星の輝き、月の光 -3ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。

 

『ミニョ悪い、空港まで迎えに行くつもりだったけど行けなくなった。みんな忙しいから誰も行けそうにないや、ゴメンな』

 

 

そうメールを送ったのは数日前。そして今、ミナムとジェルミは合宿所でテギョンとミニョのおかえりパーティーの準備をしていた。

 

「あ~あ、俺は迎えに行きたかったのにな」

 

がっくりと肩を落とし大きなため息をつくジェルミは飾り付け用の風船を膨らませていた。口で空気を送り込んでいるわけではないがしゃべると連動して手が止まる。口じゃなく手を動かせと言うミナムは食器をリビングへと運んでいた。

 

「俺たちが行ったら目立つだろ。どうせジェルミは静かにしてられないだろうし、テギョンヒョン一人ならいいけどミニョも一緒なんだ、騒がれたくないじゃないか」

 

テギョンから帰国すると連絡があったのは一週間前。その日からずっとそわそわと落ち着きのないジェルミの行動は誰の目にもいつもと違って見え、これは何かあるんじゃないかと記者からマークされていた。

 

「そりゃそうだけど・・・でもミナムって平気でウソつけるんだね。俺たち三人ともオフなのに忙しくて行けないなんて」

 

「仕事で忙しいなんて言ってないだろ、俺はこうやって準備してるから忙しいんだ。ジェルミは口しか動いてないから暇そうだな」

 

膨らんでいる風船はほんの数個。床一面に敷きつめるつもりでいたジェルミは慌ててぺちゃんこで横たわっている風船を手に取ると、空気入れをシュコシュコと動かした。

 

「買ってきたぞ」

 

いくつか風船が膨らんだ頃、買い出し担当のシヌが戻ってきた。右手に飲み物、左手は食べ物の入った袋を提げている。一度では運べないようでもう一度車へ荷物を取りに行った。

 

「すごい量だね」

 

アルコールにジュース、大量のチキン、それと今から簡単な料理を作るための食材。それはどう見ても五人で食べきれる量ではないが、ミニョの好きそうな物を選んでいたら、いつの間にかカートの中が山になっていた。

 

「荷物持ちにジェルミも行かせた方がよかった?」

 

「いいや、どうせこれに山のようなお菓子とアイスがプラスされるだけだから、俺一人でよかったよ」

 

「俺たちがこうして準備してることは言ってないんだろ。テギョンヒョンとミニョ、帰ってきたらビックリするだろうね」

 

みんないないと見せかけて、帰ってきた二人を驚かそうという案はミナムが言い出したことだった。

 

「そう言えば俺たちがビックリするようなことがあるって返信が来てたけど・・・飛行機事故に遭ったと思ったらぬいぐるみに憑依して、死んだと思ったら生きてたなんて驚きに比べたらどうせ大したことないだろうな」

 

「俺は知らない間に自分の身体が乗っ取られてたって方が驚きだけどな。未だに信じられないんだから」

 

「もしかしてテギョンヒョン、またぬいぐるみになってたりして。だったら俺、めちゃくちゃビックリするよ」

 

「ハハハ、まさかそんなことあるわけ・・・・・・」

 

ないじゃないか、という言葉が口から出てこなかったミナムをシヌとジェルミがじっと見る。

 

「俺、人間の姿したテギョンヒョンに会いたかったのにな・・・。ねぇシヌヒョン、どうやったら身体って貸せるの?」

 

「俺はもう不法侵入も無断使用も許さないからな」

 

二人の会話にミナムは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

タクシーを降りるとミニョは午後の日差しのまぶしさに光を遮るように手のひらで影を作った。もう片方の手にはテジトッキがしっかりと抱きかかえられている。

くん、と喉を伸ばすようにして見上げた空はどこまでも青く広がっていた。

そこに右から左へと続く一本の白い線を見つけると、ミニョはあの日のことを思い出した。

前日までの厳しい寒さがまるでウソのようにその日は暖かな日差しが降りそそいでいた。もうすぐテギョンに会えると心躍らせながら仰いだ空。身体の奥からクスクスと笑いがこみあげて、素直に表情に表れた。足取りも軽く、スキップしてしまいそう。まさか数時間後に心臓が止まりそうな出来事を聞かされるとは思いもよらなかった。

あの時の空の色は今日よりも青かっただろうか?

よく憶えていない。ただ、白く伸びる一本の飛行機雲を見て、テギョンに思いを馳せていたことははっきりと憶えていた。

 

「何見てるんだ?ああ、飛行機雲か」

 

隣に並んだテギョンがサングラスを外すと目を細めながらミニョの視線の先にあるものを見つけた。

 

「当分の間、飛行機には乗りたくないな」

 

心情を吐露すると同時に大きなため息がもれた。

十時間以上かかる空の移動中、ほとんど眠れなかった身体は疲れきっていた。そこには精神的なものが大きく影響していて、それは隣でずっと手をつないでいたミニョにもはっきりと伝わっていた。指の長い大きな手のひらは冷たく汗ばんでいたから。

 

「そうですね」

 

さあっと風が吹き、にぎやかに茂った木々の葉が同意するようにざわめいた。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんこれ見たらすごく驚くだろうな。早く見せたい」

 

いたずらを仕掛けた子どものようにミナムの反応が楽しみだとミニョが左手を見ながらクスクス笑う。その薬指にはキラリと輝くものがあった。それはアメリカに滞在中、テギョンがあの店にもう一度注文をした指輪。複雑にカットされた透き通る石は太陽のもと、幸せな光を放っていて、テギョンの想像したとおりミニョによく似合っていた。

 

「いいや、どう見てもそれより驚くことがあるだろう。あいつ卒倒するかもな」

 

テギョンの視線はミニョとは違い、指ではないところに向けられている。

ミニョのお腹はゆったりとしたワンピースを着ていても判るくらい膨らんでいた。

婚約したことも妊娠していることも見舞いに来たギョンセ以外誰にも話していない。

電話ではなく直接会って話したかったから。特にミナムには。

テギョンの元気な姿を見た次の瞬間、隣にいるミニョの変化に目を丸くする三人の姿が容易に想像でき、テギョンもクスリと笑った。

 

「あっ!」

 

ミニョの短い声と視線に半ば条件反射のように反応したテギョンの手は、猛烈なスピードでありながら壊れ物を扱うようにそっと大きなお腹にあてられた。全神経を手のひらに集中し、固まったようにじっとすること数秒。「・・・んー、止まっちゃいました」とミニョが言った途端、はぁーと止めていた息を吐いた。

胎動を感じるとミニョが言うたびお腹に手をあてるテギョンだが、不思議とピタリと動きが止まってしまい、テギョンはいつも落胆のため息をついていた。

 

「どうして俺が触ると動かないんだ、俺に触られるのは嫌なのか?ミニョを泣かせてばかりいるから嫌われてるのか?」

 

お腹にあてたまま肩を落とすテギョンの手にそっとミニョが手を重ねた。

 

「私ずっと考えてたんです。テジトッキになったオッパの声がどうして私にだけ聞こえたんだろうって。きっとこの子だと思うんです。この子がオッパの存在に気づいて、私に聞こえるようにしてくれたんじゃないかなって。それに、私を一番笑顔にできるのはオッパです。それはこの子も判ってます。だらか、嫌われてるとかそんなこと、絶対にありません。」

 

テギョンの声が聞こえなかったら今頃どうなっていたか・・・

テギョンはずっと昏睡状態のままベッドの上で機械につながれていたかもしれない。

ミニョはずっとテジトッキを抱きしめて苦しい日々を過ごしていたかもしれない。

そんな最悪な未来にならなくて済んだのは全部この子のおかげかも、そう思うとより一層愛しさがこみあげてくる。

 

「そうか・・・じゃあきっとスターの俺に触られて緊張してるんだな」

 

ふふふっと笑うミニョの背中が温かくなった。前に回された腕は二人を守るように優しく包みこむ。

 

「あいつらが帰ってくるのはたぶん夜だからそれまで寝るか。ミニョも疲れてるだろ、しっかり身体を休めた方がいい。俺も眠いし」

 

そして付け足しのように言葉が続く。

 

「テジトッキは椅子だからな、ベッドには連れてくるなよ」

 

「リスクマネジメント能力が高い、からですね」

 

青い空には端の消えかけた一本の細長い白い雲。

 

「ほら、足もと気をつけろよ」

 

「はい」

 

テギョンの差しだした手をミニョはしっかりと握る。

もう片方の手にはテジトッキ。

きっともうテジトッキを抱きしめ、ひとりの夜を泣いて過ごすことはないだろう。

心地いい風が頬をなでていく。

二人は歩き出した。

 

 

 

―――― Fin ――――

 

 

 

                  

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タタン、タタタン、タタン、タタタン・・・

握るというより落とさない程度に軽く持っただけのスティックが奏でるドラムにいつもの力強さはどこにもなく、乾いた地面を叩く空虚な音がした。

タタタン、タタタタ、タタタン、タタタタ・・・

 

「はぁ・・・」

 

手はかろうじて動いているが、心ここにあらずといった様子のジェルミから大きなため息がもれた。

 

「テギョンヒョン大丈夫かなぁ。ミニョも・・・心配だよ-」

 

「最近ため息ばっかついて、うっとうしいぞ」

 

目の前の空間をぼんやりと見つめため息の数を更に増やすジェルミに、ミナムがイライラと声をかけた。

 

「んなこと言ったって、ミニョが向こうに行ってずいぶん経つじゃないか。最初の予定じゃとっくに帰ってきてるはずなのに・・・」

 

アメリカへ行ったミニョからはメール以外に時々動画が送られてきていた。そこには元気そうなテギョンの姿が映っていて、順調そうな回復にみんな安心していた。

「もう少ししたら帰国できそうです」と言っていたのに、その後ミニョの体調不良で帰国が延びることになったと連絡があった。

 

「仕方ないだろ、こっちとは環境も違うしテギョンヒョンのリハビリ手伝ったりでいろいろ大変なんだよ、精神的にも体力的にも。軽い貧血だって言ってたから大したことないと思うけど」

 

ミニョはミナムに妊娠したことは告げておらず、貧血とだけ伝えていた。

 

「何だよミナム、冷たいなー、軽くたって貧血なんだろ心配じゃないか。なかなか帰ってこないし様子だって詳しく判んないし」

 

「俺は時々電話してるから判るよ、すごく元気そうだった。帰ってこないのはテギョンヒョンに止められてるからみたい。きっと向こうにいれば二人きりでいられるって思ってんじゃないの、ヒョンのことだから。で、曲作りに役立つとか言ってあちこち観光でもしてんだよ」

 

「ああそれはあり得るね・・・ってミナム、何か最近変わった?こんな状況、前だったらもっとミニョのこと心配して、「くそーヒョンめ!」とか言ってたのに」

 

ジェルミの台詞にクスッと笑い声がした。その声の主はこの部屋にいるもう一人の人物、シヌだった。シヌは目を通していた楽譜から顔を上げると、“知らないのか?”と少し驚いた表情でジェルミを見た。

 

「ミナムは今、ヘイのことで頭がいっぱいなんだよ。とりあえず今夜のデートすっぽかされないか、そっちの方が気になって仕方ないんだろ」

 

「ヘイって・・・ユ・ヘイ!?何で?別れたんじゃないの!?」

 

「ケンカしてただけだよ。機嫌直すの大変で・・・やっとOKもらったんだ」

 

ミナムは“物好きなやつ”と目と口を大きく開けているジェルミにメールの返事を見せながら、ふふんっと笑った。

 

「テギョンも退院して週に何度かリハビリに通うくらいまで回復してるみたいだし、ミニョに無理させるようなことは絶対にしないから心配するな」

 

「う、ん・・・シヌヒョンがそう言うんならきっと大丈夫だよね」

 

「そうだよ、短い間だったとはいえシヌヒョンの身体はテギョンヒョンのものだったんだ。つまり二人は一心同体・・・ん?一身同体か?ま、そのシヌヒョンがテギョンヒョンを信用しろって言ってんだから、間違いないって」

 

ハハハと笑うミナムにそれまでにこやかだったシヌの表情が一瞬にして無になり、持っていた楽譜がはらりと床に落ちた。

 

「俺の身体がテギョンの・・・って、何のことだ?」

 

固まった顔のままゆっくりと首を動かしミナムを見る。

 

「あれ?言ってなかったっけ。ミニョが持ち歩いてたぬいぐるみに昏睡状態のテギョンヒョンから抜け出た魂?が入ってたんだ。で、それは時々シヌヒョンの中にも入って身体を動かしてたってわけ。だから一時的だけど、シヌヒョンの身体はテギョンヒョンのもの~♪」

 

「笑えない冗談だな」

 

「冗談じゃないから笑わなくていいよ。俺とジェルミはテギョンヒョンになったシヌヒョンがミニョと手つないでるとこ見てるし、テギョンヒョンと話もした」

 

「そうそうビックリしたよー。シヌヒョンがテギョンヒョンの声でしゃべるんだから、仕種もそのまんまだったし」

 

こんな感じだったと眉間にしわを寄せ口元を歪ませてみせる。

 

「俺がそんなことを?」

 

「てっきりミニョに近づきたくてテギョンヒョンが憑依したフリしてるのかと思った」

 

「するわけないだろ」

 

「技術的にはできそうじゃん。感情的には絶対にするわけないと思うけど」

 

ミナムはシヌの反応を見ようと顔をのぞきこむが、テギョンと違ってそこにはミナムが期待するようなものは表れない。何を考えているのか石像と化した顔はピクリともしなかった。

 

「すぐには信じられないが・・・俺が知らない間に、テギョンが俺の身体を乗っ取ってたんだな」

 

「そーそー」

 

「勝手に人の身体を・・・」

 

ブツブツと文句を言いながらチラリと両方の手のひらを見ているシヌにミナムがこそっと耳打ちをした。

 

「つないでたのは左手だよ」

 

さすがにキスマークのことまでは言えない。

スッと左手に視線を流したシヌはミナムがニヤニヤと見ていることに気づき、咳払いをすると無表情で顔を上げた。

 

 

 

                  

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テギョンが病室のドアを開けた時、目に飛び込んできたのは必死の形相でぬいぐるみに話しかけているミニョと、骨があれば確実に首の骨が折れていると思われるほどうなだれているテジトッキだった。その光景にテギョンは、ミニョが不注意でテジトッキを殺してしまい、慌てている現場を目撃してしまったような錯覚に陥った。

室内にはここだけ別世界のような妙な緊張感が漂っている。このままドアを閉めた方がいいのかと一瞬頭を過ったが、すぐに思い直し遠慮がちに声をかけた。

 

「ミニョ?」

 

「オッパ!!」

 

「何だよそんな驚いた顔して」

 

「だってなかなか戻ってこないから、またこの子に入っちゃったんじゃないかなって・・・さっき目がキラッて光ったんです、だからオッパがこの子に入った瞬間かと思って・・・」

 

「そんなに簡単に入ってたまるか。それにもし入っててもそれだけ乱暴に扱われたら中で気絶してるぞ。俺はミニョがそいつを殺してるのかと思った」

 

「そんなことしません」

 

「そうか?死にそうになってるぞ」

 

テギョンの言葉にハッとしたミニョは、腕の中でぐったりしているテジトッキを慌てて壊れ物を扱うように抱きしめた。

テギョンが戻ってきて少しホッとしたが、ミニョの心は落ち着かなかった。それは妊娠したという告白に対してのテギョンの反応がよく判らなかったから。嬉しいとか困るとかはっきりした感情を見せないまま部屋を出て行ったテギョン。結婚しているわけでもないし、プロポーズされていたわけでもない。ただ恋人という関係の二人の間に子どもができた。ミニョは嬉しかったがテギョンがどう思っているのか判らない。そして今していることの理由も。

テギョンは身の回りの物を黙々とバッグに詰めていた。

 

「何してるんですか?」

 

「退院の準備だ、今からここを出る」

 

「今からって・・・退院するのは今週末でしょ」

 

「安静にしてなきゃいけないんだろ、そんな状態のミニョを一人にできないじゃないか。ちゃんと許可はもらってきたから大丈夫だ。俺のことより自分の身体の心配をしろ」

 

移動スピードは落ちるが両手が使えるからこっちの方が便利だと松葉杖も返してきたというテギョンは、片足を少し引きずりながら歩き、退院の手続きは時間がかかりすぎるとブツブツ文句を言った。もっともそれは、急に今から退院したいと言い出したテギョンが原因であって、予定通り今週末ならもっとスムーズに済んだのだが。

ミニョの妊娠を知り、その上安静が必要な状態だと聞いたテギョンは動揺しつつも、今自分ができること、しなければいけないことを瞬時に判断し、すぐ行動に移した。座ってろと言ったのはそこのベッドで横になれと言ってもどうせ寝ないだろうからせめて座っておとなしくしてろという意味だし、冷たく感じられた物言いはとにかく急いでいたから。

言葉が足りなかったのはテギョンも少しパニックになっていたせいだろう。だいたい、冷静でいられる方がおかしい。

決して拒絶されたわけでも放っておかれたわけでもない。急に出て行ったのもなかなか戻ってこなかったのもすべて自分のためだったと知ったミニョの目はみるみる潤みだした。

 

「オッパ・・・」

 

雨音にかき消されてしまいそうなほどか細い声とともに、まぶたにとどまりきれなくなった涙がこぼれ落ちた。

 

「どうした、痛いのか?大丈夫か!?」

 

ミニョの涙に気づいたテギョンは手を止めミニョへ近づいた。その距離は数歩だったが、とっさのことでついかばっている方の足で思い切り踏みこんでしまった。あっ、と思う間もなくズキンと痛みが走ったが、口から出そうになったうめき声を何とかのみこみ、頬を引きつらせながらミニョの顔を心配そうにのぞきこんだ。

 

「やっぱり寝てた方が・・・」

 

「いいえ、痛いとかじゃないんで大丈夫です」

 

涙声でふるふると首を振ったミニョは無理をしてそう言っているようには見えなかった。その証拠に涙が伝う顔は微笑んでいる。しかし大丈夫といった割には涙は止まらず、次から次へとあふれ出していた。

 

「一人でいるのが怖くて・・・安心したら何だか急に・・・」

 

胸の中に石がいっぱい詰まったような息苦しさ。

もう会えないんじゃないかという恐怖。

これからのこと。

抱えていた不安が安堵感に押し出され涙となって流れていく。

 

「ごめん、不安にさせて・・・」

 

テギョンは慎重に一歩踏み出すと、小さく笑いながら涙を拭っているミニョをふんわりと包みこむように抱きしめ、背中を優しくトントンとたたいた。

自分のせいで何度も流させてしまった涙。少し前まではテジトッキとして浴びることしかできなかったそれをやっと胸で受けとめることができたテギョンは、自分の身体に戻れた幸せをあらためて噛みしめていた。

 

「・・・家族になろう・・・」

 

低く静かな声が響いたのは、テギョンの胸の布が十分水分を吸った頃だった。

 

「え?」

 

突然降ってきた言葉にミニョは何かの聞き間違いかと濡れた顔を上げた。そこに再び「俺と家族になってくれ」と力のこもった声が降ってきた。

ついさっき“妊娠”という言葉でテギョンを驚かせたミニョが、今は“家族”という言葉でテギョンに驚かされている。声の出ないミニョを見てさっきの自分はこんな顔をしていたかもと思うと、テギョンは心の中でクスリと笑った。

 

「言っておくが、今急に思いついたとか子どもができたからじゃないからな。事故に遭う前から考えてたことだ。言うタイミングはもともと予定してたのとはかなり違うが・・・」

 

指輪を渡しながらプロポーズするつもりでいた。しかし事故で失くしてしまい手元にはない。こんなことなら目が覚めた時あの店に同じ物を注文しておくんだったと後悔したがもう遅い。

豪華なクルーズ船で満点の星を背景に・・・とか、特別会員限定のファンミーティングをしながらさりげなく・・・というのもいいなと考えていたのに、実際は消毒薬のにおう病室でパジャマ姿というあまりにも落差のあるプロポーズとなってしまった。しかシチュエーションよりも今の素直な気持ちを伝えたいと思った結果だった。

 

「返事は?まさかとは思うが断らないよな。そんなことしたら俺は自力でテジトッキの中に入るからな。それが嫌ならOKしろよ」

 

脅迫のような返事の催促に選択肢は用意されていない。とは言え、そこにいくらたくさんの選択肢があったとしてもミニョが迷うことはない。

強気な態度のテギョンの胸に耳をあてると、緊張しているのかとても大きく速い鼓動が聞こえる。

ミニョは温かな胸に額を押しつけるようにして「はい」と頷いた。

 

 

 

                  

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