中学生の頃、軽いいじめにあっていた私は
高校で人生初の「キャラ変」をやってのけた。


それまで優等生道まっしぐらの輝かしい人生だったのが
いじめをきっかけに「嫌われる恐怖」を味わい
どんな人からも好かれるキャラを考えに考えた結果
赤ちゃんのような、ペットのような
天然おバカキャラで立ち振る舞うようになった。


入学式の後
クラスに分かれて自己紹介を行った時の私のキャラ変ぶりに
4分の1くらい居た同中の友達が
唖然として見ていたのを覚えている。

今考えると人生の汚点のような思い出だ。


しかし一度キャラ変デビューをすると
その後元の自分に戻せないのがキャラ変の怖いところで。
ましてや高校生って最も多感な時期で
しゃべり口調がちょっと変わっただけでも
またいついじめのターゲットになるか分からない。

 

 

今思えばそんなにひどいいじめがある学校ではなかったけれど

染み付いた「嫌われる恐怖」は私を雁字搦めにしていった。


そんながむしゃらな自己防衛の甲斐あってか
無事に?3年間その天然キャラでなりきり通した。


その頃からなんだろう。
本来の自分がどういうしゃべり口調だったのかを忘れてしまい、
話すのがなんとなく苦手になっていった。


天然のしゃべり口調と
頭の回転の速度のバランスに差が生じているような
もどかしい感覚が、20年経った今でも残っている。


この違和感すらずっと忘れて過ごしていたのに
起業して「感覚」を活用する人達に触れ
声のトーンやしゃべり方を指摘されて思い出した。


本質にたどり着くなんて
まだまだ時間がかかりそうだけど
意識して過去に返り
本来の声を取り戻していきたい。

 

 

久しぶりに会う友人に

声変わったねと言われるようになりたいな。

 

 

 

     

 

 

Facebookのタイムラインを眺めていると

コメント覧が賑わっている投稿って

悲しいかな「怒りの感情」を書いた記事が多い。

 

 

「○○なんかしててバカじゃないの?

ちゃんと考えろよ、こーだよ」といった

他人の批判から入りーの

自分の考えを正々堂々と書きました

みたいな投稿だ。

 

 

こういう記事はもう、かなり賑わう。

カンニングなんとかみたいに賑わってる。

 

 

書いた人に対して何か思うというより

あ、書いた人はこの先大変だね

と思うだけなんだけど

私が興味深いのは

「よくぞ言ってくれました!スッキリしました!」

というコメントがなんとも多いことの方にあって

 

 

そんなに皆、怒りを心に溜めているのか

という事なんである。

 

 

私も以前怒り投稿をした時に

見たこともない人がどこから来たのか

わんさかコメント覧に沸いて出てびっくりした。

 

 

そんでもって、その時に沸いてきた人は

今1人も残っていなくて

別の怒り投稿で見かけた。

 

 

あ、この人またこういう記事にコメントしてるんや。

と思った。

どんだけ怒り溜めてんねん。

そしてどんだけ人の投稿で擬似体感してるんだろう。

 

 

怒りに纏わり付く人は

吐き出すきっかけを探して

次から次に怒り投稿を徘徊しているから

 

 

その人にとって書き手は

怒りの捌け口になってあげてるだけで

サービスへの想いだったり

人となりだったり

もっと見て欲しい部分が

全然見てもらえなくなってしまうんじゃないか。

 

 

その侘しさを経験してから

私自身も気を付けようと思ってるし

お客さんにも気をつけるように伝えてる。

 

 

それで人を集めても

カンニングなんとかみたいに

ずーっと怒っていないといけないよって。

 

 

人の事が気にならなくなるくらい

自分の事に夢中になりたい。

伝えたい事は他にもたくさんたくさんあるんだ。

 

 

 

     

 

 

25歳の頃に初めて映像・アニメーション業界に入ってから
36歳までその界隈をウロウロしていた。
あそこに入って一番衝撃を受けたのは
職場環境に於ける女性の人権的な取り扱いである。



今から10数年前にはなるけれども
当時入社した会社は職場がアパートのような建物で
1階と2階のフロアに多い時で30名は居たんじゃないかな。
20名が男性、10名が女性くらいの割合で
決して女性が少ないという印象ではなかった。


アニメーション業界って福岡では
専門学校でしか学ぶ場所がなかったから、
その会社には専門卒、二十歳前後の若者が多く働いていた。


当時4大を卒業し福岡では中心街の広告代理店から転職した私にとっては
非常に幼い、どうかすると高校生くらいに見える女性ばかりがいた。


まぁ、幼く見えても女性は女性だ。
10数名も大人の女性がいるのに、その会社はなんと
トイレが1つ。男女兼用だった。
しかも、当番制で男女関係なくトイレ掃除をする。


入社当時は気付かなかったけれどピンチはすぐに訪れた。
トイレに生理ポットが見当たらないんである。

「…は?」

すぐさま同僚の女性社員に尋ねてみると
「うち、置いてないんですよー」と言う。
「え?どうして?」
「掃除の時、男性に見られるのを皆嫌がってて…。」


…は??



じゃあ、ブツはどうしているのかと尋ねると
”その日”は歩いて10分のコンビニまで行くか
持ち帰っているんだそうな。


おいおいおい
赤ちゃんのオムツでさえもバッグに入れるのためらうぞ。
んなアホな話あるか!と40代男性(妻子もち)の室長に相談したところ


「あー…そっかぁ、そういうのあるんだねー…」と返ってきた。
オマエんとこの嫁さんは生理あがっとるんか。


その後生理ポットを置くか置かぬかで
何故か当時一番年上だった新入社員の私が
女性社員の会議を任されてしまったけど
カルチャーショックはその後だった。

 

置きたがらないんである。

 

皆なんでか「女性らしさ」を見せたくないような風潮で
生理問題はもちろん、寝袋で会社に3日も4日も寝泊りし
作業をするような劣悪な環境だった。


「3日お風呂に入らないと、髪がすごい」とか
笑って話す彼女らに愕然としてしまい
会議も早々に切り上げ1人煙草をふかしていた。


つーか、そん時生理だったら?
生理、だったら?
ウォシュレットもついていないトイレの会社に泊まるってどういうこと?



結局、急成長を遂げたその会社は
半年後にでかいオフィスビルに移転してくれて
初めての男女別トイレに1人万歳三唱した。


今は業界がどうなっているのか分からないけど
いまだに会社何泊とか言ってるアニメ業界の話を聞くと
生理問題がどうしても気になってしまうんである。


好きより、責任感より、まず女性っていう自分の身体のこと
人権を大事に扱ってくれるかってこと
きちんと見ていって欲しい。
会社で声挙げていくんだよ。
あたしらおんなのこなんだって。