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そこそこいい会社をとびっきりいい会社に

株式会社フリスコ/フリスコ社労士事務所
代表取締役 特定社会保険労務士
桑原和弘

東洋哲学実践家
職業:社長の相談相手

経営理念を策定し、社内に周知し、理解を深めようと毎朝の朝礼で唱和する。最近では少数派になりましたかね。特に若い人たちには受けが悪いようです。

 

たしかに唱和には様々な効果が期待できます。アファメーションというのをご存知ですか? ごくごく簡単に言うと自己暗示。あるいはみんなで声を出すと副交感神経にも影響を与えるそうです。気持ちよくなっちゃうみたいです。

 

経営理念の有無と売上規模の大小には相関があるとの研究もあります。だから売上を上げるために理念を策定して全員で唱和しようという思いつきも理解できますが、理念唱和で売上が上がるのかと問われれば、上がることもあるだろうし、上がらないこともあるだろうというのが私の考えです。




どうすれば売上が上がるだろう。業績を伸ばすには何をすればよいのだろう。会議などで「やり方」が問われることはあっても「あり方」について触れられることは少ないかも知れません。

 

自社は何のために存在しているのか。事業目的に照らしてどういった存在であるべきか。打ち手をたくさん見つけても「あり方」が定まらないことには望む成果を得るには至らないでしょう。

 

個人で言えば、自分が何者かを知る。世界を照らす存在なのか、不遇を嘆いて一生を終える存在なのか、自分が何者かによって見えるもの感じるものは違ってきます。会社にとって「あり方」の拠り所となるのが経営理念です。




経営理念を整えて社内に理解を広めようとするとき、ちょっとした抵抗感や違和感を持つ人がいるものです。組織の一員として洗脳させられるんじゃないか、社内に籍を置くために滅私奉公を求められるんじゃないかと考える人もいます。

 

経営理念が示すのは「方向性」だと考えます。事業目的に照らして、今日はどちらの方向に舵を切ればよいのか、舵を切るためには具体的にどのような言動や振る舞いが望ましいのか、社員一人ひとりが自分で考え決定し行動するためのガイドのようなものです。

 

経営理念は個々の価値観を一律するものでも社長のクローンを量産するためのものでもありません。経営理念を唱和すること自体に良いも悪いもありませんが、社内に誤解を充満させるような唱和になっていないかのチェックは必要です。