先週青春18きっぷを利用してしまなみ街道まで旅行してきた。

しまなみ街道とは、広島県尾道市と愛媛県今治市まで本四架橋で結ばれている有料道路のことをさすのだが、島と島とを結んでいる橋は徒歩あるいは自転車でも渡ることができるようになっている。

今回は福山市からしまなみ街道にそってバスで移動し、大三島を拠点にして旅行してきた。

この大三島というのは別名「国宝の島」といわれている。それは全国の国宝・重要文化財の指定を受けた武具類の8割がこの大三島に保存されているためである。
とりわけ大山祗(おおやまずみ)神社はその中心にあり、古代から山の神としてあるいは航海の安全を祈る海神として広く尊崇を集め、多くの武具が奉納されている(国宝に指定されているものだけで8点もある)。

公共交通機関を利用してこの神社にいくには大三島内を巡回するバスを利用するしかないのだが、しまなみ街道沿いには島々にレンタサイクルスポットがある。この自転車を使えば、隣の島へもバスを使わずに渡ることができる。
今回はこの自転車を使って大山祗(おおやまずみ)神社までいってみた。高速のバスストップ(この近辺にレンタサイクル屋がある)から約20分くらいで到着することができる。
残念ながら海沿いというわけにはいかず、あまり海をみることはできない。

大山祗(おおやまずみ)神社は先ほど紹介したとおり、古くから尊崇を集めている神社であり、古の武将達がその戦勝を祈願してあるいはその御礼の為、さまざまな武具を奉納してきている。とりわけ源平合戦関係の武具が目につく。思わず平家が都から落ちのびていって最後は壇ノ浦で滅亡していくその歴史が頭をよぎる。
それ以外にも藤原純友の乱や元寇での戦いに用いられたとされる武具が所狭しと展示されている。

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このあと、もと来た道を戻り、多々羅大橋を通り生口島に渡った。
週末青春18きっぷを使って福井方面に旅行してきた。

訪れたのは三国地方にある瀧谷寺・山ふかい永平寺・織田氏ゆかりの劔神社である。
この中で永平寺は全国的に有名であるが、他の2つは無名であろう。

瀧谷時は、この北陸地方では珍しく、朝倉氏や柴田勝家の祈願所でありながら戦国時代の戦災にあっていない寺だ。
その歴史を物語るように、戦国大名へのさまざまな古文書をここでは見ることができる。

観光客もほとんどこず、広大な庭園には木々で日陰ができており、暑さをしのいで訪れるには望ましい古刹である。

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この寺に行くには、福井からえちぜん鉄道で約1時間程度かかりのんびりとした旅にはちょうどいい。


永平寺にいくには福井駅から直通バスがでている。
この寺は有名であるので何も説明する必要はないと思うが、数年前真冬に訪問したことがあり。その対比感で訪問したいと思ったのだ。

山の中の寺ではあるが、思ったほど山深いとはいえずむしろ参道のお土産屋の数をみると、興ざめな感がした。


最後に訪問したのは劔神社である。
この神社は全国的には無名であるがその由緒は奈良時代までさかのぼることができる。
またこの神社のある地は織田といい、織田信長の祖先はこの地の出身であり、彼はこの出身地の劔神社を氏神として神領を寄進しているという。
また織田の町はこの神社を中心にして発達した町で典型的な門前町である。

この神社にいくには、福井から1日3~4便のバス(織田行き)で一時間強かかるが、最近は武将ブームとのことでこの神社にも信長のファンが訪れることがあるとのことだ。

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参議院選挙が終わって一週間が経過した。

世間ではねじれ国会がどうのこうの、小沢さんがどうのこうのと五月蝿いですが、自分のポジショニングと現在の政党について整理してみた。

私のスタンスは、「政治は民間に口出しをしないでくれ」というのが基本である。
これには、「規制を作るな」という面と同じ程度に「利益も与えてくれるな」というのも含まれている。

なぜなら一度利益が与えられるとそれは既得利益と化してしまい、それ無しにはビジネスにしろ家庭生活にしろ成り立たなくなってしまう麻薬のようなものだと考えているからだ。

であるので、大きな政府を志向する政党、具体的には土木建設業や農業に対して補助金を垂れ流す党や、郵政民営化に逆行する党、労働者に対する解雇規制を強めようとする党は全くの論外となる。
それは右であれ左であれ同じだ。
そのような政党がいままで行ってきたことは、自分は「弱者」で「政府が保護しろ」と大声で叫ぶ人に対し、積極的に反論することなしにさまざなな優遇策等つかみ金を渡してなだめていただけのことだ。

そのように考えると現行の日本において小さな政府を志向する政党は極めて少ない。
自民党の一部や民主党の一部がそのような志向をもっているように見受けられるが、個人あるいはグループでもっていても党全体でそのような考えているとは思えない。

一番近そうな党は「みんなの党」であるが、これとて日銀に対して政治がコントロールをきかせようとすることも考えており、私のポリシーと合致するものではない。

このように私が積極的に選択に値する政党が存在しない中においては、その投票はできるだけ大きな政府志向の政党が大きくならないように、そこに反対する政党に投票するという消極的な選択となってしまう。

社民党や共産党のような政党があるのにリバタリアン的な主張をする政党が出てこないのは、やはりこの国の国民は意図しようがしまいが、すべて何らかの経済的恩恵という麻薬中毒になってしまっているのだろうか。主張することは「もっと麻薬を・・・」としか聞こえないのだ。
以上でアーリーリタイア後の資産価格が下落に見舞われた場合に、それまでの方針を貫徹する具体策であったが、そのなかで「アルファの追求」というものがあった。

私は資産価格を予測するのは無理と考えており、常に事前に定めた比率でマーケットポジションをとるべきだと考えている。そのためポジション比率あるいは銘柄選択で市場感応度変化させるようなベータ戦略を採用すべきではないと考えている。

またベータをマッケット並みとしても、その中で個別銘柄の価格変動を予測することも不可能と考えている為、個別銘柄選択でアルファをとるようなアルファ戦略も採用すべきではないと考えている。

私が採用しているアルファ戦略は、法制度・税制度・株主制度・会計制度などの制度的要因で発生する価格のゆがみを捉えるものだ。またこのゆがみは株式だけでなく債券においても発生する(というかむしろ債券市場において発生しやすい)。

こうした要因で発生したゆがみからでるアルファを収益の源泉としてとらえて、ポートフォリオのリターンの上乗せを図っている(正確にいえば、コストからでるポートフォリオのマイナスリターンを埋め合わせている)。
四半期運用計画であるが、四半期を見据えどのような投資行動をとるか明記する。

そもそのインデックス運用でありかつアロケーションの変更を行わないのが運用基本方針でうたっているのであるから、ここでの計画はほとんど記述することがない。

記述することといえば、
・インデックスをトラックする為の手法、現物・ETF・投信・先物のうち何を用いるか変更するならこれまで投資したものはどのようにするか
・キャッシュアウトが必要な四半期であればどのようにキャッシュを作るか。またその際のインデックスからの乖離のヘッジはどのようにするか
・アロケーションリセットが必要な場合の調整方法(これは資産価格の変動によってリセットが必要になった場合の調整方法である)
・アルファを狙うポジションの戦略と大きさ
位である。

ただし、運用基本方針と同様、四半期運用計画に定めていない売買については実施しないこと。実施する場合は事前に四半期運用計画を修正する必要があること。その場合委託者に書面においてその理由を明示し、委託者の了解が必要なこと。但しこの場合でも運用基本方針に反することは許されないことを明示しておく。

当然委託者の側でもこのような四半期運用計画について提示があったこと。これについて検討の結果これを了承したことを検討の事跡とともに残しておく。とりわけ期中に運用計画の修正提案があった場合には、この理由と承認した場合にはその発生理由と承認の事跡、今後の対応についてより詳細に事跡を残すことになる。例えばアロケーションの変更を求めるものであれば、当然のごとく運用基本方針に反するものであるから基本的に拒絶されるものとなる。認められるのはキャッシュアウトのタイミングで一時的にアロケーションがずれてしまう場合であるが、この場合でもこのずれを修正されるのはいつか明示化しておかねば認められるのものではない。

こうして委託者側にも厳しい姿勢を求めておくこと-つまり委託者が最終的でなく基金の拠出者(受益者)に対して委託者が最終的に説明責任を要求させておくこと-が、市場が大きく変動する場合においても、基本方針を貫ける(基本方針に反してアロケーションを変えるということを行わない)要因となる。


そして四半期経過後、運用結果報告を作成する。

ここでこの四半期に行った売買をすべて記録・報告する。
当然その売買には、行った理由があり、それは上述の四半期運用計画にリンクされてなければならない。四半期運用計画にリンクされていない売買は存在しえないはずであり、そうした売買が発見された場合には厳しい説明が求められ、委託者が納得できなければ運用計画違反あるいは運用基本方針違反となる。

こうしたプロセスを積み重ねることで、市場が大きく変動した場合でも、受託者である私は、委託者である私に説明できない投資行動はとれない仕組みを作り上げていくのだ。

既に気づかれたかもしれないがこの際ポイントとなるのは以下の点である。、
・委託者と受託者の関係だけでなく(これだけではなあなあの関係になる、実ビジネスでも同じで癒着の一因となる)、最終受益者に対する説明責任を委託者である私に負わせていること。
・一般に個人投資家のメリットといわれている機動性をあえて放棄していること。機動性による収益の向上は求めないこと。、その裏返しとしての機関投資家が行っている、運用基本方針及び運用計画に基づいた運用を採用している。(この点については、私はそもそも機動性は個人投資家のメリットであるとは考えていない。むしろ頻繁な売買を引き起こすデメリットであると考えている。個人投資家のメリットは、実質的に10年超の長期的視野な運用ができることと考えている。機関投資家は口では長期運用といってはいるものの、実質的には四半期運用という短期運用でしか投資は行えず、長期運用ができるのは個人投資家の大いなるメリットだ)


そもそも運用基本方針に基づく運用は、私のような運用スタイルにのみ適用される訳ではない。
デイトレーダーやアクティブ運用であったとしても同様だ。
ただデイトレーダーなどではその方針が、ロスカット基準やポジションのレバレッジ上限であったりするだけである。
彼らもこのような方針に基づいているわけで、マーケットの大きな変動に直面しても生存している彼らはそうした方針を死守している。
そのような意味では、マーケットで勝ち残っていく投資家は、アーリーリタイア後の運用者であれ、デイトレーダーであれ同じ行動を採用しているのである。
「熟慮して運用方針を定めそれを死守せよ」


これが7/9のエントリーにおいて、「自分の資産について、まるで第三者の資産を運用するかのように、基本運用方針(アセットアロケーション・個別資産運用)及び四半期運用結果をプレゼン資料として作成し、自分で自分に対してプレゼンを行っている」といったことの具体的な内容だ。
アーリーリタイア後の資産価格の下落に対して、自分の資産について、まるで第三者の資産を運用するかのように、基本運用方針(アセットアロケーション・個別資産運用)及び四半期運用結果をプレゼン資料として作成し、自分で自分に対してプレゼンを行っている(自分で自分に対して質疑応答もしている)が具体的にどのようなことを行っているか記載している。

前回までに、マーケットに関する自社の考え方とそれに対する自社の運用の哲学に関するプレゼンについて説明した。

このような運用哲学の明示化(具体的には(ベル型カーブでない)ファットテールの基でのアセットアロケーションを行うこと、各アセットクラスではインデックス運用を行うこと)及びそれについての質疑応答の次に、こうした哲学について委託会社(この場合私)が納得した上で、それを踏まえた上での受託資産毎の運用基本方針の策定のということになる(ちなみに受託資産とはアーリーリタイア後の私の保有資産のことである)。

つまりここまでの段階で、受託機関である私からのマーケットに関する自社の考え方とそれに対する自社の運用の哲学の明示化と、委託機関である私のその分析と採用の可否にいたる判断の明示化がなされているわけである。

次に具体的運用基本方針の策的について、委託機関である私からリスクトレランスに対する説明・対象とするアセットクラス・想定されるキャッシュ(アウト)フローについて、受託機関である私に明示する。

それをうけて受託機関が、基本ポートフォリオとしての各資産のアロケーション比率、そこからの許容乖離度とアロケーションリセットの考え方、アセット毎のベンチマークインデックスの設定、ベンチマークインデックスにトラックする為の方法・組み入れ可能銘柄の制限、アウトオブベンチマークの組み入れ上限、アルファの達成手法などについて委託機関にプレゼンを行い、それに対して質疑応答がやり取りされる。

このようなやりとりの後、最終的に具体的な運用基本方針が策定され、こうして一度決定された基本方針は受託機関と委託機関の合意事項となり、受託機関はこの方針に反する行動は許容されず同時に委託機関はこの方針の変更を要求することは許されないことになる。
このことを確保する為、「以上の方針に反した場合、意図せざる場合すみやかに方針に反する状態以前に戻すこととする。意図して行った場合委託会社は即刻運用停止・資金返上を命じることができる。かつ逸失利益に対して損害賠償を請求することができるものとする」、「委託会社は当方針を変更することを要求することはできない」などという文言を運用基本方針に盛り込んでおく。

この時点で市場が変動し恐怖心からアロケーション変更の誘惑に駆られたとしても、運用基本方針にアロケーション比率とそのリセットについて明示化し、当然冷静な状態の中で作成されている質疑応答の中でもマーケットの変動とアロケーション変更についても明示化されている(マーケットを予測することは不可能であり、常にマーケットにい続けることが必要である。アロケーションの変更は市場変動に伴うリセットのみであり、そのリセットは年●回とする。期中の市場価格の変更による乖離度幅超過についてはリセットのタイミングまで許容する・・・などである)ことから、アロケーション変更は委託会社に対して説明のつかない行為となり、かつ運用基本方針に反する行為となるためその実行については不可能となる。


次はこの基本方針の下での四半期毎の運用計画について説明する。
まず最初に作成する運用基本方針であるが、年金基金から資金を受託する場合に行われる年金基金の運用委員会向けのプレゼンをイメージして作成する。

通常運用委員会は、彼らの運用方針(例えばパッシブ・アクティブなど)が先にあり、それに従い運用会社から委託先を選定する。

委託会社である私は、まずマーケットに関する自社の考え方とそれに対する自社の運用の哲学から説明を開始する。

運用哲学は運用機関のレゾンデートルであり。これは決してブレてはいけないものだ。
これがブレる運用機関は存在そのものが疑問視される。
であるのでこれをまず明確化しておくことで、そこからの逸脱をできなくしてしまう。


マーケットに対する運用機関である私の考えは、
・市場はベル型カーブを描かない。
・長期的にはアセットアロケーションによるリターンが収益の8割超まで説明することができる。又経済環境によりアセットアロケーションを変化させることも、それはアクティブな投資判断を行っているのと同様、長期的な超過収益(基本ベンチマークに対して)をもたらすものではない。
・市場は概ね効率的でありアクティブではコンスタントな超過収益は獲得できない。たとえアクティブにこれまでコンスタントに超過収益が獲得できていたとしても将来は不明である。また仮にそうしたことが可能であったとしても、そうしたマネジャーを事前に選定することはできない。
というものである。

また、自社の運用哲学は、
・平均分散アプローチではなくロングテールが発生することを前提としたアロケーションアプローチを採用する。
・またアセットアロケーションについてはテーラーメイドではなくキャッシュフローニーズ・リスクトレランスから効率的アロケーション比率の中からオーダーメイドに選択決定する。そうして決定したアロケーション比率は戦略的アロケーション比率とし、このアロケーション比率をアクティブに変更することは行わない。
・またアロケーションを決定する際アロケーション内の各アセットについてはインデックス運用とし銘柄選択で超過収益は狙わない。
・目標は低コストでインデックス運用を行うことであり、コストをミニマムにすることを目指す。したがってターンオーバー比率を重視する。
・コスト分のみインデックスマイナスアルファとなるが銘柄選択でアルファを狙わない。アルファはベータや銘柄選択に依存しない独立したアービトラージで狙う。目標は運用コストをカバーすること。

などを説明し、こうした市場に対する考えと自社の運用哲学に納得していただけたら、具体的な運用基本方針を策定させてほしいとなるわけだ。

一般的にはブティイク型の運用機関はこの段階でかなりはじかれる。
今回は、私が運用委員会であるわけであるから市場に関する考え方は一致するはずである。
しかし、運用委員会のメンバーは自分の意見と一致するからといってそれで採用するわけにはいかない。なぜなら運用委員会は、その資金の大本つまり年金資金を積み立てている個々の拠出者に対する説明責任があり、彼らを納得させる必要があるからだ。そのためには、運用機関の市場に対する考え方への想定される疑問(例えばこの場合は、なぜアクティブではいけないのか。運用のプロなら市場を上回るのが当然ではないのか。平均分散アプローチを採用しないのは保守的すぎるのではないか・・・)に対して、彼ら(この場合は運用機関である私)の答えを求める必要がある。

ちなみに日本の運用機関はこの運用哲学がない会社が多い。
なんでもやります。だから資金を受託させてください。
とする会社だ。こうした運用会社は哲学のない乞食会社で運用機関に値しないと考えている。



アーリーリタイア後の資産価格の下落に対してどのように対応するかという点に関して、前回の以下記載をした。

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私の例でいえば以下のことを行っている。
①ポートフォリオの運用方針を再確認する。
②運用方針では、行動をおこさないのが最もよい行動となっているはずであるので、そこで自分のこれまでの行動と今後の行動(何も行動をおこさないということ)を再度確認する。

このために、私は自分の資産について、まるで第三者の資産を運用するかのように、基本運用方針(アセットアロケーション・個別資産運用)及び四半期運用結果をプレゼン資料として作成し、自分で自分に対してプレゼンを行っている(自分で自分に対して質疑応答もしている)。

したがって資産価格の変動により運用方針から逸脱して行動ができないように(逸脱した行動をすると四半期運用結果報告でその説明ができない)自分でタガをはめるようにしているのだ。
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今回はもう少し具体的に記載する。

まず私がなぜこのようなことをやっているかというと、前提として
人は弱いものであり、一度合理的に決定したものであっても、追加的な情報が入ってくると、その情報によってバイアスがかかってしまい、誤った行動をおこすものである。
と考えているからである。

上記の考えは、アクティブ・パッシブの投資戦略を考える際に取られるものである。
つまり私はパッシブ的な発想にたち、当初作成した運用基本方針をベンチマークインデックス(カスタマイズドインデックス)とし、このインデックスに対してパッシブ運用を行っているのだ。

そしてインデックスに対するパッシブ運用であるがゆえに、アクティブな判断は許容割合は極めて少ないはずであり、アクティブな行動を仮にした場合、高度な説明責任が求められる。ちなみにこの説明責任がはたされないと、通常の年金運用の世界では例えパフォーマンスがよかったとしても、ペナルティとして委託額の減額や解約がなされ、故にこのことが心理的制約となってアクティブな判断は行われない仕組みとなっている。

ではこのための運用基本方針はどのようなものか、これについては次回記載する
アーリーリタイアしてからは、それまで蓄積した資金を運用することで生活していくことになる。
つまり当たり前であるが、会社勤めとは異なり給与という追加的インフローがない中で、資産価格の変動を直接受ける形になるのだ。

会社勤めであれば、ストックの運用資産が変動(下落)しても定期的な追加的インフローができるため、心理的に追い込まれる圧迫感はなかった。

ところがアーリーリタイア後は、こうした追加的インフローが見込めない為、資産価格が下落し保有している資産が下落すると、このまま資産価格がもどらなかったら・・・という心理的圧迫感は想像以上に大きいものがある。

私のようにファットテイルな資産価格の大幅な下落をしていた場合でもそうなのであるから、一般的な平均-分散アプローチでポートフォリオを考えていた人は更に動揺してしまうであろう。

こうした状況下において下される判断は、非合理的なものとなりがちであるというのは、行動経済学的によって論じられている。
そこまでおおげさに考えなくても、強いストレス状況下でまともな判断ができなくなるのは、きわめて一般的だ。

ではどのようにすればいいのだろう。
私の例でいえば以下のことを行っている。
①ポートフォリオの運用方針を再確認する。
②運用方針では、行動をおこさないのが最もよい行動となっているはずであるので、そこで自分のこれまでの行動と今後の行動(何も行動をおこさないということ)を再度確認する。

このために、私は自分の資産について、まるで第三者の資産を運用するかのように、基本運用方針(アセットアロケーション・個別資産運用)及び四半期運用結果をプレゼン資料として作成し、自分で自分に対してプレゼンを行っている(自分で自分に対して質疑応答もしている)。

したがって資産価格の変動により運用方針から逸脱して行動ができないように(逸脱した行動をすると四半期運用結果報告でその説明ができない)自分でタガをはめるようにしているのだ。

こうしたことで自分の投資行動が常にコントロールできているかどうかはわからないが、経験からすると極めて高いレベルで自分の非合理な判断を抑制できていると感じている。
大相撲の野球賭博が非難されている。

マスコミはバッシングをしているか、本当のところ私にはその非難の根本がよくわからない。

確かに現行の法律には違反している(刑法185条賭博罪および刑法186条常習賭博罪)。

しかし賭博は、例えば殺人や窃盗・強盗とは異なり、国によってあるいは地域によって全く合法とされている。先進諸国でいえば、英国がその例である。

したがって今回の行為も、そうした国あるいは地域で行なわれていたならば、誰も非難しない行為であるのに、日本で行えばこのようにバッシングされるのがわからないのだ。

加えて日本においても、公営ギャンブルや宝くじという賭博は特別法により合法化されており、合法・非合法の境目は日本においてもそもそもあいまいなのであり、賭博という行為そのもので非難することはできない。

更に日本ではパチンコという、形式的には合法であるが、行為そのものは全く賭博とかわらないものまで認めている。今回の大相撲の賭博も、一度メダルを介して、かてば文鎮でももらい、それを形式上第三者が経営する景品交換所で交換してれば合法となったのであろうか?

こういえば今回は賭博そのものが問題ではなく、暴力団がらみであったから問題であったという人もいるであろう。しかし暴力団がらみとなるのは、刑法で賭博を罪としているからであって、そもそも賭博を罪でなくしてしまえば暴力団の関与はなくなる。これは禁酒法があった時代の米国がいい例であろう。

私の考えるに、賭博罪とは、国家が賭博からあがるテラ銭を独占する為の法律である。
つまり自分達の独占による超過利潤を独占する為、安く賭博を開帳するものを排除する為の法律だ。
なぜなら一般の非合法の賭博のテラ銭は、公共団体独占の賭博(宝くじなど)に比べて低く抑えられており(高くすれば、他の団体の賭博に客が逃げる)、警察が多数天下っているパチンコ業界については賭博とされていない現状がある。

つまり暴力団の資金源を細めようとすれば、賭博を犯罪として取り締まるのではなく、賭博を合法化してしまえばいいのだ。
合法化しないのは、同時に国及び地方公共団体が独占しているテラ銭の比率が下がるのを恐れているからだ。これは他の国家独占の産業(旧国鉄・電信電話)と構図は全く同じである。

このように主張すると、賭博依存症が増え犯罪も増えるとの主張があるかもしれない。しかし現状のパチンコ産業や公営ギャンブルを野放しにしておいてその主張に妥当性があるとは私は考えがたい。それはまるで酒を飲むとアルコール依存症が増え犯罪が増えるので酒を違法として禁酒法の考えと同じだ。