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初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
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今日は性的な事柄が多いので、苦手な人は注意してください。

長くなりそうなので、まず要点をまとめます。

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1、『新潮45』2018年10月号の特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」について

2、寄稿した7人のうち小川榮太郎氏の主張「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」を取り上げる

3、LGBTは知らないと言いながら性嗜好の問題だと事実をねじ曲げているため、議論の壇上にさえ立てていない

4、性にまつわる話と言うと、無知な人ほどセックスの話だと勘違いする

5、同様の誤解が広まることは困るが、これ程までに恥ずかしい間違いが雑誌に残ったことは大きい

6、LGBTを狙ったつもりが不妊治療をする異性愛者に、セイシコウを非難するつもりが小川自身が変態であると誤爆した
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小川氏の主張は、一昔前にあった恥ずかしい勘違いの典型例。
それにしてもとにかくひど過ぎるのだが、彼の言い分をまとめるとこういうことだと思う。

まず出だしから

“テレビなどで性的嗜好をカミングアウトする云々という話を見る度に苦り切って呟く。「人間ならパンツを穿いておけよ」と。
 性的嗜好など見せるものでも聞かせるものでもない。”

と切り出している。
ところが、一通り語った後

“LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが、……”

という断りが入る。

つまり、議論の大前提となるワード『LGBT』について小川氏は何も知らないと言うのだ。
だが、どうせ性的嗜好の話なので、そんなことはおおっぴらに話すべきではないと言いたいらしい。

確かに、性(的)嗜好、すなわち個人の性癖や性的趣味についてならば、少しは恥じらいを持って内輪で話すことかもしれない。
だから「パンツは穿いておけ」という表現になったのだろう。


しかし、LGBTとシスジェンダー(LGBTではない性的多数者)との違いを表す「セイシコウ」は、性指向であって性嗜好ではない。

性嗜好は誰にでもあるもの。
異性愛者、同性愛者問わず、SM好きとか○○フェチとかいくらでもいる。

性指向は、どの性別に恋愛感情を持っているかという方向性のみを示すもの。
異性に性指向が向くのが異性愛者。
誰とセックスするか、ましてやどんなセックスを好むかなどは性指向ではない。
これらはすべて性嗜好にあたる。

Tに至っては、性自認の問題だ。



議論の元となった杉田氏の『LGBTは生産性がない』というのも、それが生殖能力のことなら正しくない。
LGBTのほとんどは生殖能力を持っているから。

また、子どもを作れない組み合わせのカップルという意味なら、異性愛者で不妊の人も含まれる。
杉田氏は、不妊治療なら支援する価値もあると言っていた。

LGBTのカップルの中にも、生殖医療や養子縁組の制度を利用して子どもを持った人や、これらを望んでいる人達もいる。
少子化対策というなら、LGBTの人にも同様に税金を投入して支援すればいい。


『生産性がない』人には税金を使えないならば、子供のいない異性愛者だって税金対象ではなくなる。
ならば、杉田水脈を比例で推した安倍首相夫妻はどうなるのだろうか。
彼らも子供がいない夫婦だ。
それこそ生産性がないのでは?



話を小川氏の文章の方に戻す。
実際、こういうオッサンの恥ずかしい勘違いはまぁまぁよくあった。
こんなに下半身丸出しで堂々と語る人はそんなにいないとしても。
だけど、もう「時代遅れの変態ジジイ」で済ませてはいけない。
変態ジジイは昔は許されていたのではなく、昔から間違っていたのだから。


これは、性教育の場面での誤解に似ていると思う。
親から子どもに対して「性教育をしましょう」と言うと、こう反論する人がいる。
「親がどんなセックスをしているのかなんて、子どもに言えるわけがない」と。

でも、これはもちろん大きな間違い。

性教育は、親がどんな性的行為をしてきたかを語るものではないし、性的快楽や性癖の種類について話すことでもない。
男女の身体の違いとか、妊娠の仕組みや性感染症の予防、そのために必要な心と身体の準備について話し合うことだ。


性と聞いて生々しいセックスしか想像できない人は、貧しい性知識しか持たない自分を省みる機会にしてほしい。
僕の経験上、こういう人からセクハラされることがものすごく多い。
エロいオッサンだけじゃなく、若い女性でも無意識に。

初対面でセックスについて聞かれることはないにしても、身体の状態やトイレで困らないかなどを聞いてくる人は多い。
FTMとは言え男性の僕が男子トイレでどうしているかを、女性のあなたがなぜ知る必要があるんですか?


今、無知であることは仕方がない。
特に、ある年齢以上は性教育など一切受けていないのだから。
それらの世代の方にとっては、やはり性を語ることは恥ずかしいことなのかもしれないし、どう学んでいいかもわからないのかもしれない。
あの、何にでも造詣の深そうな池上彰氏も、性の問題だけは苦手だと言っていたし。

ただし、知らないままでいることは罪である。

誰にも語らなくていい。
特に自分の経験など、聞いて欲しい人に聞いて欲しい時に自分から語る以外、全く必要がない。

ただ、知識だけは持っていてほしい。
例えそれがLGBTに関する知識だとしても、LGBTのためだけに止まらないからだ。
シスジェンダーの人も自分の性を知る助けとなることは間違いない。


性指向と性嗜好を混同している人も、申し訳ないがただの勉強不足である。
小川氏は、今回の批判を受けて「『シコウ』の字の違いなどただの言葉遊びである」と発言している。
だが、そんな無知なままの人は議論に参加できる立場にない。
LGBTを知ろうともしないのはこの人の自由だが、そんな人間にLGBTはおろかセクシュアリティについて語る資格などない。

たったそれだけのこともわからず、自分だけは公衆の面前で素っ裸になっても良いぐらいに勘違いしている。
僕にはそう読めたので、彼の文章を読んでいて心底恥ずかしかった。

一方で、これだけ堂々と、歴史ある政治誌に嗜癖を残せたことは大きい。
きっと、これ以上粗末なものはないだろう。
休刊になればいいというものではないが、休刊になったことでそこも記録に残る。

恐らく、数年と待たずに誰もがこの恥ずかしい間違いに気づくことだろう。

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父親には、他人には意味不明な習慣が随分あった。


弟の靴を玄関からボイラーの側へ移動させるというのも、勝手な習慣にしていた。

おかげで熱に浮かされてふらついている時も、靴を手に取ろうと玄関の段差を降り、頭からタイルに落ちた。
どんなに体調が悪くても、靴のことしか考えられないのか。
ひっくり返っても靴を放さないというアホさ加減に、母親に怒鳴られていた。

自分の具合が悪いことも自覚出来ないらしい。


結局、この後肺炎で入院することになったのだが、数日してちょっと元気になったらうるさいのなんの。
週刊誌を買いに行くから車が必要だの、風呂に入りたいから家に帰るだの。
まだもって自分の立場を分かっていない発言を繰り返していた。



庭いじりも勝手気ままだった。

午後は雨の予定だというのに、水を撒かないではいられない。
水道代が無駄だし、ホースも片付けないから邪魔くさいのに。


ニキ・リンコ(アスペルガー症候群で翻訳家)も同じ失敗をしていたから、発達あるあるなのかも知れない。
彼女は、学校の水やり当番を雨の日でも律儀に守っていた。
植物には水が必要だとは知っていた。
だが、「水やり当番」と「植物に水が必要なこと」を、繋げて考えたことはなかったらしい。
お当番だから、必ずやらなければいけないとだけ思っていた。
だから、雨の中花壇に水をやり、先生に帰れと怒られた。


父親も、己の水やり衝動の前に、何のために水をやるのかという目的は度々どこかに飛んでしまうのだと思う。
適度な量というのも認識していないので、「(雨が降るなら)水をやりすぎだ」と指摘しても「庭に水を撒くのは正しい」で思考停止しているのだと思う。


酷かったのは、馬糞だか牛糞だかを肥料に使っていた時。
「何やってんの?」
「肥料乾かしてんだぁ!」
2階の窓から怪訝そうに聞く俺に、何も読み取れず陽気に答える父親。

糞を乗せたブルーシートは庭の間の道に天日干し。
いくら日に当てたいと言っても、そこは玄関の前だ。

すると、ちょうど母親の友人が訪ねてきた。
父親は調子よく挨拶なんかしているが、その脇にはウンコがある。
しかも、銀バエがたかっている。
汲み取り便所もなくなったこのご時世、銀バエなんか見たことないのに。

俺は、母親の友人がブルーシートに気づくのではないかとドキドキしていたが、この友人もアスペで間違いなさそうな人なので何事もなく終了。
しかし、父親には勉強にならなかっただろうな。


頼むから、誰か言てやってくれ。
「何で玄関前にウンコ並べてるんですか?」って。
いや、これじゃダメだ。
これじゃあ父親は「それ乾かすと良い肥料になるんだ!こないだ○○行ったら…」とか、聞いてもいない講釈を始めそうだ。
ウンコが迷惑だと全然、伝わらない。

「玄関前にウンコ並べちゃダメですよ。汚いです。臭いです。不快なのでどけてください」
ぐらい言わないと。
ついでに、どける場所はここがいいと教えてやらないと、すねていなくなるか、ブチ切れて相手を睨みつけそうだ。


父親は「ウンコを日向に置く」ことだけを考えていたんだろう。
視野が狭く、かつ複数の要素を同時に考えることが出来ない発達障害。
だから、玄関前とか人の通り道を避けるという条件は、頭になかったのだと思う。


それにしても、家の前に銀バエ集めんなよ……。
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北海道では停電をきっかけに節電を意識するようになった人も多いようだが、節約とは対極にいるのが「迷惑アスペ」だと思う。

改めて前置きしておくと、アスペルガーなどの発達障害の人が迷惑な性質を持っているという意味ではない。
幼少から(定型に)野放しにされ自覚や改善のない発達障害者は、迷惑になることが多いという意味である。
それも小さくはない被害で、かつ繰り返されるので厄介だ。


皆で協力しようという時、うちの父親のような発達障害が一番迷惑だろう。
資源が無限にあり、しかもタダで使えるぐらいに思い込んでいるかのような行動の数々。

その上決定的なのは、「父親に教えなければいけないこと」が、節約の大切さではなく、どうしたら節約になるかという仕組みでもなく、
物も人もその気遣いも有限で、それを得るにはそれ相応の対価を支払わなければいけないという「物事の原理」のようなものであるということだ。


人を信頼することを知らず、家族を舐めきってる父親に、これらを理解できる忍耐力などない。
かわいそうに、馬鹿の尻拭いをする人は沢山いたが、馬鹿に寄り添って一緒に歩いてくれる人はいなかったのだろう。
ちょっと向き合えば解決するものも、向き合うこと自体を知らないのだからどうしようもない。


既に発声も起立もままならず、家の中でも車椅子に放置されている父親。
今はもう出来ない、ちょっと懐かしい迷惑の数々を振り返ってみる。




ストーブはとにかくつけっぱなし。
朝起きてから点火し、父親がいるのは着替えをする数分だけ。
父親がいる間には暖かくならないのに、1階も2階も床暖も、通った部屋を片っ端からスイッチを押しまくる。
結局、父親が散歩に出て誰もいない部屋を無駄に1時間以上暖めている。

それも、仕切りや扉は開けっ放し。
上限の温度も設定していないので、おかげでストーブはガンガン燃えまくって真っ赤っか。
暑すぎたのか乾燥したのが悪かったのか、部屋に置いてあるビワも枯れてしまっている。
20㎏はありそうな鉢植えを、苦労して部屋の中に入れたのはお前ではなかったのか。


そうかと思えば、わざわざ人の部屋に入って来てまで電気を消したり、とにかく思いつくがまま。
スイッチを覚えたての子どものよう。

以前も話したが、寝ている娘の部屋にズカズカ入ってきて、布団の上に馬乗りになりながらカーテンを開けたり。
どんなに悪気がなくたって、グーパンチ喰らうだろ。




父親の部屋は、なぜか扇風機が2台と、ストーブ、掃除機、レコードプレイヤーなど全てがコンセントに差しっぱなし。
数日どころかもう何年も使っていないものもある。
全て抜いて片付けて、無駄だからコンセントを差さないように注意するも、次の日にはなぜか全て元通り。

これをアホと言わずに何と言う。
死ねと言われなかったことに感謝しろ。

マジでムカついたので、全てのプラグを踏みつけて壊してやった。
それでも、幅が狭まりコンセントに差せなくなったプラグを無理にでも差そうとした形跡が……。
一体何がやりたいの?



ボイラーの温度は、誰かが風呂に入っている最中でも容赦なく下げる。
当然、シャワーがお湯から水になる。
父親は、自分が寝る前に温度を下げるのが習慣化している。
ボイラーの温度調整が風呂のお湯の温度に関係していることはわかっているはずだが、今、風呂に入っている人が水で冷たい思いをするという想像ができない。


ボイラーの温度を下げるのが節約のためだということがわかっていれば、今、風呂に入っている人間に頼めばいいこと。
それが出来ないのは、ただ自分の習慣を続けたいという衝動が動機で、他の目的を持たないからだと思う。

と言うのも、父親は自分が風呂に入る時以外、ボイラーの温度を上げることはしないからだ。
これも「風呂に入る前にはボイラーの温度を上げる」ということだけを覚えているからだと思う。
だから、風呂から出た後は上げっぱなしだ。


また、例えば父親に「温度を下げてくれ」と頼んだところで、たったこれだけが出来ない。
恐らく、自分の入浴とセットになって認識しているか何かで、何をしなければいけないか理解できていないのだと思う。
もしかしたら、つまみを「左に回すという行為」と「温度を下げるという言葉」と、その結果蛇口から出る「お湯の温度が下がるという現象」を、繋がりのあるものとして捉えられていないのかもしれない。

父親は、つまみを弄りたいだけだったのだろうか。
その結果が何をもたらすかについては、考えたこともないのだろう。


習慣化しているものをやれないのが気持ち悪い。
それはわからないでもないが、そうは言っても我慢しなければいけないことがある。
それを解決する術を身につけていない父親。
それ以前に、この不快感を父親は言葉にすることさえ出来ていない。
不快だと認識できているかどうかすら怪しい。


よく「発達障害は人の気持ちがわからない」と言われるが、実際は自分の気持ちもわかっていない。
自分の気持ちが状況の変化や時とともに変化していくことすら、よくわかっていないのかもしれない。

父親は、「何で?」と聞かれても「ダメだ」と言われても、全て「いいべやぁ」の一言で終わりである。
いや、終わってないが、終わると思っている。


父親が自分の感覚に目を向け、少しずつでも言葉にすることができればそれに対応することも出来た。
しかし、恐らくこれまで一度もそんな訓練をしてきていない父親は、忍耐力がないどころか訓練の意味さえ知らなかった。

結果、自分の衝動のまま行動し、他人の都合は無視することに。
父親は、温度を下げなければいけないと勝手に取り憑かれ、そのためなら、裸の家族がいても脱衣所に入らずにはいられなかった。



自分は、間違って脱衣所の扉を開けられただけでオロオロしてるくせに、一々覗くな変態!(笑)