◆今日の一言
No.428(07/4/19)
『人材育成は自転車の練習と同じだ』





今月から新事業所「mai place」を立ち上げたFUN卒業生の大月舞さん。独立してからは今まで以上の気迫を感じ、今後が楽しみです。


今では、入部当初の大月さんがそうであったように、納得できる未来に妥協したくない学生や若者を応援するキャリアコンサルタントとして、日々挑戦を繰り返す毎日。


相方の前迫さんも心強いパートナーで、web制作や法人営業の計画も作っており、これからどんな活躍を見せてくれるのでしょうか。



昨日は大月さんと、「やる気を失った若者を勇気付ける接し方」について話し、僕が今まで就業支援業務をやってきて、特に大切にしてきた姿勢を説明しました。


というのも、昨日学生さんから取材を受け、特にわが家の母親の教育方針についての質問が多く出たため、人を育てる姿勢を思い出したのです。


僕の父親は僕が小さい頃に亡くなったので、母の教育方針というのは、父と作り上げたものだと言うことができます。父がよく口にしていた方針というのは、「子育ては自転車の練習のようにせよ」だったそうです。



自転車は、長崎県民の方々以外はほとんど経験があるように、子供の頃に乗り始めた時は、何度も何度も転んだことでしょう。



息子が自転車に乗ると、後部座席をお父さんがしっかりと支えます。

そして、「さあ、こいでみろ」。

息子は、「ええ?まだ、できないよ」と答えます。

父は息子に優しく笑いかけ、「お父さんがいるから大丈夫だ」と言います。



父の表情に勇気をもらった息子は、しっかりと前を向き、そして、右足に力を入れてペダルを踏みました。

スーッ…。

自転車が少しだけ前に進んだ瞬間、息子はいきなりバランスを崩し、慌てて左足を地面につこうとしましたが、足が地につくすぐ前に、自転車は安定しました。

お父さんが気付いて支えてくれたからでした。



「右側のペダルをこいだら、同時に左の準備もするんだぞ。さあ、もう一回やってみよう」

「でも、また倒れそうになったら…」

「お父さんがいるから大丈夫だ」

「うん、やってみるね」



息子は再度前を向き、少しずつペダルを回しました。自転車はさっきより早く進み始め、10メートルくらい進んだところで止まりました。

「どうしたんだ?うまくやれてたのに」

「スピードが出てきて、怖くなったよ」

「そういう時は、ブレーキを使いながら、スピードを落としたらいいんだ。さあ、もう一回やってみよう」

「あんなスピードで転んだら痛そうだよ」

「お父さんがいるから、大丈夫だ」



少しずつ乗り方を覚えていった息子は、カーブや坂の乗り方も練習し、お父さんはそれに合わせて自転車を支えながら走り、二人三脚の練習の成果も少しずつ出てきました。

「よし、じゃあ、今から100メートル走るぞ」

「ええ?そんなの、まだできないよ」

「お父さんがいるから大丈夫だ」



息子は緊張した表情でハンドルを握り、不安なのか、何度か後ろを振り返りました。そこには、父が優しい笑顔で後部座席を支えていました。


息子は前を向き、さっきよりは少し速いスピードでこぎ始めます。

「お父さん、これくらいでいいかな?」

「…ああ、いいぞ」と、父が走りながら、息を切らせて答えました。



息子は自信を得て、さらにスピードを上げました。

「お父さん、これでいいかな?」

「ああ、上手だ。本当に上手だ」

その声は、さっきより少し遠くから響いてくるようでしたが、息子は前方に集中し、一心不乱にペダルをこぎ続けました。



自転車は徐々にスピードを上げていきます。カーブもうまく曲がれ、ブレーキの使い方も上手になってきました。

さあ、残りはあと半分。

「お父さん、これでいいかな?」

「…」

「お父さん!」

「…」



返事がありません。


不安に思った息子が恐る恐る、自転車をこぎながら後ろを見ると…。


なんと、いつの間にか一人で自転車を運転しているではありませんか。


父は、コースの半分を迎える直前に息子の能力を信頼して、「本当に上手だ」と言って手を離し、あとは遠ざかっていく息子の勇姿を眺めていたのでした。



息子は無事、父が決めたゴールまで、転ぶことなくたどり着くことに成功しました。


途中からは突然一人になっていたため、もしかして転ぶかもしれないという不安もありましたが、お父さんに教えてもらったことを何度も何度も思い出しながら、必死にゴールを目指した結果でした。


その結果は、数時間前の自分には、到底信じられないほどすごいものでした。



ほどなく、父が息子のところにやってきました。

「お父さん、ひどいよ。いきなりいなくなるなんて」

「何だって?おまえの運転が上手で自転車が速いから、お父さんもついていけなくなったんだ」



息子は不機嫌そうに、「じゃあ、速いって言ってくれればよかったのに。もし転んでたら、どうなってたと思う?」と言いました。

「お父さんは、おまえならきっとできると思っていたぞ。お父さんは自転車を支えてはいなかったけど、おまえの心の中にはいただろう?だったら、どっちでも同じじゃないか」

「変なの」。息子は不思議そうに言いました。



「おまえの運転は本当に上手だった。おまえは天才だ。こんなに上手に乗れる子は、街にいないぞ。今日から自信を持って乗りなさい」

「うん。お父さん、ありがとう」

こうして息子は、憧れの自転車に一人で乗る力を手に入れ、それからは、自分の行きたい友達の家や遊び場に、早く行けるようになったのでした。



…こうして子供の頃を思い出しながら、書きながら、涙が出てきそうです。わが家は小さな「教室」で、家にあった道具や乗り物、おもちゃ、楽器などの使い方を覚えたのは、全てこういう父の優しさがあったからです。

最初は、とても楽しそうに見せてくれ、ちょっとやってみてくれる。

「やらせて」と言うと、やり方を教えてくれ、試させてくれる。



料理でも楽器でもおもちゃでも、最初は恐ろしく下手なのに、それでも父の第一声はほとんど…

「お父さんのいないところで練習したのか?」ととぼけたり、
「本当に初めてか?」と驚いてみせたり、
「おまえは天才だ」と喜んだり、

…というものでした。



子供でも明らかに下手だと分かる出来具合でさえ、父に「天才だ」とか言われると、つい、もっとそう言ってほしくて頑張ってしまいました。

父は飽きもせず、子供の下手な楽器や遊びを見つめ続けてくれ、「やっぱり天才だ」、「今度競争しよう」、「お父さんが初めてやった頃よりずっと上手だ」と、次々と新たな褒め言葉を繰り出してきます。

すっかりその気にさせられた僕は、いつしか父の術中にはまり、父のいない時でも、自分で読書をしたり、おもちゃを作ったり、ピアノを弾いたりするようになったのでした。

後部座席を支えてくれていた父は、いつの間にかいなくなり、後で会ってみると、「おまえは天才だ。お父さんにはもう、教えることはない」とかとぼけながら、ニコニコ笑っているのでした。



10歳にも満たない少年の僕に、このような父の態度がどれだけ心強く、有り難かったことか。どれほどその存在を誇りに思い、いつも頼りにしていたことか。

「すぐやる。そして、基本を何度でも繰り返し、モノにするまで絶対に諦めない。自分ができるようになったことは、惜しみなく人に分け与える」。

この習慣と心構えのおかげで、これまでの人生で一体どれだけの貴重な能力や経験を手に入れることができたか。



今に続くこの習慣を子供の僕にしっかりと叩き込み、人生の後部座席を支えてくれていた父は、僕が13歳の頃、二度と戻ってこないところに行ってしまいました。

「取り掛かったことを中途半端で辞めたら、父はどれだけ寂しそうな顔をするだろうか」



「この能力を身に付けたら、父はどれだけ喜んでくれるだろうか」

31歳になった今でも、僕が何か新しいことに取り組む時の初心は、子供の頃と何ら変わりません。人生という自転車をいつしか一人で運転できるようになったのも、全ては父と母のおかげです。



昨日の取材のこともあって、個人的な回想が長くなってしまいましたが、今、若者の就職、再就職、転職をお手伝いする仕事やサークルのお手伝いをさせてもらっていて、僕がいつも心の中に描いているのは…

「この学生は、財務諸表という自転車を、今どれくらい乗りこなせているだろうか?」



「そろそろ、面接も一人で乗りこなせるようになったな」

「業界研究というハイテク自転車も、ずいぶんうまく乗れるようになったじゃないか」



といったことばかりです。



「本当に初めて会計の勉強するの?すごくセンスあるよ」

「最近まで別の業界を希望してたのに、すぐに新しい業界の本質をとらえるなんて、すごい。すごすぎる。社長が泣いて喜ぶよ」

「面接に自信がないとか言ってたのに、全然心配ないね。さっきの○○っていう着眼点はすごくいいから、もっと調べると絶対内定できるよ」

親が親なら、子も子です。乗り物は「自転車」と「仕事」という違いはありますが、やっていることは全く変わりません。今でも幼い頃に身につけた習慣で働いている僕は、今後も同じような態度で働くでしょう。



大月さんと前迫さんもまた、自転車の訓練の達人になる要素を十二分に秘めています。それは、二人とも就活という自転車で「転んだ痛さ」、「乗れた嬉しさ」、「どこが曲がり角か」、「どこの坂が大変か」を身をもって味わってきたからです。

アドバイスが必要なら最大限の努力を尽くし、見守るだけで良いなら、じっと見守る。



そしていつしか、「自分を信じてくれている」という事実に自信を持った若者は、自力でゴールにたどり着くことができるのです。



子育て、就職支援、人材育成、独立起業も、全てはこのような態度で若者と接するのが良いと僕は思っています。つまり…

①助力が必要なうちは、全力で応援する
②自力でできるポイントを見定めて、信じて任せる
③できた後は恩を着せず、自力でできた根拠を示す
④放っておいても一人で頑張るような動機付けをして、去る

ということです。



何かを始める時は誰かの力が必要であっても、何かを成し遂げる時は、やはり自分が本気でないと達成できません。そして、一人でできたという実感が、自信と希望を育てます。

今日の内容は、田舎の子供の家庭教育の回想ですが、簡単・無料で効果絶大なので、もし周囲に応援してあげたい人がいたら、一度、試してみられてはいかがでしょうか。

きっと、相手に感謝されると思いますよ。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門42位、就職・アルバイト部門19位です。

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◆今日の一言
No.427(07/4/17)

『それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った』(夏目漱石)





来月、僕の著作が全国発刊されるということで、今日は初めて、企業取材サークルFUNが毎月発刊している雑誌『forFUN』の取材を受けることになりました。


思い起こせば4年前。


「学生が社会人と継続的に接点を持てるツールが欲しい」という安田君の要望に応えて、「じゃあ、学生版のビジネス誌を作ればいい」と言ったのが全ての始まり。



取材の仕方、電話のかけ方、原稿の書き方、編集の仕方、ソフトの使い方、印刷の仕方、原版の組み方、校正のやり方、広告の取り方、作り方…。


全てをゼロから育ててきた雑誌に取材を受けるというのは、今までにTVQ、西日本新聞、日刊工業新聞、ふくおか経済から取材を受けた以上に嬉しい出来事です。


「forFUN」というタイトルは、当初、僕が「ちょっと息抜きに」という意味を込めて、社会で役立つ知識を連載するコーナーのために付けたのですが、サークル名と近いこともあり、これが雑誌のタイトルになったのも、知る人ぞ知るエピソードです。



その、発足当初から顧問としてお手伝いしてきたFUNも、この春で5年目を迎えます。部員が一ケタの頃から僕が繰り返し、繰り返し語り続けてきたのは、「仕事の本質的魅力」です。


時には創業の物語、時には会計的視点、時には倒産の事例、時には歴史上のエピソードをまじえ、世の中に存在する多くの仕事について、それが輝く瞬間をもたらす心構えや考え方をご紹介してきました。


もうずいぶん前に、本メルマガで漱石の『夢十夜』を例に、仕事に臨む心構えを説明したことがあります。今日は読者が1,000人を超えたこともあるので、再度、詳しく「仕事の魂」について考えてみましょう。



『夢十夜』は、明治41年(1908年)の夏、朝日新聞で連載された作品で、その名の通り、漱石が見た夢について書いています。


時代背景も場面設定もそれぞれなのですが、漱石らしい洞察が働いていて、古めかしい文体でキリッとした読後感が残ります。



その中でも特に知られているのは、第六夜です。「運慶が仁王像を彫る話」は、昔読んだことがある方もいるのではないでしょうか。


僕はこの話が、就職活動や仕事にも深くつながる大切な真理を説いていると思っているので、3年ほど前にご紹介しました。


夢の中で漱石が、運慶が彫刻をしている現場にさしかかり、芸術の心構えを回想した短文です。(この号の最後に全文を掲載していますから、興味を持った方はぜひお読み下さい)



本文自体が短いのに、それをさらに要約して説明するのも二度手間になってしまいますが、第六夜を要約すると、次のような話です。



~夢の中で鎌倉時代に来てしまった漱石が、あるお寺で運慶が仁王像を彫っているところに遭遇した。


場面は鎌倉時代だが、見物人はなぜか明治の人たちで、運慶の彫刻の様子を見て、しきりに何か言い立てている。


ある者は像の大きさ、ある者は彫刻の大変さ、ある者は仁王の強さを話題に騒いでいるが、運慶はそんな話も一切耳に入らないほど、彫刻に打ち込んでいる。



運慶はすさまじい気迫と技術で黙々と彫り続け、見物人たちも完成していく様子に興味を惹かれ、色々な感想を述べる。


ある者は運慶の芸術家としての態度、ある者は達人の域にある運慶の技のすごさ…。


それほど、運慶が仁王像を彫り進めていく勢いと技術は優れたものだった。



ある男が言った。「あんなに無造作にやって、よくあれだけの像が彫れるものだ」。


すると、ある男が答えた。「違う。あれは、もともと木の中に眠っているものを彫り起こしているだけだ。必ずあるものを彫るのだから、間違うことはない」。


それを聞いた漱石は、この考え方が面白いと思って、早速自分でも試してみることにした。



帰って自宅の庭を見ると、手ごろな木材があったので、早速彫ってみたが、その中に仁王はいなかった。次の木にも、またその次の木にも、やはり仁王はいなかった。


他の木でも試してみたが、最後に行き着いたのは、「明治の木には仁王は眠っていない」という結論だった。


それで、自分にも今日まで運慶が生きている理由というものも分かった。~



要約すれば、たったこれだけの文章です。ですが、この意味するところは、実に深いものがあると思います。


漱石は彫刻においては「素人」であり、なおかつこれは「夢の中」の話ですが、最後を「明治の木には、仁王は眠っていなかった」としているのが面白いところです。


ミーハーな見物人たちは、運慶という有名人について語ったり、彫刻技術について論じたりし、仁王のすごさや日本の歴史で誰が本当に強いのかなど、本質とはあまり関係ない表面的な話題でにぎわっています。



当の運慶は、そんな観客の言葉など聞こえないほど、というよりその存在も見えないほど、一心不乱に彫刻に打ち込んでいます。ほどなく完成に近付き、その神業のような技術に驚いた人たちが、また論評を始めます。


「テキトーそうに見えるのに、うまくいくなんて、すごいね」


「違う。あれは、木の中に元々仁王像があるんだ。だから間違うこともないんだ」


「そうだったのか。じゃあ、誰でも仁王が眠っている木さえ見つければ、できるじゃないか」



「木の中に仁王が眠っている」というコメントを発した人は、おそらく芸術家的な直感と信念の鋭さを意図したのでしょうが、「芸術の素人」である漱石は、これを「物理的に眠っていること」と解釈してしまい、早速自分も家に帰ってやってみよう、と考えます。


家で適当な木材を探し、次々と彫ってみるのに、どうもうまくいきません。どうも、漱石の家の木には、仁王像は眠っていなかったようです。


「なーんだ、最近の木(明治の木)には、仁王はいないんだ」。


だから、運慶が今の時代まで生きているんだなぁ…なるほど。



さて、ここから、就職活動や仕事について考えてみましょう。


漱石は作家らしく印象深い終わり方で締めくくっていますが、本作品で意図するところは、「精神の退廃」に対する一種の警告めいたメッセージともいえるでしょう。


本当は「明治の木だから仁王がいない」のではなく、「仁王を信じず、描こうとしない人が彫るから、仁王がいない」のです。



それを漱石は自分が「芸術の素人」になることで、「明治の木には仁王がいない」と言っていますが、これは当時の大衆の浅薄な心理を読み取り、「そういうことじゃないんだよ」という含みを込めたものかもしれません。


試みに第六夜を、就活に置き換えてみましょう。場面は平成時代。登場人物は「商社を受けたい学生たち」。



~ある大学のある食堂に、学生なら誰もが憧れる商社に内定をもらった男がいた。彼は内定を得た後もその情熱を衰えさせず、黙々と財務諸表や語学の勉強に熱中していた。


それを見ていたある学生が、「すごいもんだなあ」と言った。「レポートなんかより、ずっと大変だぜ」と別の学生が答えた。


ある男子学生が「内定をもらったのに、勉強なんてするものなんだね。自分はすっかり、就活とは内定で終わるものとばかり考えていた」と言えば、またある女子大生は、「てかさ、やっぱりマスコミじゃん。アナウンサーか客室乗務員が一番カッコいいんだって」と言った。



彼は周囲の感想など全く聞こえないかのように、黙々と貸借対照表を分析しては、将来の取引先となる企業や業界の研究に打ち込み、企業再建策や受注高増加策を書き出していった。


「さすがあいつだ。周囲の雑音など、全く耳に入らないかのようだ。憧れの仕事と自分、それだけで世界を構成しているかのようにも見える」。


「あの電卓さばきを見ろよ。あれは職人芸だ」。


「しかし、よくもまあ、あれほど雑に速くやっているのに、しっかりとした資料が仕上がるものだなぁ」。


「違う。あれは元々正解があるのを、簿記や英語を学べば、探り当てることができるんだ。もともとそこにある正解を突き止めるんだから、間違うことなんてあるものか」。



ある学生は、最後のこの言葉を面白いと感じ、早速自分も会計や英語を学んでみることにした。


家に帰り、簿記の教科書の1ページ目を解くも、全く流通業界の課題は特定できなかった。また、TOEICのテキストを開くも、全く商社の未来像は見えなかった。


「なんだ、簿記や英語をやったって、商社の内定なんて見えないじゃないか。たぶん、このテキストが間違っているんだ。今の時代には、そうそう商社に役立つ参考書なんてないに決まってる」。~



いかがですか?「夢十夜・現代バージョン」の「第六夜・就活編」とでもいう趣で構成してみましたが、こう置き換えてみると、現代の学生がいかに表面的でどうでもいいことばかり考え、しかもそれを「就活」と偽称しているか、よく分かるというものです。


冒頭で紹介した「財務諸表と語学に打ち込む学生」は、商社業務の本質を見て、とにかく取引先を助けたい、自分も役立つ社員になりたい、ゆくゆくは国際的に活躍する人材になりたい…という鮮明で強烈な未来像を描いているからこそ、猛烈な勢いで勉強し、次々と資料を作れたのです。


決して、参考書がいいとか、受けた会社とたまたま相性が良かったとか、書類選考やSPI、面接で聞かれた内容が事前の準備と合致していた、という浅はかな理由で内定したのではないのです。



しかし、そこに「情熱」や「魂」、あるいは「仕事の本質」を見ようともしない学生は、「そもそもどの業界が一番すごいのか」とか、「どういう対策がいいのか」などと、どうでもいい話に花を咲かせる。


仕事の本質に感動した人間から見れば、そういうのは雑音に過ぎず、いちいち耳を貸す必要はない。



彼の勢いや気迫に圧倒され、それにあやかろうと、ある学生は同じ参考書を買ったり、同じ合同説明会に参加したりするが、結局のところ、最後に行き着く結論は「このテキストじゃ、だめだ」、「今回の合説は運が悪かった」くらいしかないだろう。


最後の最後で何を思い、何を言うかで、彼が「就活」という木材の中に何を見ていたか、あるいは何を期待し、何を準備して就活に臨んだかは、手に取るように分かるものである。


「理想の未来像」、「心から同意できる自分の姿」なきところで、いくら良い木材を使い、良いとされる道具や教科書を使おうが、所詮は意味のないことである。


…夢十夜の持つメッセージを現代の就職活動に当てはめれば、さしずめ、このような感じでしょう。



入社3年にも満たない、右も左も分からない素人であれ、「なりたいトップ営業マンの姿」を描いて黙々と努力すれば、「会社」や「社会」という木材の中から、「トップ営業マン」という仁王像を確実に彫りだすことができます。


「就職に不利」という意味不明な偏見を持たれる文学部の学生であれ、「銀行業務の本質的社会貢献」を知った感動を維持し続ければ、「就活」という木材の中から、「理想の銀行マン」という仁王像を彫り出すことができます。


「周囲に期待され、応援される期待の新卒」という理想像を描いて「大学」という木材を彫り続ければ、「悔いなき学生生活」、「心から歓迎できる社会人生活」という仁王像を彫り出すことができます。



しかし、理想像や信念、哲学、職業観が薄弱なまま、表面的な環境やツールばかり変え続けても、そこには永遠に「仁王像」という憧れの対象が登場することはないでしょう。


最後は「うちの大学には、チャンスはないね」とか、「この業界、受けるべきじゃなかった」とか、「そもそも民間企業は受けたくなかった」とか言うでしょうが、それは外的環境がそうだからではなく、その人だから失敗と後悔に終わっただけ、そう考えるのが妥当です。



漱石は第六夜を「それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った」と締めくくっています。


それは、明治になって、鎌倉時代とは生態系や自然環境が変わり、仁王像を彫るに適した樹木がなくなったから、運慶の作品が残っている、という表面的、物理的印象の述懐ではありません。


明治という時代になって、運慶ほどの精神と想像力を持って芸術活動に打ち込むアーティストがいなくなった、という実感を「明治の木には仁王はいない」と皮肉めいて表現したのであり、だからこそ「運慶が今日まで生きている理由が分かった」としているのです。



皆さんは今、どういう木材を選び、どういう道具で「未来の自分」を彫ろうとしているでしょうか。


木材も大事です。道具も大事です。しかし、そこに「未来像」や「信念」、「熱意」、「仕事への愛情」という根本がなければ、「大学生活」や「就職活動」という芸術的創作活動は失敗に終わる可能性もあります。


就活や仕事の本質を見失わず、理想の「仁王像」の実現を求めて、日々、価値ある創作活動を展開されるよう、願うばかりです。



企業取材サークルFUNで、そろそろ500社に及ぶ取材活動を展開・継続してきたのも、ひとえに「心の中の仁王像」をより鮮明に、より活発に、より具体的に描き、達人の心構えに直に触れ、その刺激で学生生活に彩を加えるためです。


FUNは「内定後の4年生」の入部者が最も多いという変わったサークルですから、「大学生活の総仕上げ」、「就活の一発逆転」、「将来のためのチャンス作り」という創作活動に没頭したい方は、ぜひ見学に来られるといいですよ。


来週からは、部員の皆さんが九大、女子大、西南大で「FUN コンサートツアー」を展開されるそうですから、そちらに参加されてもよいでしょう。


以上、今日は「国文学に学ぶ就活の心構え」についてお話しました。





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夏目漱石『夢十夜』 第六夜


 運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評をやっていた。


 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹が斜めに山門の甍を隠して、遠い青空まで伸びている。松の緑と朱塗の門が互いに照り合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障にならないように、斜に切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出しているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。


 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。その中でも車夫が一番多い。辻待をして退屈だから立っているに相違ない。


「大きなもんだなあ」と云っている。

「人間を拵えるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。


 そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。


「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男は尻を端折って、帽子を被らずにいた。よほど無教育な男と見える。


 運慶は見物人の評判には委細頓着なく鑿と槌を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺をしきりに彫り抜いて行く。



 運慶は頭に小さい烏帽子のようなものを乗せて、素袍だか何だかわからない大きな袖を背中で括っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。


 しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、


「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我れとあるのみと云う態度だ。天晴れだ」と云って賞め出した。


 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在の妙境に達している」と云った。


 運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪に返すや否や斜すに、上から槌を打ち下した。堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挾んでおらんように見えた。


「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、


「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。


 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫ってみたくなったから見物をやめてさっそく家へ帰った。


 道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風で倒れた樫を、薪にするつもりで、木挽に挽かせた手頃な奴が、たくさん積んであった。


 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。


自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。


(インターネット図書館『青空文庫』より)

http://www.aozora.gr.jp/

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ただ今、教育・学校部門37位、就職・アルバイト部門17位です。

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No.426(07/4/16)

『証拠なくして断定することは、これを最も慎んだ』(小泉信三)





今日はこの後、夜から第4回「トップセールス研究会」があり、僕が記者時代からずっとお世話になっている大阪ご出身のO谷さんが「コミュニケーション能力向上の秘訣」というタイトルで話されます。


僕も海外勤務や経済誌の記者、創業を通じて多くの人に会ってきましたが、O谷さんほど温和で相手を尊重できる方は他にはいないほどで、昔から、いつも教えられてばかりです。


初めてお会いした時は僕が24歳、O谷さんはちょっと年上で、僕は記者、O谷さんは不動産会社の営業マンでしたが、O谷さんはその頃と変わらずいつも若く、明るく、僕もかくありたいと願うばかりです。



さて、コミュニケーションといえば、このメルマガも一つの大切なコミュニケーション手段であり、今年になってからは特に読者の方から感想や質問をいただくことも多く、紹介で読者の数が増えることが多くなりました。


面接前にプリントして読んでいる、社員研修で部下に配っている、営業ツールとして使っている、気に入った作品は印刷して冊子化している…という連絡をよくいただき、そのたびに「しっかり書かないと」と思います。


内容は学生、就職、経営、仕事、創業、営業、会計、読書、思想、文化、語学、教育など多岐にわたり、できるだけジャンルが循環するようにしており、時には厳しい作品、優しい作品、感動する作品、勉強になる作品を織り交ぜ、トーンもきついもの、柔らかいもの、説明調のものなど、色々と挑戦するようにしています。



そういう毎日の小さな執筆活動や、サークルでの講義の中で、開始以来大事にしている姿勢は、「証拠なくして憶断せず」です。


これは、僕が大好きな学者・小泉信三さんの代表的著書である『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)の「まえがき」にある「証拠なくして断定することは、これを最も慎んだ」とあるのを縮めた表現です。


小泉信三さんは東宮教育係、つまり皇太子殿下(今の天皇陛下)の教育係を務められ、経済学の分野でも地道な研究を続けられた慶応大学の元塾長で、僕は昔から小泉信三さんの作品を愛読しています。


「FUN近現代史勉強会」にご参加の方は、いくつか読まれましたよね。



その作品は、客層が違うブックオフではまず手に入らず、福岡では葦書房、入江書店、痛快洞、大橋文庫、幻邑堂に古い著作があるくらいです。


もう60~80年前の作品で、紙も茶色になっていますが、その内容はいつも斬新で、洞察力と先見性はいつも驚かされます。


ですが、僕が最も尊敬するのは、小泉博士が、その立場を異にする人に対しても非常に寛容で、意見が対立する研究者の著作でも実に丹念に読み込み、正確な引用や研究をもって論じている礼儀正しい姿勢です。



小泉博士は、慶応大学を再建させた塾長、東宮教育係、スポーツマン、読書家、随筆家、経済学研究者としてよく知られていますが、本業は大学教授であり、特にマルクス主義の理論的批判が有名です。


1930年代、洪水のように日本に流れ込んだ社会主義思想に対して、多くの日本人は「西洋発の易姓革命思想」、「危険思想」、「国家転覆思想」だと警戒しました。


それは全て間違いではないのですが、しかし社会主義は根本的に経済制度を一変させる理論であり、純粋な学問的見地からこれを研究した人は少なく、どちらかといえば政治思想として捉えた人が当時は多かったようです。



もちろん、社会主義は人間の政治的態度、社会認識、歴史観、職業への態度など全ての見直しを提言した急進的な思想だったため、見方によっては職業教育、経済教育、歴史教育、政治教育の手段にもなる広範な対象を含んだ思想ですが、これを理論的に反駁した学者の代表は、やはり小泉博士です。


同時期に東大教授として活躍した河合栄治郎博士は、社会主義が政治思想として成り立たない理由を詳細に論じており、河合博士の作品もFUN Business Cafeなどで何度か紹介しました。


しかし、明快な理論や比喩で「経済学」としての社会主義を解剖し、その根拠を突き止めた小泉博士の研究結果の方が、僕は教えられるところ大でした。



小泉博士は、長年の社会主義研究をまとめ、「社会主義は体系化された嫉妬の情念である」という言葉を残しています。


マルクスが煽動的に論じた「資本主義の内部崩壊」も、経済理論的に見ればやや規模の大きい景気循環を論じたものに過ぎないこと、労働価値説が人間性から見ても経済的合理性から見ても成り立たないことなど、今の日本の教育にも当てはまる正論を多数残しています。


本メルマガは社会主義や資本主義を解説するものではないため、これについては書きませんが、特に印象的な部分を紹介しておきたいと思います。



小泉博士は「私とマルクシズム」(文藝春秋新社)の中で、共産党の指導層との交流を回想しています。


のみならず、後の日本で「危険思想保有者」、「革命家」、「売国奴」と切り捨てられたような相手を慶応大学で教えた頃の思い出も綴っています。


決して噂や先入観で個人や組織、国家に対する意見を決め付けてしまうのではなく、一個の人間として真正面から向き合い、純粋な学問的見地から論じ合い、立場が違えど相手が立派な見識を持っていれば、「勉強家である」、「見習いたい姿勢だ」と評価しています。



もちろん、「証拠がないものは、絶対に信用しない」という教条的な価値観を持つ人ではなく、スポーツや文学を通じて育んだ感性から来る直感も一流のもので、感性と理性がバランスよく調和した理想の教育者の姿を感じます。


どの著作からも、小泉博士の厳しさと優しさが伝わってきて、社会主義の理論を明快に批判しながらも、その論考は、経済学の本義が人間の幸せを極大化させることにあるという本質からは全くずれていません。


根本的な矛盾を内包した社会主義を論破しつつ、同時に資本主義の研究者や伝統を大事にする保守主義者の学ぶ姿勢が劣っていること、自信がないこと、迎合主義であることを嘆き、人生における学問の意義を堂々と説いているようでもあります。



皆さんは今、世の中や人生の様々なことに対して様々な意見をお持ちだと思います。特に、就職や仕事に対しては、年齢的にも環境的にも、よく考える機会を持っているのではないでしょうか。


その中で、書類選考、面接、筆記試験といった「手順」を考えることもあるだろうし、職業観、人生観、金銭観という「思想」を考えることもあるだろうし、能力、知識、情報、経験という「資源」を考えることもあるでしょう。


就職という問題に対しても、人はこれだけの情報や経験を動員せねば、まともな意見が持てないものです。



もし就職に「自信」というものが生まれるなら、それは多くの資源を保有している時ではなく、全てを自分でやりきった時です。


この根本を、多くの学生さんは履き違えているようにも感じます。些細なことでも、自分で「できる」と信じてやり抜けば、それが自信になるわけですが、とにかくビビってしまい、「借り物」でもいいからその場だけを乗り切ろうと、ブランドやマニュアルにすがる…。


そのような出処進退は人生の根本目標に根ざしたものではなく、所詮は「行き当たりばったり」に過ぎないので、いくらやっても自信や手応えは生まれず、最後はコンプレックスの塊になって自己嫌悪に陥るだけです。



なぜそうなるか。


それは、自分の思想や意見を信じていないからです。そして、不安や疑念から目を向けた他人の意見もまた、心から受け入れ、信じることはできないものです。


就職に対して「不安だ」、「こわい」、「やりたくない」という強固な先入観を持っていれば、その願望に応じた情報が集まってくるでしょう。


怠けていれば、怠けている自分を正当化する情報や語句を優先的に集めるでしょう。本当の怠慢とは、ブラブラすることではなく、精神を弛緩させてどうでもいい他人の意見で判断することです。



つまり、自分の価値観や信念と照らし合わせ、主体的に研究、考察した情報や知識をもって意見を形成するのではなく、ただ「すごそうだから」、「役立ちそうだから」、「気に入ったから」という基準だけで意見を構築していっては、いずれ論理矛盾に陥ってしまうのは、最初から明白なことです。


たとえばSPIの準備が足りない人は、筆記で落ちた自分が受け入れられないため、「筆記で落とすなんて許せない。面接で見てもらわずになぜ人が判断できるのか」と憤る人を「同志」だと感じるでしょう。


あるいは、「筆記が全てじゃない」、「筆記ができなくても仕事はできる」などと言う人を見て、「仲間だ」と感じるかもしれません。



そうして「精神的怠慢」のうちに安心すれば、これはもう、就活を支える一つの価値基準になっていくでしょう。


筆記試験の準備が足りないのは、言うまでもなく就活に対する甘えです。「数学ができるかどうか」よりも、「課された条件にどれだけの努力を見せるか」がより本質的な選考対象であるからには、「筆記で人は分かる」のです。


このシンプルな事実を受け入れない限り、その人は筆記試験をまともに頑張ることはないだろうし、将来は、人生の実利的効用と関係なさそうな地道な準備を全て億劫だと思って敬遠する態度が身についてしまうでしょう。


筆記ができないのはまだ不採用で済みますが、地道な準備を嫌う人間になれば、貧乏人か敗者にしかなれないでしょう。



もし、就活中に「筆記って、本当に大事じゃないのか?」、「筆記で受からなかった人は、どういう対策で挽回したのか?」、「筆記で受かった人は、どう言うだろうか?」とでも考える習慣を持っていれば、就活の結果も、人生の結果も、大きく違ったものになっていたはずです。


人生では、そういう小さな決断が後になって大きな路線変更のきっかけになる、ということも多いものです。


特に、受験や就職、転職、独立という将来設計に大きな影響を及ぼす選択では、自分の頭で考えに考え抜いて決断することが大事です。



学生さんがよく就活で口にする「自分の言葉」を最後に定義しておきましょう。


それは一人で断言した後、誰かに対して補強や賛同を求めることなく、堂々と「私はそうだと考えている」と言い切れる言葉のことです。


他人の顔色をうかがわず、素直に、堂々と表明できる思想のことです。


珍しい言い回しや、上手な伝え方が「自分の言葉」なのではなく、心の底から考え抜いて同意した言葉こそ、自分の言葉です。


そういう言葉で思索を行い、想像を重ねるには、好奇心や疑問を放置せずにしっかりと自分の目と耳で調べ、納得がいくまでとことん調べぬくことです。


そういう堂々たる生き方、考え方、働き方を学んでみたい人は、小泉信三さん、福田恒存さん、小林秀雄さんなどの作品を読まれてみてはどうでしょうか。



ということで、堂々たる社会人が集まって学びあう「トップセールス研究会」に、そろそろ行ってきます。



今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門38位、就職・アルバイト部門18位です。

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