アメリカはMartin Luther King Jr. Day の3連休だった週末明け。
久々のアップの今日は、教育関連ネタ。
そして、今までの私にない種類の記事でございます。
いつも新鮮な時事ネタをご紹介くださる NY在住のコモンるみさんのブログ
で、最近 非常に興味深いウォール・ストリートジャーナルの記事を拝見いたしました。
このWSJの記事を読んで、非常におもしろいと思いました。
この記事を書いていらっしゃるのは、イエール大学のロースクールの教授をなさっている中国系アメリカ人のエイミー・チュア氏です。彼女の子育ての赤裸々な経験談が盛り込まれたこの記事は、ものすごい物議をかもし出し、ウォールストリートジャーナルで過去最高のコメント数を記録したそうです。
この地域の小学校には、シリコンバレーの頭脳と言われる優秀な中国人やインド人の子弟がたくさん通っていらっしゃいます。だから、ここに書かれているほどではないにしても 同種のチャイニーズのお子さん達とうちの子供たちは”リアルご学友”な訳です。 私も、こちらに来て息子のチャイニーズお友達の親御さんたちの教育熱心さには舌を巻くばかりでして・・・彼らのモーレツぶりを目の当たりにして、すでに洗礼を受けていたので、これを読んで「衝撃!」というよりも、「ああ、やっぱりね・・・」と納得するような感じでした。
このベイエリアにお住まいの方、そしてアメリカにお住まいの方なら、この記事のような教育熱心なモーレツスパルタ中国人親(中国人に限らずアジア人の親ですね)がご自身の周りにいらっしゃる方も多いのでは?
そして、日本の方には、”アジア人の教育熱ってこんなにすごいんだよ”ということをリアルに感じていただける内容だと思います。
私のブログを読んで下さっている皆様には、お子様をお持ちの方も多いと思います。
親としてはとても興味をそそられる内容だと思います。できればこの記事のことを皆様とシェアしたいなと思い、思い切って自分で翻訳してみましたので、ここでご紹介させていただきます。
(プロではございませんので、クオリティについてはご容赦くださいませ。)
”さらっと 軽く内容だけ読みたいわ” と言う方は ↓ コチラをご覧ください ↓
WSJの記事の日本語版 『中国の母の恐るべきスパルタ教育』
(英語の原文からは、かなりカットされた内容となっております。)
かなり長文になりますが、原文をしっかりお読みになりたいという方はコチラ ↓
ここより下は、翻訳です。 ↓
******************************************************************
『なぜ中国人の母は優れているのか?』
果たして プレイデイトなし、テレビなし、コンピューターゲームなしで何時間も音楽のレッスンにあけくれる生活でこどもが幸せなのだろうか? 親に逆らったときは、どうなるのか?
中国人の親がどのようにステレオタイプの秀才を育てているのか、こんなにも多くの秀才や音楽の天才を生み出すために 家族の中で中国人の親がどんなことをしているのか、そして自分達にもそれができるのかどうか?関心のある方は多いでしょう。というわけで、私がその訳をお話します。私の経験談を。 私の娘たち、ソフィアとルイーザが禁止されていることをここでいくつか挙げてみましょう。
・ 友人宅でのお泊り
・ プレイデイト
・ 学校での学芸会への参加
・ 学校での学芸会に参加できないことに不満を言うこと
・ テレビを見ること。 コンピュータゲームをすること。
・ 学校での教科外の活動
・ 成績でA以下を取ること
・ 体育と演劇を除いて すべての教科で一番にならないこと
・ ピアノとバイオリン以外の楽器を演奏すること
・ ピアノかバイオリンを弾かないこと
ここで私が使う“中国人母”とは大まかなくくりです。韓国人、インド人、ジャマイカ人、アイルランド人、ガーナ人にも同様の方はいらっしゃいます。反対に、中国人でありながら欧米諸国に生まれ、自らすすんでまたは別の理由で、“中国人母”ではない方もいらっしゃいます。また、ここで私が使う“欧米人の親”という言葉も大まかなくくりです。”欧米人の親“には様々なタイプがいらっしゃいます。
欧米人の親が自分の子供に対して厳しいと考えているときでさえ、一般的に“中国人母”の足元にも及びません。たとえば、私の欧米人の友人は、こどもたちに毎日30分、長くても1時間楽器の練習をさせることを厳しいと感じているのです。中国人母にとっては、一時間はラクなほうで、二時間や三時間やらせることこそが厳しいのです。
文化的な固定概念について私達は神経質になりますが、子育てについては、中国人と欧米人との間で際立った違いを示す膨大な研究があります。ある研究では、50人の欧米人母と48人の欧米に移民した中国人母の中で、ほとんど70%の欧米人母が“学業での成功を子供に強要するのは、子供によくない”とか、“親は楽しく学べるような考えを生み出すべき”と考えています。反対に、この意見に同感な中国人母はほぼ0%です。そのかわりに、中国人母の大半が、“自分の子供たちが『最高の』生徒となりうる”、“勉強ができることが、子育ての成功である”と信じ、“もし学校でこどもたちの出来がよくない場合は、それは問題であり、親がきちんとなすべきことをしていない”と信じているのです。その他の研究によると、中国人の親は欧米人の親に比べて、約10倍もの時間を使って毎日の子供の勉強につきあっています。一方で、欧米人の子供たちはスポーツのチームに参加する傾向が強いです。
中国人の親は、物事が上手になるまでは何も楽しくないのだと考えています。やらねばならないけれど、子供が自分ではやりたがらないことで上手になるためには、子供たちの好むと好まざるとを無視して強要することが重要となるのです。これは、多くの場合、子供たちの抵抗に遭うため、親にとってはかなり強靭な精神力が必要となります。大抵、物事は最初が一番大変なのです。欧米人の親は、ここで諦めてしまいがちです。しかし、適切に実施されれば、中国人の戦略は好循環を生み出します。粘り強く練習を繰り返すことが上達には重要なのです。アメリカでは機械的に反復練習することはあまり評価されていません。一旦、子供が一芸で秀で始めると、それが算数であれ、ピアノであれ、野球であれ、バレエであれ、その子供は褒められて、賞賛されて、満足します。これによって自信が身につき、楽しくなかったことが楽しくなるのです。こうなると、今度は、親が子供に練習させるのがずっとラクになります。
中国人の親は、欧米人の親ができないことをやってのけることができます。かつて私が幼かった頃、多分何度か、私の母に向かって非常にひどい態度をとったとき、父は怒って故郷の福建語で「クズ」と私のことを罵りました。それは非常に効き目のある言葉でした。私は嫌な気持ちになり、自分のしたことを深く恥じたのです。しかし、自尊心が傷つけられるといったようなことはありませんでした。父がどれほど私のことを思ってくれているかを知ったのです。私は、実際に自分がひとかけらの屑のように価値のない存在だと感じることはありませんでした。
大人になって、私は同じことを娘のソフィアにしたことがあります。娘が、私に対して非常に失礼な態度をとったときに私は娘のことを英語で「クズ」と呼んだのです。それはディナーパーティの席のことだったで、私は即座にその場で葬り去られました。というのは、マーシーという名のゲストの一人が気分を害し、感情を抑えきれずに泣き出し、その場を去ったのでした。ホストであった私の友人のスーザンは、残ったゲストたちと私の間を修復しようととりなしてくれました。
中国人の親は、欧米人たちにとって想像を絶するようなこと(実に法的に名誉毀損になりうるようなこと)ができるのです。中国人母は、娘に向かって「おでぶちゃん、痩せなさい。」と言えます。一方、欧米人の親は問題の核心には触れず、“健康”について話し、太っているの“ふ”の字も言えずに、最後には子供たちは摂食障害や否定的な自己イメージのためにセラピーにかかるはめになるのです。(以前、私は、ある欧米人の父が大人になった娘に対して“美しく、とてつもなく優秀な”という言葉で娘を呼び、乾杯をするのを聞いたことがあります。その後で、彼女はその言葉を聞いて自分が「クズ」のような気分になったと聞かされたのです。)
中国人の親は、子供に成績ですべてAを取るように命令することができます。欧米人の親はただ“最善を尽くせ”と言うにとどまります。中国人の親は 「おまえは怠け者だ。おまえのクラスメイトみんなに置いていかれるぞ。」と言えます。一方、欧米人の親は、学業の結果について自身の葛藤する感情に苦しまなくてはなりません。そして、子供の出す結果に失望しないようにと自分達を納得させようとするのです。
私は長い間、どうして中国人の親がこういうことができるのかを熱心に考えてきました。中国人と欧米人の親の考え方には3つの大きな違いがあると思います。
第一に、欧米人の親は子供の自尊心を非常に心配しています。もし子供たちが何かでつまづいたとき、子供の心情を心配し、テストや発表会であまり芳しくない結果だったとしてもどんなによかったかを話して聞かせ、常に自信を持たせるようとします。言い換えると、欧米人の親は子供の心理を心配しているのです。中国人の親は、そうではありません。弱さではなく、強さを前提にしているからこそ、対応がこんなにも違うのです。
たとえば、子供がテストでAマイナスを取って家に持ち帰ったら、欧米人の親は子供を褒めるでしょう。中国人の母は、恐怖であえぎ「一体どうしたのか?」と聞くでしょう。もし子供がテストでBの成績を持ち帰ったら、欧米人の親なら褒める人もいるでしょう。欧米人の親でも、子供を座らせて、不満を表す方もいるでしょうが、子供が無力感や不安感を持たないように注意し、子供を「馬鹿」とか「役立たず」とか「恥さらし」呼ばわりすることはありません。内心では、欧米人の親は子供のテストの結果がよくないとか、その科目では適性がないとか、あるいはカリキュラムに、もしかしたら学校全体に何か問題があるのではないかと心配するのです。もし子供の評価がよくならない場合、欧米人の親は学校の校長先生とのミーティングをセッティングして、教え方が悪いのではないかと批判したり、教師の資質についてやり玉にあげたりするかもしれません。
中国人の子供が成績でBを取ろうものなら、(そんなことはないと思いますが)とりあえずは悲鳴を上げ、髪をかきむしるほどの大騒ぎとなるでしょう。ショックを受けた中国人の母は、何十枚、いや何百枚もの練習テストを用意して、成績がAに上がるまでこどもにつきあって特訓し続けることでしょう。
中国人の親は、自分の子供は出来ると信じているから、完璧な成績を求めるのです。もし子供たちの成績が良くない場合、中国人の親は子供の努力が足りないからだと考えます。だからこそ、標準以下の成績への解決法として、子供を激しく非難したり、罰したり、恥じ入らせたりするのです。中国人の親は自分の子供がきついことを言われても我慢できる強さがあり、そこからまた向上できると信じているのです。(そして、中国人の子供がいい成績をとった時には、人目のない自宅で親は惜しみない賛辞を贈って子供の自尊心をくすぐるのです。)
二番目に、中国人の親は自分の子供は親に対して恩があると信じています。この理由は少しはっきりとしないのですが、儒教の教えにおける子供の忠義と、親が犠牲になって子供のために多くのことをしてきたことが組み合わさってのことかと思われます。(中国人の母が第一線で、へとへとになるくらいの長時間にわたって自ら勉強を教え、特訓し、子供のことを詮索し、密かに見張っていることは事実です。)とにかく、わかっていることは、中国人の子供たちは親に従い、親を満足させることで、親に恩返しをして一生生きていかなくてはならないということです。
一方、多くの欧米人は永久に子供たちが親に対して恩義があるというような中国人とは同じ見解を持っていないと考えます。私の夫、ジェドは、実際のところ私とは正反対の見解を持っています。「子供たちは親を選べない。」夫は、私にそういったことがあります。「子供達は生まれてくることすら選べないのだ。親が子供に無理やり生きることを押し付けたのだから、子供を養うのは親の責任だ。子供は親に対して何も恩義に感じることはない。自分の子供ができたら、その子らに対する義務があるだけだ。」この言葉を聞いて、欧米人の親にとってはひどく内容の悪い待遇であるという印象を受けました。
三番目に、中国人の親は、自分の子供に何が最適であるかを理解しており、それゆえに子供独自の望みや好みを無視するのだと信じています。だからこそ、中国人の娘は高校でボーイフレンドを持つことができず、中国人の子供はお泊りのキャンプに行くことができないのです。また、中国人の子供なら誰でも自分の母親に向かって、「学芸会の劇で役をもらったよ!私は村人の6番よ。放課後、3時から7時まで毎日残らなきゃならないの。週末も学校へ送って。」などと言わないのはそのためです。かわいそうですが、このような企てはどの中国人の子供にも無理なお話なのです。
誤解しないで下さい。中国人の親は子供をかまわないわけではありません。まさにその反対です。中国人の親は、子供のためなら何でも諦めるでしょう。全く違う子育てのモデルにすぎないのです。
中国人スタイルである“強制”を支持するようなあるお話があります。7歳のルルは2つの楽器を演奏し、フランスのジャック・イベールという作曲家による“白い小さなロバ”というピアノの曲を練習していました。その曲は非常にかわいらしい曲(小さなロバがご主人様について田舎道をのんびり歩くところを想像できるような)でしたが、両手が全く違うリズムを奏でなくてはならないために、幼い子供が弾くには非常に難しい曲でもありました。
ルルはその曲を弾くことができませんでした。私達は、片手ずつ別々に特訓し、何度も何度も一週間休まずに練習しましたが、両手で同時に演奏しようとすると、片方の手がもう片方の手にいつも引きずられて、すべてが台無しになってしまうのでした。ルルはレッスンの前日、最後には諦めてしまい、足を踏み鳴らして歩きました。
「すぐピアノに戻りなさい。」私はルルに命じました。
「あなたには私をピアノに戻すことはできないわ。」
「いいえ、できますとも。」
ピアノに戻ると、ルルは私に思い知らせたのです。ルルは、殴ったり、手足をバタバタさせたり、蹴ったりしました。楽譜をつかんで、粉々に破きました。私は楽譜をテープでつなぎ合わせて修復し、プラスチックケースに入れて二度と破られないようにしました。その後、私はルルのドールハウスを車へ引きずっていき、翌日までに「白い小さなロバ」を完璧に弾けないのならひとつのピースも残らず救世軍へ寄付に持っていくと娘に言いました。ルルが、「もう救世軍に行ったのかと思ったわ。まだここにいたの?」と言ったとき、私は「それならランチも夕食も抜きよ。クリスマスプレゼントも、誕生日パーティもこれから、2年も、3年も、4年もやらないからね。」と娘を脅しました。娘がまだうまく弾けずにいる時、「あなたはひそかに自分が弾けないことが怖くて、わざとめちゃめちゃに弾いている」と私は娘に言いました。「怠けるのもいい加減にしなさい。臆病者、わがまま、情けない!」
夫のジェドは、私を連れ出しました。夫は、「ルルを侮辱するのはやめてくれ。」、「ルルを脅しても何の役にも立たない」と私に言いました。私はそんなことはしていません。私はただルルのやる気を起こすように仕向けているだけでした。また、夫は、「多分ルルは本当にそのテクニックが難しくて弾けないのだ」と言いました。「まだ両手の調整ができないのだろう」と。母親の私が、その可能性を考えたでしょうか?
「あなたはルルを信じていないだけなのよ。」私は夫を責めました。
「馬鹿なことを言うな。もちろん信じているさ。」夫は軽蔑したように私に言いました。
「ソフィアはルルの年にはこの曲が弾けたのよ。」
「けれど、ルルとソフィアは違うだろ。」夫は指摘しました。
「違うわ。そういう問題じゃない。」私は呆れて言いました。
「誰もがそれぞれに特別な独自のやり方がある。」と、皮肉たっぷりに彼の口まねをしました。「敗者にだって独自の特別なやり方があるのよ。心配しないで。あなたは何もしなくていいのよ。私はどれだけ時間がかかっても、喜んでルルにつきあうわ。喜んで嫌われ者になるから。あなたは、パンケーキを作ってあげたり、ヤンキースの試合に連れて行ってあげていいお父さんでいればいいわ。」
私は袖をまくりあげ、ルルのところに戻りました。私は思いつく限りのありとあらゆる手段を使いました。夕食も摂らずに夜まで練習したのです。ルルを立たせることさえせず、水を飲むのはもちろん、トイレすら禁止したのです。家は戦場と化し、私は怒鳴りすぎて声は出なくなりましたが、それでもルルのピアノにはほとんど進歩が見られなかったのです。とうとう私も疑問をいだき始めました。
そのとき、突然、ルルは弾いたのです。ルルの右手と左手がしっかりとそれぞれのパートを弾き、突然両手で上手く弾きこなしたのでした。
ルルは私と同時にそのことに気づきました。私は息をのみました。ルルは試しにもう一度弾いてみました。すると、リズムを保ちながらも、以前にもまして自信を持ち、より早く弾いたのです。次の瞬間、ルルの顔は、ぱっと輝きました。
「お母さん、見て!簡単よ!」その後、ルルはその曲を何度も繰り返して弾きたがり、ピアノから離れようとしませんでした。その夜、ルルは私のベッドにやってきて より添って、抱き合い、笑いあって眠ったのでした。その数週間後、ルルが発表会で「白い小さなロバ」を演奏したとき、親御さんたちが私のところへやってきて「なんてルルにぴったりな曲なんでしょう。とっても魅力的で、ルルらしいわ。」と言ったのです。
ジェドでさえもこの件では私のことを褒めてくれました。欧米人の親は子供の自尊心を心配しすぎます。しかし、親として、子供の自尊心のために一番やってはいけないことは、諦めさせることなのです。その一方で、自信をつけさせるためには、できないと思っていたことができるようになることが最良の方法なのです。
子供たちが本当に興味を持っているものは意に介さず、策略巧みで、冷酷且つやりすぎな人種としてアジア人母が描かれている本を最近多く見かけます。中国人は、自分達が子供たちのことをより気にかけており、子供たちの出来が悪くても完全にそれに甘んじている欧米人よりも子供たちのために多くを喜んで犠牲にするのだと密かに信じているのです。両者ともに誤解があると思います。人並みの親なら、自分の子供たちに最善と思われることをやってやりたいものです。中国人はそのやり方が全く違う考え方なだけなのです。
欧米人の親は自分の子供の個性を尊重し、子供が情熱を傾けるものを続けられるように後押しし、子供の選択を支持し、積極的に助けてやって、それを育てるような環境を与えます。一方、中国人の親は自分の子供を守るための最善の方法は将来のために準備してやり、できる限りのものを見せてやり、スキルや勉強の習慣、そして 誰も奪うことのできない内なる自信を身につけさせてやることだと信じているのです。


)









へとシフト。











