◆「内定への一言」バックナンバー編

「バイトを語らず、バイトで語ろう」





おはようございます。昨夜、歴史勉強会の資料コピーが終わり、珍しく帰って数分で寝付いた小島です。

昨日は予約分の半分しか作れませんでしたが、全部を積み上げたら、軽く電話帳5~6冊分はあるでしょう。我ながら、やりすぎには注意せねばと感じました。

今日は入試でFUNゼミの会場が取れなかったため、僕はお休みをもらう…と夜に連絡したのに、4年間も早朝から起きていると、どんなに疲れていても、体は勝手に起き上がってしまうものですね。



昨日の業界ゼミ「IT①・②」の講義は、京都大学からたった一人、マイクロソフトのシアトル本社に内定した友人とよく話し合っていた内容を元にしたもので、さながら「情報文明史」という感じでした。

シアトルと言えばマイクロソフト。マイクロソフトといえばビル・ゲイツ。ビル・ゲイツといえば、アラン・ケイ。PCを発明したアラン・ケイが、人生を決定付ける影響を受けたのが、マーシャル・マクルーハン…

ということで、昨日の講義レジュメ4枚の作成に当たって、特に参考になったのは、マクルーハンの本です。40年も前に世界で初めて「グローバル・ウェブ(ヴィレッジ)」という言葉で未来を定義した彼のことは、2年ほど前の本メルマガでも触れましたね。

現代の広告、情報通信産業に彼が与えた影響はあまりに大きく、その発想自体が「インターネット」の前提であるため、今ではさほど知られていません。

彼の発想の本質に驚いた当時の電通は、数ヶ月待ちの予約でマクルーハンの幹部コンサルティングを受け、たった2時間で数十万円の講演料を払ったそうです。

まだ無名の「広告屋」に過ぎなかった当時の東京電報通信社、つまり今の電通が、それからどうなったかは、学生さんならよく知っていることでしょう。別に彼のコンサルティングだけが理由ではありませんが、やはり「情報」を見抜く力が大事だったのです。

彼の本は奇抜で逆説的な表現に満ちていますし、解説者によっては「ペテン師」から「ビル・ゲイツを何十人も集めたような天才」という評価まで分かれ、なかなか捉えにくい人物です。

昨日の内容に興味を持った皆さん、およびITや広告に興味のある皆さんは、以下の本を読まれてはいかがでしょうか。



『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン/みすず書房/7,500円)
『グローバル・ヴィレッジ』(マクルーハン/青弓社/4,620円)
『マクルーハン理論』(エドムンド・スノー・カーペンター/サイマル出版会/1,950円※絶版)
『マクルーハンの世界』(竹村健一/徳間書店/1,200※絶版)
『ワーク・オブ・ネーションズ』(ロバート・ライシュ/ダイヤモンド社/1,800円)
『イノベーションと企業家精神』(ドラッカー/ダイヤモンド社/1,400円)
『ドイツ参謀本部』(渡部昇一/中公新書)

高くて買えない場合は、大学の図書館で探してもいいでしょう。

このうち、マクルーハン関係は学生さんが理解するのは困難だと思いますし、別に就活ではそこまでの知識は不要なので、『ワーク・オブ・ネーションズ』の第三部「シンボリック・アナリストの台頭」を読んでおくことをおすすめします。

既に福岡のブックオフでは僕が買い占めて、FUNの4年生数人にあげましたから、もう少ないかもしれませんが、探せばあるはずです。「情報」、「知識」、「発想」に関する明確で十分な定義を持てるでしょう。



さて、昨日の講義では「IT」を「I」と「T」に分け、歴史的にその着眼点がどのようにメディアの盛衰、産業の盛衰を決定してきたかについて話しました。

その際、面接の考え方についてもちょこっと触れたら、数人の学生さんには参考になったようなので、今日はそれについて簡単にご紹介しておきます。

それは、毎年面接塾で言っていることで、「バイトを語らず、バイトで語ろう」ということです。

いつかも書きましたが、学生時代の勉強の差は社会に出てくっきりと表れるもので、特に明白な差が生まれるのが営業の仕事です。

世の中、いろんな場所に差がありますが、できる営業マンとできない営業マンの差ほどひどい差もないなぁと思ったことがあります。

だって、考えていることが全く逆なんですから。


できない営業マンは、「商品を売る」と考えます。

それどころか、「営業はモノを売る仕事」と考えています。

根本の発想から間違っていて、成果が出るわけもありませんよね。

僕のような「最終学歴・自動車学校」男には、「なぜカネかけて大学出てまで、そんなふうな嫌われるような発想しかできないのか」と疑問です。偏差値60より、月60万稼ぐ方が僕などの中退野郎にはよっぽど楽です。


で、できる営業マンはどう考えているかというと、「商品で売る」。

何を売るのかと言えば、「自分との人間関係」です。

全ての商品は、相手との永続的・発展的な関係を創造するための手段に過ぎないがゆえに、「何を売るか」は関係なく、「相手をいかに深く思いやれるか」が大切になってきます。

営業塾に参加された方は、最初の方で聞いたことがある話ですよね。


このように、世の中には「できる人」と「できない人」がくっきりと棲み分けをなしており、その収入、資産格差は十倍を超えることがあります。

なぜできない人を養わねばならないか、よく分かりませんが、世の中は金持ちが貧乏人を搾取しているのではなく、貧乏人が金持ちを搾取しているというのが事実のため、十倍以下で済んでいるのはまだいい方でしょう。

9割は、だいたい「できない営業マン」です。彼らのほとんどは学卒者ですが、創造的な発想は苦手で、ビジネスマンとしての偏差値はほとんど50以下ということです。別に勝ち誇っているわけではなく、僕は「考え方」が及ぼす結果の違いに興味があるだけです。

営業ができないというのは、社会人になっていきなりできなくなったわけではなく、現場に出るまでに何ら価値あることを学ばなかった、という証拠でしょう。

つまり、「社会人になった時から、できなかった」。

要するに、「学生時代から、できなかった」ということです。

ならば、営業における発想は、学生時代に胚胎していると考えられます。


「営業活動」に相当する要素を学生時代から抽出してみると、中退した僕は経験したことがない「就活」が思い当たります。

ならば、彼らはもしかして、あれをあのように言うのでは…?

やっぱり、その通りでした。



できない営業マンが商品「を」売るように、落ちまくる学生も、バイト「を」、ゼミ「を」、サークル「を」、旅行「を」、資格「を」語っていました。

「君たちは、そんなに高い航空運賃を払って、わざわざ東京まで独り言を言いに行くのか?」とかわいそうに思ったので、FUNではなんとか処置をほどこしましたが、それにしても、なんということでしょうか。

「で」ではなく「を」の発想が脳髄に染み付いたばかりに、資格や留学、珍しい経験といった「見栄えのいいこと」ばかりに大金をつぎ込むという、ずれた発想しかできない…驚きました。

何を語るかも、もちろんそれなりに大事です。しかし、それ以上に大事なのは、何をもって自分を伝えるか、です。

珍しいバイトをすれば自分の価値も上がるのか。

そうではないでしょう。バイトやゼミはあなたを説明する「手段」としての位置付けで使ってこそ、初めて価値が生まれるのです。


例えば、東京の有名大学の学生に競り勝って、九州でたった一人、某VCに内定を勝ち取った西南大4年のM地君の場合はどうでしょうか。

M地君は見るからに体育会系で、話してみればもっと体育会系です。初めて模擬面接を見た時は、まるで「居酒屋の接客」のようなテンポの良さを感じたものです。

その通りで、M地君は実際、居酒屋でアルバイトをしています。(もう引退したかもしれませんが)


「居酒屋のバイト」。

「を」主義者は、「そんなありきたりの話題で面接に受かるのか?」と感じるかもしれません。

しかし、「で」主義者には、そんなことは問題ではありません。

居酒屋のバイトの前に「野球少年」でもあり、また、国際文化学部の学生でもあるM地君は…

「店はグラウンドです!僕たちはお客様の要望をしっかりキャッチし、それが外野に抜けないように守って、スピーディに仲間にボールを届けるのが仕事です」とか、

「当たり前の接客も素振りのようなもので、量をこなせば必ず質が上がります。自分は特別な経験はしていませんが、それ以上に今いる場所で成長できるきっかけを掴むことを大切にしてきました」

と語っていました。まさに「国際文化」的な発想ではないでしょうか。文学部ほど、本当の意味で就職に有利な学部もありませんよね。だって、「人間の発想の成果と経緯」を研究するのですから。

しかし、学部やバイトが有利になるかどうかもまた、「考え方」の問題です。

「ありふれた居酒屋のバイトだから」受からないのではなく、「その人だから」受からないだけ。

M地君のエピソードはこれにとどまらず、受ける先々で「ぜひウチに!」と言われまくって、いつも東京や大阪から、「こじまさ~ん!ココ、めちゃ熱いっすね!第一志望です!」と電話してくれながら、何度もそんなことがあって、やはり、人の成功は能力よりも性格によると感じたものです。

M地君は実務的な能力・知識については4年生から勉強し始めましたが、その発想力や性格で、いずれビジネス系の学部を出た人以上の知識を身に付けることでしょう。

皆さんは、話題の希少性や相対性ばかりに意識を奪われたりはしていませんか?

何を語るか、そればかりで悩んでいませんか?

それよりも、何をもって自分を説明するか、に頭を切り替えましょう。

ありふれた話題でも構いません。動機や工夫、位置付けが自分です。同じようなことを同じにはしない心構え、何を語っても自分が伝わる考え方、それこそが面接における最高のニュースですよ。

ということで、面接なんて楽勝ですから、のびのびと会話を楽しんできましょう。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「非・不・未・無」





こんばんは。最近は連日、リニューアル版の『近現代史勉強会』の資料整理&コピーで、今日も「電話帳1冊分」の原版を延々と装丁してきた小島です。あと2回この作業を終えれば、晴れてレジュメが完成…

こんな作業も、学生さんの「学びたい!」という気持ちを思うと、疲れないのが不思議です。さらに、先週からは「たけのこの里」のストラップがお守りのように気分を和ませてくれ、ちょっと楽しい気分です。

九産大・大学院のTさんから頂いたプレゼントで、僕には似合わないほどかわいいものの、いざ付けてみると、僕ももう少し雑貨やファッションに興味を持った方がいいかも…と感じました。

Tさん、どうもありがとうございます。



さて、そろそろ合同説明会も本格的にスタートしたようで、実際に憧れの業界の説明を聞いた方や、あるいは説明会で志望業界を探し回った学生さんから、「やりたいことが見つからない」とか「やりたいことがありすぎて絞れない」という話を聞くようになりました。

企業経営に関する情報は、就職を考えるまでは接する機会が少ないので、学生さんは情報がない時は「何をしていいか分からない」と言うのに、情報が増えてくると「情報が多すぎて分からない」と言い、「結局どっちなんだ?」と感じることもあります。

こういう場合に役立つのが、業界ゼミ・職種編の「マーケティング」の回で説明した「ネガティブ・アプローチ」という考え方です。



商品企画やマーケティングは「制約」との戦いなので、「作りたい商品」や「やりたいこと」を考えようにも、すぐに「予算」、「期限」、「提携体制」、「販売体制」、「営業力」、「広告費」などの要件に縛られ、自由な発想を阻害されることも少なくありません。

「やりたいこと」を決めるのに悩んでいるのは、別に学生さんだけじゃないのです。やりたいことがあっても、何からどう手を付けてよいか分からず、時間の経過に不安を覚えるのは、社会人も一緒です。

ですが、社会人は実際に働いて、わずかばかり「経験」という資産を持っているため、学生さんとはちょっと違った考え方をする人もいます。

その中でも、「発想スピード」、「決定力」、「目標へのアプローチ」の質を高めるために利用する考え方が、「ネガティブ・アプローチ」というものです。

それは具体的にどんなものかというと、簡単です。「影」を先に突き止めて、光の当たる部分をあぶり出していく、という「通常とは逆の考え方」のことです。

例えば、「やりたいこと」が見つからなかったり、多すぎて決められなかったりする時は、先に「やりたくないこと」を考えるのが、ネガティブ・アプローチ的な発想です。

商品開発でも、「前例に囚われない自由な発想」とは、口で言うのは簡単でも実際にそれを実践するのは非常に困難です。

ですから、「直接お客さんに聞いてみよう!」と思い立って、いざお客さんや町の人々に、「何が欲しいですか?」、「こんな商品があったらいいな、と思うアイデアを教えて下さい」などと聞いてみると…


不思議なことに、人は「自由に考えて下さい」、「何でもいいので教えて下さい」と言われると、余計答えにくくなるもので、「さぁ…何でしょうね」、「いきなり言われても分かりません」といった答えが返ってきます。

中には、日頃から考えていることを土台にいくらか具体的な答えを返してくれる人もいますが、そういう人は稀です。

「何が欲しいか」と聞かれて、とっさに思いつくことができない。

思いついたとしても、果たしてそれが「本当に欲しいものなのか」は分からない。

…こういう心理状態は、学生さんであれ社会人の皆さんであれ、等しく経験してきたことでしょう。


ということで、マーケティングや商品開発アンケートの際は、俗に言う「非・不・未・無」を聞いていく、という手法を取るケースが見られます。

お分かりのように、これらは何かを否定する時に付く漢字で、要するに、その後に続く言葉に対して何らかのネガティブな印象か実感を抱いている、ということです。

例えば、「非常識」なら「その内容は選択肢の外」ということが、「不満」なら「ストレス」の原因が、「未熟」なら「経験の少なさ」が、「無理」なら「当事者意識の少なさ」などを類推しやすくなりますよね。

特に、「なんかムカつくこと教えて」、「毎日何にストレス感じる?」、「できればやりたくないことって何?」などと、「不満」を土台に質問をすると、さっきは「何がやりたいか分からない」と答えた人も、案外答えやすくなるものです。

それは、人は基本的に「怠け者」であり、心の中で描いている自分と現在の自分のギャップを認めるのが嫌で、人知れず「あれがああなってくれれば」、「これがこうならいいのに」という潜在心理から発想を行う傾向が強いからです。


そういう潜在心理がいいか悪いかということではなく、人間は常に現状に不満を感じており、「それとどう向き合うか」が意思決定に影響を及ぼしているのです。

ビジネスの世界に「快・不快の法則」と呼ばれるルールがあるように、人は満足を感じるような商品よりも、先に不満を感じる要因を除去してくれそうな商品を買いたがるもの。

「何が欲しいか」、「何をやりたいか」は分からなくても、「何がいらないか」、「何をやりたくないか」なら、ぐっと考えやすくなる、というわけですね。

もし起業したい方、新商品を考えたい方がいたら、「非・不・未・無」が付く言葉を世間から取材して、逆のアプローチで「光」の所在地を探してみてはいかがでしょうか。

また、この考え方は当然、就活にも応用できます。

「何がやりたいか」は分からなくても、「こういう生き方はしたくない」、「こういう仕事はしたくない」、「こういう働き方はしたくない」という未来像なら、ある程度描きやすくなるでしょう。

社会経験のない学生さんでも、街中の人々の姿や家族の話、あるいは近所で見てきた人、話に聞いた人、知人、友人、そのまた友人、マスメディア…などの様々な情報を蓄積しているはずなので、誰しも「非・不・未・無」的な未来像を描くことはできるはずです。

例えば僕が学生の時は、中退したので2年の前期までしか通いませんでしたが、「これだけは嫌だ」という未来像はありました。いくつか挙げてみると…

①人に給料を決定される働き方は嫌だ
②後になって浪費した時間を悔やむ生き方は嫌だ
③世の中に自分の貢献の跡を残さずに死ぬのは嫌だ
④時間的に拘束される仕事は嫌だ

という「望遠鏡」的な未来像がありました。


さらに、そのような未来像だけでは焦点が絞り込めないため、それらをさらに細分化していくと…

①定時に出社し、定時に帰って、給料日だけを待つ人生は嫌だ
②何の為に今を生きているか、自覚しないままに生きるのは嫌だ
③誰でもできて、時代との合作に終わって消えるだけの仕事は嫌だ
④時間とお金の自由を持てず、いつも夢を折りたたむ人生は嫌だ

といった感じにフォーカスされました。



ここらで一転、「ポジティブ」に視点を変え、「じゃあ、おれは一体、何がしたいのか?」と考えてみると…

①時間的自由を土台に働き、収入に上限がない仕事
②大きく長期的な夢を描き、壮大な目標に向かって日々を歩む生き方
③自分にしかできず、自分が死んだ跡も良い影響を残せる仕事
④時間とお金の自由を手に入れ、夢を拡大し続ける生き方

といった、やや具体的な「将来像の判断基準」が出てきました。


さらに、今度はその「ポジティブ・アプローチ」を細分化して「やりたいことのために、やるべきことは何か?」を考えていくと…

①大事業家や資産家は、若い頃に知識・信用・人脈に投資している
②将来創設したい「通信社」の経営の基礎をなす能力を身につける
③人が「やりたいこと」を基準にするなら、オレは「やるべきこと」を基準に20代の仕事を選ぼう
④若いうちに貯金と失敗と勉強を重ね、将来の苦労を先取りしよう

という要素が見えてきました。



そこからさらに割り出した「行くべき会社」の基準は…

①小さくて、
②無名で、
③経営が不安定

な会社でした。



僕は「30歳で人の世話にならない生き方を手に入れる」、つまり「自分の会社を作る」というビジョンだけは決めていたので、社長になるくらいなら、倒産寸前の会社の再建や、暗い組織を明るくするくらいのパワーがないとダメだろうと考え、将来から逆算した仕事を選んだわけです。

ですから、最初の仕事は「無理やろ」、「できるのか?」と言われた海外勤務でした。

帰国後は、赤字まみれのベンチャー出版社に入り、記者と営業企画を担当して、7ヶ月連続トップ営業マンを達成しました。

とにかく、大学中退以来、「昼寝」などというものをしたことがないくらい、土日はもちろん、平日深夜まで働き、大学を辞めた分、知的投資と人脈にはありったけの金をつぎ込みました。

そうして、予定より4年早く、26歳の時に300万円の資本金を貯め、独立したわけです。

やっと、自分の中での将来設計の目盛りが「マイナス」から「ゼロ」に転じた時でした。



まあ、その後は語りつくせないくらい色々な経験をして今に至るわけですが、「ネガティブ・アプローチ」は僕の意思決定スピードを速め、早期着手と長期継続を行ううえで、何度も役に立ってきた考え方の一つであるのは間違いありません。

先に「受け入れたくない未来」を考えれば、それがカウンター的なモチベーションとなって、自分の推進力にもなります。

30歳を迎えて、上司から期待されず、同僚から当てにされず、後輩から尊敬されないような生き方は嫌だったし、金銭的にも感情的にも人に依存して愚痴ばかり言う大人にだけはなりたくありませんでした。

ネガティブ・アプローチは「やりたくないこと」を決めるだけですから、その反動で見えてきた選択肢が果たして「本当にやりたいこと」であるかは、また次の問題になりますが、「当たらずとも外れず」くらいの役割は果たすので、時間とエネルギーを節約・集中するのに随分役立ちます。

ということで、「やりたいことが見つからない」と言っている3年生の皆さんは、先に「やりたくないこと」、「なりたくない自分」、「受け入れたくない未来」を決めて、思考の前提を整えてみてはどうでしょうか?

きっと、「やりたいこと」に近付くまでの距離が縮まると思いますよ。

ただし、ここで注意すべきは、ちょっとでも「やりたくないことに近い要素があった」からと、すぐにその選択肢に見切りを付けてしまわないことです。

「やりたくないこと」は、将来そうなりたくないから決めるのであって、会社探しの際に判断基準にすべき性質のものではありません。

「やるかどうか」は、じっくりと話を聞き、研究した後で判断してもよいもので、ネガティブ・アプローチは、「選択肢を減らすため」の考え方ではないことに注意しましょうね。


ということで、今日は「意思決定」の照準を絞り、「将来を見通すための望遠鏡」のズームを合わせるために役立つ、実社会の一つの考え方をご紹介しました。

役に立ったという方は、遠慮せず周りの友達や後輩に教えてあげましょうね。

そして、一緒に「やりたいこと」を育てていきましょう。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「時差は金なり」





こんばんは。昨日のFUNゼミで『タイムマネジメント塾』が終わり、司会を担当してくれた九大2年・T君のまとめの言葉に、優しい配慮を感じて感激した小島です。

年を経るごとに、サークル全体の一体感や一人一人の優しさが際立つようになり、なんと有り難い場にいられるのだろうかと喜ばずにはいられません。

先輩たちが築いてきてくれた伝統の上に成り立つ信頼、活気、活動内容を、より良い形で受け継ぎ、誰が来ても「そうなりたかった自分」に気付くきっかけが溢れたサークルであり続けたいものです。



また、一般には公開していないものの、FUNで特に大事にしている「近現代史勉強会」の参加者がここに来て増加し、思い切って全内容をリニューアルして、最初から丁寧に再開することにしました。

それで、先ほどまで約2日かけて資料を整理し、それぞれの名著の扱う箇所や関連を考えながらまとめた結果…。

回数 ⇒全24回(2007年8月終了)
冊数 ⇒52冊
印刷ページ数 ⇒2,288ページ(1,144面)
レジュメ枚数 ⇒約270ページ

という数字が。


本当なら、実際にその一次史料なり文献を購入して丹念にやっていきたいのですが、52冊の購入総額は定価で115,400円。とても、学生さんが一括で買えるような金額ではありません。

ちなみに、アマゾンの相場だと30万円を超え、しかも、もはや日本に存在しない絶版書も多数含まれるため、あえてハイライトだけを印刷し、半年に渡って丹念に読み進めることにしました。

こんな貴重な資料を20代で300冊以上集めた若者は、日本で僕を含めて、おそらく5人と存在しないだろうという自信のあるセレクションです。


Business cafeと近現代史勉強会だけは「コピー代」だけの勉強会なので、「私も日本の歴史を学んで自分に誇りを持ちたい!」という部員・OBの方は、水曜までにご連絡下さいね。おそらく、二度とコピーしたくないような分量でしょうから。

全部読まれた方は、きっと、『金持ち父さん貧乏父さん』や『人生を変える80対20の法則』などが、「ももたろう」のように簡単すぎて内容が浅すぎるくらいに思えるでしょう。

近現代史勉強会のテーマは「証拠なくして憶断せず」。どんな意見も、当事者の一次史料を読み込み、責任を持って思考・発言していくのは、学ぶ者の基本的態度です。



さて、今日は偶然夜に大月さんとベローチェで会い、「商社の仕事」について話しました。

「学生は商社って言ったら、英語しゃべって国際空港で電話してるカッコいい仕事、って思ってますけど、実際どうなんですか?」

…「英語だけしゃべれても、招き猫並みの役にしか立たない」というのが正直な答えです。


以前、大月さんがブックオフで見つけて「めちゃ楽しかった!」と言っていた『時差は金なり』(三菱商事広報室/サイマル出版会※絶版)を、ちょうど僕も数ヶ月前に買ったので、先ほどざっと読んでみました。

僕は「商社を受けたい」という学生さんには、毎年『問屋と商社が復活する日』(松岡昌宏/日経BP社)と『個人商社』(西山満/KKベストセラーズ)を紹介していますが、これもオススメに加えるべき名著だと感じました。

だって、今も変わらぬ商社の実態が、ありのままの現実に即して書かれてあるからです。

会計的視点や現場の実際の業務では『問屋と~』や『個人商社』が詳しいですが、商社の果たす経済的貢献、他業種への貢献では非常によくまとめられている本です。

絶版で手に入らないのが惜しいですが、もし「読みたい」という方がおられたら、いつでも貸しますので、遠慮なく言って下さいね。



僕がいたミニ貿易会社では、天下の三菱のようなスケールの仕事はやりませんでしたが、木材を始めとする建材の輸出を行い、マレー半島を駆け巡ったのは、今につながる人生最高の日々の一つです。

「商社=英語」というイメージが学生さんの中には強いようですが、実際はどうなんでしょうか。

答えは、「そんなの当たり前」です。

僕は大学1年の夏に英検準1級に合格し、夏にはついでに韓国語もマスターしましたが、実際に20歳でマレーシアの貿易会社に入社してみて、会計や貿易実務が分からなければ、招き猫並みにしか役立たないと思い、必死で英文会計や関税、為替、国際政治を学んだ記憶があります。

例えば、僕がいた会社は「ラワン」という木材を扱っていました。これは、フィリピンのミンダナオ島が世界的生産地になっていますが、ブラジルでも採れる木です。

柱や梁には適していませんが、装飾用に不可欠の建材で、加工しやすく湿気に強いため、湿度の高い日本ではよく使用されている木材の一つです。

それを「買いたい」という日本の会社はいくつもあるわけですが、なにせ日本企業は品質基準や価格基準が厳しいので、その「安定供給先」を見つけるためにマレー半島を奔走するのが、僕の仕事でした。

さっき「奔走」と書きましたが、それは本当に奔走だったからそう書いたのです。ただ、ラワンが生えている土地ならいくらでもあります。しかし、それを「安定供給」できるかどうかとなると話は別。

契約形態や船積みまでのプロセス、インボイス(仕入れ書/納品書)の作成やレター・オブ・クレジット(信用状)の作成が実に煩雑です。

最年少の僕は、クアラルンプールの中心部にある三菱銀行で小切手チェックの業務もしましたから、「一つの木材を売るのに、ここまで色々なことを考えないといけないのか」と勉強になったのを覚えています。

例えば、マレーシアの北端に位置し、タイと国境を接する最少の州・プルリス州に「良い木材」を探しに行ったとすると、「日本人と商売したい」という人はマレー人、中国人を問わず大勢いるわけですから、まず納品条件についての交渉になります。

だいたい、最初の交渉で半分はアウトです。

「その時だけは売れる」と言っても、「今後も同価格帯で売れるか」となると、「それはできない」となるからです。

検品して概要を本社にファックスし、取引条件を代理で何度も交渉して、仮に「ゴーサイン」が出たとしましょう。

これでめでたく「商談成立」というわけではないのです。

受け渡しの日のリンギット(マレーシアの通貨)と外貨の為替レートはいつの時点のものを適用するのか、商品の損害保険はどうするのか、船積み運賃はどちらがどう負担するのか、シンガポールを経由するのか、クラン港から直送するのか…

などなど、実に膨大な条件をクリアしなければいけないのですから。


僕のいた会社は、シンガポールのエージェント(代理店)を通して日本に輸出し、親会社は岐阜県の建設会社でしたから、名古屋港着で運賃や保険を計算するわけです。

ですから、その時の円・ドル相場やシンガポールドルの相場もチェックしないといけないし、マレーシアのような途上国の通貨は強い通貨に戻す時に手数料が高いため、取引先ならいくらか有利になる「Maybank」というマレーシア最大の銀行で為替作業を行っていました。

学生の時は「1ドル○円」というニュースを聞いても、国際経済学科で習った知識以上の想像は持つことさえなかったのですが、いざ外国で働いてみて、為替、金利、先物市場の動向がいかに大切か、痛いほど分かりました。

僕のいた会社は単品買い付け商社でしたから、そこまで複雑な手続はありませんでしたが、『時差は金なり』に書かれているアフリカ、南米などの素材調達業務になると、政変や選挙、天候など、膨大な条件から最高のタイミングを見計らって「売り」と「買い」のサインを出さねばなりません。

同書には、古い商社関係の本にはお決まりのフレーズである「日本で最高・最多の情報を持っているのは、外務省ではなく総合商社だ」という言葉が書いてありますが、まさにその通り。

私見ですが、海外支援や途上国支援の仕事を希望している方は、もし希望業務が純粋に政治的なものでなければ、商社か金融機関で働くことをオススメします。公務員とはスピードや質、責任感が断然違うからです。

僕は97年の「アジア通貨危機」をクアラルンプールで経験しましたが、その日は朝から会社が異様な雰囲気に包まれました。

まず、早朝に「号外ファックス」が20枚ほど届いたので、「よくある営業ファックスか?人の会社の紙、無駄使いさせやがって」と思っていたら…。

「タイ政府、バーツ切り下げ容認」とあるではありませんか!

隣国タイの通貨が、当時、固定相場制でドルペッグし、実体経済とかけ離れた物価水準で金利動向が不安定だ、というニュースは、その数週間前から報道されていました。

当時は、マレーシアの威信をかけた「セパン国際空港」の建設工事のため、日本から大成建設の社員が大挙してマレーシアに押し寄せ、ツインタワーで大林組、流通支援でイオンが集中的に訪れ、在留日本人が1万人を超えた時期でもあったのです。

僕は赴任者の中では当然最年少で、ジャパンクラブなどで、「バーツが危ないらしい」という話は時々耳にしていました。

また、僕のいた会社は「学習塾」の事業部も持っていたため、大成建設やイオン、松下電器、大林組、三菱商事の社員の子供たち、いわゆる帰国子女の子供たちと会う機会もありました。

そこで、子供たちが口々に「最近、お父さんの帰りが遅い」と言い、自宅の連絡が付くまで塾で待機、という珍しい時期が数日間あったのです。

果たして、夏に「切り下げ」のニュースが来ました。それも、何の予告もなく。

バーツは、たった一週間で実に40%も暴落しました。「暴落」というより、変動相場制への移行によって「実態」が現れたといった方が適当かもしれません。

とにかく、あの「出かける時は忘れずに」といえば「トイレ」のことだと言われるくらい渋滞のひどいバンコク市内から、「ガソリンが輸入できない」ということで一気に車が消えたのですから、いかに為替ショックが痛烈な打撃だったか、よく分かるというものです。

タイ政府は外貨を投じてバーツを買い支えましたが、一度暴落した相場を、途上国一国の為替介入で安定させられるわけもありません。

かくして、「見栄っ張りの借金大国」である韓国、インドネシア同様、タイを含めたこの三国は「IMF(国際通貨基金)」の管理下に強制的に移行させられ、「経済植民地」となったわけでした。

「自分の国のお金で貿易できない」というくらい通貨の信用が下がり、手持ちの外貨が減ったわけですから、先進国が「通貨変動保険」のように拠出金を出し合っているIMFの支援を受け入れたわけです。

最大の支援国はもちろん日本でしたから、その年の韓国では、大統領が夏でも全く「戦争に対する謝罪」を求めなかったのも印象的です。

僕はその数ヵ月後に韓国に行きましたが、あの陽気で強がりの韓国人が、「わが国はもうダメだ」、「日本に感謝しないといけない」などと言っていて、「政治の態度は、やっぱり小手先のパフォーマンスだったんだなぁ」と感じたのを覚えています。

日本最大の企業・トヨタは、為替相場が1円変動し、「1ドル100円」から「1ドル99円」になると、なんと「500億円」の損失を受けるそうです。

これが、たった1週間で4割下落し、「1ドル60円」になったら、なんと「2兆円」の損失です。

業界ゼミでもお話したように、「自動車1台」を作るには、3万点の部品が必要です。仮にトヨタの収益が4割下がって、2兆円もの「受け取れたはずのお金」が消し飛んでしまえば、その2兆円によって生活している産業とその家族は、職を失って路頭に迷うでしょう。

2兆円といえば、福岡市の予算の約2倍ですから、140万人の福岡市民のうち、100万人近くが頑張って収めた税金の2年分が、たった1週間で消し飛んだことになります。

都合、「200万人」に相当する労働力で生み出した「税収」が消滅するわけですから、その産業に与える影響たるや、「激甚」という言葉で表せるようなものではありません。

「500億の損失」でも、普通の自治体が軽く吹き飛ぶ規模ですから、2兆円の損失は、数発の核爆弾を連続投下されたのに等しい打撃を与えるのです。人は死にませんが、町と産業、暮らしは壊滅状態になります。

以上は分かりやすく「福岡市」で例えてみましたが、そのような為替の打撃が、東南アジアの途上国一国を襲ったらどうなるか。

「町から車が消える」
「数十万人規模のデモが頻発する」
「共産ゲリラが跋扈する」
「食べ物を求めて犯罪が起きる」

といった現象が、国内のあちこちで起こることになるのです。僕は戦時中の「2・26事件」や「5・15事件」を経験したことはもちろんなく、本で知るのみでしたが、「世界恐慌の時は、こんな感じだったんだろうなあ」と思いました。

幸い、僕の貯金は変動に強い香港ドル、米ドル、ドイツマルクなどで持っていましたから、目減りするどころか、再両替で「うそ?」というくらい増えましたが、為替相場とは恐ろしいものだと思いました。

たった一つの「木材輸出」という仕事でも、取引先の信用状況や供給体制、商品の品質や基本価格、損害保険や先物取引、為替対策や船積みの準備など、色々な作業を経て初めて「行ってらっしゃい」となるわけです。

「英語をしゃべれる」など、こんな海外貿易の現場では「だから何?」と言われるだけで別に何のニュースにもならず、海外には皆さんより年下で3~5ヶ国語を操る華僑やインド人がゴロゴロいます。

やはり、会計や貿易実務を学び、信用できる取引先を見つける営業力、幅広い動向を頭に入れて動ける経済知識があってこそ、初めて語学の出番があるというわけです。

つまるところ、商社は「情報」を売る仕事です。何がどうなった時に売れば一番儲かるか、損する時はどういう時なのか、取扱商品を通じて当事国と日本を同時に豊かにするためには、どういう契約で信用を構築していくか…考えるのはそんなことばかりです。

僕は20歳だったので、もちろん大掛かりな商談の決定は行いませんでしたが、それでも社長や取引先、提携先の人などが、忙しく為替をチェックしたり、法律や税制、国際情勢、他国商品の市況などを調べているのを見て、「なんと複雑な仕事なのか」と感じずにはいられませんでした。

国内の商社なら、これほど複雑な仕事はしなくてもいいでしょうが、そういう過去の体験を振り返るほど、『時差は金なり』というタイトルは、実に商社の仕事の本質を言い当てた言葉だと思います。

もちろん、商社では基礎的な研修もやりますが、「英語がしゃべれて海外に行ける」くらいの甘えた動機なら、やめておいた方がいいでしょう。そんな仕事は、年に1回もありません。

そもそも、なぜ「英語で海外」だとカッコいいのか、それ自体理解に苦しみます。それなら、旅行にでも行っておけばいいのに。

商社の仕事は「英語をしゃべる」ではなく「英語でしゃべる」という性質のものです。大げさでなく、より大事なのは会計や貿易知識です。それがなければ「招き猫」か「番犬」というのは、本当です。

本当に商社で通用したいなら、語学と会計を徹底して学び、金融知識と歴史、文化、経済に強くなるのがオススメです。

これは自慢でも何でもなく、FUNで教えている「ビジネス塾」、「マネー塾」、「業界ゼミ」、「営業塾」などは、僕の20代の集大成として、最も大事で使える知識を体系的にまとめたものですから、本気で実力を付けたい方は、ぜひ購入されることを「押し売り」のつもりでオススメします。

併せて、業界ゼミの「金融編①・②」を入手すれば、銀行・証券はおろか、先物や損保、リース、VCなどの目に見えない機能が理解できるでしょう。

そもそも、僕は19歳で中退して以来、現場で徹底して知識を身に付けてきた人間ですから、「本当に使える能力と知識」には詳しいのです。「内定するかどうか」など、そんなのは楽勝すぎて、問題ではありません。

だって、僕は「ウチに来てくれ!」と誘われたことしかないからです。

FUNで学んだ先輩、就活コースで学び続けた先輩がどのような会社に内定したかを見れば、勉強内容も想像できるでしょう。

知識もまさに「時差は金なり」。

「数ヶ月先に学べばいいや」と思っていた金融知識を今学べば、合同説明会や企業研究、面接で圧倒的な差がつくでしょう。その結果開く初任給や生涯賃金の差は、数百万円、数千万円にもなります。

その「リスクヘッジ」を数千円でカバーできるFUNの勉強って、本当にお得だと思いますよ。僕って、なんて気前がいいんでしょう…。

とにかく、FUNの教材を買うかどうかは営業っぽいのでもう書きませんが、『時差は金なり』、『問屋と商社が復活する日』だけは、ぜひ読みましょう。それから、業界ゼミの『商社編』にも参加するとよいでしょう。

実感、体感できる「知識による時差」を楽しみましょう。

差は、つけられるものではなく、つけるものです。