自信のないあなたへ。自信が内側からあふれてくる、もっと自分自身を好きになる、赤石ちづきのオフィシャルブログ♪ -6ページ目

自信のないあなたへ。自信が内側からあふれてくる、もっと自分自身を好きになる、赤石ちづきのオフィシャルブログ♪

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あなたにも出来ますよ。自信のつけ方教えます。
セルフイメージ(潜在意識)を変えて行動へ

「努力は必ず報われる」はウソ!?  「飽きること」のススメ
『飽きる力』 ..........≪続きを読む≫
題名だけ見るとえ~という感じを受けますが、記事を読む限り的を得てますね。

もっともちょっとわかりにくいかな~

つまり、頑張る、努力するっていう一点集中だと、行き詰まりやすかったり、

たとえるなら、空を飛びたい!と思って、重力や浮力を無視して努力しても、アニメのように浮空術のようなものを夢みて努力して、現在の科学では無理なんです。

つまり努力する方向を間違っていること。

よくあります、失敗する方向に努力して、努力して、努力してる人。

そうならないように、この著者は「飽きること」を薦めています。

それは、「諦めること」ではないということです。

アプローチを変えるということ。やり方を変えるということ。
目的へ向かう近道、先人の知恵、科学、五感、想像力、すべてつぎ込んでみる。

そして、目標に向けてプランを立てましょう。
なぜなら、人の一生はかならず終わるからです。

だから、達成したいのであれば、通過点だけでもいいです。
最終目標を立ててしまうと、それを達成したら抜け殻なんていうのもつまらないですからね。

あとは、沢山のチャンネルや情報を聞き流す。
本を毎週1冊程度は読む。(速読とか、飛ばし読みとかでもいいです。)

インプットがなければ、アウトプットはありません。

そして、上手くいくコツは、すでに上手くいっている人のまねをすること。
(これは、大抵の本にかいてあります。)

一番大事なことは、知識として蓄えるのではなくて、知恵として使うこと。

自分で実践するもよし、誰かに伝えるのもよし、ブログや、mixiの日記に書くのもよし。

行動に移しましょう。

さあ、今日、あなたは何をしますか?
私事ですが、昨日42歳の誕生日を迎えました。

11月3日(祝・水)の19時から早稲田・「創作料理・麻の葉」にてささやかなパーティを開きます。
親しい友人が中心の小さな集まりですが、もしもよろしければご参加ください。

1)がっつり参加 
  食事代会費3000円+飲み代別  別途メッセージをくださいませ。

2)ふらり気軽に参加(顔見せ、様子見、10分~)
  赤石ちづきのブログをみて参加と言って、お店に直接きてください。
  「早稲田 麻の葉」で検索してくださいませ。
  飲み代のみ 料理は食べられません(たぶん)


  
みなさま、ごめんなさい。

時間についての基本的な重要な1点をお伝えするつもりでした。
それも、先先週の週末に。


それを守れませんでした。
そして、週も明けててしまいました。
(常備薬を切らしてしまって、負のスパイラルに落ち込みそうになっていたとしてもです。
そもそも、常備薬を切らせてしまうという失態を招いた時点で結果は見えていたのですから。)

これでは、書こうとしている内容を自分で守れずに、書いても白々しいだけなので、機会をみて書きたいと思います。
それだけ、重要な事柄です。それを守れなかった。
実に、今の自分の有り様をみているようで、歯がゆいとともに、自分を知るきっかけになったと思います。


そこで、時間についての基本的な把握について書いておきたいと思います。

自信がない人にとって、時間というのはなかな把握しがたい、御しがたい、そしてすべてを濁流とともに押し流し、もっていってしまうものと恐れているかもしれません。

たしかに、自信がないときは、「うやむや」にする。「時」の流れに任せるという決定を知らず知らずに行ってしまいます。

しかし、「うやむや」にすることと、「先送り」するのは違います。
「先送り」とは、「一時保管箱」にいれて「時」を待つことです。

そして、「うやむや」にしたことは、かならずいつか意識して「先送り」したのと同様に、かならず解決を求めて、鎌首をもたげできます。ここで、「先送り」 した場合は、いつかそういう日がくることを念頭においてすごしているので「時」が来ても焦らずに対処できます。うまくできないなりに、「先送り」している ことを意識していれば、それに対する対処法を探っていますし、今までそのことを意識していなかった声が、ヒントが聞こえてきたり、見えたりするものです。 それでも、解決できなければ、「先送り」することもできます。

しかし、ただ単に「うやむや」にしただけの場合、対処のための方法を探ったり、解決する方法についてなんの備えもなく、ふたたびそれが来たとき、なすすべもなくウロタエルことになります。

かならず、「うやむや」にしたことは、かならず別の形をとって解決を迫ってくるものです。
実は、世の中に「うやむや」にできることなどないのです。かならず返ってきます。だから、備えがないと痛いしっぺ返しを受けることになるのです。

でも、先人たちは、「備えあれば憂いなし」とも言っています。
先延ばしにせざるを得ない事も多々あります。
これも、あれも、それも、同時にできるわけではないからです。

その場合は、かならず、意識的に優先順位をつけて、一つずつ(できる範囲で複数)対処していき、「先送り」せざるを得ないこともあります。その時点では対処できないこともあるからです。しかし、「先送り」している事は忘れてはいけません。

「先送り」していることを意識しているだけで、日々の生活の中から、電車の中での隣の人の会話の中から、何気なく読み返した本の中からヒントを集積しているからです。

今日は、サイクル(周期)について書いてみたいと思っています。

周期っていうのは、時を理解するには便利な道具だと私は思っています。
もちろん、「時」が何なのかなどという哲学的・宗教的問いに答えるすべを私は持っていません。
それは別の人の仕事であって、わたしのすべきことではないと思うからです。(もちろん興味はありますし、理解できる範囲で学んで行きたいとはおもいますけど)

わかりやすい周期には、1日という概念があります。
現代では1日24時間。という周期、サイクルでほとんどの生活がある意味管理されています。
約束に時間は付き物ですし、仕事の開始や終了も時間に制約されることがしばしばです。

自然界では、日の出と日の入り。月の運行による、潮の満ち引きなどの影響があります。
日の出の時間や潮の満ち引きは場所・季節によって異なりますし、ある一定の周期を経てまた元の時間に戻ります。

わかりやすいところで言えば、月は、新月からだんだんと明るくなり満月を経て、だんだんと暗くなり新月へこれが周期です。

太陽の場合は、春分の日と秋分の日が、日照時間が12時間に近づきちょうど昼と夜の長さが同じになる日です。
そして、夏至は日照時間が一番長くなる日、冬至は日照時間が一番短くなる日です。

1年のサイクル(周期)に対してほぼ均等にこの4つの日が当てはまります。

そして、習慣とは自分にみについた周期のことです。

習慣になれば、歯をみがくのも、顔を洗うのも、時間になったらおきるのも、ブログをアップするのも、楽になります。

もちろん、悪い習慣もあります。ときどき無意識にやっている自分の行動を棚卸しして、見つめることも大事でしょう。

たとえば、姿勢が悪い。時間が守れない。なんとなく先延ばしする(良い場合もありますが、意識的に先延ばしするのとはちがいます。うやむやにしても、結局解決しません)。

これらの中には、私もなかなかできてないものもあります。
ブログの更新!

これは、もう少し更新頻度を上げたいと思っていますが、自分の中である品質以下の下書きが、結構たくさんあったりします。うまくUpできるものになったものだけ更新しています。

人の印象というのは、1度の感動よりも、回数の方が大事ということがあります。
年に12回、1時間だとしても、同じ美容院で担当者が同じなら、なんとなく親しい気持ちになります。
時間よりも、回数が大事なのです。

というわけで、少し更新回数を増やしたいとおもっています。
ただ、現在の関心が、自信をもつという事にとどまらず、その1歩先の成功とは?というところにありますので、もう一つ別のブログを立ち上げる予定です。

拍、リズム、調子についてはその2で書きたいと思います。




たとえば、先送りばかりしてしまう自分。


誰かに嫉妬してまう自分。


誰かをキライな自分。


そういう自分に嘘をつかないこと。

それは、自分で自分の自尊心を損なうことだら。



先送りしてしまう自分に対しては、優先順位をつけること。

場合によっては、たとえばアイデアなど、先送りした方がよいこともあります。

ただし、先送りしても都合よく解決しちゃったりは、普通はしないので、先送りBOX(実際の箱でも、メモでも)へ入れておくこと。

いつか、それを自然にできる日がくるまで、忘れないこと。うやむやにすると、かならずツケが回ってきます。


誰かに嫉妬してしまう自分。

自分と他人を比べたくなるのは、自然だし、自分を知る鏡としては、他人の行動からしかわからないから、気にするのは悪いことではないです。でも、嫉妬というネガティブな感情からは、生産的、プラス的な結果はあまり生まれないし、自分が自分で居られるのは他人と違う(相容れない)自分だからこそです。

他人を制御できないし、他人を尊重できる人は、自分を尊重できる人だと思います。


誰かをキライな自分。

ごくごく当たり前の感情です。

何も、後ろめたく思う必要はありません。

誰とでも仲良くできるわけがありません。苦手な人、キライな人は誰でも居ます。


結局自分の周りに居る人、どういう人と関係を持つかが、自分のセルフイメージや、自分の立ち位置を示してくれます。経済感覚や、生活習慣、そのほか似た人たちが集まるものです。


そして、気をつけないといけないのは、キライな人、苦手な人として、存在は認めること。

なるべくかかわらないとか、そういうのはありだけど、仕事や職場の人の場合必ずしも避けられるわけではないから。でも、居ないものとして無視するのはダメです。


存在の否定というのは、ある意味精神的殺人です。

村八分の怖さ、というのはそういうことです。その人の存在を認めない。


相容れない人として、認識すればよいだけのことです。


次回は、「時間」について書こうと思います。

誰もが与えらた1日1440分。24時間。

有効につかうことができると、

そして、ある1点を抑えると、いろいろなことがうまく回りはじめます。


おたのしみに。

更新は週末を予定していますよ~