屍鬼(小説版)文庫五巻感想②
①が静信の小説のことだけで終わってしまったので、その他をこっちに書きます。静信がじっくり自分と向き合っている間に、外はすごいことになっています。というか、こっちの方が事態の中心ですよね。ここで暴かれる人間の残虐さこそが、この小説で一番怖いところであるような気がします。いわゆるホラー的な、得体の知れない怖さは三巻がピークかなと思うのですが……結局、人間の方がよっぽど怖いです。律子自分の正義を貫いて、山入壊滅の引金を引いた律子。彼女の正義は、最後まで人間側にありました。徹は、沙子に「自分を責めるくらいなら、自分を憎んで殺せるほどでなければ駄目」と言われ、それができない自分を自覚していました。しかし律子は、自分を殺すことを成し遂げます。それは、将来抱くであろうと予想した憎しみの大きさのせいか、それとも「人を助けたい」というプラスの目的がそこにあったせいか。どちらにしろ律子は、それを自ら選び取りました。徹も、それを受け入れました。だからこそ二人の死は、悲しいけれども美しい最後に見えます。思い返せば夏野も、犠牲者になることを受け入れていましたよね。一方で、自ら選んだわけではなく死んでいった人たちの最後は、非常に理不尽で納得しがたいものに映ります。……というか、ほとんど全員そうですよね。死を選んだり受け入れたりする余地があったのなんて、ほんの数人です。この巻で理不尽さが際立っているのは、美和子・光男・克江と、それから矢野妙でしょうか。律子と同じように鬼になることを拒んだ妙。ただし「拒んで死ぬ」のではなく「拒みながら生きていく」ことを選び……その先にあったのは悲惨な顛末でした。とはいえ、美和子たちや松村さんの殺され方を考えれば、加奈美さんが殺されなかったのがせめてもの救いという感じもあります。しかし、元子さんなぁ……もはや、腹を立てるとか同情するとかいう対象からも逸脱してしまっている気がするので、ちょっとコメントしづらいですが……うーん、まぁ、可哀そうな人ですよね。でも茂樹くんは起き上がらなくて良かったと思うよ……そこで起き上がったら、元子さんの血を吸って殺した挙句に、日に当たるか杭を打たれるしかないもの……。ところで、やすよさんのモノローグで語られる「律子たちを人に戻してやる方法があればいいのに」という願い。もちろんやすよさんも、そんなことは不可能だという前提で言ってはいるのですが、そうだとしても、その望みを口にした人ってほとんどいないんですよね。恭子さんを実験材料にした敏夫を責める時に、静信が例えに出したくらいでしょうか。端から誰もが諦めていた、都合の良いハッピーエンド。それが願われるのが律子に対してだというところに、律子の突き抜けた善良さと愛され具合が見える気がします。かおりかおりが田中を狩るシーンは、壮絶の一言です。スプラッタ加減もとんでもないですし、何よりかおりの感情の激しさがものすごいです。夏野にも昭にも越えられなかった「知り合いに凶器を振り上げる」という壁。それを踏み越えた原動力は、怒りでした。終わった後の取り乱し方を見ても、その決意は、隙の大きい一時の高ぶりであったんでしょうし、そうでもないとできないことかもしれません。千鶴に杭を打った清水もまた、娘を奪われた怒りで一線を踏み越えました。パイプラインでも怒りと、それに加えて共犯者意識を原動力にしている描写があります。大川の場合はちょっと特殊で、自分のルールというものへの絶対的な自信が大きいのかもしれません。……篤くんと大川さん、なんだかんだ似たもの親子ですよね……。ここで不思議に思うのは、敏夫は恭子に杭を打つ時、何をもってそれを踏み越えたのか、ということ。村が燃えていくのを見守るシーンで語られた「自分が何かを成せることを証明したい」という思いでしょうか。「村人の命を預かっている」という自分のアイデンティティを奪っていったものに対する、やはり怒りなのでしょうか。初読から15年を経て屍鬼のストーリーは、かなり複雑です。多数の登場人物、その間にある人間関係とそれぞれの思惑を描写しながら、虫送りから霜月神楽までの約三ヶ月半、毎日の記録をつけられるほどに緻密なストーリー展開が続いていきます。整理して読むだけで一苦労なのに、これを矛盾なく書き上げる能力と労力たるや、とても想像がつきません。そして、膨大な情報量の物語が整合していること自体がすごいのですが、そんなことはこの小説にとっては前提にすぎません。どこを切りとっても読み応えのある物語、それが一点に向けて収束していく説得力、そしてそれを見届けた感動といったら!初読時には私は中学生でしたし、理解できない部分もありました。作中作のラストで彼と弟が同一人物だと明かされた時に「えっ!?弟、いなかったの?どういうこと??」と混乱したのをいまだに覚えています。でも、それからずっと好きでい続けたからこそ、何度も何度も読み返して少しずつ理解して、こうして大人になって感動を言葉にできるようにもなったわけで、それは全て、あの時わからないなりに感じた感動の大きさゆえで、小説の持っている力なんだなぁと思います。このブログでは15年分の思い入れには全く足りませんが、ひとまず、素晴らしい物語をありがとうございました!★屍鬼感想:一巻/二巻/三巻/四巻/五巻①②★★他の感想記事はこちら★