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夫婦別姓 認定ならどう変わる
2015年12月13日 9時46分 産経新聞

選択的夫婦別姓「反対しないが自分はしない」という人が多い結果に。
源馬謙太郎




今日、判決のようです。

前々から思ってたことなんだけど、夫婦別姓を認めるのがなぜ問題なの?
選択的なんだから、同姓にしたい人はそのままに出来るんだし。

何で他人の選択にまで口を挟むのか。




僕個人でいうと、今のまま夫婦同姓でも全然困らない。

結婚を本気で考えたことがないから現実味はないけど、配偶者が僕の姓になるでも、僕が配偶者の姓になるでも、夫婦別姓でも、どれでもいい。

というのは、僕は自分の姓にこだわりはないから。
というか、簡単すぎて好きじゃない。

父親の親類と僕は付き合いもないし、アスペの父親の姓を継ぐ気も更々ない。
選べるなら、母親の旧姓の方が良かった。
婿養子にでもなって、苗字を変えたいと思ってたこともあったくらい。


夫婦別姓が認められたとしても、僕にはあまり関係ないのかもしれない。
だから、積極的に必要性を訴えるという立場ではないが、反対する理由は全くない。

なので、他人の夫婦や家族のあり方にまで、「夫婦は同姓であるべき」と反対する意見は、意味がわからない。




このニュースのタイトルで目立つのが、「反対しないが自分はしない」というもの。

この言い回しだとちょっと突き放した物言いだし、「自分がすること=賛成」みたいな感じがする。
そもそも自分がするかどうかだけの問題じゃないし。

乙武洋匡氏も理性的と指摘した世論「自分はしないけど賛成」、というニュアンスが正しいだろう。




姓を変えたくない理由には、仕事上不便、手続きが面倒などもあるが、気に入っている、アイデンティティの一部という人もいるようだ。

僕は、姓をそんなふうに大事に思ったことが一度もないので、ちょっと驚いた。
そして、今後も僕はアイデンティティになったり、大切に思うことはないかもしれない。
だけど、姓を大事にする人はいていいと思うし、その権利も認められるべきだと思う。

僕のような人に、何の被害もないのだから。




そもそも、戸籍がある国が珍しいし、夫婦同姓を強制している国もわずか。
もし、日本の戸籍制度がそんなにいいものなら、世界的にもっと広まってるはずだよね。
不便だし、個人を認めてないし、国が介入しすぎているんだと思う。

僕は、セクシュアリティ(LGBT)の問題のときに、自分が共感することじゃなくて、ただ「そういう人もいる」と認めることが理解だと言って来たが、夫婦別姓の問題もそうなんだと思う。

自分が同姓にしたいから、人もそうすべきというのは、おかしな話。
何でも共感して共有して、一致させることをヨシとし過ぎてるのかもしれない。

自分とは違うけれど、「そういう人もいる」「そういう考えもある」という受け入れ方に、慣れることが求められている気がする。
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「同性愛は異常」とやじ=岐阜県議、ツイート問題質疑で

自民党県連の藤墳守氏 岐阜県議会で「同性愛は異常」とやじ

※参照
セクシュアル用語解説
セクシュアリティ一覧




こういうニュースを見ていつも思うのは、同性愛(LGBT)理解と、同性愛者(LGBT当事者)が好きだということを一緒くたにしてるということ。

感情的に分離するのが難しいからこうなってるんだろうけど、理解というのは当事者に好意を持つことではない。
LGBT理解とは、自分とは違っても、そういう人がいることを概念として認めることだ。

僕は、LGBTを嫌いな人がいていいと思うし、この問題に興味がない人がいても構わないと思う。
ただ、嫌いだからといって権利を奪う自由はないし、我が子がLGBTの場合もあるのだから、最低限の知識は必要だろう。

嫌いだからいじめるというのでは、あまりにも幼稚ではないか。




<海老名市議>「同性愛者は異常動物」のツイッター
毎日新聞(2015年11月29日)

少し前に問題になった海老名市の鶴指市議もそうだが、この藤墳県議も同性愛を嫌いなのは仕方ないと思う。
所詮、個人の感覚。
変わらないし、変えたくもないだろう。

問題なのは、公人の立場で同性愛者の存在を否定してること。
そんな権利はないんだよね。
議員が「この人嫌いだから助けないよ」って言っちゃダメじゃん。




LGBTの存在を問題視するとき、その意見はいつも多くの勘違いをしてる。

藤墳県議も「同性愛を社会全体で容認していたら、さらなる人口減少につながる」と言っていたが、少子化の問題とLGBTは関係ないんだよね。

寧ろ、僕ら当事者も迷惑してる「LGBTになりたい人」みたいなのに、ちゃんと警鐘を鳴らしてほしい。
ファッションや嗜好じゃないんで。




勘違いを整理すると、

◆LGBTは先天的なものなので、常に一定数で社会のあり方で増減したりしない

◆LGBTが増えているように見えるのは、カムアウトする人が増えただけである

◆LGBT当事者のカムアウトは、ただ自分を正しく表現しただけである

◆LGBT理解とは、「LGBTを好きになってください」というお願いでも、「LGBTになりましょう」運動でもない

◆「自分も同性を好きになったことがある」などとLGBTに同調するのは、理解ではない

◆LGBTに影響を受けて中性的になったり彼らの真似をするのは、ファッションとして取り入れているだけでLGBT当事者ではない

◆LGBTになろうとする人がいるならば、なるものではないことを教えるのもセクシュアル理解である

◆LGBTを社会が認めなくても、彼らが異性愛者になるわけではない

◆心配しなくても、一般的な異性愛者がLGBTになったりはしない

◆子どもを望まない異性愛者が、LGBTという生き方を選ぶわけではない

◆LGBTでも子どもがほしい人はいる

◆少子化の要因を、ありもしない同性愛者の増加と結び付けるのは無理がある

◆婚姻理由を子をもうけることのみに求めることは、異性愛者を含めたいわゆる不妊の人全てを否定し、子どもを持たない自由を侵害している

◆同性愛者に異性との婚姻を強要したところで、夫婦や家族として機能しないばかりか、そこに子どもが生まれても犠牲になる可能性がある




仮にLGBTが直すべきものだとして、「認めない」と言ったところで何になるのか。
それこそ、LGBTとは何で、どれくらいの人がいて、何が問題なのかを調査しなければ、直しようがない。
ただ否定するというのは、周囲が恋愛に反対するようなもので、もっと燃え上がってしまうだろう。

誰もが異性愛者になるべきだとしても、今はその方法がわかっていないのだ。
「異常者だ」などと子どもじみた叫びを繰り返すなら、一刻も早く異性愛者になる方法を探し当てた方が賢明だ。
それが、LGBTのアイデンティティを賭けてでも獲得すべきものならば、多くの人が実践するだろう。

結局、それだけ説得力のある意見も、有用な方法も見当たらないから今があるのだ。
生き方の自由という以上に、そうまでして異性愛者になる理由がない。


どうせなら、もっとましな反論をしてほしいね。
骨が無さすぎる。
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ライト破損以降、一人で勝手に運転はさせないことにした。

発達障害に話し合いは無駄なので、父親には決定事項を言い渡し、強制的に守らせるのみ。

車庫に止めたら鍵は取り上げる。
車を使うときは行き先を告げて。

そう決めたが、鍵は母親がホイホイ父親に渡してしまった。
それに、父親がわかる場所に置いてしまい、勝手に持って行って意味がない。

さらに母親は、父親が車をぶつけても問いたださない。
約束を守らなくてもペナルティを与えない。

発達障害同士だとよくこういうグダグダになる。


予想はしてたが、母親には管理能力はないとわかったので、俺が鍵を預かることにした。
場所は母親にも教えず、俺が許可しないと車は動かせないようにした。




父親は反発しないのかだが、老化で思考力が落ちてきているので何とか抑えられている。

これまで、散々脅して俺の部屋には絶対に入らないように言い聞かせてきた。
だから、勝手に持ち出すことはない。

まともな判断の出来ない父親の戯言は一切受け付けない。
現在は車に乗るのは買い物のみと決めたことで、異論は出ない。

発達障害の場合、色々条件をつけられても反って混乱する。
近くならいいとか、行き先を告げて出掛けると約束しても、ウヤムヤになる。
だから、父親には判断させないで、俺が全部決める方がスムーズだ。

定型なら、本人の意志を尊重されてなくてキレそうだが、父親は元々そういうプライドとかわからなそう。
なので、どうせ責任も取れないから黙って従ってもらう。
その方が父親も楽だろう。


俺は母親と違って決めたことは絶対なので、グダグダ言ってもどうにもならないということは、父親にもインプットされていると思う。

うちの父親は口では俺に絶対勝てないし、他のものや人を使う知恵は元からない。
老化で気力も体力も衰えて来たので、俺が絶対容赦しないことでまだ何とかなっている。


だが、相手が若いと大変だと思う。
先を考えられないから、本当に家中を滅茶苦茶にすることもありそう。

うちの場合は、母親が父親に加担するので面倒だった。
「そこまでしたら、お父さんがかわいそう」とか言い出したりしてね。

そうまでしてもわからないバカでしょ?
父親は自業自得。
かわいそうなのは俺だよ。




今は、車で出掛ける時は、俺が鬼教官状態で待機。
必ず助手席で指示することにしている。

軽度認知症の運転チェックリスト

このチェック項目も、ほとんど当てはまるんだよなぁ。
以下は毎回全部ではないのだが、かなり頻繁に起こる。


まずはシートベルトのしめ忘れ。
警告音が鳴っても気づかないし、気にしない。

右折すると縁石に擦りそうになる。
左折すると対向車線に飛び出す。
ハンドルの切りが遅いし甘い。

曲がり切ったらノロノロ運転。
なぜか対向車を覗き見して加速を忘れる。

車線変更が終わってもウインカー出しっぱなし。
忘れるし、音に気づかない。

真っ直ぐ運転できず蛇行。
急加速したりノロノロ運転だったり、スピードが一定しない。
脚と腹の筋力不足で、アクセルを同じように踏めない。

関係ない歩道の歩行者ガン見でノロノロ運転。
ボーッとして信号無視。
注意力散漫。

こちらの道路には出ていないのに、脇道から車が近づいて来ただけでブレーキ。
視野が狭く、時に注意力が過剰。

駐車場で、狭いスペースに無理に入ろうとする。
このままだと隣の車にぶつかると予測できない。
運転能力の低下に気づいていない。

バックの時、ミラーやモニターで後方を確認しない。
何度も車庫の柱にぶつけて、継ぎ目が浮いて来ている。

変な音や振動を感じても無視。
原因を確認しない。
というか、何があっても気にしない。


改めて挙げると相当数あるな。

勝手に自爆する分には構わないが、一人で運転なんかさせたら人を殺しかねない。


さすがに、父親も40代、50代の時には少しはヒヤッとしていたと思う。
また、注意されれば危ないと自覚してやめることも出来た。
でも、老化でその感覚や判断力も衰えたのだろう。

元々気にしない方だったが、もはや事の軽重は全く理解できないレベル。
人を轢いても、車庫に擦ったのと同等に考えそうで怖い。




宮崎の事故で怖いなと思ったのは、人を轢いても気づいていないこと。

車道と歩道を間違えたまではまだわかる。
だが、自転車もなぎ倒してるし、店にもぶつかっている。
そして、人を轢いてもブレーキは踏んでいない。
ベンチに乗り上げて横転したから止まっただけで、この運転手は車を止めてないんだよね。
一度もハッとしてないというのは、まさに凶器の暴走だ。




うちの父親も、歩道に乗り上げたことがあった。

買い物の帰りに、俺が指示を間違って一本左の道に入ってしまった。
本当は大通りに出てすぐ次の信号を左折。
ところが、大通り手前の道に入ってしまった。
ここは左の脇道に入る為の場所で直進は通行止め。
慌てて、バックして大通りに出るように言ったのだが、父親はさらに左の歩道に乗ってしまった。

かなりノロノロだったのと、大声で制止したので何とか止まったが、父親はまだ歩道を直進しようとしていた。

そこからが大変だった。
下がって車道に戻るよう指示しても、前に行こうとする。
俺がギアをバックにしてハンドルを切るように言っても、ギアをドライブに戻そうとする。

やっと抜け出して、家には無事戻ってきた。
車を止めてさっきの状況を確認。
だが、案の定、父親の説明では何をどう勘違いしたのかを理解するのが大変だった。


どうやら、歩道に入ったときは車道だと思っていたらしい。
なので、そのまま直進して左折するつもりだったようだ。
今は、間違って歩道に入ったことはわかるが、その時は車道だと思い込んでいたとのこと。

あとは、いつものことなのだが、言葉だけだと理解が難しいし、出来ても遅い。
意味はわかるが行動できないのが発達障害なので、俺の指示にすぐ反応できない。
その上、筋力や反射神経の衰えで恐竜並みの鈍さと来てる。


恐ろしいのは、歩道を車道とを勘違いしている時、父親は周囲の状況がほとんど見えていなかったと思われることだ。

真っ直ぐ進めば、歩行者用の信号が見え横断歩道に出る。
車が通るには脇に電柱もありかなり狭い。
しかも、自転車が信号待ちしていて、直進すれば間違いなく轢いてしまう。

父親に「歩行者信号見えたでしょ?」「自転車の人いたよね?」と聞いても、すでに記憶が曖昧。
もし、見えていなかったとしたら、一人運転なら間違いなく轢いてたと思う。




こんなジジイに轢かれたら、たまったもんじゃないでしょ。

もう、車は取り上げることにする。


でも、俺がいなかったらまだまだ運転してたんだろうな。
父親も母親も、俺がうるさく言ったから少し認識するようになったと思うし。

発達障害は他人に関心がないと言われるけど、自分のこともよくわかってない人種だから。

免許は失効ってないでしょ。
だから、ずっと乗っちゃうよ。
自分で危険を察知して対応するなんて高等技は、不可能だから。

特に母親は、規則だとか法律は遵守するタイプ。
父親も母親からそれがルールだと仕込まれると、割りと素直に従うタイプ。
だから、公安が免許取消にしてくれれば従うだろうけど、自分達で考えることはしない。

いわゆる能力を過信してるとか、危険は感じても手放せないというのとは違う。
自分の立ち位置を考えることなく生きてる人たちなので、テレビで高齢ドライバーの例を見ても、自分と比較することはない。
客観視とか、常識と照らし合わせてなんてものは存在しない。


「そろそろ危ないので、車を手放すことを考えてください」
こんな風に言われても、発達障害には効果がない。
「考えました」で終わりだろうから。

発達障害も認知症も増えている。
療育を受けてない人は大人の判断は出来ないし、高齢者が多くなれば認知症も多くなる。

何でも国で管理するようになったら、そりゃ窮屈だけど、判断能力のない人に自由を与えておくのは危険過ぎると思う。