◆今日の一言
No.434(07/5/5)
『守文ハ草創ヨリ難シ』(貞観政要)






連休のたびに長崎から遊びに来る二人の甥(6歳、4歳)と一人の姪(2歳)は、会うたびに大きくなっていて、今日は昼からずっと遊んだのですが、子供の元気にクタクタになってしまいました。


「高い高い」を300回、肩車を1時間、とどめは大濠公園でサッカー1時間に砂場でトンネル3つ開通…。


ブックオフでは、仮面ライダーやガオレンジャーの絵本を買ってあげて、終日「遊び好きのおじちゃん」に徹した一日でした。それにしても、ジャングルジムで頭打って、ほんと、痛かった…。



さて、あと2日で連休も終わりだそうです。


今年は最長9連休ということで、365連休の僕には9日が長いかどうかは分かりませんが、9日という時間は、人生を変えるようなイベントを起こすことも可能な日数です。


ただ、良く変わるか、悪く変わるか、それだけが問題です。



連休を迎える前にしっかりとした決意を固め、具体的な計画を練って努力した方は、連休明けの選考が待ち遠しい思いでしょう。


逆に、やるぞやるぞと思いながら結局は何もしなかった人は、恐怖におののくか、あるいはとっくの昔に恐怖に飲み込まれ、意気消沈していることでしょう。


読者の皆様には、意欲あふれる状態で選考を待っておられる方が多いことを期待するばかりです。



しかし、連休明けになると、「就活で挫折した」などと言う学生が増えてくるのも事実です。


挫折や失敗、予想外のハプニングなどを延々と語り合う学生を見ると、そのあまりにヒマな様子に、「これじゃ、どれだけチャンスがあっても挫折以外できないだろうな」と思ってしまいます。


さらに理解できないのは、彼ら、彼女らが「挫折」と呼んでいる現象は、全く挫折などではない、ということです。



挫折とは、一体、どういうことなのか。


自分が味わっているものがもし挫折でなければ、今日からチャンスを掴むことも十分可能です。しかし、もし本質的に全く違うものを挫折だと誤解しているなら、矛盾に鈍感な未開人以外の何物でもありません。

ということで、ちょっと古い話を紹介してみましょう。



…「いいか、小島君。人生で成功したければ、20代のうちは、やると決めたことをやって寝ろ。失敗したければ、やると決めたことを延期して寝ろ」。


学生時代、一回の参加費が\3,000だった経営者の勉強会で、ある社長さんに聞いた言葉です。


学生の僕に\3,000はかなりの大金でしたが、経営の最前線で活躍する人たちが、僕のような世間知らずの若造にオーダーメイドの答えを返してくれる時間が貴重で、毎週欠かさず参加していたものでした。



■貞観政要
■宋名臣言行録
■論語
■孫子
■近思録
■十八史略


このような古典を毎週選び、あるべき指導者像や、各社の経営の課題とその解決策を語り合う勉強会は、大学のどんな授業よりもスリリングなものでした。


中国の古典は僕も大好きで、今でもよく読んでいますが、中でも僕は、政治や組織作りの要諦を扱った「貞観政要(じょうがんせいよう)」がお気に入りです。



本書の入門書としては、去年FUNゼミの「リーダー塾」でも紹介した『帝王学~貞観政要の読み方~』(山本七平/日経ビジネス人文庫)がよいでしょう。ちなみに、原典は徳間書店から発刊されています。


「まえがき」を開くと、貞観政要で最も有名な一言である言葉が出てきます。


皇帝・太宗が家臣の房玄齢に「草創ト守文、イズレガ難キヤ」(創業と守成ではどちらが難しいか)と聞くと、房玄齢は…



「守文ハ草創ヨリ難シ」と答えます。


今の言葉に直すと、「物事を維持・発展させることは、新しく何かを生み出すことよりも難しい」。


つまり、新たな創造よりも、出来上がったものを守り育てる方が大変だ、と言っているのです。



これは、一般的な通念とは異なる解釈のように思えます。


「創造が不得手」とされる私たち日本人は、とりわけ創業や新たなアイデアを重宝したがりますが、実は「今あるものを守る方が難しい」というのですから、どういうことかと気になってしまいます。


確かに何事も成功するのは大変だが、創業よりも大変なことは存在しないのではないか、と思う人もいるでしょう。



『帝王学』には、創業の苦労は「確かに大変だが、不足や困難が陽性で見えやすく、問題や意欲を共有しやすい」という特徴を持っていると説明されています。


一方、守成の苦労は「単調で課題が見えにくく、細やかな心配りと長期的な忍耐を要する」という陰性の特徴を持ち、ゆるやかに組織や個人を腐らせていくことが書かれています。


どちらも、それ相応の特徴を持っているわけですが、貞観政要では「守成の方が難しい」とされているわけです。



では、これを学生生活や就活に当てはめて考えてみましょう。


僕がFUNで5年近く学生さんと接してきた限りでは、サークルの見学時において、最も雄大な夢と積極性を持っているのは一年生です。


一年生の意欲や夢に触れ、「まだまだ世間を知らないね」という先輩もいるでしょうが、そういう人は既に夢を捨てただけで、要するに嫉妬しているだけです。



見学に来て入部する比率が少ないのは二年生で、毎年、就活のためだけに入った学生は辞めやすく、連休明けや内定後に入った学生は卒業まで続きます。


酒なし、遊びなし、コンパなし、休日の早朝から勉強、いくら取材をして記事を書いても単位も手当てもない、という完全実力主義、自己本位のサークルですから、こういうサークルに来る1年生は文句なく意識が高いです。


就活が終わってから入る4年生が最大のグループですが、こういう学生さんたちも具体的な成長意欲を持っています。



このように、いつ、どういう動機で入部したかは、その後の成長や活動への参加姿勢に如実に反映されるというのが、顧問として見てきた4年間の偽らざる感想です。


そして、5~7月という、一般的な学生が最も手を抜きやすい時期に入部した学生は、コツコツ参加して成長する傾向が強いように思えます。


別に、小さなサークルでの限られた経験から「現代学生気質」を論じようとは思いませんが、学生の行動を観察してきて、一つ断言できることがあると感じています。



それは…

「多くの学生は、逆境ではなく、順境で夢を裏切る」

ということです。



例えば、学生さんはよく、学生同士で「就活で現実を知ってへこんだ」、「お金がなくて留学を断念した」、「TOEICで英語力の不足を知って勉強に挫折した」と話します。


何を言わんとしているのか、まったくもって意味不明の思考回路です。


こういう思考習慣や言語感覚が、いかに異常で不可解なものであるか、当の学生さんだけは気付いていないかのようです。



本当に就活や留学、試験が自分の夢を挫いたのでしょうか。

そんなことはありません。

学生は、就活や入社といった出来事を「逆境」だと見なすこともありますが、実際にそれらが逆境であるはずがなく、自分のレベルの下落は、既に順境において完了していた、と考えるのが適切です。



就活や試験などの「逆境に見える状況」は、ただ自分の力不足を顕在化させるだけで、逆境が人を挫けさせるのではありません。


ましてや、逆境がその人から能力を奪ったり、その人の価値を下げるなどということは絶対にありません。


ですから、「逆境で挫折した」という種類の言葉遣いは、基本的な事実を誤認した倒錯心理に過ぎません。能力や知識の減少、下落、劣化は、とっくに終わっており、逆境はそれを自覚させるだけです。



つまり、人生の真実は、まず挫折が逆境に先立って起こり、確実に自分を蝕みながら、能力の棚卸しを迫られる試験や就活などの時期を迎えて、乗り越えられない自分を認めた時、「挫折した」と感じる、ということです。


そして、「夢を捨てた」とか、「へこんだ」と言う学生が大量に出現するわけです。


しかし、逆境で夢を捨てることやへこむことなどはありえず、正しくは、夢は逆境を迎えるよりもずっと昔に「捨てられていた」のであり、気持ちもはるか前にへこんでいたのです。



例えば、入試や試合など、「認識しやすい課題」がある時は夢を維持し、受験や練習に力を入れる人はたくさんいます。


つまり、予想に反して、実際には、人は逆境の渦中にある時の方が夢を捨てないわけです。


というより、自分が逆境だと自覚している範囲の中で、人はより具体的な努力を行う動機付けを自分に対して行いやすくなる、ということです。



ところが、見えやすい敵が去った後に自分の意志を強く保ち、やるべきことを前倒しでやれる人の、なんと少ないことか。


試練が去ると、若者はすぐに言い訳の天才になり、次々と「今はまだ頑張らなくていい理由」を作り出して、自分からどんどん夢を裏切っていきます。


例えば、受験勉強の本来の目的は「大学で勉強すること」であるはずですが、「有名大学に入れればそれでいい」などという意味不明な動機で勉強した学生は、入学した途端にサル化していきます。



入学当初、あるいは学年が上がった当初、つまり4月のうちは「頑張るぞ!」と思って、色々とやりたいことを描いていたのに、連休を経て本性が現れ、自分で自分の夢を叩き潰す学生も多いものです。


自分の時価総額は際限なく下落し、知性、精神力、体力も暴落して、しばらくして新たな敵に出会った時、自分の側に何も準備ができていないことに驚いて恐怖におののく学生は後を絶ちません。


「敵国外患無キ国ハ常ニ滅ブ」(孟子)とも言うように、張りを失った学生も「順境」の中で滅び、目覚めた時には、昔の夢に到底間に合わない老化した自分を発見するのです。



強制や命令といった外圧の中で頑張るのは誰でもできることで、そんなものは努力とは呼びません。


自ら定めた計画を遅滞なく、質を下げずにこなせてこそ、本当の努力だと言えます。


まさに「守文ハ草創ヨリ難シ」。



学生といえども、この鉄則から逃れることはできません。挫折はいつも、逆境ではなく順境のうちに進行し、逆境において自覚されるだけです。


就活で「へこんだぁ~」と言っている学生さん。本当に「就活で」へこんだのですか?「既にへこんでいた」の間違いではありませんか?事実をごまかすと後からもっと苦しくなるので、正確に見極めたいところですね。


あるいは、まだ自分は本当に挫折してはいないと感じるなら、友達の内定に嫉妬したり、同じ状態の学生と集まってお互いの不運を嘆いたりするのは、最大の時間の無駄ではありませんか?



アランの定義集(岩波文庫)には、恐怖の本質が書いてあります。


「恐怖の恐怖たるゆえんは、その人を完全に飲み込んでしまい、恐怖への自覚を奪ってしまうことだ」と。


つまり、「本当の恐怖とは、ちっとも怖くない」ということです。



先月までは「しなくちゃ大変」と思っていたことを、いつの間にかサボってしまい、気付けば「こんな生活だけはしたくない」と恐れていたのと全く同じ種類の生活の真っ只中にいる自分を発見した…。


このように、本当の恐怖はいつも優しく寛容で、「それくらい、別にさぼっていいじゃないか」とにこやかに語りかけてくるものです。


それに答えて「そっか、まだいいよね」と誘いに乗り続けるうちに、恐怖は確実にその人の可能性を食い尽くし、未来の希望を奪っていきます。



「授業出なきゃやばい」が「補講出なきゃやばい」に劣化し、「ノート借りなきゃやばい」が「単位取れなきゃやばい」に劣化し、「就職しなきゃやばい」が「卒業しなきゃやばい」に劣化していく…。


優しい恐怖に飲み込まれるほど、自分を自分らしく保つハードルは確実に一段ずつ下げられ、最後は、高校時代の自分でもできていたことさえできない「元本割れ人間」になってしまうことさえあります。


こういう人も、「学生」のうちは高い初任給を払って雇う「新卒」として扱わねばなりませんが、学生証を失えばただのプーなので、卒業を待って、安値で買い叩く派遣会社が続々と現れます。



このように、「昔怖かったことが、今はもう怖くない」という心理的変化は、本当に克服したという場合を除いては、人間的劣化現象の結果で、既に恐怖に飲み込まれ、痛覚を失った哀れな人間というほかありません。


事故や怪我で神経障害を持った人は、痛覚を失って普通の人が「痛い」と感じることが痛くなくなり、それだけ考えると「いいなあ」と思う人もいるかもしれませんが、自覚を失った本人の体は傷だらけになっていくそうです。


いくら周囲の人が「ケガしてるよ!」、「血が出てるよ!」、「そのままだと死ぬよ!」と言っても、本人だけには、全く危機感も回避への準備も生まれない…。



連休明けから「大学=人生最後のパラダイス」などと勘違いして自傷作業に熱中するような学生も、こういう人たちと何ら変わらないのではないかと思います。


「頑張れば得られた能力」、「昔頑張って身に付けた知識」、「去年は持っていた意欲」は、精神的出血で際限なく失われ、就活でそれに気付くわけです。


ほんと、同世代の狭い世界でまとまってしまい、そこで流通する情報だけが世の中の真実だと錯覚すると、大学も老人ホーム状態になるのだと感じます。


「怖い」という感覚を健全な範囲で残して生活や勉強、仕事に取り組むことは、自己管理の基本中の基本ではないでしょうか。



このような恐怖の本質から考えても、恐怖が恐怖だと自覚、理解できている創業期や逆境の方が、より「親切な環境」だとも言えます。


恐怖が恐怖の姿をしていない時にこそ、人は「守成」に失敗して挫折していくわけですから。


全ての勉強や仕事は「人生自体の本質的リスクマネジメント」の性格を持っているのですから、リスクを失った人間が腐敗していくのも、やむをえません。


その意味では、「五月病」なる意味不明な無気力現象は、物事の本質を考えようともせず、考える力もない知的、精神的未開人だけがかかる「自己責任の天罰」だと考えていいでしょう。



ということで、このように、まず順境で自ら夢を潰し、逆境で潰れ具合を再確認する学生も多いものです。


自ら先に潰れている人を、企業や採用担当者がへこませることなど、不可能です。


我々、採用側の経営者に言えることは、ケンシロウのように、「おまえはもう、へこんでいる」と教えてあげるくらいのことだけです。



「新しい学年にも慣れてきた」という心地になり、順境が始まるとされる連休明けこそ、大切な守成の時期が始まると心得、地道な成長を歓迎したいものですね。


逆境を嘆いていた学生さんも、長期的視点に立って今の意味を考えてみれば、勇気が湧いてくるのではないでしょうか。


「昨日内定していたら、今日の努力はできなかった」と考えれば、今味わっている逆境に感謝できる日がきっと来ますよ。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門59位、就職・アルバイト部門35位です。

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◆今日の一言
No.433(07/4/30)

『私には、what,where,when,who,why,howの六人の部下がいる』
(ヘンリー・フォード)


赤坂ベローチェはこの7年間、僕の「隠れオフィス」状態だったのですが、FUNでもここをよく利用してきたことから、ここ数ヶ月は、行けば必ず誰かがいるという状態です。


中でも、大月さんは学生さんの相談をここで行っていることもあり、ほぼ毎日のように見かけます。


最近は「3日で差が付く就活対策」が人気ということで、新しい学生さんを見かけることも。


3日の相談で不安が希望に、漠然とした期待が自信に変わるようで、相談に来る学生さんの表情も、どんどんにこやかになっていくのを、別の席で本を読む僕も見てきました。



「連休中にモチベーションが下がりそう」

「選考企業数がどんどん減って不安だ」

「秋採用に切り替えた方がいいんだろうか」

と思っている学生さんは、ぜひ相談してみるといいですよ。



さて、本メルマガでは数々の「お金の稼ぎ方」に関する本をご紹介してきましたが、特に起業や出版活動を通じてお金を稼ぎたい方には、別途要望を聞いて紹介している本があります。


これらの本を「マネー本」として紹介する人はいないのですが、普遍的な思想、哲学、人間心理を洞察した歴史的名著として、その当否はさておき、本気で人々を幸せにして成功したいなら、迷わずおすすめする本です。


少なくとも、僕が今、こうして週休5日のゆとりある生活を送れているのも、空き時間を投じて学生さんの応援や執筆活動を楽しんでいるのも、若い頃に歴史的名著を読んできた影響が大きいです。



そのうちのまず3冊とは…

①『藁のハンドル』(ヘンリー・フォード/祥伝社/\860)

②『国家と革命』(レーニン/岩波文庫/\480)

③『隷属への道』(ハイエク/春秋社/\3,000)

です。



他にも名著は多数ありますが、この3冊の共通点は、群集心理の性質と方向を見抜くのに非常に役立つということです。


①は「仕事」という営みを標準化して巨大なエネルギーを生み出した大実業家の本、②は、僕は内容には賛同できませんが、世界中のありとあらゆる貧乏人が持つ嫉妬や憎悪の本質を書いた本です。


③はレーニンが世界中にかけたマインドコントロールを打ち破り、人間性と国家経済の本質を説いた哲学書で、世界中の政治家や実業家が政府や企業といった組織の本質を知るのにも活用している本です。



FUNで一番内容が深く、自分という人間と極限まで向き合える勉強会といえば、やはり「近現代史勉強会」で、職業、社会、お金、人間など、人生を決定するあらゆる要因に対して洞察が及ぶ名著を取り扱っています。


時々「どんな部屋に住んでるんですか?」と聞かれますが、僕の部屋はいたって質素で、本と机とふとんしかありません。ちなみに、本は現在、2,500冊ほどを見えるところに置いています。


ここでテーマを決め、名著をリストアップして5、6冊じっくりと読みふけり、ノートにペンを走らせていくと、思索が熟して発想が湧き出し、アイデアが縦横無尽に広がっていくのが、何より楽しい時間です。



こういう書斎のような部屋に住んでいると、退屈そうに思われたりしますが、そんなことはありません。


それどころか「問い」次第で自分の部屋が何百通りにも模様替えできるような楽しさがあります。



フォードの創業者であるヘンリー・フォードが「問い」について持っていた考え方は、FUNの隠れ人気図書『大きく考えることの魔術』(ダビッド・J・シュワルツ/実務教育出版)にも書かれています。



学歴のないフォードに対し、優等生たちが次々と難解な質問をしていじめを楽しんでいました。


フォードは化学や物理、歴史、数学などむろん分かるはずもなく、「分からない」、「知らない」を連発し、そのたびに優等生たちは喜びます。


そこでフォードは一言。


「不勉強にしてその質問の答えは知らないが、その分野でアメリカ最高の人物となら、5分以内で連絡が取れる」。



つまり、フォードは「細かい勉強などは、優等生にやらせておけばいい。自分は事業を構想し、ビジョンを決定するのが仕事だから、大統領や各界最高の人物とのネットワークを作り、最高の人物の頭脳を活用すればよいのだ」という割り切った考え方をしていたのです。


いかにエリート大学を卒業した優等生であれ、アメリカ最高の人物を前にしてかなうはずもありませんから、いきなり黙り込んだとのこと。


この逸話は、3年ほど前に本メルマガでも紹介しました。「リーダーと従業員は頭の使い方と発想を及ぼす領域が根本的に違うのだ」と。



法律、経営、経済、商学、情報工学…こういう学問は「就職に有利」だといわれています。確かに、企業の中で行われている仕事と似通った内容を勉強していて、入社後に新たに学ぶリスクをいくらか軽減してくれそうなイメージはあります。


それに対して、文学、歴史学、芸術、スポーツなどは、いかにも仕事とは無関係なことばかりやっていそうで、「就職に不利」という偏見さえもたれています。


しかり。まさにその通りです。



文学、歴史学、芸術学こそは「リーダーの学問」であり、昔から中国、朝鮮、日本のみならず、世界各国でもそうだったように、組織のリーダーはいつも文学や歴史学を学び、人間性の本質を見つめました。


確かに「就職には不利」です。だって、リーダーは「就職させる側」だから。


就職させる側は人材を各部門で活用し、可能性を引き出すのが仕事だから、そういう人には法律や経営、経済学を教えておく必要があります。


「就職に有利」とは、そういう意味です。



法律も経営も経済もそれぞれ有意義な勉強ですが、文学部、歴史学部、社会福祉学部、芸術学部の方も、人間心理の奥底を見つめる勉強をしているのだと、自信を持ちましょう。


それに、僕なんて、東証一部上場企業に内定を連発するサークルの、よりによって「顧問」なんて役割をもう5年近く務めていますが、僕は最下位高校を卒業した大学中退野郎で、最終学歴は「天草自動車学校」ですよ。


SPIなんて一問も解けないし、中学の数学も解けません。僕は偏差値60なんて取ったこともない人間だし、そんなのより、週に60万円稼ぐほうがずっと簡単です。



僕はアイデアを考えて、仕事は優等生にやらせます。本当にみんなまじめで仕事が早く、有り難い限りです。そういう時は、やっぱり、九大とか早稲田、慶応を出た人は本当に頭がいいなと感じます。


僕には到底、会計士や弁護士になれる頭はなく、数百万円払ってそういう講座を受ける勇気もありません。


でも、分からないことがあれば、会計士や税理士、弁護士の頭に5万円払えば、いくつもの数百万円、数千万円規模のビジネスが生まれます。


僕は人の財産の計算には興味がありませんが、自分の将来の収益を作るのは好きです。会計学とは、そのように活用するものだと思っています。



良き問いと、それに答えられる人脈や学習環境を持っておけば、学歴なんて仕事や収入にほとんど関係ない、というのが20代を生きてきた率直な感想です。


僕は20代を通じてそういう環境を内外にクモの巣のように張り巡らせたので、今は、クモの巣に遊びに来てくれた人たちとのんびり楽しく、毎日を生きているだけです。


僕って、本当に正真正銘の怠け者だと思っています。



また、フォードの言葉としてユニークなものには、次のようなものもあります。


「私には、what,where,when,who,why,howの六人の部下がいる」。


この後は、「彼らに命令を発すれば、たちどころに最適な答えを運んできてくれる」と続きます。



人ではなく「問い」を部下とみなすなんて、これまた規格外のユニークな発想だとは思いませんか?皆さんは日頃、この「人件費無料で24時間活動してくれる有能な部下」たちを、どう活用しているでしょうか。


人生に良き夢やビジョンを持ち、良き仲間に囲まれ、優れた知識や情報を集めて正確な判断を下していく人は、最初から良い情報に恵まれているのではなく、良き問いを持って、それを外界に発した成果を手に入れているだけです。


明るい人や成功する人は問いが上手で、暗い人や失敗する人は、問いが下手。なのに、暗い人は問いを変えようとせず、ますます答えばかり探そうと焦るので、自らデフレスパイラルに突入していくのでしょう。



「間違っているのは、答え以前に問いだ」と気付いた学生さんは、みるみる明るくなって就活でも良い成績を出すし、その後の仕事も楽しんでいるものです。


僕がFUNで4年間、学生さんの成長を見てきた限りでは、やはり大月さんの問いの深さ、上手さは一頭地を抜くものだと感じています。


遠い未来に希望をともしつつ、日頃の仕事も着実にこなして、今では新聞や雑誌からも原稿を依頼されるほどの見識を手に入れた大月さんも、やはり「藁のハンドル」、「国家と革命」、「隷属への道」を以前読んで、「難しいけど面白い」と言っていました。



身内の宣伝ではありませんが、短期間でぐんぐん成長したいと思えば、このような先輩を相談相手に持ち、一生「5分で連絡が取れる関係」になっておくのは、非常に有意義なことだと思いますよ。


そういう人と直接会える関係になっておくのは、ゆくゆくは数百人の人と知り合うことにもなり、その玄関が「3日で差が付く就活対策」として開放されているのは、実に有り難いことです。


僕も学生時代から、「1回3,000円」というような異業種交流会にお金を払い、おにぎり1個とお茶で耐えながら、現場のトップから直接情報を手に入れ、思考の道具たる「実戦的知識」を購入してきました。



今、就活で悩んでいる学生さん、もっとチャンスが欲しい学生さん、一発逆転の行動計画を作って成果を手に入れたい学生さんは、ぜひ


から連絡を取ってみてはいかがでしょうか。



問いは誰もが平等に持つ優れた部下ですが、その活用方法をしっかりと考えている人は少ないものです。


日頃から、「3つの問いでこの会社の本質を知るには、どういう質問をすればよいか?」、「3つの問いで友達を助けるアイデアを練るには、どういう質問をすればよいか?」などと、問いの精度を高める練習をするのもいいでしょう。


問いが下手だと、お金、時間、エネルギーの際限ない無駄を招きます。問いがうまいのは、答えを出すのがうまいのよりもずっと価値があります。連休はゆっくりと、「人生を成功させるには?」と自問自答するのもよいでしょう。

http://maiplacehp.web.fc2.com/




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ただ今、教育・学校部門77位、就職・アルバイト部門39位です。

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No.432(07/4/27)
『できない営業マンは自分を特別だと言い、

できる営業マンは相手を特別にする』





昨日ご案内した「韓国語塾」に、早速10人以上から申込みが。学生時代にバイリンガル、トリリンガルを目指したい方がたくさんいて、心強い限りです。


また、僕の本にご注文をいただいた皆様、本当にありがとうございます。といっても、学生さんより、人事担当や営業担当の社会人の方の方が多いのが不思議なところです。


2,000社以上の営業、600社以上の取材を通じて見えた「できる人の仕事のとらえ方」をご説明しているので、学生の方も、社会人の方も、どうぞお楽しみに。採用はもちろん、営業研修にも役立ちます。



さて、3月末に開始して以来、数名の学生さんから「私も行きたい」という声をいただいてきた、毎週月曜の「トップセールス研究会」は、5月から学生さんも参加可能になります。


場所はオンワード福岡支店と西鉄グランドホテルの間にある「青年センター」で、5月7日(月)の第⑦回の発表担当は、営業成績が全国トップ10に入って表彰されたこともある、損保ジャパンのMさんです。


参加費は学生さんなら100円なので、就活で「あと一歩」の考え方を得たい方、内定後の先取りを目指したい方は、ぜひご参加下さい。申込は今日の号の始めにリンクがあるので、そちらからどうぞ。




さて、入社2年目を迎えたくらいの社会人の皆様から、「営業がきつい」、「成績が上がらない」というメールを頂くことがあります。


ということで、今日はFUNではいつも話している「できる営業マンの心得」のうち、相手との向き合い方について考えてみます。



まず、「できない営業マン」の特徴を挙げてみましょう。面接も同じですが、「すごいこと」をやる前に「タブー」を減らすのも大切ですからね。


できない営業マンは…


①「契約」が目標である
②営業とは「モノを売ること」だと考えている
③月末は新規開拓で忙しい
④自分で「安い」、「すごい」、「お得」と言う
⑤自社、商品、自分を「特別」と言う


という特徴があります。要するに、相手のことなど、これっぽっちも考えていないため、毎月、相も変わらず「お願いします!」と頭を下げまくっているわけです。



今日はこのうち、⑤の「特別なのは誰か」について考えてみましょう。


例えば、僕が経済誌の記者として見てきた幾多の会社の事例として、経営状態も良く、社員も仲が良く、取引先からも人気がある会社は、必ずと言っていいほど、社長さんが社員に対して「君たちは特別だ」と感謝していました。


また、取引先に対しても「○○さんとお取引できて幸せです」、「○○さんはわが社にとって特別なお客様です」という態度を習慣化させていました。



これは、後に独立してフリーターの再就職支援を行ってきた中で、保護者の方もまじえた面談を行う際でも、共通して見られた事例でした。


危機の察知が早く、復活も早い家族では、親が子供に「あなたは特別」と言い、子供も親に対して尊敬、感謝の念を持ち、「親は特別な存在」と考えていました。



一方、営業成績が悪い会社や内紛が絶えない会社、社員が定着しない会社や、親子の関係が悪い家族、子供が放蕩気味の家族では、こちらも必ずと言っていいほど、「自分は特別」、「なぜ相手は分かってくれないんだ」と考えていました。


「オレは社長の仕事をしているんだ。おまえらにオレの苦しみが分かってたまるか」と社長が言えば、社員は「現場を担当しているのは私たちだ。管理職に現場の苦労が分かるはずがない」と、お互い、自らを「特別扱い」していました。


子供が家にいることをもって「邪魔者」扱いし、自分の世間体を取り繕うために子供を追い出すことが「再就職」だと考えている親も、「親の気持ちなんて分かるはずもないから期待しないけど」と言い、子供も「世代が違う親なんて当てにしていない」と言います。



「分かってほしい」という気持ちは誰もが持つものですが、その前に、それは「分かってあげた」分だけ返ってくるものだ、ということを考えないといけません。


「特別なんだ」という思い入れを持つのは、それ自体結構なことですが、その対象を間違えては、悲劇的な結果を招くことがあります。



恋愛でも、「オレは特別」、「あたしは特別」と譲り合うことを知らないカップルは、ケンカばかりして、お互い、相手を説得し、屈服させようと張り合うものです。


一方、仲が良くいつもニコニコしているカップルは、お互いが相手を「特別な人」だと考え、そう言い、態度で示すものです。


恋愛の相談を受けることは、僕のキャラ上ほとんどありませんが、今まで何度か聞いてきたうちでは、「相手がどれだけかわいいか」、「相手がどれだけ大切か」、「相手がどれだけ可能性に満ちているか」、「相手のおかげでどれだけ人生が充実しているか」を話題にしたらいいよ、と言っています。



それは何も、好かれるためにそうするような打算的な言動ではありません。


相手の不満は自分の態度に由来するものであり、自分の幸せは相手の幸せによって決まるからには、自分を忘れるほど相手を特別にするのが大事です。


自分が「かわいい」と言われれば、女の子はどんどんかわいくなるでしょうし、

自分が「できる」と言われれば子供はどんどん頑張ってもっとできるようになるでしょうし、

自分が「特別だ」と言われた社員は、そう言ってくれる社長のために、もっと努力したいと感じるでしょう。



営業に限らず、コミュニケーションがうまくいく秘訣は、「自己PR」などというさもしい観点を捨て去って、相手を優しく根気良く見つめ(取材し)、相手が特別である点、その理由を発見して、それを語り、ともに実現させていくことです。


商品や話題は、自分がどれだけ相手を大切に思っているか、どれだけ相手の可能性に同意し、応援したいかを説明するための材料に過ぎません。


何度も本メルマガで書いてきたことですが、営業マンは「商品を売る」のではなく、「商品で売る」のです。商品を通じて、実現可能な相手の可能性や、相手を大切にする思い、つまり「相手がいかに特別であるか」を売り込むのが本当の仕事です。



ですから、トップ営業マンは、たとえ自分が「広告」を担当していても、広告の話だけをすることはありません。


「広告?カネがないから出せないよ」と言われれば…


ダメな営業マンは、「そっか」と退散します。要するに「カネがない」を断り文句だと考えているわけです。



冗談じゃない。


「カネがない」の一体どこが、どのように「断り」だと言うのでしょうか。


営業マンの仕事は、素直な観察眼をもって相手の課題を発見し、問題を解決して、お客様や相手を「特別な人」にすることです。



そんな特別な人が、「お金がない」と言っているのは、自分から問題を提示して、SOSを出しているのにほかなりません。「カネがない」は、断りどころか「あなたの商品が欲しい」というサインです。


お金がない理由は、もしかしたら時間が間延びする社風にあるかもしれないし、売掛金の回収の遅さにあるかもしれないし、人材が定着しない人事の問題にあるかもしれません。


営業マンは「病気と向き合う前に、体を治す」のが仕事であるからには、「広告費が出せない」という結果を淵源にさかのぼって分析し、相手が健康体になるよう、時には財務、人事、広報、管理、商品開発までも話題として引き受け、総合的、長期的に相手を「特別」にしていくのが大事です。



そうすれば、必ずどこかで余剰資金が生まれ、売上も上がり、利益が残るようになるでしょう。そうやってお手伝いしたことで生まれた資金から、広告費をいただけばよいではありませんか。


「広告費がない」なら、未来から作り出せばいいだけのことです。


お金なんて、そこら中にいくらでも転がっているものであって、それを集めたければ、集まるような仕組みを作って、問題を解決すればいいだけです。



トップ営業マンのお客様を見てみて下さい。必ずと言っていいほど、お客様の方が「ありがとうございます」、「お願いします」と頭を下げているでしょう。


トップ営業マンの周りにいる人たちは、「この人と一緒にいると、自分がそうありたいと願う特別な人に近づける」と思って、いつも一緒にいたがるでしょう。


「安い」、「いい」、「すごい」、「お得」という言葉は、常にお客様の口から発せられ、トップ営業マンは「おかげさまです」、「ありがとうございます」と謙虚に感謝しているものです。



2年ほど前に、本メルマガで「トップ営業マンとは、どういう営業マンか」を扱ったことがありました。「FUN営業塾」を貫くその考え方は…


「トップ営業マンとは、営業しなくていい営業マンのことだ」というものでしたね。


なぜかと言えば、感動したお客さんが黙っていられなくなり、リピーター、ファン、信者となって、勝手にどんどんその人の評判を広げてくれるからです。



トップ営業マンにとって、「営業」とは最も無駄な行為であり、一番大切にしないといけないのは、お客様との関係が永続的に発展するよう、しっかりと誠意を込めてフォローしていくことです。


「月末に新規開拓」など、人望のなさ、フォローの質の低さ、仕事のまずさを示すバロメーター以外の何物でもありません。


こういう一事をもってしても、日頃「自分」と「相手」のどちらを特別にしようと考えているか、よく分かるというものです。


人は自分を特別にしてくれる人を特別だと思うからには、特別に思われたい気持ちに応じて、相手を特別にしていけばいいわけです。なんて簡単なんでしょう、営業って。



ということで、できる営業マンは自分の商品にこだわらず、常に相手の問題や要望を起点として発想を行い、自社、商品、自分が相手を特別にするという目標にどれだけ貢献できるか、無私の精神で接します。


「押しが強い」
「流暢なセールストーク」
「豊富な商品知識」
「強烈なバイタリティ」
「機敏なフットワーク」


などは末端の要素に過ぎず、全ては「相手を特別にしたい」という思いやりから生まれなければ、全く意味がありません。



「契約が取れた!」。


最初はこういうことでも嬉しいでしょう。しかし、本当の営業が始まるのは、むしろここからです。契約なんて、関係作りの準備に過ぎません。


ダメな営業マンは契約を喜び、そこですぐに次の新規開拓に向かいます。何を「営業」と考えているか、よく分かるでしょ?こういう営業マンが多いから、トップ営業マンはただいるだけで、お客の行列ができるわけです。



営業と面接には、通じる点が多いものです。


実務の最前線で活躍し、成果を出し続ける経験豊富な社会人が集う「トップセールス研究会」に、学生の皆さんも100円払って勉強しに来てみるといいですよ。


その姿勢、言葉、考え方に接するだけで、「そうありたい面接」に一歩、近付くことができるでしょう。





今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門79位、就職・アルバイト部門37位です。

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