面子って何でしょう?




悪いことをした子が、誰にもとがめられずにその罪を悔いることはありません。

寧ろ、見逃された経験が積み重ねられることで、「自分は正しい」と錯覚していくと思います。


悪いことをしたときには悪いと言われるからこそ、良識のある人間になれるのではないでしょうか。




加害少年たちは、事の重大さをわかっているでしょうか。

報道されたからではなく、自殺してしまったからではなく、自分のしたことが卑劣な犯罪だということを真に理解して欲しいと思います。

彼らに出来る償いはそれだけです。




親に、子供に教育を受けさせる義務があるなら、学校は安心して教育を受けられる環境を整える義務があるでしょう。

今回の事件に関わった大人たちは、教育を受ける場で被害者の子を見殺しにしました。

同時に、いじめっ子を自殺教唆の罪にまで追いやったことになると思います。


その上、加害少年たちの更生の機会さえ奪うのでしょうか。




残された人間に出来ることは、罪を認め償うことです。

更生し、今後二度とこのような事件を起こさないことです。


そして、僕ら全てが、同じ事が繰り返されないよう「悪いことは悪い」と言うことだと思います。