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【まとめ】全校集会で「女性は子供2人以上産むことが大切」発言 寺井寿男校長に処分検討【大阪市立中学校・全文】
2016年03月14日 作成

日本を二分?「2人以上出産」校長の発言にうず巻く批判と擁護


前記事は一部を切り取って非難しすぎたので、全文を読んでみた。


主旨としては、子どもを産み育てることはとても大切だと言いたいのだろう。

男性も育児に参加し、夫婦で協力し合って子育てすることが親への恩返しになる。
ひいては少子化対策に繋がり、自分達の未来へと繋がる。


それは確かにそうだと思う。
結婚、出産、子育てと頑張ろうとする人は個人的に応援したいし、立派な志だと思う。

ただ、如何せん、主張の仕方がまずい。


それは恐らく、この校長が上から目線だから。
取材者に対し、「あなたは正社員か派遣か」と聞いたとも言われている。
どこかこの校長には、自分の掲げる理想を生きない人間を見下した感がある。
だから、この講話にも表れているのだと思う。




出産は女性の努力だけではどうにもならず、子どもを授かれるかどうかは運もある。
なのに、まずは女性が努力するよう勧めている。
ここにまず無理がある。

そこに向かって努力したくても出来ない背景は、昨今、随分話題になっていると思うのだが……。


次に、そもそも結婚や出産という人生設計は、本人の選択が認められているはず。
義務や努力目標ではない。
しかし、他の選択以上に価値があると決めつけてしまえば、別の選択をする女性を貶めることになる。


里子を迎えるにも条件を満たす必要があり、養子をとるのは実子を育てる以上に親力が必要。
誰でも可能ではない。

寧ろ、養育放棄している親が多数いる現状を踏まえて話してはどうか。
真に愛情を持った親になるために大事なことを、中高生のうちから学ぶのもいいと思う。


寄付というのも、一部の裕福な人の話だと思う。
日本には寄付の習慣は根付いていないので、そこから教育が必要ではないのか。


また、女性は子育て後に学ぶことを推奨してるが、それも誰もが可能な世の中とは言い難い。

この校長のイメージだと、女性は高校を卒業後、20代前半のうちには結婚することになるだろう。
その後、間もなく2人の子を出産。
子供が中高生ぐらいになったところで大学で学ぶとすると、就職する頃には40歳は過ぎるだろう。

第一に、子どもの教育費もありながら、自分が大学に通える程の経済的余裕があるだろうか。
夫の職業や収入も限られてくる。
そこから就職となれば、高い志はもちろんだが、経済力、体力、精神力、全てに好条件が必要だと思う。


もちろん、このような人生を自らの意志で実現している人もいるわけで、それはそれで称賛されていい。
だが、女性の幸福を一義的に捉え、同じ人生観を押しつけるのはいかがなものか。


確かに、出産には期限がある。
だから、子どもが欲しいならそれを意識することも大切。
女性が出産後まもなく大学に通えるなら、それもいいと思う。
ただ、それには保育所や夫が育休を取るとか、やはり条件が揃わないと難しい。

妻を大学に通わせ、自分は育休を取り、それでも生活していけるような夫は、どれくらいいるのだろうか。




子育ては大事な仕事だし、社会全体の関心が高いことは良いことだと思う。

だが、この校長の話はちょっと押しつけがましい。
少子化の問題を引き合いに出されると、お国のためにという軍国主義のようなものも感じる。

個人が自己実現を追求した結果、子どもが増えればいいわけで、そのために何をするかだと思う。
女性に産めと言っただけでは解決しない。


例えば、不妊治療を始める女性の中には、気づいたときにはギリギリということがある。
妊娠可能な年齢や体質を誤解していて、後悔するというパターンだ。

こういう現状を、若い世代の教訓にしてはどうか。
男女とも、誰でもいつでも子どもを持てる訳ではないということを、知っておいて損はない。
子どもを持たない人のロールモデルが沢山あれば、様々な形で社会に貢献することも出来る。




この校長の発言に違和感を拭えないのは、結婚や子どもを当然のように期待する人と同じ臭いがするからだ。

誰もがそこを目指すのが当たり前の社会では、それが叶わない人間はすぐに行き詰まってしまう。
また、産んだ人が産まない人を堂々と追い詰める。

里親や寄付を提案されても、それは「子を産まないなら代わりに立派なことをしろ」と言われているようだ。
結局、子どもを産める能力と環境に恵まれた人間が一番偉い、という話に聞こえる。

産めない、産まないなりの幸せがあっていいはずなのに、それが産む幸せより勝手に下にランク付けされていることが、女性の反感を買っていると思う。




最後に、この講話ではLGBT(性的少数者)の生徒については全く想定されていない。
LGBTは20人に1人とも言われ、今は教育現場でも配慮が必要だと指摘されることが多い。

しかし、この校長の世界には存在しないものなのだろう。
差別的な発言こそないが、頭にないということは何より問題だ。
当事者からすればそのことに強い疎外感を覚える。
無知、無視は、最も酷い差別である。


生徒には、LGBTもいれば、貧困家庭の子、虐待経験者、養親養子の家庭など、様々な子どもがいるはずだ。
それを想定しているとは思えないこの講話は、やはり多くの子どもを傷つけていると思う。

今はこの校長の理想通り生きられると思っている子も、そうではなくなった時に、この話に苦しめられるような気がする。

それは、教育者としてはやってはいけないことだろう。




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「子を産めない人は寄付を」「2人以上産め」発言で炎上の校長、真意を語る


わからないだろうな。
きっと何回説明されても、何が問題なのか、絶対わからないよこの人。

だから、わからせる必要もないと思う。
ただ、干せばいいんだよ。


別に、この校長がどんな思想を持っていても自由だ。
実際、この校長に賛同する人だって少なからずいるだろうし。

でも、公人としての発言でしょ?
しかも教育者。
あぁ、この人にとっては自分の思想を一方的に植え付けるのが、教育なのかもしれないけどね。


色んな立場の子がいて、色んな人生があって、選べるものも努力で手に入るものもあれば、そうではないものもある。
それで、2人産むことを推奨するって何なんだろうね。

この校長の家族構成は知らないけど、「俺は妻に2人も子どもを産ませてやった」ぐらいに思ってるのかな。


さらに、強制してないという意味で寄付しろって話になったんだろうけど、
これじゃ、子どもが産めなくて、お金もない女は、死ねってことか?

校長には発言の自由があるけど、女性に自由はないらしい。




この校長の発言の主旨は、産んでは虐待するようなバカ女の方がいいってことかい?

どんな人生を選ぶか、結婚するならどんな家庭を築くか、子どもに興味はあるか、子育ての資質はあるかと、自己実現について考える女性よりも、
やったら出来ちゃったとか、子どもが出来たら彼を繋ぎ止められるとか、
皆そうしてるから、何となく結婚して出来たから産んで、育てたけど上手く行かなかったから捨てて、また出来たから産んで……
みたいな女の方が少子化に貢献していて素晴らしいって話?
何も考えずに種付けしまくってる男も素晴らしいって話?


何にも考えないで何となく子ども作るから、虐待するんじゃないの?

それで上手く行く人は、育ちがいいんだよね。
親に倣ったら自然といい養育が出来てるというのは理想だけど、そうじゃない人が一杯いる以上、結婚する前には一度立ち止まって考えてもいいと思う。


不妊治療した人の中には、なぜそうまでして子どもがほしいのかに向き合う人もいる。
そうすると、子どもが好きというより、元々子どもが出来て当たり前とか、子どもを産まないと女じゃないとか、自分のことばかりで子どもの人生は考えていなかったりする。
こういう人は、子どもが出来たら出来たで、理想の子どもや理想の家族を追いかけるのではないだろうか。

「あっ、そんなに子ども好きじゃなかった」と気づくのも悪くはない。
そんな人を責めるから、子育て能力のない親が子どもを作って虐待するんだよ。

何となく子どもを産んで家族らしくしてるより、私は向いてない、子どもは好きじゃない、別の人生を選びましたという人の方が、責任感がある。


言いたかないけど、自閉症スペクトラム(ASD)は考えなしに子ども作るのが一杯いると思う。
親に向かない障害なのに、人の真似をして子どもは欲しがったりするから。

もちろん、子育てとか親の立場とか考えずにね。
産んだら育てるもの、産まれたら自分は親になる、生活が変わる、当然我慢が必要。
何一つわかってないからね。

少子化よりも、ASDが増えたらあっという間に世界が滅びるよ。




子どもが女性一人で出来ないことは自明だが、例えば、この校長の言うように多くの女性が2人以上の子どもを産もうとしたとする。

結婚は25歳くらいまで、初産も30歳までが目標。
資質や興味がなくても、育児に励むために学や職には目もくれず。

確かに、子どもは増えるかもね。
でも、果たしてそれでいい世の中なのか。


女性は子を産み育てることこそが最大の自己実現とした場合、それが出来なかった時、簡単に詰んでしまわないだろうか。

誰でもいいなら結婚は出来るだろう。

でも、夫が子作りに協力してくれなかったら?
夫が不妊だったら?
遺伝病やお金の問題は?
育児ノイローゼになったら?
DV夫だったら?


これらは皆、妻のせいなのだろうか?
女性の努力だけではどうにもならないことを、至上命題のように言ったところで何も解決しない。


これらが女性の責任という社会であれば、ますます男性は努力しなくなる。
これは男性に、子を産まない・産めない女性は価値がないという思想をもたらし、
女性に、子を産まない女性は男性に捨てられても仕方がないという諦めを生む。
当然、産んだ女は産まない女を非難する。

一昔前までは、それが常識だっただろうが。


また、この環境に産まれた子どもは幸せなの?
親の第一の目的が少子化対策なら、取り合えず産んで成人するまで放置すれば完了。
子どもはただの増産に協力させられるだけの存在。
両親の仲もよく、両方からちゃんと愛情を注いでもらえるのは偶然の産物。

父親はただ好き勝手し、母親はただ耐えるだけ。
こういう両親を見て育てば、男の子は父親同様になって行くし、女の子も母親から諦めだけを学ぶ。
男の子は夫や父親の役割を学べないし、女性には母親のような我慢を当然のように求める。
女の子も自主性が失われ男性を見極める目を持たないので、なぜか嫌いだった父親に似た男と結婚してしまったり。

知らぬ間に連鎖して行ってしまう。




女性が家庭で子育てに専念することが悪いとは思わない。
それがその人の選んだ道なら誇るべきだ。

だが、学も職も身につけずにそれしか道がない状況ならば、夫に依存するばかりかもしれない。
夫がどんな人間かで妻の人生は大きく左右する。
しかし、女性に夫を選ぶ権利や術がないとしたら、時に過酷なものとなる。
逃げ出す知恵も金もなく途方にくれた女性がいるからこそ、女性も自立するようになってきたのではないだろうか。

女性にも最低限の教養と生活基盤は必要だよ。


それこそ、「お金さえあれば男なんていらない。種だけもらって子どもは一人で育てる」という女性もいるでしょ。
そんなに産め産め言うなら、せめて男は十分な金渡したら?
それも出来ない男が多いから、子どもを作れないんじゃないの?




「女性は子どもを2人以上……」という台詞は、女性でもないのに女性の人生を語りながら、激しい他人事意識がある。

女の問題とすることで、男は何ら努力や改善を必要としなくなる。
要は、男が努力しない口実が出来る。

もっと言えば、男は自分の問題と向き合えないほど弱く、全てを女に背負わせる卑怯な生き物だと言ってるに過ぎない。
中には、そうして女に背負わせることを、本気で男の強さだと思っている輩までいるのだろう。


だが、もうそんな男の勘違いに付き合ってくれる世の中じゃない。
これから成人を迎える子どもたちが、勘違いしたまま死ねることは稀だ。
となると、こんな時代遅れの思想では、男も自分に自信を持って生きることは出来ない。


不妊の問題がいい例だ。
男性が不妊でも、全て女性が産めないという問題にされてきた。
大昔は、原因がわかりもしないのに女のせいと決めつけ、原因がわかった今は、男の沽券に関わるとかで向き合わない。

男のプライドのせいで妻が無駄に辛い思いをしてるとして、それを情けないと思わない男の方がよっぽどカッコ悪い。

まぁ、近所のおばちゃんとかに「旦那さん、不妊治療頑張ってるんだって?」なんてニヤニヤして言われたら、俺もすごい嫌だけど。
こういうデリカシーのない女も、産めば官軍みたいな思想のせいだと思う。


たまたま生殖できたこと以上に、誇れることはないのだろうか。

それって動物の雄、雌の話で、人間の男女の話じゃないと思う。




山口智子「子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいました。今でも一片の後悔もないです。」

続き⇒「2人以上産むこと」発言の寺井寿男校長 問題は上から目線の押しつけ
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「同性愛は個人的趣味」 支援を疑問視する杉並区議の発言に批判
異性愛が趣味ではないように、同性愛も趣味ではない。


小林ゆみ・杉並区議の「同性愛は趣味」発言 当事者に聞く問題点「誤解を拡散」


これ、ちょっと正しい主張に思えちゃうから怖いよね。

確かに、性自認の問題を抱えてるのはT=トランスジェンダーだけだし、治療が必要なのもTの中の性同一性障害だけ。

日本が他の国から比べれば差別は少ないというのも、イスラム圏とかで殺されることを思ったらそりゃそうだし。

そのTの友人が言う「目立ちすぎて困る」というのも一部には確かにある。


でも、根本が完全に間違ってるよ。

嗜好と指向を一緒くたにするという原始的なミスは、イマドキ痛すぎる。




乙武洋匡氏、荻上チキ氏らも指摘しているように、同性愛が趣味だと言うなら、異性愛も趣味になる。

だったら、妊娠や出産も趣味の延長だろう。

今や不妊治療にも保険が利くというのに。

異性愛趣味だけに法的支援があるのは、やっぱり差別だし。




でも、きっと小林区議は、人はみな異性愛者に生まれるものだと思ってるんだろうなぁ。

だから、わざわざ同性を選ぶ人は、個人的趣味としては認めると。

指向は生まれつきの性質というのは、もはや常識だと思うんだけど、この人はきっと趣味で異性?が好きなんだね。




それから、このトランスジェンダーの友人とやら。

この人も推察するに、まだ若くて未熟な知識しか持ってないんだと思う。

トランスジェンダーだけでも種類が多くて、問題もそれぞれ違うのにな。

残念だけど、同性愛を差別するトランス当事者も結構いるから、その一人に思えてならない。

というのも、性アイデンティティの受け入れ方が、同性愛者と性同一性障害では違うから。




同性愛者は、「自分はタブーとか変態とか異常者でありたくない。だけど、自分は同性愛者でしかない」

この矛盾や葛藤を受け入れるところから始まる。


でも、性同一性障害は同性愛者を否定するところから始まることがある。

「自分は本当は男だ。だから、体は女でも、男として女が好きな自分は異性愛者だ。同性愛じゃないから普通だ」

この感覚で自己肯定した場合、同性愛差別のある人との方が価値観が合うのだと思う。




マジョリティの中には、同性愛も性同一性障害も、とにかく性的マイノリティ全般を受け入れられない人もいれば、同性愛は無理だけど、性同一性障害は障害だから理解できるという人がいる。

前者だと性同一性障害にとっても敵だが、後者の人はちょっと理解者。


特に、マジョリティ意識の強い性同一性障害の場合は、性的マイノリティ全般を理解して、自分もその一員として受け入れてほしい訳じゃない。

そういう人は、治療、戸籍の変更を済ませば一般人と同じ、普通と変わらない異性愛者という意識がある。

実際、ほぼマジョリティの暮らしに移行していくから、性的マイノリティに見られることは望まない。

だから、「あなたは同性愛なんかじゃない。普通の人と変わらないね」と言ってくれる人の方が、安心するんだろうね。


まぁ、わからないでもない。

誰にも受け入れられないよりは、随分マシだし。

ただ、普通って言葉に安心して、このままアイデンティティが確立していくのかは疑問。

いや、それで自分が確立するならもはやマイノリティの自分はいないのだから、もう部外者なんだよね。

こういういわゆる埋没と呼ばれる性同一性障害は、他のマイノリティとは違う立ち位置にいるのだから、その立場からは口出ししないことだよ。




性同一性障害は、性自認が理解されないと異性化願望と思われる。

でも、それが障害だとなれば理解されたり、治療を始めて性自認に見た目が近づくと、カムアウトしない限りわからなくなる。

要するに、だんだんマジョリティに近づき、異性愛至上主義の人にも受け入れられる存在になる。

それが当事者の望みだったりもする。


一方で同性愛者は、異性愛至上主義に合わせて自分を変えたりはしない。

出来ないっていうかね。

だから、同性を好きになる自分を、そういう人として受け入れられることを望む。


となると、埋没に進む性同一性障害だけは、性的マイノリティに対する差別意識があっても、理解できちゃうんだよね。

異性を好きなもの同士、共感できるし。

それを、正しいセクシュアル理解とは言わないんだけどさ。


だけど、そのおかげでこの小林区議みたいに、理解してると勘違いする人が出てくる。

こういう人、一杯いると思う。

というか、こういう女性によく出会ったので本当にうんざり。




セクシュアル理解ってそういうものじゃない。

「私は異性が好きだけど、同性が好きな人もいる」とか、自分とは異なる指向や自認の人がいるという事実を、そのまま知るということ。

男性と女性が、互いにその存在を認めることと同じ。

「自分は女で男が好きだから、女が好きな男の気持ちはわからないけど、男はそういうものなんでしょ」でいいのだ。


一々共感してたら、いくら理解しても追いつかないよ。

代表してLGBTとは言うものの、それ以外のセクシュアリティも含むからね。

Tも性同一性障害だけじゃない訳で、勝手に治療を勧められても困るし。

性自認が男女どちらでもないXジェンダーや、性指向が誰にも向かないAセクシュアルの人など、まだまだ色んな人がいる。


そもそも、マジョリティがマイノリティを受容するっていう上から目線のものでもない。

参考⇒第28話 今年は「SOGI」が流行る?
性的マイノリティーを可視化させたLGBTという言葉



セクシュアル理解は、まずは自分の中の同性愛嫌悪、もっと言うと、自分の性と向き合う作業。

だから、この対峙から逃げてる人は、どこまで行っても差別意識しか出てこない。




ただ、性同一性障害の中には「同性愛者なんかじゃない=自分は普通だ」という認識で自立してる人がいる。

こういう人は一部のマジョリティと同じで、同性愛差別で自分を保ってるので、色んな人がいていいとは中々認められないんだと思う。

仕事で自分を支えてた人が職を奪われたら、一時もぬけの殻になるように。




障害だから理解しよう、理解すべきというのもおかしい。

問題があれば障害者でなくても解決すべきだし、知識も得ないで障害者を救おうとしても無理だよ。

周りが一番最初にやれることは、当事者の立場や主張を知ること。

トランスの友人一人でわかった気になってるのは、恥ずかしいと思う。