白金台にある畠山記念館にいってきた。

畠山記念館は荏原製作所の創設者である畠山一清氏により創設された美術館である。

今回は秋季展「織部が愛した茶碗」と銘打って、戦国武将でありかつ利休の高弟(利休七哲の一人)である古田織部が所持していたといわれる高麗茶碗にスポットを当てた展示を行っている。

$自由人のアーリーリタイアメント生活

この畠山記念館は白金という都内一等地にありながら広大な庭園を保有している。日本の都心にある美術館においては、こうした広大な庭園をもちかつコレクションの一級品というのは、上野の国立博物館を除いては公設ではほとんどなく、企業創設者の私設美術館になる(例えば、根津美術館・五島美術館等)。

彼らは、資本家という面では偉大なチャレンジャーであったとともに、大いなる教養人であった。

私も彼らほど偉大な資本家にはなれそうにあれませんが、会社勤めの間に失ってしまった教養を回復させたいと願っています。
FRBが量的緩和第二段に踏み切った。

内容については既にご存知だと思うが、6000億ドル相当の国債を来年6月までに追加購入するというものだ。

ただ疑問なのは、本当に中央銀行の金融政策でデフレ懸念を払拭させ適度な物価上昇を起こすことは可能なのかということだ。

お金をじゃぶじゃぶにしても、企業が過剰なまでに国内で設備投資を増やし・雇用を増やさなければ、国民は物価上昇を期待するとは思えない。

同時にいくらマネーを増やしても、海外から安い商品が流入する仕組みが強化されれば、物価は上昇は起こりようがないと思える。つまり新興国の経済成長が立ち上がっていく中では、彼らがある程度の所得水準になるまでは、新興国に移転可能な物の価格は上昇するとは考えがたい。

とすれば米国においても日本と同様、新興国から輸入(米国企業の海外工場が製造する製品の輸入も同様)可能な製品価格は金融政策がどうとられようが上昇はしないだろう。こうした製品はコモディティーである。

そうした条件で適度な物価上昇を起こすには、新興国による代替が不可能な製品・サービスいわゆる非コモディティーな事業、いわゆる価格決定権を米国がもつ事業に移行し続け、そうした分野で雇用が拡大していき人手不足感が増大する必要があろう。

結局日本がデフレから脱却できないのは、こうした価格決定権のある非コモディティーなビジネスに移行することに失敗(というよりも自ら移行することを拒否し、過去の栄光にしがみついているようにしかみえないが)しつづけていることが原因だ。

その点米国は日本と比較して、「伝統」・「この道一筋」より、新たなビジネスを創造することを是とする国であるので、まだデフレには成りにくい。

ただこうして考えると、金融政策によりお金をじゃぶじゃぶにしても、直接的に適度な物価上昇が発生しデフレに陥ることを防げるとは考えがたい。
必要なのは、ニュービジネスを起こすアニマルスピリッツを助長させる仕組みやそれを助けるベンチャー投資マネーの増大であろう。
従来の米国はニュービジネスに対するチャレンジ精神が高かったと思われるが、心配なのはこの中間選挙で米国においても内向き・伝統回帰と見られる動きが散見されたことだ。こうした状況が続けば、いくら量的金融緩和をおこなったとしてもデフレに陥ることを避けることはできないであろう。


日本に久しぶりに戻ってきたので、年初からの運用状況をチェックしてみた。

ポートフォリオは穏やかな上昇であった

この間、マーケット環境は日本株は下落・日本以外の先進国株上昇・新興国株大きく上昇・債券上昇・資源高・円高ドル安という状況だと考えている。

マーケットの動きを想定してアロケーションの変更や個別銘柄を売買することは基本行わないので、この結果は年初からバイアンドホールドした結果である。

アロケーション効果がうまく発揮され上記の結果になったと思われる。今年も従来から考えている「日本株を世界株と分けて考えてない」という戦略に基づくアロケーションがうまく言ったといえる。

結果に対して特に感想はないし、この結果を踏まえて新たなアクティブな売買を行おうとも考えていない。

ただ年末には来年を見据えて生活費用分のキャッシュを補填しておく必要があるので、その為アロケーションのズレの確認とそれを踏まえてキャッシュ補填の為どのような売却を行うか考えておく必要がある。

年末にかけてのんびりとその為の売買案を練っていこうと思う。

領土に関して、中国・ロシアからチャレンジをうけている。

日本には外交交渉において、「ベキ」論から脱した、WHAT-IFという発送が全く見受けられない。
まるで第二次世界大戦において、無駄死にを繰り返した陸軍と同じやりかただ。

いくら日本が4島返還を声高に叫んでも、ロシア側にメリットがなければそんな要求が通るわけがない。

過去可能であったと思われるのは、ソ連崩壊後混乱に陥ったロシアに対して、2島返還及び残り2島に関して日本主導で開発交渉することであったと思うが、これも今となっては泣き言にもならない。

今日本が4島返還をロシアに主張してそれが聞き入れられなければ次に何をするつもりか?
おそらく具体的な案はなく、ただ犬の遠吠えのように無駄に4島を返せというだけであろう。
過去歴史に学べば、そうした戦略(ただ「4島を返せ」と主張すれ)が成果をもたらした例は全く無い。
自分の主張を相手に呑んでももらうにはどのようにすべきか、という戦略が全く見えない。

また中国にたいしても同じである。
中国の狙いは海洋利権の拡大なのであるから、今後の尖閣諸島に関してはチャレンジされると考えなければいけないだろう。
また彼らは「古来」という言葉を用いているのであるから、このことを考えれば沖縄も彼らの視野に入っているとの考えで対策をたてる必要があろう。沖縄は江戸時代に日本に占領されたのであり、中国のいう「古来」なら独立国であり、「古来」日本固有の領土ではなかった。
であるなら昔日本がやったやり方で、琉球王朝の末裔とやらを担ぎ出して、中国に庇護を求め(自治国化となる)れば、沖縄に人民解放軍を送る名目はいくらでもたつ(沖縄本島でなくても島嶼でもいいー仮にそれが尖閣諸島でも)。

仮に沖縄から米軍基地を縮小・撤退するならこうしたシナリオは充分ありうる。
事実フィリピンでは同様なことが起こった。

日本としては実現可能性のない主張を声だかに叫ぶ(これは自民党も民主党も同じ)のではなく、本来達成したい目標を明確に定め、その達成の為実現性のある手法を具体的に採用するということが必要であるが、これはビジネスにおいて、実現可能性のない利益見通しを出してもだれも見向きもせず、具体的な目標達成方法を示す必要があるのと全く同じである。




お久しぶりです。

しばらくパリの友人宅をベースにヨーロッパを一ヶ月ほど旅行してまいりました。

彼は日本のアニメ好きなので、日本製のフィギュア(彼はセイントセイヤのファン)を何対かお土産に持っていったらら非常に喜んでくれました。

彼いわく、フランスから日本のバンダイ(?)に注文を出そうと思っても、ホームページは日本語オンリーで外国人には読めず、また発送も国内オンリーで海外発送には対応してないとのこと。

定価の何割か増しでもいいから、代理発注してもらえないかと相談をもちかけられました。

ビジネスチャンスは以外な所にころがっているものだなと感心した次第。

日本でアニメのフィギュア好きとなると、いわゆる「おたく」となるのだが、彼は大学院博士課程終了のDrである。又彼いわくフランスでは同好の士は高学歴・高収入層が多いとのこと。確かにそうでなければ一体日本円で5000円~10000円クラスのフィギュアを月に何体も購入できるとは思えない。

この日本フィギュアは、日本人が自分で評価するプラス部分と、外部が評価するプラス部分が大きく乖離している例かもしれない。


首都圏でマンションの販売が増加している模様だ。

不動産経済研究所が9月14日に発表した8月の首都圏マンション市場動向によると、新規供給戸数は前年同月比18・5%増の2268戸で、今年2月以降7カ月連続の増加となった。初月契約率は5・5ポイントのアップの74・8%で、8カ月連続して好不調の目安である70%ラインを突破している。

本当に不動産は保有することに価値があるものなのか?

>理屈から言えば同じ物件であるならば、保有するのも賃貸するのも同じであるはずである。
つまり同じ物件なら、現在価値に引きなおした場合に、保有した場合のキャッシュフローと賃貸した場合のキャッシュフローが同じになるはずである。

よく不動産の購入のセールストークに、「家賃と同額の支払いで不動産が購入できる云々」とあるが、はたしてそれはバナナとリンゴを比較してはいないか? バナナならバナナ同士比較しないと意味がない。

また「当初10年間は現在の家賃よりも低い金額で云々」というのもよく耳にするが、こんなことはキャッシュフローをちょっといじくれば可能でファイナンス的には全く意味のないことであり、単に目くらましにすぎない。

「支払い額がステップアップすることもありませんよ。そのうえ月々の支払いは家賃並み云々」というセールストークの場合は、本来なら積み立てておくべき修繕積立金を少なく見積もれば可能である。実際の大規模修繕の場合は当初記載されていない一時金が徴収されることになる。
不動産を購入する場合には、こうした隠れたコストまできちんと解明した上で検討することが必要だ。


不動産を購入する場合絶対行わねば成らないことを紹介しよう。
世の中にはフリーランチはない。フリーランチはない。フリーランチはない。と3回となえることだ。
こうすればたいてい不動産買わなければならない病からは脱することができるだろう。

もうひとつ「不動産を購入したから何事に対しても前向きに取り組めるようになりました」などという、 新興宗教にかからないことだ。
不動産は不動産でしかない。自転車やパソコンと同じ単なる物だ。おかしな新興宗教にかかってはいけない。

今年の夏は避暑がてら草津高原で過ごした。

アーリーリタイア後できることならば真夏の時期2~3ヶ月ほど涼しい場所で過ごしたいと考えている。
その為毎年候補と考える場所で過ごすことによって、どこがよいか検討している。

これまででは、軽井沢・伊豆・箱根・高山・釧路・草津高原などを検討してきた。

この中では環境面では釧路が最もよいかと考えている。

ただ住居をどのようにするか検討しないといけない。

ホテルをマンスリーあるいはウイークリーで借りるというのもあるのだが、できればハワイのコンドのような形態の住まいがあればいいのだが?

Webで探してはいるのだがなかなかめぼしいページにはヒットしない。

釧路市では長期滞在者を歓迎しているように見受けられるのだがなかなか希望どおりの案件にはたどり着けない。

どなたかいい情報をお持ちのかたはいないものか?
前回債券投資について、バイアンドホールドで債券を持つということとインデックスベースの債券投資の収益率は異なる。また債券代替として短期金融資産を持つことと長期債の収益率はその金利変動により大きく異なることを記載した。

ではそこから一歩進み、短期金融資産と債券が株式を含むポートフォリオにどのような影響を及ぼすか考えてみよう。

仮に株式との2資産のポートフォリオをとる場合短期金融資産と債券をどちらを選択するだろうか?

現在のファイナンシャルプランナーやブログなど見ると、今低金利だから債券を組み入れる必要がないとしている例を多く見受けられるが、その理屈からすると現行では短期金融資産を選択すると思われる。

これは債券のリターン=金利収入=クーポン収入と誤解している例だ。

債券のリターンは前回でも述べたようにクーポン収入+債券価格変動(金利変動)からなり、その価格変動性を示す指標にデュレーションがある。前回の例ではデュレーションが10年もあれば、金利が1%低下するだけで、リターンが10%超となることを説明した。

こうしたアセット特性をもつ債券は株式が大暴落する場合の収益バッファーとして働く。
株式が暴落した場合、例えば今回のリーマンショックの場合10年米国金利は4.5%程度から直近では2.7%まで低下している(1.8%程度の低下)。つまり株価が暴落した場合には逆相関となりその2桁はあったと考えられるリターンは株式の下落を大きく埋め合わせることができる。

短期金利は政策金利の引き下げの影響をダイレクトに受け、リターンはプラスであるものの、その収益率は債券と比較すると小さく、株式のマイナスを埋め合わせることは難しい。


また、過去のリスク・リターンで債券と短期金融資産どちらを選択するか判断することも正しくない。
それはその計測期間中に株価の大暴落がはいっているかどうかで大きく答えが異なるからだ。

極端な例として債券の特性をもっとオーバーにした、例えば株価がプラスからマイナス20%の場合はリターンが常にマイナス0.5%、マイナス20%を超えた場合プラス20%超(株価のマイナス幅に連動)というアセットがあったとする。このアセットはリターンの測定期間中に株価の20%以上の下落があるか否かによって、リスク・リターン特性は大きく異なり、大暴落がないと期待収益率がマイナスで、標準偏差がゼロとなる。

こうしたアセットは特にベル型カーブを前提としている場合、組み入れることは困難となろう。
しかし逆説的ではあるがこうした特性をもつことこそが、このアセットを組み入れる大きな理由なのだ。


これは極端な例かもしれないが、債券というアセットクラスの特性をクーポンだけでなく考える為必要なことだと考えている。





年金運用でアセットアロケーションを考える際には、国内・海外を別にすれば、株式と債券にわけるのが一般的だ。
ところがよく個人の資産運用などで、債券は利回りが低いからキャッシュで代替することでかまわないとしている例をよく見かけるが、それはどのように考えての結論だろうか?

おそらく債券をバイアンドホールド的な、購入して満期まで持ちきる運用イメージなのだろう。

しかしイボットソン等でデーターが開示しているのは、そのような債券投資ではない。

簡単にいってしまえば、(一定の条件を満たす)すべての債券の期間収益率になる。>またその収益率は、クーポン+債券の価格変動となるのである。

例えばキャッシュは金利(この場合は短期金利)が低下すればするほど期間収益力は低下するが、年金等で運用する債券投資では、金利(この場合は長短金利全般)が低下すれば期間収益力は上昇することになる。

ちなみにこの債券の価格変動を示す指標として「デュレーション」がある(正確にはコンベキシティとモディファイドデュレーションであるが、ここではデュレーションをとりあげる)。

簡単にいえば、例えばキャッシュのデュレーションは限りなくゼロである。一方残存10年のゼロクーポン債(割引債)のデュレーションは10である。

これを具体的な数値でしめすと今金利2%の残存10年のゼロクーポン債の価格は82.04である。この債券の金利が1年後1%まで低下すると91.43となる。この期間収益率は11.44%にもなるのである。
キャッシュは0.5%でほぼ横ばいであれば0.5%、半年経過しゼロ金利になれば0.25%である。


収益率だけで見てもこのようにキャッシュと債券では全く収益率が異なる投資セクターである。
>加えてより重要な他資産との相関を考えればますます異なるセクターといわざるをえなく、このように特性が異なる資産を同一の資産として扱うことは私には理解できない。尚、他資産との相関については後日記載したい
日本が中国に対して非難するひとつに「中国は人治主義であり法治主義ではない」というのがありますが、日本はこうした非難をいえるほど法治主義国家なのでしょうか?

法治主義は、行動に対する事前予見可能性を担保するものです。
また法治主義は、明文化された法に違反しない限り、当事者の意に反してその行動が制約されないということに特徴があります。

ところが日本では、有力者による仲裁、古くは官僚などによる行政指導新しいものでは政治家主導の名目でも政治家による口きき、ひどいものでは裁判所自体が法治主義を否定するかのようなグレーゾーン判決や企業買収防止など、法治主義の否定がまかり通っています。

こうしたメンタリティーは、明治時代の「民法出て忠孝ほろぶ」といわれたものとほとんど変わっていません。


今回民主党党首選挙で小沢元幹事長が立候補するとのことですが、彼は、もうすぐ検察審査会において「起訴相当か否か」審査される身です。

本来法律を制定できるステーツマンであれば、その法律を尊重するのが当たり前であり、法律上「起訴相当か否か」審査される身であれば、その判断結果及びそこから発生する状況に影響を与えない行動をとるのが当たり前であろう。

つまり権力者であればあるほどその権力を抑制的に行使すべきだということです。
具体的にいえば検察審査会の結論が出るまではおとなしくしておくということです。

ところが現在の行動は、法律上定められた検察審査会の審査に圧力をかけるもので、そうした行動に対して何ら違和感ももっていません。

つまり俺様は俺様以外の人とは違う。法律なんぞくそ食らえ。権力さえあれば何でも変えることができる。

というふうに見えます。また親小沢といわれる他の国会議員や支持者もそれをおかしいとも思っていないように見えます。
法律違反の疑いの有無よりも、現状を何とかしてくれるかもしれないという豪腕(しかもそれは法律違反かもしれない)に期待するメンタリティー。何か昭和初期の軍部、あるいはヒトラーの台頭を思いおこします。(ヒトラーはもっとソフィスティケイトされていましたが)

恐ろしいのは多くの日本人がそうした法治よりも人治を望んでいるように見受けられることだ。
仮に民主党の党員・サポーター票が小沢さんを選択するとそれを裏付けてしまうことになる。


このように日本は法治よりも人治を望んでいるように見受けられ、中国のことを非難できる状況ではない。

そういえば小沢さんも、法治主義の欧米よりも、人治主義の中国に親近感をもっておられますので、そうした行動はあたりまえなのかもしれません。