高校2年の頃、受ける大学の試験に合わせて
文系か理系か国立か私立かってクラス分けがあった。
優等生の振りして17年間生きてきたが勉強はこりごりで、
適当に部活ばっかりやってた私は
まぁなんとなく国立かなーくらいのノリで国立文系クラスに入ったのだけど
センター試験を受ける気が全くなかった。
その事実を知った担任の先生はちょっと愕然としていて
このクラスに入りたくても入れなかった生徒がいるのだから
形だけでもセンターを受けろと私を説得していたけれど
結局クラスでただ1人私だけがそれを受けなかった。
なぜなら私立のデザイン学科を受けると決めたのは
クラス替えのだいぶ後だったし
入りたい大学の試験はセンター試験受験の必要がなかったからだ。
この頃は親からも先生からも
部活ばかりやっていないで進路を考えろと迫られていたけど
クラス替えひとつで受験大学が変わってしまうなんてことに
人生に対して選択の虚しさのようなものを感じていた。
子供の頃は何にでもなれるって思っていたけれど
大人になるにつれ可能性って一つずつ減っていくんじゃん。
17やそこらで将来など決められるか。
大人になるってなんてつまらないんだろうと斜めに構えていた。
そんな事を
先日保育園から発達児童相談センターの面会を勧められてぼんやり思い出した。
産まれた時は可能性に満ち溢れているのに
人は刻一刻と時間が経つ度に
将来の可能性がどんどん減っていってるんだろうか。
だけど自分を振り返ってみると今は自営業なんだよな。
あれだけわーわー揉めたけれど
家があって家族がいて幸せな今日を過ごしている。
そりゃスッチーにも歌手にもなれんかったけれども。
何かやろうと思えばすぐに世の中に発信出来るし、
すごい可能性を秘めていないか。
可能性ってなくなるものだと思っていたけど
増えていくもんなのかもね。
知らない方向に枝分かれして、
知らない実がその先にいっぱいなっているんだろう。
今日の私は、息子はどんな可能性と出会うだろう。

