【関連】


【泰斗→川口佑氏】
2019年3月12日(火) 11:40

はじめまして。突然のメッセージ失礼致します。 
Amebaブログ「泰斗のトランス的第六感(https://ameblo.jp/ftmtight)」の泰斗と申します。 
ブログ記事盗用の件について、早急な対応をお願いしたく、ご連絡した次第です。

貴殿のTwitterにて、私のブログ記事の文章が盗用されていることに、大変驚いています。 
貴殿の2019/2/26のツイートは、私が2013/8/21に投稿した「離れなくてはいけないタイプのアスペルガー(https://ameblo.jp/ftmtight/entry-11596560218.html)」の記事の一部と思われます。

この件に関しまして、以下の手順で対応をお願いしたく思います。

1.まずは、どういった経緯でこのようなことがなされたのか、説明(このメールに返信)をお願い致します。

2.その上で、貴殿のTwitterにて謝罪されることを強く望みます。 
その際、2/26のツイートが私の記事を盗用したものである旨を明確にしてください。

3.上記1、2の実行を私が確認出来ましたら、ツイートの盗用箇所を全て削除してください。

4.盗用を謝罪したツイートは、削除しないでください。

書籍も出されている専門の医師が、素人の文章をご自分の発言として発信されていることに、言葉がありません。

著作権に触れる行為ですので、上記の手順で真摯な対応がなされない場合、GoogleやTwitterに通報させて頂きます。 
また、信用の置けない医師として、この事実をブログその他で公表致します。

なお、無言で削除などされた場合は、そのことも含め、さらに厳正な対処をさせて頂きます。 
貴殿の他サイトや書籍などでも盗用が確認された場合、そちらに対しても著作権侵害の訴えを起こします。 
既にTwitter以外でも盗用されている場合は、合わせて報告をお願い致します。

2019/3/14 22:00までに返信してください。 
真摯な対応とご協力のほど、よろしくお願いいたします。

泰斗
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【川口佑氏→泰斗】
2019年3月14日(木) 9:51

はじめまして。
ブレインクリニック東京院長の川口佑と申します。

この度はメッセージにてご報告いただきありがとうございました。

まずは文章表現の無断使用の件につきまして、多大なるご迷惑をおかけしたことをお詫びさせていただき、ツイッター上から削除させていただきました。

貴殿からご報告いただいた2つの投稿について経緯を説明させてください。

2013.9月より他院で発達障害をみており、このときから教科書にはない良い表現をメモ帳に記録しておりました。数年前貴殿のブログからアスペルガーが周囲に与える影響をうまく表現していると思い、iphoneのメモに記録させていただき、この文章は患者さんのパートナーにも説明として口頭で表現を使わせてもらっていました。

発達障害に関してはどうしても難しい言葉より共感性のある良い説明や表現が必要と考え、専門的なものではなくあえてこのようにしておりました。

今回アスペルガーとしてではなくカサンドラの真髄を示すものとして私的にはiphoneのメモ帳を参考にしているのですが、結果的に間接引用させて頂いたことになってしまったのは確かです。

また全力で逃げなくてはいけない人間関係についてはアスペルガーではなく、境界性ないしは自己愛性人格障害について言っているつもりでした。この文章は頭にインプットしており、前クリニックの心理士とも頻繁に使用していた言葉でしたので、貴殿の表現の影響を受けていたことは頭にありませんでした。

以上は弁明になってしまいますが、貴殿のブログの無断引用として不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。

他のツイートに関してはiphoneメモ帳からの引用をしておりませんので無断引用となってしまったのは貴殿のものだけかと思います。

貴殿からご指摘あった部分の削除とともにツイッター上にて次のツイート前にお詫びの文章をあげさせていただきます。  

ブレインクリニック東京
東京都中央区日本橋2-2-2-5F
川口 佑
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【泰斗→川口佑氏】
2019年3月15日(金) 16:07

お返事ありがとうございます。
「泰斗のトランス的第六感」の泰斗です。

転載となってしまった経緯については理解いたしました。
ツイートの削除と謝罪文も確認いたしました。
しかし、謝罪文をこちらが確認後にツイートを削除するという手順が守られておらず、大変残念です。

またそれ以上に、『転載』を『引用』としてるあたりに、違和感があります。
あなたほどの教養のある方が、転載と引用の違いがわからないはずもありません。
そもそも引用は無断で行って問題のないものです。私のブログ上でも、連絡不要で引用可能との旨を記載しております。

問題は引用ではないところです。
引用元を示していないばかりか、ご自分の言葉としてツイートされています。
これは、無断転載→盗用にほかなりません。

iPhoneにコピーしたものを用いたということでしたが、そうであればご自分が作成した文章ではないことは明らかなはずです。
コピーしたものを繰り返し用いていれば、ご自分の言葉と混同されることはあるでしょう。
しかし、一字一句同じということはありません。
私のコピーをそのまま用いれば、ご自分の言葉として発した時に、いくらか違和感があるはずです。

お返事いただいた限りでは、些か誠意を欠く対応と感じております。
あなたはクリニックの経営、及び書籍の出版までされてる医師です。
患者さんをはじめ多くの関係者に影響があると思われます。
厳格な対応を取らせて頂きます。

「泰斗のトランス的第六感」
https://ameblo.jp/ftmtight
泰斗
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川口佑氏からの返信なし
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【泰斗→川口佑氏】
2019年3月23日(土) 11:59

メール文面使用許可のお願い 

Amebaブログ「泰斗のトランス的第六感(https://ameblo.jp/ftmtight)」の泰斗と申します。

3/14に以下のメール(下記引用部分=※【川口佑氏→泰斗】2019年3月13日(水)11:10 )を頂きまして、それに返信(※【泰斗→川口佑氏】
2019年3月15日(金) 16:07)いたしましたがお返事が届いていないので、再度こちらから問い合わせ致します。

これまでの経緯、該当箇所の削除、及び削除の報告ツイートは確認いたしました。 
2013年から私のブログ記事を用いて診察を行っていたことと、その時の貴殿のiPhoneのコピーを掲載したため、Twitter上で転載に至ったということも把握出来ました。

つきましては、3/14に頂いたメールを私のブログ上で公開させて頂けないでしょうか。 
長い間、私のブログ記事を使用されていたことや、無断引用として削除するに至った経緯が、川口氏ご本人の言葉で語られているものです。 
一番端的に分かりやすく示されていますので、メールの公開を許可して頂ければ幸いです。

また、発達障害はまだまだ発展途上の分野と思います。 
ご使用頂いた記事は、今の私の心中とは若干のズレもあり、今後もそのように変遷していくと考えられ、都度、修正が必要だと感じています。 
恐らく、貴殿のTwitterの読者にも何らかの影響があり、そこに私の責任もあるかと考えています。 
そこで、ブログ記事は、今後、私の記事を何らかの形で用いる場合の注意として、私自身の反省も踏まえて書かせて頂きたいと思います。 
今回の貴殿とのやりとりは、その一旦を表したものとして最適と考えております。 

ご使用許可のほどよろしくお願いいたします。 


【川口佑氏→泰斗】
2019年3月23日(土)  13:15

泰斗様

クリニック宛にご連絡いただきましてありがとうございます。

泰斗様からの表現の無断使用のご指摘にて謝罪をさせていただき、前回の返信では「厳格な対応をとらせていただきます」との内容でした。

その中での今回の私のメール内容の公開が何を目的としているのかもよくわからない状況でございます。

そもそも先日の私のメールは泰斗様ご本人に向けた謝罪の文章であり、大勢の方に向けたものではございません。

申し訳ありませんが、そのあたりが明確でない限りは公開はしないでいただきたいと思っております。

川口 佑


【泰斗→川口佑氏】
2019年3月23日(土)  20:32

お返事ありがとうございます。 
公開の目的につきましては、先のメールでお知らせした通り、私の記事を読まれた方への影響を考えてのフォローです。

実際、私の方があなたにお願いしてツイートしてもらったものなのかという問い合わせがありました。 
もしくは、私の方が元々川口先生の影響を受けて自分の言葉としてブログに書いたのではないかと、指摘を受けております。 
つまり、オリジナルはあなたで、私が使用させてもらったと逆転して解釈されていました。 
この状況を説明させて頂くためです。

最初のメールで以下の手順を示しました。

1.まずは、どういった経緯でこのようなことがなされたのか、説明(このメールに返信)をお願い致します。

2.その上で、貴殿のTwitterにて謝罪されることを強く望みます。 
その際、2/26のツイートが私の記事を盗用したものである旨を明確にしてください。

3.上記1、2の実行を私が確認出来ましたら、ツイートの盗用箇所を全て削除してください。

4.盗用を謝罪したツイートは、削除しないでください。

この中で手順が守られているのは1だけです。 
2は私の記事だという明記はないですし、引用という言葉は不適切です。 
3も、私が確認する前に削除されています。

再度、明確な謝罪をお願いいたします。

私のブログから転載し、結果として盗用になってしまった旨をツイートするとともに、クリニックのサイトにも謝罪文を掲載して下さい。 
患者さんやそのご家族に説明されていたということですので、クリニックも関係してると思います。 
その際、私のブログのリンクを貼り、転載箇所を記すなど、違法行為を明確にしてください。

なお、今回、メール公開の許可をお願いしたのは、出来る限り気持ちよく解決したいと考えてのことです。 
警察に相談したところ、著作権侵害の訴えは公開で行って問題ないとのことでした。 
なので、あなたからの許可がなくてもメールをブログに載せることは可能です。

立場のある方ですし、こちらとしても警察沙汰にはしない方が良いだろうと思案してきました。 
ブログでは、私がオリジナルであることを書くつもりでいましたが、それでは不十分ということでしょうか。

これまで一度も、誠意ある謝罪がされないことが残念でなりません。

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以降、川口佑氏からの返信、及び対応なし
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※は公開のため補足

【関連】
簡単なまとめはこちら

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初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
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年末に筆が進まないうちに年が明け、年始の挨拶をと思ってるうちに気が付けばこんなに時間が経ってしまいました。
気の向く方は、今後も気長にお付き合いください。



さて、先週から放送されている『絶対正義』(土曜23:40)というドラマが、ちょっとうちの母親っぽくて怖いんだよね。


主人公の女の子はとにかく正義の人なのだが、ルールに厳密すぎる。
自分が正しいと思ったことは、どんな相手に対してもそれを指摘するし、間違いを正すためなら役所でも警察でもどんどん訴えて改善してもらう。
行動的なところはうちの母親と違うのだが、ひたすら正義だけを注視しているところに既視感を覚える。

主人公の女の子は「あなたは正しい」と友達を励ますような言葉も言うのだが、うちの母親にはそういうものはない。
なので今後の展開次第なのだが、第1話を見た感じでは本質的な部分で母親と共通するように思えた。
正義ロボットのようだが、それだけではない感じがする。


いわゆる正義感が強い女性ではない。
正義を貫くと言えば聞こえはいいが、実際は、人と人の関係性やその場の空気みたいなものを無視して、己の正義に囚われている。
相手は見ていない。
見ているのは、自分の中にある正義だけ。


うちの母親は、ここまで明確に自分の正義を表現したりはしないが、何か守るべき自分の基準に忠実であろうとする姿勢がある。
正義と言ってもそれは母親が考える独自の正義であり、周囲が賛同しないものも、ありがたいとは思えないものもある。
そもそも、今その正義を貫く必要があるのか疑問なことも多い。

しかし、母親にとって正義とは世界に1つであり、それぞれの正義やその場に応じた正義があるとは瞬時に想像出来ない。
必要だから発揮するのではなく、正義は常にいつ何時も正義であり、正しい以外にないのだ。

だから、母親からすれば「正しいことをしていけないはずがない。選択肢などない」という認識で行動する。

これは、とても威圧的に見える。

その他の選択肢が容易に思い浮かぶ周囲の人間からすれば、己の正義にこだわっているようにも見えるし、ゴリ押ししてまでその正義を貫く動機でもあるのか?と勘ぐりたくもなる。

しかし、母親にはそんなものはなかった。
単に、知っているもの、わかるものが「正義だけだった」というだけの話だ。
関係性や自分の立場、その場の状況などは感じ取れない。
わかるのが正義という概念1つだったのだ。


母親の自信満々な態度の理由がわかったのは良かったのだが、俺がそれに気付いたところで、母親の何が変わるわけでもない。
今ここに書いたようなことを母親に説明したところで理解出来ないからだ。
母親が気づいていない世界があることを何らかの形で感知させなければ、その世界の存在に納得は出来ない。
感じられなければ、何も変わらない。


世の中は絶対的な基準1つで動いてるわけではありません。
子どもが苦しんでいてもそれを感じられない母親は、世間でいう母親の心をもった存在ではありません。




最近、お気に入りの曲に「ニッチェ」の『iiwake』がある。
二人とも中々上手いのだが、歌詞が面白い。

個人的には、「周りがデブになれ」と呪いをかけている歌だと思います(笑)
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初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
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とにかくひっくり返りそうだった。

アスペルガー症候群の藤家が言うには、世界とはこんな感じらしい。


【ここから引用】━━━━━━━━

『神様のパシリ』

私はシルバニア・ファミリーのおもちゃを持っていたのですが、あれは動物の人形たちを手で動かして遊びます。
私は、自分が生きている世界もそういうものだと捉えていました。
ただ、私たちを動かす大きな手は見えませんし、手で動かしていたらぶつかってしまうと思ったので、この世界を大きな巨人が上から覗いていて、とても高性能のコントローラーで私たちを動かしているのだと思っていました。
そして、他の人は巨人がいることを知らないけれども私は知っている、うふふ、私って魔女かも、でも悪いことはしないから白い魔女かも、って思っていました。

━━━━━━━━【引用ここまで】

『自閉っ子、こういう風にできてます![正] ニキ リンコ、藤家寛子 花風社』
より


巨人というのは神様の使いっパシリらしく、神様というのは自然のことを指すようだ。

また、藤家にとって、よその家は書割[カキワリ](舞台の大道具や背景)のように見えていたらしく、そこに急に明かりがついて中で人が動くのが見えた時、びっくりして凍り付いてしまったらしい。
どうやら、自分の関係ないところでも生活の営みがあるということに驚いたらしいのだが、逆にその考えに驚かずにはいられない。

うちの父親なんかも、自分と関わりのあるものしかこの世に存在しないかのように考えていることがあった。
それは、恐らくこういう世界観のせいなのだろう。


藤家にとって、世界は一幕の芝居のようなものだったようだ。

【ここから引用】━━━━━━━━

私は私という役。
クラスメートはクラスメートという役。
親は親という役。

だから(よその家の明かりがついた時)自分の知らない、役がないはずの人がそこにいたということに驚愕してしまった……

━━━━━━━━【引用ここまで】

らしいのだが、
こんな自分目線しか持たない奴、付き合いきれないでしょ。


また、ニキ・リンコもこう言っている。

【ここから引用】━━━━━━━━

『クラスメートは学校の備品』

家に帰ると親がいます。
学校に行くとクラスメートがいます。
クラスメートとは教室にいるものだったんです。
まさか一人一人におうちがあって、そこから通ってきているとは思いもしませんでした。

━━━━━━━━【引用ここまで】


自閉は他人を物扱いすると言われたことに対し、「そんな人非人みたいなことはない」とニキは否定していたが、クラスメートを備品だと思う感覚は十分に人でなしだろう。


2人ともクラスメートの家に遊びに行ったこともあるらしい。
しかしそこでも、ニキは、A子ちゃんだけは特別な役という認識だった。
藤家も、「私がいる」からそれもシーンの1つだと思ったようだ。


どこまで行っても、世界は私が主人公の物語で、私と関わる人間はこの物語の登場人物でしかない。
それ以外の物語も、私と関わらない登場人物も、この世には存在しない。
私と関わった人間の、私の知らない側面も、ありはしない。

ということか……。


因みに、自分が死んだら世界はどうなるかという質問に対し、藤家はこう答えている。

【ここから引用】━━━━━━━━

変な話ですが、万が一自分が亡くなったら、世界はどうなると思います?
周りの人は、生き続けると思いますか?

……そうですね。「完」という字が出て、終わり、になるように思えます。

━━━━━━━━【引用ここまで】



これなら、他人が自分のためにしてくれたことに感謝しないのも当然だろう。
飽くまで、相手も役で演じていると思っているのだから。
脚本に「私は相手に感謝する」とあれば、それに従うのだろう。


発達障害の人が、言われなければ全くやらないが、言われたことには素直でかつ正確にやるというのは、こういうところに要因があるのかもしれない。
逆に、言われたことに対し定型からは全く意味不明なところで反発するのも、シナオを読み込めなくて混乱しているということか。



自閉っ子2人の世界観を聞いて、ふと思い浮かんだのが『トゥルーマン・ショー』という映画だった。

主人公トゥルーマンは、生まれた時から巨大なセットの中で生きていて、その生活を365日、世界中に生中継されている。
両親も幼なじみも妻も、トゥルーマンに関わる人物の全員が作品のキャストであり、自宅も職場も全てがセットだ。
だが、ただ1人そのことを知らないトゥルーマンが、少しずつ世界に疑念を持ち始める。


改めて見直して思ったのは、自分の人生が仕組まれたものだったなんて、やはりショックだなということ。
自分で選んだ人生、自分が作ってきた未来だと思っていたのに、シナリオで誘導されていたとは……。


ところがだ。
発達障害の人間は、決められたシナリオを生きていると思っているというのだ。
しかも、決まっていることで安心できるらしい。
あらゆる出来事、自分に絡みのある人間の言動も、そういう設定だと思っているらしい。
それぞれの人間の意志や生活など、ありはしないのだという。
見えないから。


だから、未来も決まっている。
彼らにとって未来とは、これから自分が演じるシナリオのことであって、そこに至るまでの自身の言動によって変わるもの、変えられるものという認識はないのだ。

母親が、まるで未来を知ってるかのように人の選択を決めつけていたのも、父親が人の努力を鼻で笑っていたのも、そういうことだったのだろう。

この上なく虚しい真実に、ここ数日、脱力感で一杯だ。


無論、藤家、ニキの2人は、自閉の世界観が真実ではないと気づいた。
今は、巨人に操られているなどという妄想に支配されることはないと言っていい。
だからこそ、かつての自分の世界観について語ることが出来ているし、定型の俺が情報を得られているのもそのおかげだ。

しかし、それを「発達障害が治った」などと表現していたり、「定型の世界がわかるようになった」と喜んでいるのは、さすがに性急過ぎると思う。
一生教えを請う子どもの立場でいられるならともかく、自分が教え導かなければいけない立場の親などにはなれないのだから。