9巻感想です。
ストーリーはいよいよ大詰め。
森田兄弟の復讐劇と、はぐちゃんの事故…ついに二人の天才にスポットが当たります。
時系列は過去回想と、竹本くん・はぐちゃん共に4年生の浜美祭から。
森田さん
過去回想は、森田父と根岸のおじさん、そして森田さん(忍)とお兄ちゃん(馨)の、「持つ者」と「持たざる者」の物語。
森田父、まんま森田さんですね…(笑)
天才、奔放、そして、愛される人。
物語は「持たざる者」の側に視点を置いていて、森田父を間近に見て、自分と引き比べ続けて、でも側を離れることができなかった根岸さんの苦しみ、そしてそれと重なる馨くんの悲しみが描かれています。
大好きな幸せな空間があって、それを作っている人のことも好きで、もちろん自分もその空間の一員として大切に扱われている…でも、だからこそ逃げられずに、黒い感情に飲まれてしまう。
「愛されてるんだからいいじゃん」とか「そんなにつらいなら離れれば」とか、言うのは簡単だけど、たぶん彼らには、それができない。それだけ、天才たちの存在が、彼らの中で大きすぎたんだろうね。
「りっちゃんはもう……」
根岸さんはお母さんに、何を言おうとしたのかな。
森田家の描写にはお母さんが出て来ないから「りっちゃん」は他界してしまっているのかなとも思うんだけど、根岸さんの心を沈ませているのはそのことよりも、好きな女の子を森田父に取られてしまった、それを見ているしかなかった自分への嫌悪のような気がする。
絶対に叶わないとわかっている天才を、いつも自分と比べ続けてしまう苦しみから、根岸さんは救われることがあったんだろうか。
「粉々にうち砕いて 俺を泥に還して欲しい」
自分の仕打ちがクリティカルヒットしたにも関わらず、超然とあり続ける森田父を見て、何かの諦めがついたのかな。
そして、持たざる者のもう片方である馨くんにはきっと、救いがある。その辺は次巻の感想で。
一方、「持たざる者の苦しみ」に対してあまりにもさりげなく描かれているのが、「持つ者の苦しみ」です。
森田父が苦しまなかったはずはないと思うんだよね。でも彼は、それを周囲に見せることをしない。苦しくなさそうに見せることができてしまう、それゆえに理解が得られない哀しさ…を本人が感じているかどうかはわからないけど、見ているこっちはすごく悲しい!
これは次の巻の話だけど、竹本くんの台詞が象徴的だと思うんだ。
「金とか才能とかじゃなくて 優しさとか誠実さにとられた方が もぜんっぜん気がラクだ!!」
「金と才能」「優しさと誠実さ」、それは、同等に人の長所であるはずなのに、前者は、どこかずるいもの、汚いもののように扱われてしまう。
それが生きる上で大きなアドバンテージになるものだからこそ、そして、一度引き離されてしまうと差を縮めることが難しいからこそ、持つものと持たざる者の断裂が大きくなってしまう、その結果なのかな。
だから、持たざる者にとって持つ者はそれだけで加害者で、被害者の立場からならひどいことを言っても許される、みたいな風潮は確かに存在していて、周囲に溶け込めないはぐちゃんの苦しみを見てきた竹本くんであってもこういうことを言ってしまうってことに、断裂の根深さを感じる。
あそこの森田さんの一瞬の表情が胸に刺さります…。
そして、だからこそ、同じく天才であるはぐちゃんをちゃんと一人の人として扱ってくれるみんなの愛情が、すごく温かく得難いものに感じるんだよね。
はぐちゃん
9巻にして、ようやく!はぐちゃんの内心が語られます。
はぐちゃんにとって一番の核である「創作」を、どう思っているのか。
その情熱はものすごく純粋で、他に何もないからって無理にしがみついているわけでもないし、見栄もなくて、本当にただ創作とだけ向き合っているんだなっていうのがわかる。
これを見てから考えると、「四季展用と海光賞用」のやり方は、本当に彼女にまったくそぐわないものだったんだねぇ。
事故のシーンは、竹本くんの視点です。
「ほんのさっきまで オレの オレの目の前に いたんだよ!」
この台詞、ずしっと来るねぇ。
遡れる気がしてしまうようなわずかな間、でも絶対に引っくり返せない時間の不可逆性。普段は気にも留めないそれが突然のしかかってくる感じがすごく重い。
そして、私が10巻を通して一番好きなシーンがここです。
はぐちゃんの強さを目の当たりにして、自分なんかにできることがあるのか?と迷っていた山田さんに野宮さんがかける言葉。
「山田さん 君は残りなさい 残んなきゃダメだ 友だちなんだろ?」
もーーー最高ですよ。私が野宮さん大好きなのは、この台詞があってこそと言っても過言ではない。
才能だとか強いとか弱いとか、そういうことじゃなくて、友だちだから支えてあげるんだって、すごくシンプルに答えを出してくれる野宮さん。そうだよ、そうなんだよ!って何回でも頷きたい。
何度読んでも、目の前がぱっと明るくなる台詞です。
これ、友だちとして一緒に過ごした時間がこれまでずっと描かれてきたからこそ、説得力がある言葉なんだよね。
そして、揺らがないと決めた花本先生。
大人になると、こういう「揺らがないと決めている人」って、たくさん見かける。立場上、そう簡単に揺らぐことを許されない人は多いから。
大人になるっていうのは、そういうことを受けて入れていくってことでもあって、それには意志の力がけっこう必要で。そんな中で「揺らがないと決めてる」ってことを誰かがわかってくれてるってことそのものが、意外と支えになったりするんだよね。
だから、「溺れてる人間が捕まるものが無くなってしまうだろ?」って竹本くんと山田さんに言えたのは、花本先生にとっても助けになっているんじゃないのかな。
竹本くんも、自分の無力さを思い知りながらも、自分を憐れむんじゃなくてできることを精一杯するんだと決めて、はぐちゃんを支える側に立ちます。竹本くん、成長した…。
はぐちゃんは「人生が400年あればいいのに」と語ったその口で、「死ぬまでなんて そんな長い時間」と言います。創作ができるかできないかで、世界がこんなにも変わってしまう。
でも、それを言えるってことが…桁外れの強さを持った上で、自分の弱さをさらけ出せるってことこそが、はぐちゃんの、森田さんにはない強さなんだと思う。
そしてそこに戻ってきた森田さんの「もう描くな」。
色んな人の思惑が集まってきて、次巻はいよいよ最終巻です。