高校生の頃、制服の着方とかスポーツバッグの持ち方が
グループによって違っていた。
垢抜けて派手になればなるほど
個性的な着こなし方をしていて
校内の流行りは常にそこから発生していた。


なので違うクラスでも
はたまた違う学年でも大体
制服の着こなし方を見れば
クラスのどういったグループに属しているかは想像がついた。
 

クラスはどの時代も大体三つのグループに分かれていた。
派手なグループ、真ん中のグループ、
地味なグループといった具合だ。


私はいつも真ん中のグループにいて
派手にもなれず、地味にもなりたくなく
その中のどちらにもはみ出ない微妙なラインを
常に保って過ごしてきた。


それは大人になってからも
大体この人は学生時代派手なグループにいただろうとか
地味なグループだったのかなとか
言われなくとも想像がつく。


そこで気が付いたのだけど
私の周りの起業家さんを見てみると
学生の頃に
「派手なグループに属していただろう」と感じる人が非常に少ないんである。
 

きっと真ん中か、地味なグループにいて
属さないタイプだったんじゃないかと思える人が多い。


そういう人達って割と
グループの動向を分析していたり
目立たず属さずっていう
微妙な感情の網目をくぐって生きてきたというか。


慎重に感情を探り合っている
そんな繊細な雰囲気を感じるんだよね。


マーケットの感情に敏感で
個を貫くのは起業には向いてるだろうから
人はなるようになってるのかなって思った。


面白いなー
もっと分析していきたい。
複雑で繊細なおんなのこのきもち。

 


 

 

        

 

 

好きなアーティストがいつの間にか
歳下ばかりになってきた。
テレビで見るアスリートや歌手、
活躍してキラキラしている姿に
すごいなぁーいつか私も…
なーんて思っていたのに


気付いたら年齢追い越していて
自分でもまぁびっくりするわ。


1階の作業部屋は私が少女に戻れる空間。
漫画や雑誌、趣味の図録がいっぱいの本棚と
好きなバンドのCDに囲まれて
デュアルモニターの片方は
youtubeで流しっぱなしのプロモーションムービーが
鮮やかな居空間を構築している。


ライブ配信のこの人も
プロフィールを見ると私より一つ歳下だった。
同じくらいの36年間を
この人はどう過ごしてきたんだろう。


今の私は勿論
37回の365日が毎日一日ずつ構築してきたもので
一時一時の感情がその日の行動を決めてきたのだから
私は37回の365日が願ったように
そのままの形で形成されているんだ。


夢を描いたり諦めたり
自分を信じたり信じなかったりの結果なんだろう。


自分のしたいようにしていて
なりたいようになっていると
本当に実感できているのはここ最近のことで、


なかなか「今」を俯瞰して見ることが出来ないから
こうして憧れのアーティストに抱く感情を
大事に感じていこうって思う。


明日も楽しいといいな。
 


        

 

高校2年の頃、受ける大学の試験に合わせて
文系か理系か国立か私立かってクラス分けがあった。


優等生の振りして17年間生きてきたが勉強はこりごりで、
適当に部活ばっかりやってた私は
まぁなんとなく国立かなーくらいのノリで国立文系クラスに入ったのだけど
センター試験を受ける気が全くなかった。


その事実を知った担任の先生はちょっと愕然としていて
このクラスに入りたくても入れなかった生徒がいるのだから
形だけでもセンターを受けろと私を説得していたけれど
結局クラスでただ1人私だけがそれを受けなかった。


なぜなら私立のデザイン学科を受けると決めたのは
クラス替えのだいぶ後だったし
入りたい大学の試験はセンター試験受験の必要がなかったからだ。


この頃は親からも先生からも
部活ばかりやっていないで進路を考えろと迫られていたけど
クラス替えひとつで受験大学が変わってしまうなんてことに
人生に対して選択の虚しさのようなものを感じていた。


子供の頃は何にでもなれるって思っていたけれど
大人になるにつれ可能性って一つずつ減っていくんじゃん。
17やそこらで将来など決められるか。
大人になるってなんてつまらないんだろうと斜めに構えていた。


そんな事を
先日保育園から発達児童相談センターの面会を勧められてぼんやり思い出した。
産まれた時は可能性に満ち溢れているのに
人は刻一刻と時間が経つ度に
将来の可能性がどんどん減っていってるんだろうか。



だけど自分を振り返ってみると今は自営業なんだよな。
あれだけわーわー揉めたけれど
家があって家族がいて幸せな今日を過ごしている。


そりゃスッチーにも歌手にもなれんかったけれども。
何かやろうと思えばすぐに世の中に発信出来るし、
すごい可能性を秘めていないか。


可能性ってなくなるものだと思っていたけど
増えていくもんなのかもね。
知らない方向に枝分かれして、
知らない実がその先にいっぱいなっているんだろう。

 

 

今日の私は、息子はどんな可能性と出会うだろう。