━━━━━━━━━━━━━━━
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
━━━━━━━━━━━━━━━
発達障害の診断は2歳から?15個の項目!
こういうのが一番迷惑なんだよなぁ。
「治ります」とか「親の教育が……」とか。
発達障害は治らないし、教育や環境のせいではないよ。
確かに、教育や環境のせいで発達障害のようになることはあるようだ。
俺はこの後天性に結構当てはまるので、その指摘はわかる。
だが、現在一般的に扱われるものは先天性だろう。
ここで話題にしてるのもそう。
後天性と言われるものは、毒親、虐待、モラハラ、親が精神疾患など、いわゆるアダルトチルドレンの類いだと思う。
これらの環境だと、コミュニケーションに支障が出ることも多い。
ただ、表面的には発達障害と似ているが、根っこが違う。
優しさの種はあるが、育ててもらえなかったのがアダルトチルドレン。
優しさの種が脆弱なのが発達障害。
育ててあげれば優しさを発揮できるアダルトチルドレンに対し、
発達障害は、種を強化してから育てなければいけない。
アダルトチルドレンは回復、更生の道だけれど、発達障害にはそれ以前の問題がある。
発達障害は、育て方が良くても定型と同じにはならないし、悪ければ定型より遥かに悪い状態になる。
誰でも優しい心を持っているというのは幻想で、優しい心を感じられない人もいると思う。
発達障害は、まず「自覚のあるタイプ」と「自覚のないタイプ」に分けるのが妥当だと思う。
まだ未成年ぐらいの発達障害は、ほとんど自覚ありタイプ。
それに対し40代以上になると、自覚なしが圧倒的に多い。
理由は、知的障害のない発達障害・自閉症というのは、最近になってやっと詳しくわかってきたから。
そのため、ある年齢以上の人は気づかずに大人になってるし、最近の子どもは幼少期から診断→療育を受けられる。
発達障害は、放置されると二次障害や問題行動も多くなるが、早くから療育を受けると上手く適応できることが多い。
だから、大人まで放置されると難しいが、療育を受けて行けば適応可能だと言われている。
じゃあ、既に大人の人は絶対改善しないのかと言ったら、そうではない。
自覚さえできたら可能性はある。
大変かもしれないが。
なぜなら、発達障害者は嫌なことや出来ないことを、ただ押しつけられた経験をしてるから。
定型の教育が下手で、ただ普通になることを求められる場合がある。
そうなると、その後、別の愛情ある人が発達障害本人の為を思って注意や提案をしても、もはや受け入れられない。
それから、発達障害者は複数の要素を同時に考えたり、広い視点で見ることが苦手。
だから、自分も社会の一員で、人に助けられて生きているということを理解していない気がする。
こうなると、自分の言動を操作する動機がないので、欲求や衝動中心になる。
結果、それが原因で人に嫌われ、信頼されなくなるのだが、その因果がわからないとちょっとの我慢も出来ない。
それでも、発達障害自身が自覚しないと始まらない。
大人として生きたいなら。
だけど、定型がこじらせてることもある。
普通を押しつけたり、気に入らなくて嫌がらせをしたり。
変な子をからかったり虐めた経験は、一度くらいはあるはず。
この経験を正当化しない感覚が、定型にも必要だと思う。
そして、一番辛いのが大人になって自覚したタイプだと思う。
幼少期~思春期にかけて、他の子との違いは感じながらも不明のまま。
大人になって発達障害を知り、自分がなぜ怒られたのか、なぜ嫌われたのかがやっとわかる。
自覚できる分、ショックが大きい。
その先も辛い。
わかっても出来ないから。
出来ないことを前提に指導してくれる人があまりに少ないから。
自覚できない人はわからないから傷つかないけど、自覚できる人は定型以上に傷つくのだと思う。
定型が発達障害に理解を示すというのは、出来ないことを受け流すんじゃなくて、何がいけないか逐一指摘することだと思うんだよね。
例えば、酷い言葉で場を凍りつかせた人には、どの言葉がどういけなかったかを説明し、代わりにどう言えばよかったかを教える。
これを、白い目で見てわからせようとしたり、笑顔でスルーしようと努めるのはダメだ。
発達障害は失敗に気づかないかもしれないし、気づいても対処がわからず何も言えなくなってしまうかもしれない。
定型もどんどんカサンドラになる。
だが、毎回説明は面倒くさい。
一々注意してる暇がない時だってある。
しかも、発達障害本人は他人事みたいな態度で、それが定型には本当にムカつく。
覚悟がない定型は離れるた方がいい。
俺が、離れなくてはいけないタイプのアスペルガーがいると言ったのは、こういう意味でもある。
自覚がないタイプは逃げるしかないが、自覚があっても、発達障害者には特別な指導法が必要なのだ。
定型は、発達障害者が推測や想像できない部分を補いながら説明する必要がある。
実際に見せるなど彼らにわかる形で、一つずつ順番に、かつ要点を簡潔に。
だから、発達障害を勉強して、専門的な知識を得なければ無理だ。
そうまでしても、発達障害の態度はやる気のないように見えたり、教えられてる立場なのに偉そうだったりする。
発達障害にそういう意図はなくても、そうなることが多い。
定型には、ままならない子育て以上の忍耐と精神力が求められる。
その忍耐力は、障害者を救おうとか、可愛そうな弱者に同情する気持ちぐらいではもたない。
普通なら出来る、これくらい常識という観念を捨てられない人も、ただの虐待になると思う。
助けるべきとかわかり合えるはずと考えているとしたら、偽善だと思った方がいい。
発達障害者に社会適応を教えるのは、「障害者理解」という言葉の響きよりずっとタフな作業だと思う。
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
━━━━━━━━━━━━━━━
発達障害の診断は2歳から?15個の項目!
こういうのが一番迷惑なんだよなぁ。
「治ります」とか「親の教育が……」とか。
発達障害は治らないし、教育や環境のせいではないよ。
確かに、教育や環境のせいで発達障害のようになることはあるようだ。
俺はこの後天性に結構当てはまるので、その指摘はわかる。
だが、現在一般的に扱われるものは先天性だろう。
ここで話題にしてるのもそう。
後天性と言われるものは、毒親、虐待、モラハラ、親が精神疾患など、いわゆるアダルトチルドレンの類いだと思う。
これらの環境だと、コミュニケーションに支障が出ることも多い。
ただ、表面的には発達障害と似ているが、根っこが違う。
優しさの種はあるが、育ててもらえなかったのがアダルトチルドレン。
優しさの種が脆弱なのが発達障害。
育ててあげれば優しさを発揮できるアダルトチルドレンに対し、
発達障害は、種を強化してから育てなければいけない。
アダルトチルドレンは回復、更生の道だけれど、発達障害にはそれ以前の問題がある。
発達障害は、育て方が良くても定型と同じにはならないし、悪ければ定型より遥かに悪い状態になる。
誰でも優しい心を持っているというのは幻想で、優しい心を感じられない人もいると思う。
発達障害は、まず「自覚のあるタイプ」と「自覚のないタイプ」に分けるのが妥当だと思う。
まだ未成年ぐらいの発達障害は、ほとんど自覚ありタイプ。
それに対し40代以上になると、自覚なしが圧倒的に多い。
理由は、知的障害のない発達障害・自閉症というのは、最近になってやっと詳しくわかってきたから。
そのため、ある年齢以上の人は気づかずに大人になってるし、最近の子どもは幼少期から診断→療育を受けられる。
発達障害は、放置されると二次障害や問題行動も多くなるが、早くから療育を受けると上手く適応できることが多い。
だから、大人まで放置されると難しいが、療育を受けて行けば適応可能だと言われている。
じゃあ、既に大人の人は絶対改善しないのかと言ったら、そうではない。
自覚さえできたら可能性はある。
大変かもしれないが。
なぜなら、発達障害者は嫌なことや出来ないことを、ただ押しつけられた経験をしてるから。
定型の教育が下手で、ただ普通になることを求められる場合がある。
そうなると、その後、別の愛情ある人が発達障害本人の為を思って注意や提案をしても、もはや受け入れられない。
それから、発達障害者は複数の要素を同時に考えたり、広い視点で見ることが苦手。
だから、自分も社会の一員で、人に助けられて生きているということを理解していない気がする。
こうなると、自分の言動を操作する動機がないので、欲求や衝動中心になる。
結果、それが原因で人に嫌われ、信頼されなくなるのだが、その因果がわからないとちょっとの我慢も出来ない。
それでも、発達障害自身が自覚しないと始まらない。
大人として生きたいなら。
だけど、定型がこじらせてることもある。
普通を押しつけたり、気に入らなくて嫌がらせをしたり。
変な子をからかったり虐めた経験は、一度くらいはあるはず。
この経験を正当化しない感覚が、定型にも必要だと思う。
そして、一番辛いのが大人になって自覚したタイプだと思う。
幼少期~思春期にかけて、他の子との違いは感じながらも不明のまま。
大人になって発達障害を知り、自分がなぜ怒られたのか、なぜ嫌われたのかがやっとわかる。
自覚できる分、ショックが大きい。
その先も辛い。
わかっても出来ないから。
出来ないことを前提に指導してくれる人があまりに少ないから。
自覚できない人はわからないから傷つかないけど、自覚できる人は定型以上に傷つくのだと思う。
定型が発達障害に理解を示すというのは、出来ないことを受け流すんじゃなくて、何がいけないか逐一指摘することだと思うんだよね。
例えば、酷い言葉で場を凍りつかせた人には、どの言葉がどういけなかったかを説明し、代わりにどう言えばよかったかを教える。
これを、白い目で見てわからせようとしたり、笑顔でスルーしようと努めるのはダメだ。
発達障害は失敗に気づかないかもしれないし、気づいても対処がわからず何も言えなくなってしまうかもしれない。
定型もどんどんカサンドラになる。
だが、毎回説明は面倒くさい。
一々注意してる暇がない時だってある。
しかも、発達障害本人は他人事みたいな態度で、それが定型には本当にムカつく。
覚悟がない定型は離れるた方がいい。
俺が、離れなくてはいけないタイプのアスペルガーがいると言ったのは、こういう意味でもある。
自覚がないタイプは逃げるしかないが、自覚があっても、発達障害者には特別な指導法が必要なのだ。
定型は、発達障害者が推測や想像できない部分を補いながら説明する必要がある。
実際に見せるなど彼らにわかる形で、一つずつ順番に、かつ要点を簡潔に。
だから、発達障害を勉強して、専門的な知識を得なければ無理だ。
そうまでしても、発達障害の態度はやる気のないように見えたり、教えられてる立場なのに偉そうだったりする。
発達障害にそういう意図はなくても、そうなることが多い。
定型には、ままならない子育て以上の忍耐と精神力が求められる。
その忍耐力は、障害者を救おうとか、可愛そうな弱者に同情する気持ちぐらいではもたない。
普通なら出来る、これくらい常識という観念を捨てられない人も、ただの虐待になると思う。
助けるべきとかわかり合えるはずと考えているとしたら、偽善だと思った方がいい。
発達障害者に社会適応を教えるのは、「障害者理解」という言葉の響きよりずっとタフな作業だと思う。
