◆今日の一言
No.431(07/4/26)
『影を消したければ、実体を動かそう』





ここ数日は第二作、第三作の執筆に熱中している間にメルマガ配信を3日もお休みしてしまいました。この間に上智大学、西南学院大学、九州大学から新しい読者の方が増え、ありがたく思っています。


また、本のご注文も早速多数の方からご予約をいただき、こっそりサインの練習に励んでいます。中には、一人で30人以上の方から注文を取ってくれた学生さんもいて、ありがたい限りです。


http://maiplacehp.web.fc2.com/book.html
(お申込はこのURLから可能です。本メルマガの最後に「目次」を付けています)



以前ちょっとお知らせしましたが、著者の自己購入分として、最初に300冊を購入しないといけないので、よかったら、本メルマガの読者の皆様は、上記のアドレスからお申込いただけると幸いです。


うちに300冊も届いたらたまりませんからね…。送料、振込手数料は僕の方で全て負担するので、ぜひ、よろしくお願いします。


あ、ちゃんとサインとメッセージも付けますよ。もうすぐ僕が有名になったら、「この人、私の友達」と言える未来の特典もあります(笑)。



さて、最近は数人の学生さんから「どうやってストレスを解消すれば良いか」、「怒りっぽい性格をどう直したらいいか」というご質問を受けました。


面接が立て込み、選考結果の通知も書類や筆記と比べて遅くなるこの時期、なかなか気持ちを安定させられず、ついつい小さなことにカッとなってしまう…そんなこともあるでしょう。


円満さや大らかさにおいて、僕が昔から誰よりお手本にしているのは、トップセールス研究会でおなじみ、パイオニアマーケティングのO谷さんで、僕はO谷さんに到底及ぶところではないのですが、僕にも独自の心がけがあるので、今回はそちらをご紹介したいと思います。



たとえば、今皆さんは、パソコンか携帯で本メルマガをご覧のことと思います。


そこに鉛筆があるとしましょう。


今皆さんが屋内にいらっしゃるなら、鉛筆の下には「影」ができているでしょう。照明の具合にもよりますが、くっきり、うっすら、どちらかの影があるはずです。



試しに、左手で鉛筆を宙に固定して、その影を右手で動かそうとしてみて下さい。


…動くはずがありませんよね。


じゃあ、消しゴムで影を消そうとしてみて下さい。


…もちろん、こちらも消えるはずがありません。



じゃあ、次は「鉛筆」を動かしてみて下さい。


…あらら。消しゴムでこすりまくっても全然消えなかった影が、いとも簡単に消えてしまいました。


このように、影を動かしたり、消したりしようと思えば、当然のことながら、「鉛筆そのもの」を移動させるほかに方法はありません。



「だから何なんだ?」

「それとストレス解消が、どう関係があるのか?」

そう思ってしまいそうです。



ならば、「就活イヤだ!」、「筆記受けたくない!」、「最終面接の自信がない」と思っている学生さんがいるとしましょう。


こういう感情や意見もまた、「影」と考えることはできないでしょうか。


なのに、就活や試験、仕事、生活のストレスになると、「鉛筆はそこに固定されているのに、動くはずも消えるはずもない影を、必死で動かしたり消そうとしたりする」という人が多いのはなぜでしょう。



「就活」という鉛筆は、自分が未来に向かう限り、人生のある時期にきっちりと用意されているイベントです。


そして、就活という予定が「数日後」、「数週間後」、「数ヵ月後」、「数年後」にあるなら、それは自覚や準備の度合いに比例して、皆さんの心の中にいくばくかの「影」を投じることでしょう。



ある人は、「まだ先じゃん」と言って影から逃げようとします。


またある人は、「やばい、私、落ちる!」と慌てふためいて、その不安を共有できる友達を探し、とにかく不安をしゃべりまくって落ち着こうとします。


またある人は、「やってられないから、カラオケ行こー、カラオケ!」と影の上に別の物体を置こうとします。



ストレスの何たるかを知らない人たちは、こうしてストレスから逃げ、消し、ごまかそうとすることで、本当にストレスがなくなると思っています。


正確に言えば、「就活」という物体の影の形が「三角形」なら、「カラオケ」という物体の形は「四角形」で、そういう物体を置いて直面している現実をごまかしてみても、四角形の裏にある三角形が消えたわけではないのです。


ストレス解消法が正しいかどうかは、そうしようと思った「動機」から判断するのではなく、解消を試みた結果、どうなったかという「結果」から判定すべき事柄です。



「就活三角形」の上に「カラオケ四角形」を載せて現実逃避を図り、一応、気分転換はできた…。


終えた後は、まだ四角形の残影が心の中に残り、それが消えていく過程は何らかの快感をもたらすでしょう。


しかし、消えたのは一つの角だけで、なんと、後からより一層大きく、しかもくっきりと、「巨大な三角形」の姿が見えてきました。



「あ~あ、やってらんねーよ」。


間違ったストレス解消は、こうして余計大きな自己嫌悪と挫折感を招き、敗北心理を加速させていきます。


間違ったストレス解消の常として、「カネがかかって成長なし」という特徴が挙げられますが、こうした方法を本当のストレス解消だと誤解している人は案外多いものです。



本人だけは、「就活のストレス」、「未来への恐怖」から逃げる動機を正当化し、別のことをすれば忘れられる、悩みの質も変わると勘違いしています。


しかし、そもそもその行動の実質は、事の始まりから「虚像」に向かって立ち向かうドン・キホーテと変わらないため、影は永遠に消えません。


こうして、影から逃げ、影に別の照明を当て、影を変形させ、時には影に「修正液」を塗ろうと無駄な努力に走るほど、影の方からどんどん迫ってきて、最後は影に圧倒されて心の中が「まっくろくろすけ」になってしまった若者もいっぱいいます。



本当に影を消したい、あるいは小さくしたいなら、「就活」や「面接」という「実体」と向き合い、実体そのものになんらかの作用を及ぼそうと試みてはいかがでしょうか。


影だけを見れば大きく感じる「就職」、「仕事」という問題も、実体は案外小さいものです。


例えば、企業取材サークルFUNでは、発足以来500社に及ぶ企業取材活動を行い、「実社会の本物の仕事」という実体と向き合い、自分自身の未来の仕事という実体を想定して、心に映じる影自体を理想的な形に変形させていこう、という活動を継続してきました。



なぜなら、実体のないストレスと向き合うことこそ、本当に無駄なストレスだからです。



解消してみて解消のかいもないほど空しいストレスこそ、人を疲れさせ、堕落させるものです。


そんな間違ったストレスをストレスだと勘違いし、癒しだ、リフレッシュだと現実逃避を図ったところで、本質的な精神衛生が図れるはずもありません。



僕は皆さんより年上の人たちが、仕事や会社の「虚像」と向き合って敗北し、打ちひしがれた様子をたくさん見てきました。中には、「私には実力がない」と勘違いしている人さえいました。


そりゃ、そうでしょう。誰が影と戦って勝てるというのでしょうか。


実体のない相手が手応えをもたらしてくれるはずもなく、もし「勝った」という心理を味わいたいなら、現実逃避を図って事実をごまかすしかないでしょう。しかし、それは所詮ごまかしに過ぎないため、後から反動で潰されるだけです。



ストレスや適度な緊張感は必要です。


学生さんは「あたし、面接で緊張せんようになりたい」とか言いますが、緊張しないのも問題です。適度な緊張感は実力の発揮に欠かせないもので、問題は緊張で自信を失うことにあります。


ストレスは消えなくてもいいのです。ただ、向き合って少しずつ変形させることができている、という実感があれば、その面積に応じて自信や余裕がもたらされます。



ということで、僕はいつもニコニコ、ゆったり、のんびり構えていて、ストレスがないように思われていますが、本当のところを言うと、ストレスはまずありません。


僕は日常の全ての行動を、将来に位置付けた何らかの予定とリンクさせ、小さくても日々着実に、その打開や解決に向き合うようにしているからです。


果たせていない夢もたくさんあります。これから着手する事業計画もたくさんあります。それが「できるかどうか」など考えたりはしません。


基準はいつも「やるかどうか」であり、日々、少しでも関係のある行動を継続しさえすれば、「ストレスって何?」と思うほど気持ちにゆとりが出てくるものです。



影を消したければ、実体を動かしましょう。


鉛筆の陰が鉛筆より大きく見えるということは、本物の鉛筆は陰より小さいということです。


就活も仕事も、それと同じ。実体は影より小さいものです。



だったら、影と向き合うよりも、実体と向き合うほうが簡単で、手短で、手っ取り早くて、しかも成功の確率もずっと高いもの。


ならば、カラオケや酒で現実をごまかし、わざわざ遠回りで難しくてカネと労力のかかるプロセスを引き受けようとするのは、本当に無駄や逃避以外の何物でもありません。


そんなストレス解消は、永遠に報われない単なる浪費に過ぎません。カラオケや酒を否定するのではありません。ただ、「やることやってから行け」ということです。順番を間違えると、頭脳がアル中になります。



それを知らずに影と向き合う人生最大の無駄を抱え込み、若い人が「私はダメなんだ」と落ち込むのは、見ていてやりきれません。


力がないのではありません。向いていないのでもありません。ただ、向き合っている方向がずれているか、やっている努力がずれているだけです。

自分が今向き合っているのは、影と実体のどちらか。まずはそこから、しっかりと見つめてみてはいかがでしょうか。




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僕の全国デビュー作です。
僕を「300冊の洪水」から助けたいと思った方、しっかりサインを付けて送りますので、ぜひ「予約」でよろしくお願いしますm(_ _)m

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『イマドキの若いモンは 会社の宝だ!』
小島尚貴 著/オンブック 刊 全272ページ
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まえがき

目次

第一章  会計知識を、相互理解と尊敬をもたらす「発想用の言語」に

●職業教育を自らの使命と受け止めるまでのプロセス
●中途半端な説明と接近が、「つもり」の連鎖を生む
●「説明された仕事」と「理解された仕事」は食い違っている
●「理想」は誰でも共有できる。大切なのは「現実」を共有できるかどうか。
●仕事と人の「より良い出会い方」を模索したい全ての人々へ


第二章  講演録  『こうして見抜こう企業の魅力~感動の志望動機は会計センスから~』
二○○七年三月九日金曜日 福岡女子大学(福岡市東区)「多目的ホール」にて
講演

●企業と「向き合う」のではなく、「同じ方向を向く」就職活動を
●「当座資産」の欄には、企業の努力の成果や悩みの原因が隠れている
●多くの業種に生かされている「商業手形割引」の仕組みとは
●「棚卸資産」の欄に潜む熱いドラマと長期的な努力を見抜こう
●世の中には「メーカー」と「商社」しか存在しない
●会計的視点から仕事を見れば、業種間の関わりと感動が見えてくる


第三章  金融編

一 銀行  『全ての業種と関わり、資本主義経済を支える仕事』
■「余りモノ」の視点から銀行の仕事を考えてみよう。
■銀行の三大業務である「預金・融資・決済」は、それぞれが密接に関わっている。
■銀行が行う「地域経済への貢献」とは、具体的に何をどう手伝うことなのか。
■「与信(信用供与)」は、融資における「審査」の仕事を捉えるための根本的な視点。
■「預金&貸出」を繰り返すだけで、お金が何倍もの規模に増えていく「信用創造」とは。
■「供給者間の競争」をいかに効率的・効果的に作るかが、消費者の得られる利益を決める。
■「自由化」とは、消費者のために供給者が行う「自己最適化努力」のこと。
■散歩の途中で見つけた会社や、説明会で出会った会社を「銀行の視点」で見てみよう。



二 証券  『証券市場の仕組みと魅力』
■資金の所有者と運用者が同一であるか、別であるかが「直接金融」と「間接金融」の差。
■証券市場で資金を調達するには、証券取引所を選んで「上場」しなければならない。
■証券会社は育成ではなく、取引の仲介によって手数料を得る。
■企業預金の「過剰在庫」は、使途が未定であれば「資産運用」に回されることもある。
■資金調達時の「幹事証券会社」を巡る競争は激しく、「主幹事引き受け」は証券マンの憧れ。
■リテール営業は資金調達の最前線に立ち、投資家動向を把握する「情報収集活動」。



三 商品先物取引  『価格の先行形成機能を知る』
■証券市場と先物取引市場の「根本的な目的の違い」を知らずに同一視すると、誤解が生じる。
■先物取引が担当する「リスクマネジメント」は、実体経済や国民生活にどう貢献しているのか。
■変動とリスクが存在するところには、それから身を守るための先物取引の出番がある。



四 生命保険  『保険商品の概要と仕事の魅力』
■被保険者には「相互扶助」の精神で安心を提供し、資金を集めた後は「機関投資家」となる。
■保険商品は世代ごとの人口や疾病、所得などの統計から商品設計を行う。
■歴史的事情から一定の先入観も強い業種だが、その根本目的は「リスクマネジメント」にある。


五 損害保険  『リスクマネジメントの仕事とは』
■「財産や資産の保全」を目的とする損保は、わが国では「水と火」のリスク防衛から始まった。
■「リスク」のあるところに「損保」あり。損保の適用業種は幅広く、商品の特徴や保障も多種多様。
■「変化とリスク、それに対する不安」がある所には、いつも新しい保険商品が生まれる。


六 信販・カード  『債権・債務を商品化』
■わが国にも古くから根付く「ツケ」の習慣を会計的に整備し、債権と債務を商品化した業種。
■「モノ」をツケで手に入れても、その物件(動産)自体の所有権は、完済までは購入者にある。
■「払える人にだけ売る」が、「売ってくれたら払う」という逆転の発想で一大ビジネスに。


七 リース  『所有ではなく利用によって経営資源を創造する仕事』
■確認される限り「世界最古の金融手法」でありながら、全業界に適応する普遍性を持つリース。
■「メーカー+銀行+ディーラー」の収益と、「商社+金融」のビジネスモデルで強みを発揮。
■顧客が望む「最高、最新、最大」に加え、「最適」の導入形態を実現することで経営に貢献。
■「所有」ではなく「使用」という視点から見れば、世の中の様々な商品の見え方が変わる。
■リースは、固定資産導入による課税発生と、借入金による固定負債発生の問題を同時に解決する。
■導入と維持にかかるコストを、「財産」ではなく「費用」の位置付けで処理する「オフバランス取引」とは。
■時代の要請に合わせ、「賃貸」以上に「買取」や「資産運用」にも適応してクライアントを支援。


八  ベンチャーキャピタル 『社長工場としてのVCの仕事』
■「ベンチャー企業」の定義と性質を認識すれば、ベンチャーキャピタルの業務内容が見える。
■「デット・ファイナンス」と「エクイティ・ファイナンス」の違いとは。
■十分な自己資金がなくても実現可能な手法を駆使し、企業の成長と防衛を両面で支援。



九 事業者金融 『スピードと金融知識で勝負』
■預金機能を持たない「ノンバンク」という性質から、スピードと高い金利で「すき間」を埋める。
■債権者から「手形債権」を買い取り、債務者から額面金額を回収して差額を稼ぐ「手形割引」とは。
■手形の持つ強制力を使った「手形貸付」や、債権回収を代行する「ファクタリング業務」もある。



第四章  情報編

十  広告  『時間と空間を運用する「情報不動産業」』
■広告における付加価値の最優先基準は「結果」で、面白さやきれいさは二の次に過ぎない。
■扱っているモノではなく、事業手法から見れば、代理店の実態は「情報の不動産業」。
■消費者として見れば同じような手法も、実際は広告主の戦略と要望で細かく区分されている。
■「広告で何を伝えるか」も大事だが、それ以前に「何を使って広告を行うか」も大事。
■主要広告手段である「マス四媒体(テレビ、新聞、ラジオ、雑誌)」それぞれの特徴とメリットとは。
■記憶は「反復認知」によって深まるため、街頭や雑貨を使った広告も多種多様に存在する。


十一  印刷 『情報の移転・移動で時代を切り開く先端業界』
■「水と空気」以外の全素材と全業種を相手にし、先進技術でハイテク業界を支援する業種。
■「紙に墨を乗せる」という基本概念が、時代と産業の変化・成長に従って次第に拡充してきた。
■情報技術と情報媒体が発達するほど、一般の予想に反してさらなる成長を遂げる業界の魅力。


十二 出版  『情報を集めてお金に変えるプロデューサー』
■材料は「紙」だが、実質は「知識と情報のテーマパーク」を建設、運営する「アイデア不動産業」。
■本が持つ情報の特性から採用されている「再販制度」から考える「情報の価値」とは何か。
■本の企画は、「自分がやりたいこと」ではなく、「読者が関心を持っていること」を基準に作る。
■明治、大正期に生み出されたアイデアは、形を変えて今も生き続けている。
■書籍に付与される「権利」の発生・移動経路を知れば、販売以外の利益も生み出せる。
■ゲーム、ドラマ、映画の着想も本からもたらされることが多く、本の派生商品は無数にある。


十三  システム・ソフト 『情報と付き合い、情報を作る仕事』
■企業のあらゆる活動、そして存在自体を「システム」という視点で観察してみよう。
■システム・エンジニア(SE)に最も大事なのは「ハート」で、知識や技術は思いを表現する道具。
■システムとソフトの関係は「全体と部分」の相互作用を活性化する、という視点で捉えよう。


十四  新聞社・通信社 『情報の流通経路を知ろう』
■「宅配制度」に支えられた世界有数の発行部数で、世論形成を支援する新聞の仕組みとは。
■新聞社が全ての情報を取るわけではなく、海外の重要ニュースは「通信社」に任せることも。
■記者の醍醐味である「読者に影響を与える仕事」を追求したいなら、専門紙や週刊誌もよい。


十五  テレビ局 『「時間の財布」をどう開かせるか』
■他のメディアと違って、唯一「無料」の情報を扱うメディアであることの意味と性質とは。
■「リアルタイム」の放送で発生する広告収入だけでなく、二次利用による販売収入も増加。
■八十年代半ばから、テレビ局の敵は「他局」に加え、「時間を使うあらゆるソフト」にまで広がった。


十六  IT  『情報の本質と情報認識の仕組み』
■「情報化」、「情報化社会」、「情報処理」、「情報の氾濫」と言う前に、「情報」を定義してみる。
■インターネットで使われた技術から見る、人間の変わらない「情報認識」のプロセスとは。
■ITとは、情報に速さ、多さ、遠さ、安さを与えて拡散を側面支援する伝送・交換技術の総称。
■表面的な発揮形態ではなく、もたらされた結果と本質的な効用から「IT」を捉えてみよう。
■中世の「活版印刷技術」の誕生・発展プロセスから考える、現代のITの問題とは何か。
■アナログ発想で創造した情報をデジタル技術で拡散させる範囲・時間・コストがネットの強み。


十七  通信  『情報の交通整理を行う「装置産業」』
■時間と努力を蓄積し、時間の経過に従って収益が増幅していく「装置産業」の仕組みとは。
■収益手段を「モノ」から「コト」へとシフトさせ、「回線収入」と「コンテンツ収入」の均衡を図る。
■交通と通信が文明を作り、時代を動かす。「情報の輸送と交換」のプロセスを観察してみよう。
■アナログが「持続的・蓄積的な表示」なら、デジタルは「離散的・可変的な表示」と考えよう。
■ロイター通信の創業の工夫から、「デジタル化」の歩みと着眼点を観察する。
■活字だけでなく、輸送可能なありとあらゆる対象を「デジタル化」する半導体の威力。




第五章 流通編

十八  商社・問屋  『リスクと時差を商品に』
■「そうは問屋が卸さない」から見える、問屋の業務の本質と現代的性格とは。
■問屋がリスクを負担し、本業への集中を促して価格決定権を分散させるため、物価が下がる。
■川上と川下の間にできる商品の集積は、「情報の集積」でもあり、情報こそ最高の商品である。
■生産者にはより早いキャッシュイン、販売者にはより遅いキャッシュアウトを叶える金融業務。
■国際貿易では、輸出国と輸入国の間で商社・銀行が、L/C、B/Lを用いて為替決済を行う。
■商社が行う全ての仕事のチャンスと感動は、全て「貸借対照表」の資産欄の中に存在する。


十九  流通・小売り  『価値と価格のどちらを売るか』
■小売業とメーカーは「表裏一体」の関係にあり、消費者に提供する付加価値をともに生み出す。
■「インフラ」になるか、「サービス」をするか。「ハコでモノを売る」を超えた発想のきっかけとは。
■消費者が情報を持つほど、要求される品質と選択肢は多様化し、業界の総合力が試される。
■店舗を「売り場」と考えるか、「買い場」と考えるかで、営業努力と結果に差が生まれてくる。
■最先端技術と全国ネットワークに支えられたハイテク専用機器も、あくまで戦略補助ツール。
■「ぱなし」を追放し、社員や顧客とのコミュニケーションを高めることこそ、地味で確実な対策。


二十  不動産  『お金と土地・建物を自分の分身に』
■資産形成と資産運用の「王道」である不動産業。その最大の武器である「資産収入」とは。
■「貸すこと」で儲ける…「賃貸・サブリース業務」
■「売り買い」で儲ける…「売買業務」
■「取り次ぎ(商社機能)」で儲ける…「仲介業務」
■「見守ること」で儲ける…「管理業務」
■資産価値を高めて、投資効率を上げる「プロパティ・マネジメント(アセット・マネジメント)」の視点。
■都市開発や宅地造成、商業施設開発・再開発を行う「ディベロッパー業務」の魅力とは。
■資産運用手段として徐々に定着してきた「不動産投資信託(REIT)」の仕組みと魅力とは。


二十一  海上輸送・航空輸送  『現代に生きる「兵站」の発想』
■現代の物流を支える「兵站」の発想から、資源・人・情報・資金の移動を考えてみよう。
■用途に応じて船ごと変わる多種多様な海上輸送サービスは、国家経済の基幹インフラ。
■海上・航空輸送の総合力を支える「フォワーダー業務」は、物流のスタートとゴールを作る。


二十二  陸上輸送・倉庫  『設置と回転で付加価値を生み出せ』
■「モノ」が動いている間だけではなく、起点から到着地までの全ての業務を「輸送」と考えよう。
■次々に先進的な技術やシステムを取り入れ、自社の業務を最適化する陸上輸送業界の魅力。
■「倉庫業」の仕組みは他業種にも当てはまる。トラックではなく、情報とお金を渋滞させよう。


二十三  書店・出版販売会社 『「シャワー効果」で社会を活性化』
■書店は百貨店や町の重要コンテンツであり、他店舗にまで波及する顧客の回遊性を生む。
■書店の開業から仕入れ、品揃え、在庫管理、販売、社員教育までを手掛ける「出版販売会社」。
■中規模店舗の経営課題は、本質的な問題ではない。柔軟な発想で先駆的なアイデアを。




第六章 サービス編

二十四  学習塾・予備校・語学学校  『思考の規制緩和を推進』
■わが国の伝統的な民間教育機関がもたらしてきた「本当の教育」の結果から教育を考える。
■民間教育が守り、公教育が忘れかけている「教育の基本的ルール」とは何か。
■学校法人の認可と減税措置がない代わりに、自由な教育を創造できる点が最大のメリット。


二十五  冠婚葬祭  『通過儀礼をプロデュース』
■「冠・婚・葬・祭」には歴史的な裏付けと正確な意味があるが、現代では「婚」と「葬」が事業化。
■婚礼と葬儀は、その実施環境と突発性から、「保険的手法」によって資金的裏付けを確保する。
■少子化と情報入手手段の多様化で、「オーダーメード」で行う婚礼・葬儀も増加。


二十六  旅行代理店  『憧れの業界、そのルーツは平安時代に』
■現代の我々が「当たり前」のものと受け止め、何の疑問も感じない慣習に「旅行のルーツ」が。
■既存の空間に「テーマ」という光を当ててコースを抽出し、「旅行商品」になる企画を生み出す。
■他業種と同様、旅行代理業でも「製造」と「販売」を分け、「OEM」で適材適所の経営を行う。


二十七  ホテル・テーマパーク  『付加価値の高速回転』
■名称は「ホテル」でも、利用目的や保有機能によって、収益構造や狙いは大きく異なる業界。
■地上施設や物理的な商品だけでなく、会計的な収益構造や時間運用形態から考えよう。
■「時間の消費」に付加価値を生み出すことができれば、「お金の消費」もついてくる。



二十八 外食・娯楽  『時間を演出し、友達を作る仕事』
■誰もが知る最もメジャーな業界だが、「利用する」のと「経営する」のでは見え方が全く違う。
■娯楽にも、社会に必要なサービスから、あまり発展しないほうが良いサービスまで色々ある。


あとがき
次巻で扱う業種
参考図書一覧
発刊に寄せて(mai place 代表 大月舞)
CD教材について

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今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門58位、就職・アルバイト部門29位です。

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◆今日の一言
No.430(07/4/23)
『モノが豊かになったことと、心が貧しくなったことは、関係がない』





デビュー作『イマドキの若いモンは 会社の宝だ!』を脱稿し、最近は二作目の『初心者のための 激辛!韓国語塾』と三作目の『時代錯誤の「就職ごっこ」』の執筆に取り組んでいます。


執筆に当たり、今まで作ってきたレジュメや資料、メモを整理し、論点をまとめながら、関連図書を読みふけり、ここ2日はメルマガをお休みしていました。


『時代錯誤の「就職ごっこ」』は、FUNで毎年人気の「マネー塾」を大幅に加筆・修正して、若者の就職事情の観察も含めて綴る作品です。



若者の職業観の阻害要因となっている社会主義的価値観について、週末もまた文献を購入して読み漁り、「お金は悪い」という偏見がいかにして日本社会に根付いたのか、日本人の書いた本を読んでみました。


何事も先入観や憶測で断じたくはないので、賛同も批判も正確な資料を読んでから、という姿勢を保ちたいと思っています。


そんな理由から週末に読んだのは、「社会主義真髄」(岩波文庫)です。大逆事件で逮捕・処刑された幸徳秋水の著作で、資本家や経営者に対する怨嗟に満ちた過激な表現に、ページを開くごとに驚きを隠せませんでした。



さて、現代の日本人を含め、戦後の日本人の精神的衰弱ぶりを表すのに、よく用いられる言葉があります。


「モノが豊かになって、心が貧しくなった」と。


気に留めずに聞き流せば、さももっともらしく聞こえる言葉です。


しかし、よく考えれば何の関係もない二つの事実を勝手に結びつけただけの、支離滅裂、意味不明な言葉です。



「モノが豊かになった」とは、戦前の社会や戦時中、あるいは敗戦直後の極度の物資欠乏時代と比較した戦後の経済社会を描写した言葉でしょう。


なるほど。


物資の充実度から言えば、戦前と戦後では全く別の国になってしまったといえるほど、全てが溢れ、満ち足りすぎた社会になったのは間違いありません。



「心が貧しくなった」とは、昔は全ての物資に希少性があったため、誰もが一つ一つの機械や道具を大事にし、ちょっと壊れたくらいで捨てたりせず、何度も修理し、古くなっても文句を言わずに使ったものだ、という時代の精神を失ったと言っているのでしょう。


国民の精神が貧弱になる現象は、拝金、拝物を善とする資本主義社会の代償だ…と言わんばかりの意見です。


しかし、「モノが溢れて、心は貧しく」というのは、やはりどう考えても成り立たない理屈です。



試みに考えてみたいのですが、ならば、モノが欠乏していた方が、人の心は豊かさを保ちやすくなるのでしょうか。


物資や給料が不足していたほうが、人々は資源を分かち合い、自分の身の程に満足し、多くを求めようともせず、今あるものを大切に使おうとするのでしょうか。


どう考えても、そんなことはありえないでしょう。



百道浜にある福岡市総合図書館の2階の奥には、「新聞の縮刷版」が置いてあり、明治時代からの新聞をそのままの文字、レイアウトで閲覧することができます。


時代考証や事実確認のため、僕は昔からよく利用するコーナーです。


そこで終戦直後の新聞を読んでみれば、米を強奪しようとしてある家族を殺害したり、自転車を盗もうと販売店の店主を殺害したり、現代の不良が青ざめるほど凶悪な少年強盗団の犯行が行われたりと、殺伐とした世相の一面を窺うことができます。



戦後、食糧や物資が溢れたため、ありがたみを感じにくくなったことはあるにしても、現代の我々が「そんなモノのために、人を殺し、傷つけるのか?」と驚くほど悲劇的な事件が、終戦直後は今よりもっと頻繁に起こっていたことは、縮刷版を見る限り、間違いのない事実だと分かります。


「モノが豊かになればありがたみを失いやすくなるが、モノが欠乏している方が、人々の心は荒んでくる」。


こう考えた方が、人間心理や社会情勢をより現実的に把握できるとはいえないでしょうか。



僕はマレーシアで働いた経験がありますが、そこでは日本では数百円で買えるようなモノを、学校に行けない子供たちが盗んでいました。


東南アジアは「盗難アジア」と揶揄されるほどでした。


しかし、旅行でこの地を訪れた日本人は、お決まりのように「生活は辛くても、子供たちの目は輝いていた」という感想をもらします。まったく、アホな所感というほかありません。



それは自分が「客」だからで、僕の場合は、一緒に働き、生活してみれば、外国人と暮らすのが日本人にとっていかにストレスを伴うか、予想を超えるものがありました。


相手がカネを払ってくれる「客」なら、それが日本人であろうとアフリカ人であろうとインド人であろうと、大事にするに決まっているではありませんか。


また、売る側がタイ人であろうとフィリピン人であろうとインドネシア人であろうと、笑顔で売るに決まっているではありませんか。


観光や留学といったリスクの伴わない動機で訪れた国で買い物をし、観光地を訪れて、「○○国の人は、みな言い人だった」と述懐するのは、まったく意味不明の感想です。



僕の場合でいえば、小さいとはいえ日本の建材商社相手に売り込み、他を押しのけてでも契約を結ぼうとする中国系、インド系、マレー系の争いはすさまじいもので、お互いに民族差別とも言えるような罵詈雑言を浴びせあい、「やれやれ」と思うこともありました。


「インド人は自分勝手な理屈を並べ立て、人の話を聞かない」。
「中国人は傲慢で相手を尊重せず、カネのことしか考えていない」。
「マレー人は怠け者で約束を守らず、仕事では当てにできない」。


各民族は異民族に対してそのような評価を下していましたが、それぞれ一理あるかもしれないなと、営業を受けながら感じたものです。



また、「日本人はお人よしで信用できるが、消極的で話が退屈だ」といった評判も、同時に理解できるものだと感じました。


マレー人と同じ家で一年暮らした感想としては、優しさや異文化の面白さを経験できたのとは別に、彼らの怠慢ぶり、約束のルーズさ、金銭感覚の貧しさには、何度驚いたことか分かりません。


「モノが貧しければ、心も堕落する」。それが海外勤務を終えての素直な実感でした。





孟子が「恒産なくして恒心なし」(安定した経済力が伴わないと安定した精神は保てない)と言ったように、やはり、モノが欠乏すると人々の心は安定を失い、心理的にも荒廃しやすくなって犯罪が起きやすくなるというのは、時代や民族を問わない事実だと考えられます。


それは、マレー人が劣っているからではなく、フィリピン人が無教育の民族だからでもありません。


ある経済状態におかれれば、どの民族でもそうなる可能性を秘めている、というだけのことです。



こう考えてくると、「心が貧しくなる」という結果を導くのに、「モノが豊かになる」という原因だけは、どうしても当てはまらないと思えてきます。


それを「モノが豊かになって、心は貧しくなった」と言い、考えて、全く疑おうとしない現代日本人の頭脳構造というのは、一体どういう理屈に基づいているのか、ますます興味が湧いてきます。


多くを持ち、欲しかったものを手に入れやすくなったことで、対象に対する希少性や残存価値を認めにくくなるのは、個人の資質の反映に過ぎず、モノを大切にする人は時代背景や経済力に関わらずそうする、と考えた方が適切とはいえないでしょうか。



昔の人がモノを大切にしたのは、それが一つしかなかったからです。


確かに、江戸や明治の教育の影響があって、モノを大事にしようという動機付けが僕たちの時代よりも強かったことはあるでしょう。


しかし、一つしかないモノを大切にするのは、人間の意思の表れと言う以前に、物的強制の成果だとも考えられます。



一つしかないなら、それを失わないような工夫、長持ちするような工夫は誰もが考えることでしょう。


例えば、イマドキの女子高生だって、一つしか持てず割合高価な「携帯電話」にシールを貼ったり、飾りをつけたりして、いかにそれを大事にしているかを表現しています。


電池がなくなれば、すぐに機種ごと買い換えるのではなく、まず電池パックだけを取り替えたり、修理に出したり、色々な工夫をするものです。



しかし、あと20~30年もすれば、携帯電話もまた「ありふれすぎたモノ」になり、もしかしたら「使い捨て」になっているかもしれません。


今の女子高生たちも、その頃は確実に「おばさん」になっており、携帯電話を湯水のごとく使いまくる未来の女子高生、女子大生を見て、「あたしらの頃はね、ケータイにシールを貼ったり、修理したりして大事したもんだよ!」と文句の一つも言うかもしれません。


紙、鉛筆、食糧、テレビ、カメラ、携帯電話…。時代の象徴は移り変わっても、そこに働く経済原理は変わりません。



廉価で大量生産が可能になれば、人々はそれに応じた使い方を勝手に考えるもので、高いモノ、貴重なモノを無駄にする人は、現代でも少ないものです。


モノの使い方には「所有」と「利用(消耗)」の二種類があり、表面的な使い方が変わったからといって、別にそれは「大切にしていない」ということではありません。


「所有せねば享受できなかった効用が、経費を払うだけで享受できるようになる」。


これこそ「資源節約」の成果であり、よくよく会計的構造を考えてみれば、「モノを無駄にしている」と思える現象の方が、かえって実質的には「モノを大切にしている」であることも多いものです。



鉄でしか作れなかったモノが、プラスチックで作れるようになる。

大量のエネルギーを要していた過程が、省エネで実現できるようになる。


1万円かかっていたものが、100円で買えるようになる。

5時間かかっていたことが、1時間で済むようになる。

大変だった作業が、楽で簡素になる。



こういった現象は、別に「モノを大切にしない」という心の表れではありません。


むしろ、大事なものだからこそ人々がこぞって求めるようになり、資源や工程が節約されて価格が下がり、廉価で普及し、購入も利用も楽で簡単になった、と考えた方が合理的です。


手に入れにくかったモノが、生産性向上や所得工場で手に入れやすくなる。それが「経済成長」です。


そんなに「心の豊かさ」が欲しいなら、じゃあ、物資欠乏、教育不均衡、所得低下の時代に逆戻りしたいかと言われて、素直に「はい」と答える人は、まずいないでしょう。



見かけは確かに「大事にしていない」と見え、お年寄りの方は「粗末にしている」と感じるかもしれませんが、物資の経済的な優先度、価値は時代に応じて変化するものです。


とりあえずは、「携帯電話欲しさに、販売員を殺害」、「パソコン欲しさに、少年強盗団が暗躍」、「iPodを奪おうとして家電販売店を破壊」などという事件が起こらないことは、喜ぶべきではないでしょうか。


むろん、まだ修理すれば長く使えるものをすぐに捨ててしまうのはもったいないことで、これに応じた教育は別途必要です。しかし、大事にしないからといって、それをすぐさま「モノが豊かになったからだ」という原因に帰すのは、短絡的な解釈と言うほかありません。



モノが不足している時の心の貧しさと、モノが溢れている時の心の貧しさを同列で論じるのは、前提から考えて無理な行為です。


どちらもそれ相応の問題を抱えていますが、単純に「モノ」のせいにするのではなく、経済合理性や教育について考えるほうが適切で、世間で言い馴らされている意見をそのまま受け入れるのは、現実を見誤ることにもつながりかねません。


長く同じようなことを聞いていると、考えもせずに「そうだ」と思わされ、思考がマヒしたまま賛同してしまうものですが、時には立ち止まって、自分の頭でしっかりと考えてみるのも大切ですね。



就活でも、自分の頭でよく考えることもせずに、世間で言い古されていることを自分の意見であるかのように話す学生もいますが、「自分の言葉」で語りたいなら、日頃からよく考える習慣を付けるのが大事です。


学生の意見はほとんどが群集心理の焼き直しで、「個性的」といってもただ奇抜、新奇なだけ、という場合も多いようですから、本当の個性が欲しければ孤独に耐え、じっくり考える習慣を育てましょう。


「誰でも大学に行けるようになって、学生は愚かになった」などと言われては、皆さんもたまったものではないでしょう。それを「違う!僕は○○がしたいから、大学に来たんだ」と言えればいいのです。



おじさん、おじいちゃんの世代には、我々若者世代の姿はかなり貧弱に映っているようですから、その偏見を打破するためにも、書籍やメルマガを通じて、「僕たちも頑張りますよ」という姿を伝えていきたいものです。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門49位、就職・アルバイト部門28位です。

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◆今日の一言
No.429(07/4/20)
『景気が悪いとは、儲からない原因ではなく、与えられた条件にすぎない』(藤田田)







僕がいつもお世話になっている「オンブック」さんのサイトの「近刊」コーナーに、タイトルを変えたデビュー作『イマドキの若いモンは 会社の宝だ!』が掲
載されました。


ご覧になりました?

http://www.onbook.jp/bookd.html?bid=0074


こういう本です。



当初は『若者が燃えた 仕事のとらえ方』だったのですが、これは素朴でまじめだということで、もっと「ん?」と思って手に取りたくなるタイトルにした方がいいと、これになりました。


実はこのタイトル、最初に自費出版で申し込んだ時に付けた仮タイトルだったのです。それが、内容をご検討いただいた結果、「一般書籍として全国販売できる本だ」との評価をいただき、こうなったわけです。オンブック様には、改めて感謝している次第です。


世に埋もれた作家を発掘してプロデュースし、いずれは歴史に埋もれた絶版の名作を復刻しようと活動しているプロデューサー集団「オンブック」さんを、皆様もぜひ応援していただけると嬉しいです。



「イマドキの若いモンは…こらえ性がない!」
「イマドキの若いモンは…やる気がない!」
「イマドキの若いモンは…仕事を何だと思っとるんだ!」


こう言うおっさんたちを見るたび、


「おまえに魅力と人望がないのを、勝手に責任転嫁するんじゃねえ」
「上司がまじめに働いてないから、若者もそれを真似するんだ」
「そう言うあんたらも、一体仕事を何だと思ってるんだ」


と感じてきました。



部下に投げつけている文句は、そのまま上司の頭の悪さに比例するわけですから、会社の文句を言っている大人は、「私はバカです」、「私は無能です」、「私は上司失格です」と毎日自ら告白しているようなものです。


本当にできる社長さんや上司は、いつも「僕はダメだけど、社員のおかげでなんとかやれている」、「商品より売上より、社員が私の自慢」、「あいつらとなら、何だってやれる」といつもニコニコ感謝しているものです。


2,000社以上を取材や営業で回り、数百人の若者に接してきて見えた「楽しく、成長できて、儲かる仕事のとらえ方」をまとめ、書籍化したのが僕のデビュー作です。発売日が決まったら本メルマガで予約を受け付けるので、ぜひ一冊お手元にどうぞ。



さて、毒舌ながら若者をいつも優しく見つめ、本の中でいつも「日本の若者には大きな可能性がある」、「日本の若者は個性的だ」と言い続けた経営者といえば、現代では松井証券の松井道夫さん、少し前なら日本マクドナルド創業者の藤田田(デンと発音して下さい)さんです。


マックといえば、多くの若者は「エビちゃん」を連想するでしょうが、こと時代錯誤な企業取材サークルFUNでは、「藤田田!」という名前を連想する学生さんも多くいます。


絶版の伝説的ロングセラー『ユダヤの商法』はFUNの人気作だし、FUNの学生さんの中には、田さんの作品を全巻揃えようと、日夜ブックオフに通い続けたQ大のM君のような学生さんもいるくらいです。



田さんの作品は「お金儲けの古典」とされ、全部で七作品あります。

①「ユダヤの商法」
②「頭の悪い奴は損をする」
③「天下取りの商法」
④「金持ちラッパの吹き方」
⑤「超常識のマネー戦略」
⑥「勝てば官軍」
⑦「起業戦争の極意」


ですよね。現代の経済学のさらに上をいく鋭い洞察力に、各ページ、いつも新鮮な驚きがあります。



このうち、特にブックオフでも見つかりやすく、学生さんが扉ページを開いて、思わず書店で立ち止まってしまう本といえば、③の「天下取りの商法」です。


表紙を開くと、右側には、以下のような紹介文があります。


お手元にお持ちの方は、ぜひご覧になってみて下さい。前文、引用してみます。



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『天下取りの商法』(KKベストセラーズ/1983年)扉ページより

「景気が悪い」という言葉は口にするな


 世の中には、ふたこと目には「景気が悪い」という人がいる。商売がうまくいかないと、自分の頭の悪いことは棚にあげて、景気の悪いせいにして、責任をすりかえてしまう。これはまちがっている。


 「景気が悪い」ということは、儲からない原因ではなく、与えられた条件にすぎないのだ。与えられた「環境」といってもいい。


 そういった条件のもとで、あるいは環境の中で、どうしたら儲かるかを考えていかなければならない。景気が悪いという環境を変えていくのは総理大臣の仕事であって、われわれの仕事ではない。


 自分が怠慢で、サボっていて、頭が悪いことを、すべて景気が悪いことになすりつけているようでは、絶対に儲からない。こういう人は、景気がいいときでも儲からない人である。


 事実、景気のいいときでも、儲かっていない人はごまんといる。逆に、景気が悪いときでも儲かっている人はたくさんいるのだ。そこを考えなければならない。


 「景気が悪い」ということは、いってはならない。景気が悪いことと、儲からないことは、まったく関係がないからだ。
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もう、20年ほど前で、本書を手に取る学生さんたちが生まれる少し前に書かれた文章です。この文章を見て、「自分は日頃、どれだけ失敗を責任転嫁していることか」と思い、買う人も多いようです。FUNを卒業した歴代の先輩たちからも、特に人気のある部分です。


大学という空間は、一見、開放的に見えて、実は均質な世代と単調なスケジュールの中で成り立つ時間を過ごしているため、案外、その場で語られる情報が「真実」だと錯覚してしまう、狭い言語空間でもあります。


大学という狭い空間の中では「文学部だから就職に不利」とか、「地方の大学だから就職に不利」とか、ちょっと前なら「不景気だから就職は厳しい」といったガセネタが、さも真実のように語られたものです。



試みに、田さんの序文を「就活」に置き換えてみましょう。


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『天下取りの就活』

「就活は大変」という言葉は口にするな


 世の中には、ふたこと目には「就活は大変」という学生がいる。選考がうまくいかないと、自分の頭の悪いことは棚にあげて、就活が大変であるせいにして、責任をすりかえてしまう。これはまちがっている。


 「就活が大変」ということは、内定できない原因ではなく、与えられた条件にすぎないのだ。与えられた「環境」といってもいい。


 そういった条件のもとで、あるいは環境の中で、どうしたら通用するかを考えていかなければならない。売上が悪いという環境を変えていくのは経営者の仕事であって、学生の仕事ではない。


 自分が怠慢で、サボっていて、頭が悪いことを、すべて就活が大変なことになすりつけているようでは、絶対に内定できない。こういう人は、景気がいいときでも内定できない人である。


 事実、景気のいいときでも、内定できない人はごまんといる。逆に、景気が悪いときでも内定できる人はたくさんいるのだ。そこを考えなければならない。


 「就活が大変」ということは、いってはならない。就活が大変なことと、内定できないことは、まったく関係がないからだ。
-------------------------------------------------------



いかがでしょうか。


こういう考え方を持ってほしいと、僕は2003年によく福岡女子大学や西南学院大学で行ったミニ講演会では、「不景気だから就職が厳しいというのは、全く関係がない」とよく話していました。


「国文学科だから、事務職」、「社会福祉学科だから、民間は厳しい」、「留学経験がないから、不利だ」、「資格がないから、話題がない」というのも、「原因」と「条件」を取り違えた不幸な思考の結果です。


センター試験を突破したような秀才たちが、なぜ、どう考えても全く関係がない事実を勝手に結びつけて「だから私は内定できない」と考えているのか、僕のような中退野郎には全く理解できませんでした。



なぜこういう、支離滅裂、荒唐無稽な思考と発言を行うか、その理由を考えれば、大学という環境では、そういう虚偽情報がさも真実のように語られ、反復的に頭脳に注入されるからでしょう。


思考を放棄し、噂に頼り、自分の判断よりも人の判断を優先するようになれば、入試を突破できた学力を持つ頭脳でさえ、「ガセネタ」を「情報」と勘違いし、小さな嘘にビクビクし、右往左往するようになってしまうのです。


まさに、織田信長が言った「臆する者には小敵も大軍なり」で、頭脳の根底に「就活は大変」という前提を受け入れた学生は、それに合致する情報ばかりを蓄積させ、最後は自分の頭に搾取されて暗くなっていくばかり。



外部の情報を頭脳にいかに速く付着させ、意見として構築するかも「頭の良さ」の尺度でしょうが、そもそも、その情報が「いいか悪いか」を見抜くのが本当の頭の良さです。


悪い情報を素早く付着させるなら、頭がいいほど最後は愚かになっていくということで、そういう点では、暗い人は、どこかで大きな過ちを犯してしまったというほかありません。


例えば、田さんなら、「景気が悪い」と「儲からない」という事実を見極め、そこには何の関係もない、という意見を持って物を見ています。


「儲かる」ことは「どう考えるか」の問題であって、外部環境とは関係がないことを指摘しています。



皆さんは「就活」や「内定」を、何と関連付け、何と関連付けていないでしょうか。


おそらく、関連付けている要素をスケジュールに入れて優先しているだろうし、関連付けていない要素は除外、軽視して、大して重きを置いてはいないでしょう。


しかし、慌しさの中で成長の実感や選考の手応えがなく、体は毎日クタクタになるのに、それを上回る達成感や満足感がないという場合は、大前提の部分で、関連付けに間違いを犯しているのかもしれません。



つまり、「どうでもいいことは全力でたくさんやっているけど、肝心なことは、何一つやっていない」。


自転車を精一杯こいでいる。表情も必死で、汗も流れています。ですが、足元を見てみると、なんと、チェーンが外れていた…。


だから、「頑張っているのに、手応えがなく、結果が出ない」。



江藤淳さんは、「一九四六年憲法 その拘束」(文藝春秋)で「ごっこの世界が終ったとき」という名エッセイを書き、その中で「国家ごっこ」にいそしむ戦後日本人の努力を描き、「ごっこ」とは、「現実から一目盛りずらされた世界」だと断じています。


国家が直面している現実や課題をごまかし、目の前に勝手に大問題の虚像を打ち出して、それに向かって頑張っているうちに、何が正しいのかが分からなくなって、しまいには「吐き気」が訪れる…。


これに実に近いのが若者の就職活動なので、2003年はよく、学生さんに「君たちのやっているのは、就活じゃなくて、就活ごっこだ」と言っていました。頑張り方を間違えているのが、かわいそうだと思ったからです。



こういう状態に陥ると、人間は、プライドが高い人ほど、「自分以外のもの」とその結果を関連付け、認識の整合化を図ろうと逃避行動に走りやすくなります。



「頑張ったら、頑張った分だけ報われる」。


そういう美談は、相手がいない受験や貯金のような努力でのみ成り立つのであって、相手がいる就活や営業、起業では全く通用しない甘えた考え方です。



世の中には、「報われない努力」もたくさんあります。


FUNでトップクラスの人気を誇る『人生を変える80対20の法則』(リチャード・コッチ/TBSブリタニカ)では、「世の中に存在する不均衡」を数学的、科学的に証明しており、「少ない努力で、大きな成果を得る着眼点」を説いています。



「報われない努力」とは何か。それは、「前提を履き違えた努力」です。


受からない学生に限って、「就活」をエントリー、書類選考、SPI、面接の連続的集合体だと勘違いしているものです。ですが、そんなのは「手続き」に過ぎず、それが「活動」だとは、勘違いも甚だしい認識錯誤です。


「活動」とは、成長が伴う計画的行動を意味する言葉であって、活動の成果を記録・表現する筆記試験やエントリーシート、面接など、「活動」ではなく、「活動の成果を判定する手続き」に過ぎません。



できない学生に「就活って何?」と聞いてみて下さい。たぶん、SPIとか面接という言葉が返ってくるでしょう。ついでに「読書してますか?」と聞いてみて下さい。「忙しくてできない」とか言うでしょう。


それから、できる学生に「就活って何?」と聞いてみて下さい。「夢に向かってやる最初の努力」とか「人生初の仕事」という言葉が返ってくるでしょう。「読書してますか?」と聞けば、「移動時間に読むようにしている」と言うでしょう。


だって、それが「活動」だからです。



できない人は根本から誤っているがゆえに、いくら頑張っても、成功は訪れないのです。



後になるほど必死になるのは、就活が大変だからなのではなく、考え方が間違っているからです。頑張ること自体は否定しませんが、正しい努力は、後になるほど楽になって結果が出るもの。やるほどきつくなるなら、最初からサボっていただけのことでしょう。


ゆえに、「就活が大変=内定できない」は、明らかに間違いです。その証拠に、FUNの学生は皆、就活が進むほど「面接が待ちきれない」、「今度は○○業界だ!」とニコニコしています。



活動とは、人格や知性を高める集合的努力であって、選考自体で成長するわけではありません。20社エントリーして、汗をかきますか?SPIで泣きますか?こう考えれば、それは活動ではなく、手続きだと分かるでしょう。


それが、「手続き」を「活動」だと勘違いした結果、途方もない無駄な努力に熱中し、最後は暗くなって失業式を迎えてしまう…。なぜ、不等式とか方程式が解けるのに、こんなに当たり前で簡単なことが分からないのか…。


これでは若者があまりにかわいそうなので、2003年はどこの講演会でも、「就活=エントリー、筆記、エントリーシート、面接ってのは間違いだ!」と言っていたのが懐かしいです。


「この人、頭おかしいんじゃないか?」という顔をされたものですが、自分たちの方が頭がおかしいと分かった人たちは皆、入部しました。「本当の成長をしたい」と考えてくれたからです。



目標がない人間は、計画を持てません。計画がなければ、正しく力を発揮することができません。


そういう人は、いつも場当たり的、衝動的に行動し、目の前の虚像や友達の噂がいつも真実だと勘違いして、バタバタ動いて、結局は何も達成しない、となってしまいます。


先輩が「これだけは大事」だと言っても、「どうせ自分は大丈夫」とか「でも、まだ時間はある」と軽視し、最後は普通の「当たり前」が難しくなって、自分で自分を追い詰めていきます。



しかも、この期に及んで「気分転換」とか「第二新卒」だというから、いかに心の深い部分で歪んだ傲慢さを持っているか、よく分かるというものです。


逃げた人に、あとからもっといいチャンスが来るなんてことは、現実的にありえないことです。


「関連付け」を誤るとは、実に恐ろしいことです。素直じゃない人には、それ相応の報いが後で、一括払いで押し付けられるのが世の中です。



全ての苦労は、自分が自分に対して行う復讐なのですから、それを先送りしたところで、どうせ自分で全てを支払わなければならないのは自明の理です。


よって、逃げるのは、「もっときつくなりたい!」と言っているのと同じです。「気分転換」とか言って現実逃避している人は、よっぽどM体質なんだろうなと思います。



「就活が大変」。
「選考が厳しい」。
「内定がもらえない」。


いいではありませんか。それが「私の現実」なのです。「今のままの自分ではだめだ」とは、誰もが就活中で感じることです。


ただ、それを「いつそう感じるか」が違うだけです。訪れる現実や選考を受ける企業に違いがあるのではなく、危機感や当事者意識に時差や格差があるだけ。それが動かぬ事実です。



意識が高い人は、早いうちに打ちのめされているでしょう。


例えばFUNなら、1年か2年のうちに「学生時代は極寒の冬だ」、「学生時代は時間があるなんて言っている人は、卒業だけが目標の人間だ」、「今しか遊べないなんて言う社会人は無能だ」という言葉を何度も聞いているものです。


そして、企業取材で早いうちから経営者やトップ営業マンに会い、「君たちは絶対にできる!学生時代は、しっかり勉強しておきなさい」という言葉を、身を持って味わっているものです。


それから、「君たちは間に合う」、「君ならできる」、「君がいてよかった」という言葉を集中的に聞き、いつしか心かそう思うようになって、本当にそうなるのです。



誤った職業観のもとに、徒労が組織的、集合的に行われている現代の日本は、国家的損失を垂れ流しているに等しいので、僕はこのたび、本を出すことにしました。


お近くに就活で困っている人、仕事を辞めたいと言っている人がいたら、ぜひご紹介いただければと思います。僕は「日本の未来は、大丈夫」だと、FUNや創業で確信しました。その確信の記録を発刊します。


また、田さんの本は、ブックオフの「新書」コーナーの「ワニの本」の棚に時々置いてありますから、ぜひ見つけたら読まれるといいですよ。「成功」と「自分」を関連づけるきっかけが手に入るでしょう。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門36位、就職・アルバイト部門21位です。

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