ノマドライフさんがブログで変動金利の住宅ローンを借りてはいけないことを記載されている。

こうした住宅ローンについてそれらを束ねて証券化するRMBSという証券化商品があり、それした商品について投資する際には、原資産である住宅ローン及びその借り手について分析を行うのが一般的だ。今回はこうしたRMBS投資家からみた、変動金利債務者について記載する。

RMBS分析を行う際、住宅ローンプール分析を行うが、固定ローンか変動ローンかというのは、キャッシュフローのウオーターフォール分析及び金利を変化させた場合のシュミュレーションに影響を与える。

加えてRMBS分析の項目の中には、こうした住宅ローンの分析に加えて債務者のクレジット分析があり、この分析の一つに固定ローンを選択しているか変動金利を選択しているかがある。

これは、固定ローンを選んでいる債務者の方が、変動ローンを選んでいる債務者と比較してクレジットの質がよくデフォルト率を低く見積もるということができるという考え方によるものだ。

これは以下の理由による
・固定ローンを選択するということは、住宅ローンを借りる段階で将来の支払額を確定することになり、債務者はその支払額から返せるか否か判断して住宅ローンを借りている。

・また借り入れ時に将来の支払い額を確定させているので、計画的な支払いを考えている

・現状変動金利より固定金利の方が高いので、目先の金利の低さよりも総支払い額を確定させることを選考し、また現状の相対的高い固定金利を支払うことに問題がない。

つまり、固定金利を選んだ債務者は、変動金利で借りた債務者と比較し、より計画的で将来の不確定さを嫌い、ファイナンシャルリテラシーが高いとみるのだ。変動金利を選んだ債務者はその逆である。

このように債務者を分析した場合、どちらがより質のよい債務者かというのはあきらかであろう。


お久しぶりです。

身内に不幸があり本日まで東京を離れていました。

明日からブログ再開する予定です。
前回(6/24)のエントリーで、保障が必要なら、終身保険を解約し定期共済あるいは保険+貯金(投資)で充分だと記載した。

またこの考えは特殊なものでなく、米国において「Buy The Term (Insurance) and Invest The Difference」といわれてきたことを記載した。詳しい説明は省略するが、興味のある方はWikipedia終身保険(Cash Value Life Insurance)と定期保険+投資(Buy Term and Invest the Difference)差異計算のHP 等を参照してほしい。

米国においてもコスト開示や利回り開示がなされるようになって始めてこうした議論がされるようになったわけで、そうした意味では日本で始めてコストをオープンにした、ライフネット生命の活動には期待している。出口社長はもと日本生命の財務企画出身なわけであるからこうした米国の事は充分にご存知であろう。

今回は医療保険について記載したいと思う。
私は「医療保険」については、全面的に否定するものではない。
ただし日本の医療保険には加入する必要性は全く感じていない。
矛盾しているのではないかと思われるかもしれないが、加入すべき医療保険とは、加入者が望めば世界中のどの病院のどのような治療でも無料で受けることのできるそのような保険だ。残念ながらそのような医療保険は日本の保険会社は提供していない。

日本の医療保険会社が提供するような月額1万円程度なものには、保険のコストを考えれば全くといって意味がないと考えている。
日本の医療保険はそうした月額いくらといったものはカバーするが、本来保障しなければいけない高額な-例えば海外でしか治療ができないような移植及びガン治療-について全くカバーされていない。誤解がされている人が多いと思うが、日本の保険会社の「高度先進保障」においてもこうしたものは全くカバーされていない。

機会があれば詳しく記載したいと思うが、日本の医療保険は同じく日本の健康保険制度と密接にリンクしているのがその原因である。誤解を恐れずにいうと、日本人の医者の治療レベルは世界的に見ても高いかもしれないが、日本の病院の治療レベルは高くないということだ。つまり同じ医者が治療しても、日本の保険制度の下においては日本の病院では完治できないが、海外の病院では完治できることが多々あるのだ。

その反面、日本の医療制度には高額療養費制度があり、健康保険制度で認められた医療を受けるのであれば、多額の医療費は不要である。

つまり日本の健康保険制度にとどまるのであれば、高額の医療費は不要であるのに、こうした不要なものに対してカバーし、一方日本の健康保険制度の枠外で高度かつ高額な医療費が必要な治療をカバーしていないのが日本の医療保険なのだ。

保険として必要なのは逆であることがお分かりであろう。
今回からしばらく保険について記載しようと思う。

日本人は保険好きといわれているが、民間の保険についてどのように考えておられるだろうか?

私は民間の保険、特に貯蓄性保険及び解約返戻金のある終身保険は削減すべきもののトップ項目に入ってくると考えている。

保険としても必要性があるのは、税効果を考えなければ、掛け捨ての定期保険位だ。

その理由について説明しよう。

保険料は純保険料付加保険料から成り立っている。

純保険料は保険事実の発生(死亡により保険金の支払いが発生するなら死亡という事実、貯蓄性保険なら生存という事実)確率に予定利率で運用することから計算するされる部分である。

一方付加保険料は、保険会社の経費として用いられる部分である。

保険を加入する際に、いくらが純保険料でいくらが付加保険料かわかった上で加入しているだろうか?

まず純保険料の方から見てみよう、

我々が保険を加入する特に本来必要としているのは、蓄えがすくないライフサイクル時期に対する備えであるはずだ。
逆に、配当や満期保険金あるいは臨時ボーナスのように定期的にもらえるキャッシュは不要なはずだ。
でももらえるのだから・・・と考えている人がいるかもしれないが、その原資はあなた本人が支払った保険料のいわゆる「たまり」の部分の払い戻しでしかないのだ。

自分のお金を自分でもらって何がうれしいのだろう。
しかもこの自分のお金は、保険を加入している期間ずっと付加保険料という経費を保険加入者が負担したあとのお金だ。


よくファイナンシャルプランナーが、予定利率の高い保険のことを「お宝保険」といって大事にしましょうといっているが、この予定利率は純保険料のたまり部分にしか適用されず、しかもこの付加保険料の経費のことを考慮にいれないのはどうしたことか。多分彼らはこうした保険料の構成のことは全く分かっていないのにファイナンシャルプランナーといっているのだ。

次に付加保険料であるが、保険会社の総合職の給与はご存知だろうか? 30歳を超えて「主任」程度の肩書きがつくと年収で1000万が視野に入ってくる。こんな高い給与の源泉はすべてこの付加保険料である。ついでにゆうと保険会社のおばちゃんがあなたにくれるノベルティーもすべてこの付加保険料である。
投信やETFを選択する際に経費率あるいは信託報酬率をたんねんに比較する人が、保険になるとなぜこんなに無頓着になるのか。

私の提案は、終身保険を解約し、(必要ならば)定期共済あるいは保険+貯金(投資)で充分だということだ。貯蓄(投資)部分はETFを保険会社が公表している資産比率で組み合わせておけば充分だ、彼らに高度な運用ノウハウはない。

ちなみにこの考えは1970年~80年の米国において、「Buy The Term (Insurance) and Invest The Difference」といわれてきた。


アーリーリタイアする前、会社勤めを20年ほど過ごしたあたりから非常にひっかかるものがあった。

それは自分の教養レベルが年々低下していることであった。

ビジネスに関係する様々なノウハウや知識あるいはファイナンス関連については、年々蓄積できていった実感があった。また新たな理論などにも積極的に研究し取り込んでいこうとしていた。

一方いわゆる「一般教養」といわれるもののを、会社勤務しだしてからは全くといっていいほど怠っていたのだ。

その結果、表層的には最新の知識で武装できていても、自分には何か根っこがないと思っていた。

アーリーリタイア後、ひんぱんに図書館、博・美物館にかよい始めた。

図書館では古典といわれている作品を中心に現在でも読んでいる。
ノウハウがすぐに身につくイージーな読書方法ではなく、一冊一冊丹念に読んでいるので時間がかかるが、それでもその価値はあると思っている。

若手のビジネスパーソンは、すぐに答えがでないこのような読書方法を嫌うかもしれないが、アーリーリタイアして一般教養を再構築しようとしている身には調度よいペースだと考えている。

また博物館や美術館にいくと自分の美術あるいはその歴史背景の無知さが再認識され、図書館で勉強しようというインセンティブにもなる。例えばキリスト教絵画など見ると、どうしてもキリスト教について調べた見たくなるのがその一例だ。



非営利団体の連絡先にコンタクトを取ってみた。

いくつかの団体の責任者という方にあってみたのだが、やっている活動について熱心に説明はされる。
しかしこちらから将来のビジョンや組織の強み・弱みといった、ビジネスをやる際の組織分析について質問をすると、まったくとんちんかんな問答となってしまったケースが多い。

しかたがないのでいまの組織のお悩みはと聞くと、資金があつまらない・寄付をしてくれない、活動に理解がない等々おっしゃられ責任者が多数であった。

私には熱意だけでなんとかなるとは全く思えないのだが、先方は熱意があればという状況が過半を占めていると感じられる。

例えば資金問題にしても、公的団体や企業に助成金や寄付のお願いにいったところで、将来ビジョンやターゲット・リターンが明確になっていなければ、資金を出すものがいないだろう。
つまりビジネスにおいて、商品や事業を売り込むのと同じセンスが要求されるのだ。

なぜそのような対応をとらないのかと不思議でならなかったのでいくつかの団体で、主たる活動者の構成について尋ねてみた。
その結果、かなりの団体が専業主婦・定年退職した老年者から構成されていた。
つまり現役のビジネスマインドをもっている者がほとんどいないのだ。

そこで「現役のビジネスパーソンを採用する予定はないのですか」と尋ねたところ、ほとんどの責任者の方がこの人は何をいっているのか?という目で見られた。
こちらも、先方のその目の意図がわからず、こちらも??状態である。


いくつかの団体をまわってようやく分かったきたのは、
・・・金をだして人を採用するなどありえない、我々の行っている(崇高な)業務は志を同じくする人がボランティアでやるべきなのだ。・・・
という考えが支配的であるのだ。

支配的というよりビジネスマインド的な発送に対する嫌悪感すら感じられた。

これが、組織のターゲティングやセグメンテーション、将来ビジョンといった手法が全く感じられなかった理由であろう。

これではいくら熱意があっても目標達成はほど遠くその努力は空回りとなる。


こうして非営利団体に対してインタビューを重ねた結果、結論として私が出したのは「既存の団体には期待がもてない」ということであり、既存団体に参加して私の社会的資本を活用するのはやめた。
その代わり、こうした団体に対してビジネスマインドを教えるのはどうだろうと考え、現状そうした準備を続けることとした。


次にマトリックスのもうひとつの軸である非営利団体の調査を行おうとした。

その手順としてはwebでのスクリーニング及び区役所等既存の援助組織のヒアリングでリストアップしたあと、対象団体とコンタクトをとってデスカッションするということを考えた。

ところがwebで調べては見るものの、そもそもweb化されていないあるいは団体名のみweb化となっている団体があまりに多い。またweb化されていてものアップデートがされておらずホームページを作成した時点で止まってあったりとしたありまさだ。
すこしましなレベルで、具体的な活動として「○月▲日にこれこれをした」とあるぐらいだ。これでは団体の方向性にそうした活動にどうように位置づけられているか、将来どのような方向に進んで生きたいのか、そのため何が必要かなど全くわからなかった。
ほとんどの非営利団体においてweb化はPTAの連欄版程度しか機能していないと感じられた。

つぎに非営利団体の活動内容について教えてもらおうと、区役所やNPOセンターにいってみた。
彼らにヒアリングをかけてみたのだが、個々の団体の具体的活動内容については直接教えることはできないと拒絶された(理由については教えてもらえなかったが、やはりすべての団体を「公平に」扱うことがそうした組織では要求されることがその原因のようだ)。
その代わりに彼らにビラを張る場所およびそのストックする場所は提供しているので、そこで自分でピックアップして勝手にコンタクトしてくれというものであった。

何か社会の役に立ちたいというニーズとそれを欲する団体を>マッチングする機能は、現状存在しないことがよくわかった。

とはいえめげてもいられないので、団体をピックアップし、連絡先にコンタクトを取ってみた。
ところが・・・(以下次回へ)






もうひとつの社会的資本の地域社会への還元が地域貢献活動への関与である。
簡単にいえば地域の非営利団体への関与を考えていた。

そこでまず自分持つ能力を縦軸にそれを必要とする非営利団体を横軸にというマトリックスを考え、その重なり合う部分が貢献できる分野であろうと想定した。
そこで自分の能力の棚卸と非営利団体そのものの調査の2本立てで活動を開始した。

「自分の能力」というと何か特殊な能力ではないかと思われるかもしれないがそうではない。
なぜなら日本の非営利団体の多くが、ビジネスパーソンから見ると組織マネジメント上問題が山積しており、会社で働き組織マネジメントの経験があれば、非営利団体からは必要とされる能力となるのである。(尚、この問題については次回以降に記載する)

最もおみこしに乗っているだけや下の人間にジョブをふるだけの経験しかないのであれば必要とされないのは、ビジネスの世界と同じである。そうした意味では大企業より中堅企業での経験の方が重視されるかもしれない。

加えて俗にレジュメに書けるような能力・資格があれば、そうしたものの棚卸して一般に○○という資格があるとするのではなく、具体的に何をどのくらいまでできる能力・資格を持っているか一覧にしてみることが必要だ。
またこの棚卸をする際には、妙にアンダーバリューするのもオーバーバリューするのもよくないし、又できるだけ多く棚卸しておくことも大切だ。自分ではたいした能力・資格ではないと思っていても、それを欲する非営利組織は自分が知らないだけで実は多いのかもしれない。
先ほどの組織マネジメント力というのはその一例だ。

ここまで書くと何かに似ていると思われた人も多いと思う。
そう、これはレジュメ(履歴書)を書くのと全く同じプロセスだ。
異なるのは、会社勤務の場合は「(高額の)お金を得るため」ということが理由になっていたのが、アーリーリタイア後は、金銭的動機ではなく自分の能力・資格を最も有効に活用でき、またその活動が自分の目的と合致できる非営利団体を探すためというのがその理由となることだ。

こちらの方は、会社勤務時代に同様の棚卸をおこなっていたこともありスムーズにやり終えることができた。

次に非営利団体そのものの調査をおこなったのだがこれが大変であった。
これについては次回のエントリーで記載する。
自分の持つ社会的資本を地域社会に還元するという考えから、アーリーリタイア後、寄付行為及び地域貢献活動への関与という2つの点で地域コミュニティーとかかわることとした。

まず寄付であるが、地域社会に貢献しまたその結果逆に貧困に苦しむ人を支援している組織に寄付を行っている。
具体的には、警察・消防関係で殉職あるいは身体にハンディキャップを負ってしまわれた方本人あるいはご家族に対してケアをしている組織に寄付を行っている。

そうした方々は公務員なのだから我々の税金がすでにその為に使われており、こうした寄付は必要ないという意見もある。

しかし税金はその使途について、我々が直接可否を要求することはできない。
本来なら税金も少なくとも住民税については、カフェテリアプランのようにその個々の使途について納税者が選択できるようになればいいのだが、現状はそのようになっていない。

日本ではこうした組織に対する支援となると、ある基準を満たせば一律にとなりがちである。逆にその基準を満たさなければゼロ回答とななってしまう。
これは役所からすれば、公的な立場であるが故に、こうした外形基準より一律に取り扱わざるをえない。そしてこのことが限界を招いていると考えている。

個人が寄付を行う際には、公的な立場とは全く関係がない為、個々人の持つ判断基準で判断すればよい、対象機関を一律に扱う必要はない。寄付という行為は、自分の意思(判断基準)で資金使途を決めて対象組織に支出するという一種の意思表示であることに意味があると考えている。

そうした寄付に対応して減税措置があれば、地方の支出はその地域に住む住民自ら決定するという意味で住民自治に対する大きな一歩であるのでが、残念ながら減税措置は、ごく少数のNPO法人に対するものしか現状認められていない。
民主党が「新たな公」という考えを検討する際には、このような減税措置を取り入れてほしいものだ。

また今回寄付をするにあたり対象となる組織を調べたのだが、Web等で詳しい情報を開示している組織が非常に少ないことだ。
おそらく財政的には苦しいはずなのに、自己活動に対する寄付を含むファイナンシングもマーケティングという観点から行うべきだと考えるがそうした視点を持っている組織は少ない。
組織の側も行政に対する要請といった視点から抜け出る必要がある。



6/96/10のエントリーで記載した通り、アーリーリタイアして自由を手にすると、逆にその自由の使用を抑制し地域社会との関わりを考え始めることとなる。
つまり、会社勤務の場合は、ただ単にその地域に住んでいるというだけであり、地域社会というコミュニティーの一員ではなかったのである。

よく日本では、地域コミュニティーに関して問題意識をもつのは、専業主婦とリタイアした老人だけだといわれるのも、こうした会社勤務者の態度や使われ方に対する意識が薄れる源泉徴収税制度が原因のひとつであろう。
アーリーリタイアするとはじめて、いままで関わってこなかった地域コミュニティーの問題が目についてくる。

またこうした問題意識に加え、どのようにすればそうした問題を解決することができるか、その為にこれまで蓄積した資金・知識(いわゆる個人の持つ社会的資本)どのように用いればよいか考えることとなる。
アーリーリタイアすると、NPO法人や社会的責任企業を設立して積極的に地域コミュニティーとかかわることになるのもそうしたことが要因だ。

私も自分の持つ社会的資本を地域社会に還元するという考えから、アーリーリタイア後2つの点で地域コミュニティーとかかわることとした。

ひとつは寄付行為であり、もうつとつは地域貢献活動への関与である。

次回からそれらについて記載していく。