料理の記憶 14 「高級お寿司屋さん物語」 最終章 前編
もともと線が細い体つきだったが、171センチで46キロというのは痩せすぎで、
何よりも精神的につらい時期だった。
お寿司屋さんではそんなつらい姿を見せるわけにはいかない。というよりも見せる暇がないと言ったほうが正しいだろうか。
この時期からどうってことないような事でもミスをするようになった。
お客さんのスーツに醤油をこぼしてしまったり、オーダーを聞き間違えたりといろんな人に迷惑をかけてしまっている自分に嫌悪感すら覚える。
それでも、次の日はやってくるし、やらなければいけないことは山のようにある。
状況はいっこうに変わらなかった。
そして、某日
その日は金曜日だった。
いつもと変わらぬ時間に起き
いつもと変わらぬ準備をする
頭が冴えてなくとも行動は体が覚えている
何も考えていなくてもお店に足を運んでいた
はずだった。
ふと我に返ると
私は見知らぬ道を歩いている
もしかしたらすでに気付いていたのかもしれない
そこから引き返す気も 立ち止まる気も
方向を変える気もない
歩く足は先ほどよりも速くなっていく
途中から歩くというよりもやや駆け足に近く
まるで何かにトリツカレタノカ?
呼吸は荒く
ただただ歩く
どれだけ歩いたか・・
どれほどの思いだったのか・・
私は逃げた
駅付近の自転車を盗んで漕いだ
むちゃくちゃ漕いだ
どこに進んでいるのかまったくわからないが
お店から遠ざかっている事だけはわかっていた
もっともっと遠くへ
それしか頭にない
急いだからなのかわからないが心臓はバクバクいっている
この時初めてお店のことを思い出す
今日は団体の予約が入っている・・・
もうシンさんがお店に来る時間じゃないだろうか・・・
大きなモヤモヤがさらに大きくなる
それでも必死に自転車を漕いだ
捨ててあったようなボロイ自転車だったし、錆付いていてもおかしくはない
むちゃくちゃに走っていたせいか・・
途中、自転車のタイヤがパンクしホイールがひん曲がって
大きな段差に落ち
運転を誤り
こけた
手足はすり傷だらけで
ズボンにも穴が空き
私は道端でうなだれ
崩れ落ちた
車通の多い道だったし、不思議に思う人もいただろう
どのくらいその場にいたかわからないが
気がつくとまた歩き出していた
どこまで離れてもモヤモヤは大きくなるばかりでいっこうにおさまらない
そして・・
私は清田区にある実家のチャイムを押していた
住んでいるのは祖母が一人
チャイムを押しても祖母が出てこなかったので普段から持っている鍵でドアを開けると
祖母が出てきた
私を見た第一声が
「ダレだい!?」
ススキノで働いているはずの孫
顔をあわせたのは1年ぶりくらいかな
いきなりこの時間に玄関を開けたのはマズカッタカ
祖母はホコリまみれのシャツにすり傷だらけの腕と
破けたズボンのやせ細った10代の少年を見ても
私のことが誰だかわからなかった。
「たっくだよ。」
「え!!」
驚いた表情をした
どうしてここにいるのかわからないというよりも
あまりに変わった孫の姿に・・
何に気付いたのか
全てを悟ったのか
一言
「ご飯食べるかい」
「うん。」
特に言葉を交わすことなく
しばらくして出てきたのは
自家製のいくら丼だった
私はそれを貪るようにドンブリで3杯食べた
「ちょっと自分の部屋で休んでくる。」
「後でお風呂入りなさいよ。」
「ああ。」
何も解決してないはずなのに
私はその日眠りについた。