マーボー大西のブログ -24ページ目

母を心底尊敬した時

私が小学生くらいの時、母親の「あんた料理作るの上手やね」(ソーセージ炒めたり、べた焼き作ったりするぐらいの事)を真に受けて,褒められるのが嬉しかったんだと思う。
気がつけば30年間飲食業で生きてきました。
この数年新しいカテゴリーの料理を一から勉強して商品にするという仕事をしている。
今は本当に便利になった、インターネットで何でも調べられるし、英語が分らなかったら翻訳もしてくれるし。
私の世代では知識は蔵書の数や、働いた先で先輩やその店から教えてもらったレシピ、メモったページ数がすごく大切でした、(もちろん今も駆け出しの頃のファイルは大切に保存してあります)
そんな中で思うのが、私のお母さんは昭和10年生まれです戦前戦中ですね、純粋に日本食しか知らなかった人です。
戦争が終わって洋食文化が入ってきて大阪万博1970年に私生まれました。
そんな子供たちにカレーライス、オムライスやハンバーグ作ってくれたんですね自分が子供のころに食べた事もない作ったところを見た事も無いものを。
新聞ラジオテレビの料理番組だけを頼りに作ったんですね。
今はそのすごさがわかります。
材料も器材もあり合わせでやったんだなぁと感心します。
どれぐらいすごいかと言えば
子供が喜ぶだろうなーと思って、ミャンマーの「モヒンガ」作ったり
ベトナムの「ビーフ フォー」を晩御飯で作るような感じ。
この頃しみじみ母の偉大さを感じます。
お母さんあと一週間で誕生日ですね、年女と言ったら怒られそうですが。いつまでも猪突猛進で子供たちを叩いてください。
ありがとう。
貴之より


日本の外国人労働者の受け入れ

日本は外国人の労働力確保に大きく舵を切ったようです。
日本は移民を受け入れるのか、出稼ぎを受け入れるのかはっきりしないといけないと思います。
安い労働力を欲しがって出稼ぎを受け入れようとすると、絶対に彼らから見放されます。
彼らはお金を稼ぎに来ているわけであって移住しに来ているわけではない。
稼げないのならシンガポールや中近東などもっと稼げるところに出稼ぎに行きます。
いろんな出稼ぎの人を雇ってきましたが、皆お金貯まったら祖国へ帰ったりもっとスキルアップして稼げる国に旅立って行きました。もうそろそろ、労働力に対する報酬への考えを根本的に見直さないといけないと思います。
日本語は覚えないといけないは、やたら品質にだけはこだわる、待遇は奴隷。
誰がこんな国で働きたいと思いますか?だったら英語覚えて英語圏の国で出稼ぎに行ったほうが良いと思いますよ。
優秀な出稼ぎに見捨てられ、不良移民ばっかりが集まる国になるような気がしてなりません。(絶対なると断言してもいい)

もてる男の条件

先日同業者と喋っていて
彼が「カウンターバーと言うかスナックで働いていて
お客さんにおごってもらって飲んでたんですけど、
あーいうのって何なんでしょうかね?よくわかんないです」と聞いてきたので。

私「君それって誇って良い事やで、飲食店、水商売のカウンター商売は自分の店を好きになってもらう。
それって言うのは自分を好きになってもらう事やねん。 
僕らは人前に立ってその人と喋って好きになってもらわなあかんねん。
君は男前やし女の子にモテルやろ、
それ当たり前やね、逆にそれ位で無いと困るねん。
僕ら男でおっさんや、おっさんが僕ら以上年上のおっさんに好かれるってめちゃくちゃ努力しなあかんね。
お客さんがどっか出張行ったお土産買ってきてくれたりするやん、
その人って出張先でいつも行く飲み屋のマスターのこと思い出してくれたんやで。
それは、カウンター商売の人間として自分自身をプロとして誇りに思わないとあかんで」
と言って、得心してもらいました。

じゃあ、どうしたらモテるのか、その技術はすごくシンプルで、
相手に興味持つ事、相手を好きになる事です。
興味あったらなんぼでも聞くことありますから。

聞く事、相手に喋ってもらうことが大切です。
自分がお面白いって勘違いしてる人って
たいてい自分の事しか喋っていません。
自分のこと喋って面白い人ってテレビに出てる人以外で2人しかあったことありません。それくらい難しい技術です。

この頃人と喋ってないので脳が鈍って困っています。

そんな僕も 時間をかけてじっくり人と付き合うのが好きなですが。
パーティーとかその時だけの飲み会とかで会話をつなぐのが苦手です
いつも自分のペースつかむ前に飲み会終わって「全然しゃべれなかった」とへこんでいます。。