ゲイ占い師 豫 空潤です。

 

今月6日~14日まで、約9日間の旅行をしてきました。

 

参照:「ヨーロッパ旅行に出かける」https://ameblo.jp/frogat/entry-12532361866.html

「プラハ旅行1日目」https://ameblo.jp/frogat/entry-12533446527.html

「プラハ旅行2日目」https://ameblo.jp/frogat/entry-12533965240.html

「プラハ旅行3日目」https://ameblo.jp/frogat/entry-12534242578.html

「プラハからウィーンへ」https://ameblo.jp/frogat/entry-12534528219.html

「ヨーロッパ旅行5日目」https://ameblo.jp/frogat/entry-12534789974.html

「ドーハの悲劇?」https://ameblo.jp/frogat/entry-12534940457.html

「バンコクの悲劇?」https://ameblo.jp/frogat/entry-12535716246.html

「予想外のバンコク観光……そして帰国へ」

https://ameblo.jp/frogat/entry-12536064492.html

 

ようやく落ち着き、元の暮らしに戻ったので、じっくりと振り返ってみたいと思います。

 

前回の「プラハ旅行を振りかえる」

https://ameblo.jp/frogat/entry-12536568586.html

では、プラハ旧市街及びプラハ城をとりあげましたが、もうひとつの有名な観光名所がカレル橋です。

プラハ市内の中心を貫くヴルタヴァ川(モルダウ川)中流にかかる、500m強の橋ですが、

欄干に並ぶ30体の聖像彫刻が見事です。

 

でも、なぜ、橋の欄干に彫像を造ったのでしょうか?

 

30体のうち、最も有名で人気が高いのが、 聖ヤン・ネポムツキー 像です。

 

聖ヤン・ネポムツキー は、14世紀のボヘミアの聖人です。ボヘミア王妃の告解を、ボヘミア王から明かすように迫られたが、拒み通し、怒ったボヘミア王は 聖ヤン・ネポムツキー を拷問で殺し、橋の上から遺体を投げ捨てたという伝説が残っています。

 

司祭としての守秘義務を、命をかけて守り通した 聖ヤン・ネポムツキー を後世の人が崇拝したのは、分かる気がします。

 

しかし、この伝説で気付かされるのは、昔の橋、特に欄干は、生と死の境目だったということ。現代の橋は安全ですが、以前は、必ずしもそうではなかったということです。

思えば、日本でも、昔話などで、橋の上から身を投げる……といったことがありました。

 

きっと、聖ヤン・ネポムツキー の他にも、カレル橋の欄干から落ちて、亡くなった人達がいたのでしょう。

そういう生死の間、つまり、この世とあの世の境界線を畏れ、故人の冥福を祈る心が、聖人像を欄干に飾らせたのでしょうね。

 

夜でも明るい、現代日本の都会に住んでいると、あの世とか、故人の住む世界とか、お墓や仏壇以外では意識しませんけど、実は、もっと身近なものなのでしょうね。

 

Tommy「またまた、怖がらせようとしていない?」

僕「我が家のリビングでも、時々、気配がするよ」

Tommy「僕は感じないけど……」

僕「感じない方が、幸せとも言えるよ」