◆今日の一言
No.442(07/5/28)
『有料の知識は、最大のコストダウンである』
ある資産家の家に泥棒が押し入った。
泥棒は現金や宝石を探したが見当たらず、部屋にあったテレビとビデオデッキを盗んで逃走した。
帰宅した資産家は自宅に泥棒が押し入ったことに不快な思いをしたが、盗まれたのはテレビとビデオだっただけで、隣の部屋の本は一冊も盗まれていないことを知り、「よかった」と安心した…。
『金持ち父さん 貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ/筑摩書房)の後半にある話です。
もうずいぶん前に、FUN Business Cafeで紹介しました。
貧乏な人はカネかモノしか目に入らず、決して知的資産にお金を支払おうとせず、貧乏な考え方のままで一生生きるので、一生カネかモノに幻惑されて生きるのだ、と。
FUNで僕は、有料の講座を行っています。
というより、何かを教えるときは、必ず最低で20円、最高で800円のお金を請求します。まとまれば9,000円前後の講座もあります。
そういうことを知って、「FUNの小島さんという人は、絶対にカネを取る」という学生もいるようです。
正解です。僕は教える知識が必ず結果が出るという自信があるので、必ずお金を取ります。不満であろうが、それは事実です。どう言ってもらおうが、知ったことじゃありません。
しかし、お金を取る目的については、ずいぶん勘違いしている方もいます。僕が「お金が欲しいから」だと言う人がいるのです。
僕は社会人相手なら40万円を請求する内容を、学生なら数百円で教えます。「儲けよう」と思っているなら、この金額と手間は誰が考えても「やりたくない」というくらい引き合わないものです。
僕が学生に実務や会計の知識を教えているのは、若者の将来のお金と時間を大幅に「節約」するためです。
例えばここに、「資産」と「負債」という、会計の初歩の初歩の知識を持たない人がいるとしましょう。
その人は目先のモノに幻惑され、自分のお金と人のお金の区別がつかなくなって、社会に出れば次々とガラクタを買い込むでしょう。
返済で懐は厳しくなり、自分は頑張っているつもりなのに給料が上がらないことにストレスを感じて、後日…
「僕は毎日一生懸命頑張っているんだから、給料を上げて下さい!」と真顔でギャグを言う可能性もあります。
冗談じゃない。
しばらく一生懸命なのは大したことですが、いつまでも同じことで一生懸命なのは怠慢の証拠です。僕はそういう社会人には、
「君はいつもいつも一生懸命だから、給料を下げてあげよう」と言ってよいと考えています。
同じ仕事でいつまでも能率が上がらないなら、それは仕事が多いからでも時間がないからでもなく、頭を使っていないからです。
要するに、資産的行動と負債的行動の区別が付いていないのです。
ボウリングで言えば、いつまでも端っこのピンばかりをちょびちょび倒してばかりで、「そこを倒せば波及効果もデカい」というセンターピンだけは、いつまでたっても狙おうとしないのです。
会計や営業の正確な知識がないから、いつまでも「誠意が一番」とか「不屈の努力」などと意味不明なことばかり言うのです。
そして、ストレス解消でカラオケやボウリングばかり行き、服やお菓子にありったけのカネをつぎこんで、負債運用を行うわけです。
「資産とは何か」、「負債とは何か」くらいは、正直、古本屋で100円で見つかる本からでも学べる初歩的なお金の知識です。
しかし、そういうことですら「ムダ」と考え、3,000円の宴会や1万円の服、50万円の車、20万円の旅行を選ぶ人がいます。
こういうありきたりな事例を考えても、知識を買おうとしない人間の行動がいかに矛盾に満ち、無意味なものか、よく分かると思います。
有料で買った知識は、そもそも「元を取るぞ」と思わねば買おうとしない性質のものなので、買えば必ず生かすことを考え、後日生かすことができ、結局は投資を回収できます。
しかし、「身近な人のタダのアドバイス」ほど高い買い物はありません。
それはどこにでもありふれていて、いつ聞いても時代遅れで、見かけは耳障りが良く楽しくても、人生を生きるのに何の使い物にもなりません。
そもそも世の全ての貧乏な人はマルクスとレーニンの信者なので、「唯物論」という宗教を信じ、全ての買い物は物的に存在せねばならず、目に見えるものでなければならない、と考えます。
目に見えない「20万円」のファイナンシャル・プランナーの知識より、目に見える「20万円」の遊びの方がよいと考え、目に見えない1万円の本より、目に見える1万円の服のほうがよいと考えるのが貧乏な人々です。
「金持ち父さん」で言うところの「資産家の家に押し入った泥棒」と、その行動特性は何も変わらないのです。
だって、貧乏人とは、「自分の泥棒」にほかならないのですから。
誰も盗めないその人の貴重なお金を、自分自身で毎日、必死に盗み続け、月末を迎えると決まって「金がない」と言う。
この矛盾に満ちた非文明的な行動自体が、「頭の中に、使える知識が一つもない」という事実を如実に示しているといえます。
ハーバード大学元総長のデレック・ボックさんも、
「教育にカネがかかるですって?だったら、試しに無知になってみてはいかがですか?」
と言っていますが、言いえて妙です。
無知ほどカネのかかる生き方はありません。貧乏人は尻に火がついてから支払いに四苦八苦しますが、お金持ちは知識や考え方に投資をするので、全ての問題を上流で解決します。
「教育にカネがかかる」、「知識を売るなんてせこい」という言葉は、勉強したことがない人や勉強の価値を認めない人だけが言うことで、そもそも、始まりからおかしい言語認識に頼った発言です。
だから、4年で数百万円の資金を投じて、「社会人になる」という当たり前の将来が不安だなんて、それは「運用失敗」のサインでしかなく、「私はボロ株です」、「私は元本割れ人間です」と言っているようなものです。
「恥ずかしくないのか、この大卒!」と思いますね。これはもう、批判というより軽蔑に近い感情です。
教育や自己成長に自腹で投資を行わないのが、人生最大の浪費です。目の前の問題を処理できずにストレスや返済でひいひい言っている社会人を見て下さい。
この期に及んで、まだ「癒し」だとか「ストレス解消」だなどと、支離滅裂なことを言っています。
まわりにそういうことをやっている人しかいないから、もう、まともな情報が入ってこなくなったんです。かわいそうに。今貧乏なら、これからはますます貧乏になるのは、もはや「約束された未来」というしかありません。
ということで、学生の皆さんも、何かを学ぶときは、必ず自分で稼いだお金を支払いましょう。
学生時代は「わらしべ長者」みたいなものです。
最初はワラしか持っていなくても、それをタイミングよくみかん、馬、呉服、家と取り替えていくことだってできます。
最初は「情熱」と「時間」という流動資産しかありませんが、それをしっかりと運用していけば、知識、仲間、人脈、経験、信用、実績という固定資産がしっかりと育ちます。
それは、知識や経験を自分のお金で買ったとき、すなわち「投資」した時にだけ起こる資産形成・運用現象です。
しかし、有り余る時間を遊びや怠慢、ストレス解消、どうでもいい瑣末な行動に投じ、「家→馬→呉服→みかん→わら」というふうに、「最後に手に入ったのは、ゴミだった」という「わらしべ貧者」となって卒業する学生もいます。
無知ってお金がかかるんですね。
しかも、一人で無知なら自業自得で済むのでまだいいものの、社会に出たらこの無知が他人の足を引っ張るので、まさに「貧乏の伝染」が起こり、他の人の時間やお金まで吸い取るようになっていまいます。
無知って、ここまでくるとただの迷惑です。貧乏って、実は伝染病だったのです。
だから僕は、全ての知識を売り、学生さんの将来の時間、お金、エネルギーの節約を応援しているわけです。
学生さんから頂いたお金は、ブックオフの古本やベローチェのコーヒーゼリーに変身し、回りまわって学生さんのためになっているのですから、その使い道に何ら後ろめたいものはありません。
将来社会に出れば、お金を払って買った財務会計や法人営業、マネーセンス、コミュニケーションの知識がいかに時間とお金を節約してくれるか、よく分かりますよ。
ということで、今日は「有料の知識は、最大のコストダウンである」というお話でした。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
ただ今、教育・学校部門113位、就職・アルバイト部門75位です。
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