料理の記憶 15 「高級お寿司屋さん物語」 最終章 後編
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次の日は土曜日
起きたのはお昼前だった。
2階にある自分の部屋から下のリビングへと下りると
祖母はすぐに私のもとへ来た
「どういう事なの?説明して」
私はこの1年間を全て話した。
お寿司屋さんの事、住んでいる家の事、ここまで来た道筋を包み隠さず話した。
誰かにすがりたいと思っていたんだろう。
まるで自分は一人で悩んでいたと。
決して一人じゃなかったのに、勝手に一人で悩んでいたんだ。
黙って祖母は私の話を聞いていた
そして
「これからどうする?」
どうしよう。
この時初めてこれからについて頭が動き始める。
「うちに住むかい?」
「・・・少し考えてみる。」
もともと自分の荷物などほとんどない
今の家に全てを置いてこのまま実家に住んでも何も不自由がない。
だから
もう住んでもよかったのに
心残りがある。
物ではなく気持ちが置いたままだった。
それは、お寿司屋さんの先輩達だ。
心底よくしてくれた
右も左もわからない自分にお箸の持ち方から教えてくれた
このまま何も言わないで離れる事はどうしても出来なかった。
かと言って
すでに一日過ぎている。今日もすでにお昼を回った
きっと先輩達は今頃
私のことを心配しているだろう
事故でもあったのではないか?と思ってるだろう
携帯電話など持っていない時代は現代のようにすぐに連絡を取れない
だからこそ人と人との繋がりが身近だったし、信用が大切だった。
私は自宅の電話からお店にかけた。
「もしもし・・たっくです。」
「今日の夜お店にうかがいます。」
「はい。」
夜までの時間は一瞬に感じる。
私は実家からバスと地下鉄を乗り継ぎススキノのお店までやってきた
とっくに今日の営業は終わっている時間帯
お店に入った瞬間殴られるかもしれないし
どんな事になるのかなんてわからなかったが私は全てを話そうと決心していた。
地下に下りる階段を重い足取りで
お店の玄関を開ける。
「お疲れ様です・・・・」
「おう。ちょっとそこに座れ。」
お店のテーブル席に腰を下ろすまで二人の顔は見れなかった。
先輩達は片付けている手を止め
私の向かいに座る
まだ顔は上げられない
「何か言う事ないか?」
シンさんが問いかける
「す・・みません・・・」
これしか出てこない
シーンとした店内で冷蔵庫の音が大きく聞こえる
「逃げちゃいました・・・」
「なんで?」
「・・・・・・・・。」
「仕事がきついか?」
アキさんが問いかける
「いや・・あ、はい。あ、いや・・そうじゃないんです。」
私は全てを話した。
この時、親方が事務所にいたのかどうかはわからない
最後まで顔は出さなかった。
今住んでいる家のことを話している時
2人は驚いていた
「どうしてそんな風になるんだよ。母親と一緒なんだろ?」
どうしてこんな家なのか。
私にもよくわからない。
現実である事は確かだし、この時の私にはどうすることもできなかった。
私の話が終わると2人は同時に聞いてきた
「それで、これからどうしたい?」
お店に戻りたいといえば何とか方法はあったんだろう。
それぐらい二人の愛は大きかった。
しかし私の気持ちは折れていた。
全てを裏切る行動をし、たった一日の実家生活がこの時の私にとってオアシスのように感じていた。人の気持ちを受け取らず、全て自分のわがままだけでこんな事になっていることにも気がついていたし、必死に自分を守る事だけに気持ちを使い。目の間にいる2人のことを無視するかのように決心していた。
自分を何度罵倒しても動かない自分に腹が立ち、ただ、ただ二人の顔は見れなかった。
「実家に帰ります。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「そうか。」
「わかった。」
「親方には顔を見せなくていい。」
「もういいよ。帰れ。」
「・・・はい。。。」
二人は席を立ち、持ち場の片づけを始めた。
私はしばらく腰が上がらず席にいた。
どのくらいか時間が経ち
私は静かにお店のドアに向かった。
自動ドアの玄関が開き
下を向いたまま歩いていた
「たっく!!」
ドキッ!として後ろを見る
「お疲れさん。」
「頑張れよ。またな。」
返事が出来なかった。
私はその場に崩れ落ちて泣いた。
涙が溢れてぬぐう事も出来ないくらい涙が出てきて
起き上がることも言葉を返す事も出来ないくらい泣いた。
シンさんが私のもとに来て
頭をたたいた。
「ばか!」
ゴツッ!
「いてっ。」
「いてっ!じゃね~よ。」
「早く帰れ。地下鉄なくなるぞ。」
体を起こされお尻を叩かれ蹴られて泣き止まない私を無理やり送った。
「じゃーな。」
「は・・・・い。。。あり・・がとう・・ご・・ざいました」
自動ドアが閉まった。
階段でも体が崩れ落ちて
涙が溢れて
醜くて
だらしなくて
しっかりしてなくて
男らしくなくて
泣いて
泣いて
苦しくて
胸が痛くて
全部流れるくらい泣いた
こうして
お寿司屋さんは終わった
それから
何年か経ち
二人とも再会する。
現在、シンさんはこのお寿司屋さんを辞め、釧路にある実家のお寿司屋さんを継いでいる。
アキさんは旭川で小料理屋を独立開業し、夫婦できりもりしていたが、現在はお店を閉めている。
あれから15年以上経ったが
このお寿司屋さんが私にとっていろんな意味で原点だったと思う。
人と人との繋がりを教えてくれた大切な場所です。
高級お寿司屋さん編 了