さよならがはじまる (前編) | freezia style⁺ GOLD

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ある業界人の休暇日記。
もう一度自分を見つめ直し、失ったものを取り戻しに行こうとするブログ。

小雨が降ったり止んだりする昨年のゴールデンウイークのある日、ワーナー時代の先輩が担当アーティストのLIVEで大阪にやって来た。 まともに人と話をするのは年始に東京に行った時以来、実に約4ヶ月ぶりのことだった。

話の流れで先輩は言った。「川井もあのままワーナーに残っていれば今頃あいみょんのレーベルにでも出向させられてたかも知れないねぇ…(笑)

元々は洋楽の世界に憧れて 必死に勉強し 東大 より高い競争率を突破して、ひょっとするといつかヘイガ-withVAN HALENとか、マドンナ、プリンスに会えるかも知れんし…と密かな期待をしてたところ 邦楽関連会社への出向を繰り返し最終的には森高千里、スターダスト☆レビューに落ち着いていたり、その後もR&Bミュージックの事務所に入ったら女性ボーカルのポップロックユニットを任されたり、一旦音楽の世界を離れてグラビアアイドルの事務所に入ったら、男性の弾き語りアーティスト(しかもワーナー所属)と仕事していた経緯もあったので😅(まぁアーティストの仕事も「ああじゃない、こうじゃない」と意見を出し合って、かなり充実してたんだけどね。

ちなみに'23年に入って最も多く聴いていたアルバムは、マイ定番のBON JOVIでは無くて、毎日仕事かの様に聴いたあいみょんだったので結構ドキッ!とはしたけれど…💦

2023最も多く聞いたアルバムベスト10

①あいみょん/瞳へ落ちるよレコード(+ウオークマン用に後に2曲追加)

②BlackmoreBlackmore’s Night/Nature's Light

③STING/THE BRIDGE

④BONJOVI/THISHOUSE IS NOT FOR SALE(2018ver)

⑤VAN HALEN/Best of Both Worlds(※ウオークマン用に数曲カット+1曲追加)

⑥DEF LEPPARD/DIAMOND STAR HALOS

BONJOVI/2020

森高千里/DO THE BEST

⑨STING/FIELDS OF GOLD-BEST OF STING1984-1994

⑩BRYAN ADAMS/So Happy It Hurts 

♪切り捨てた何かで今があるなら

どう考えても、 どん底に堕ちてしまっている現状からして…これまでの私の決断は大抵間違えていたと言うことになってしまうんだろう。

長年の経験で他人を幸せにする能力を身につけられていたとしても、自分の生活がこんなんじゃ『お前はすでに死んでいる!』って言われているのと同じこと だ。

▼昨年の秋、一層カラフルになって姿を現した通天閣

9年前親友だと思っていた男に信じられないほどの裏切りを受け、どん底に落ちるまで人生を狂わされたので、一旦生活を立て直す為に大阪に戻ってきた。

それに普通の会社ならブラック×ブラックになることが当たり前の業界で、四半世紀も働いてきた過労?の影響で、真っ直ぐ立っていられなくなることもあったので一度休息も必要だと思ったこともある。

 

丁度『大坂の陣』から400年後の、東京でお世話になった和田監督率いる阪神タイガースがCSを勝ち抜いて日本シリーズを戦った年だった。

帰阪してから半年位たった頃、更なる悪夢が起こり始める。

病院へ行けばMRI写真を見ながら脳底動脈解離だと診断され(脳の血管が今にも切れそうになっていて…今後治ることはないけど、ストレスをためたり 極端に血圧が上がる生活をしなければ大丈夫でしょうと言われていた。)

 

ただ学生時代は世帯主だった大阪の家も、現在はスーパーマーケット店員の弟の居候。(居候と言うよりかは、軟禁だな😨)

与えられた部屋の東側の窓にカーテンは無く、夏は日中直射日光が差し込み 部屋の温度は40℃近くまで上がる。

冬は隙間風が吹き抜け(体感)気温は外と変わらない。ホームレスにでもなった気分だったぜ。

当時リハビリ先の新今宮駅周辺に居たホームレスの人達を見ては、「この人達ですら我慢出来てるんだ、俺に出来ないことはないだろう」って、人としての限界を普通に思えるように、ちょっとだけ勇気をもらっていた。(そして思う...大阪に戻ってきた途端どんな生活レベルになってもてんねん叫び

 

2017年初頭 父親が他界した時に 告別式に行く前日 自転車に乗っていて意識を失い車に後から衝突されそうになり、怒鳴り声と共にたった数センチ差で死が通り過ぎて行った時に私は決断した。【…次号に続く】  

 

今年になって初めての…約5ヶ月ぶりの更新になるというのに、実家のゴニャンジャー(猫)と動物園とリハビリ帰りにウオークマンのラジオで聞き続けていた『阪神のアレのアレ』以外、身の回りに明るい話題がほぼ無い。

昨年の夏には、絵に描いたような地獄の3年(後厄)生活を送っていた私に希望を与え続けてくれていた野良猫戦隊ゴニャンジャーが崩壊した。(去勢を手伝ってくれた妹に後で聞いた話によると全員雄だったらしいのだが…)

大人しくて臆病で人間嫌いの、いつも涼しい家のトイレの前でくつろいでいたラテのために(TVの猫番組でよく見るような2F建てのケージを買ってやろうと決めて)仕事の合間には必ず近くのホームセンターへ行き彼にとってベストなものはどんなものなんだろうと熟考していた。

何故なら彼は私がベランダで煙草を吸うために前を通ろうとすると一目散に逃げて、家の崩れた壁から外へとエスケープしては、戸惑っていたからだ…

これは母と意見が真っ向から対立していたところでもあるが、やたら外で生活させるな(せめて外に出すなら首輪だけでもつけてやってくれ)と言う私の意見は完全に無視され、高級な首輪(ちゅうても3000円くらいやけど…)も含めて爪切りや全身ブラシまでも無くされてしまっていた。

 

この子は普段あまり外に出ようとしないので自分専用のケージを気に入ってもらえたらな とケージ選びにも力が入る。

▲兄弟の中で一番大人しいラテと一番積極的なベータ

そして忘れもしない昨年の8月11日の山の日、実家から連絡があり、「ラテがのたうち回わり、何度も痙攣して死んだ」との連絡があった。

三日前に前年の菊花賞馬🐴アスクビクターモアが熱中症で死亡したニュースが入っていたし、自分も超高血圧で意識が朦朧となりクラクラすることも多かったので、この時は熱中症で死んでしまったんだとばかり思っていた。

あまりに突然の出来事で悲しかった。

3年前に5歳になったばかりの愛猫『メン太』をエイズで亡くしてしまったところなのに… 泣

あれから朝食のザバス・カフェラテを飲む度にラテの事を思い出しているよ。

時は流れて、私の誕生日の前日(12月10日)、今度はベータが死んでいるとの連絡が来た。

体は兄弟の中で一番小さかったけど、体が3倍はある様な よその泥棒猫が餌を盗み食いに来たら、平気で威嚇して追っ払うくらい根性のあるリーダー格で、まだ2才にもなってないのに何でこんなことに―?

生まれた頃からやんちゃで食い意地が張っていて、ゴミ箱に頭を突っ込んでウインナーソーセージの袋が顔から抜けなくなってあっちこっちにぶつかりながら家の庭を駆けずり回ってたのを思い出すよ。

小さくてすばしこくて何か恐竜のヴェロキラプトルみたいだなぁと感じていたのと、当時劇場で『ジュラシックワールド/新たなる支配者』が上映されていたので、ヴェロキラプトル/ブルーの子ベータの名前をそのまま頂いた。

もちろん5兄弟の中で正式に一番最初に名前を決めた子だった。もう二度とヤンチャ過ぎるベータに会えないなんて本当に信じられないよ。

ベータ、これまで仲の良い5兄弟を外敵から守り、支え続けて来てくれてありがとう。

たった一度だけ警戒心を取り外してくれて、君の柔らかい毛を擦りながらリラックスしてもらったことが一番の思い出だよ。

 

TO BE CONTINUED・・・

東京で生活していた頃とは全く違う屈辱的な苦悩の三年間(前厄・本厄・後厄)を何とか乗り切り、さぁこれからって時に今回の愛猫達の死。

中々すんなり前向きな気持ちにはさせてもらえそうには無いので、全然スッキリしないけど明るい話題の欠片でも集めて、表面上だけでも前向きなふりをしよう。

そしたらきっと何時の間にか本当に前向きに戻っているかもしれない。

 

と言うわけで、いきなりKOBE(スケッチ)

こらこらオッサン、どこ見てんねん

 

異人館でもパインアメなめながらアレのアレ(うろこの館)

上に兜かぶった大谷翔平くんもおるでよー

 

そして神戸(ハーバーランドから見たメリケンパーク)

 

神戸三宮駅でも、大量のおつかれ生です

ガッキーでも芳根京子でも無いんかい(笑)