息子は4歳になった。
卒乳もしたし、スタスタ歩けるし、
言葉も話すようになったので
赤ちゃんだった頃よりはだいぶ楽にな
先日久しぶりにベビーカーを持って外出をしたのだけれど、
エレベーターもエスカレーターもないホームに当たって
片手に大きな荷物、片手にベビーカーを担ぎ
人の雪崩の中息子に服の裾を持たせて
ゆっくりゆっくり階段を登ったり降りたりした時に
あー前もこうだったよなぁと
その時の感情が一気に蘇ってきた。
なんでバリアフリーになってないんだ。
昔から何人も子連れがここを通ったろうに。
新宿線の車内を豪華にする前に
こういう部分をなんとかせいや。
周りから視線と感情を感じる。
「早く行けよ」
「モタモタすんな」
「こんな時間に子連れかよ」
「どうしよう、手伝った方が良いかな」
「あらまぁ大変ね、小さい子の母親は」
いいよ、いいよ。
頼むから知らん振りして通り過ぎてくれ。
見ないで欲しい、むしろ。
とても惨めな気分だ。
そう、なんでかこういう時は
惨めな気分になるんだよね。
なんでだろうね。
社会から冷たくされているような気分になるんだろうか。
ほんでこういう時に声をかけてくれるのは
9.5割ママさんなんである。
自分も同じ感情を味わっているからだろうか。
私も逆の立場で同じ場面に出くわすと
居てもたってもいられなくなるんだよね。
これって可哀想なのかな、同情なのかな。
なんでママは「かわいそう」なんだろう。
そんな事を息子と歩きながらぼんやり考えてた。
可哀想なのはママじゃなくて
あの時の自分だったりして。
皆、助けてあげたかったんだよね。
てことは、過去の自分を助けたくて
他のママを助けるのかな。
助けられずに、ずっと心の中にいるんじゃないか。
あの時の私。
あの時の感情。





