◆今日の一言
No.434(07/5/5)
『守文ハ草創ヨリ難シ』(貞観政要)
連休のたびに長崎から遊びに来る二人の甥(6歳、4歳)と一人の姪(2歳)は、会うたびに大きくなっていて、今日は昼からずっと遊んだのですが、子供の元気にクタクタになってしまいました。
「高い高い」を300回、肩車を1時間、とどめは大濠公園でサッカー1時間に砂場でトンネル3つ開通…。
ブックオフでは、仮面ライダーやガオレンジャーの絵本を買ってあげて、終日「遊び好きのおじちゃん」に徹した一日でした。それにしても、ジャングルジムで頭打って、ほんと、痛かった…。
さて、あと2日で連休も終わりだそうです。
今年は最長9連休ということで、365連休の僕には9日が長いかどうかは分かりませんが、9日という時間は、人生を変えるようなイベントを起こすことも可能な日数です。
ただ、良く変わるか、悪く変わるか、それだけが問題です。
連休を迎える前にしっかりとした決意を固め、具体的な計画を練って努力した方は、連休明けの選考が待ち遠しい思いでしょう。
逆に、やるぞやるぞと思いながら結局は何もしなかった人は、恐怖におののくか、あるいはとっくの昔に恐怖に飲み込まれ、意気消沈していることでしょう。
読者の皆様には、意欲あふれる状態で選考を待っておられる方が多いことを期待するばかりです。
しかし、連休明けになると、「就活で挫折した」などと言う学生が増えてくるのも事実です。
挫折や失敗、予想外のハプニングなどを延々と語り合う学生を見ると、そのあまりにヒマな様子に、「これじゃ、どれだけチャンスがあっても挫折以外できないだろうな」と思ってしまいます。
さらに理解できないのは、彼ら、彼女らが「挫折」と呼んでいる現象は、全く挫折などではない、ということです。
挫折とは、一体、どういうことなのか。
自分が味わっているものがもし挫折でなければ、今日からチャンスを掴むことも十分可能です。しかし、もし本質的に全く違うものを挫折だと誤解しているなら、矛盾に鈍感な未開人以外の何物でもありません。
ということで、ちょっと古い話を紹介してみましょう。
…「いいか、小島君。人生で成功したければ、20代のうちは、やると決めたことをやって寝ろ。失敗したければ、やると決めたことを延期して寝ろ」。
学生時代、一回の参加費が\3,000だった経営者の勉強会で、ある社長さんに聞いた言葉です。
学生の僕に\3,000はかなりの大金でしたが、経営の最前線で活躍する人たちが、僕のような世間知らずの若造にオーダーメイドの答えを返してくれる時間が貴重で、毎週欠かさず参加していたものでした。
■貞観政要
■宋名臣言行録
■論語
■孫子
■近思録
■十八史略
このような古典を毎週選び、あるべき指導者像や、各社の経営の課題とその解決策を語り合う勉強会は、大学のどんな授業よりもスリリングなものでした。
中国の古典は僕も大好きで、今でもよく読んでいますが、中でも僕は、政治や組織作りの要諦を扱った「貞観政要(じょうがんせいよう)」がお気に入りです。
本書の入門書としては、去年FUNゼミの「リーダー塾」でも紹介した『帝王学~貞観政要の読み方~』(山本七平/日経ビジネス人文庫)がよいでしょう。ちなみに、原典は徳間書店から発刊されています。
「まえがき」を開くと、貞観政要で最も有名な一言である言葉が出てきます。
皇帝・太宗が家臣の房玄齢に「草創ト守文、イズレガ難キヤ」(創業と守成ではどちらが難しいか)と聞くと、房玄齢は…
「守文ハ草創ヨリ難シ」と答えます。
今の言葉に直すと、「物事を維持・発展させることは、新しく何かを生み出すことよりも難しい」。
つまり、新たな創造よりも、出来上がったものを守り育てる方が大変だ、と言っているのです。
これは、一般的な通念とは異なる解釈のように思えます。
「創造が不得手」とされる私たち日本人は、とりわけ創業や新たなアイデアを重宝したがりますが、実は「今あるものを守る方が難しい」というのですから、どういうことかと気になってしまいます。
確かに何事も成功するのは大変だが、創業よりも大変なことは存在しないのではないか、と思う人もいるでしょう。
『帝王学』には、創業の苦労は「確かに大変だが、不足や困難が陽性で見えやすく、問題や意欲を共有しやすい」という特徴を持っていると説明されています。
一方、守成の苦労は「単調で課題が見えにくく、細やかな心配りと長期的な忍耐を要する」という陰性の特徴を持ち、ゆるやかに組織や個人を腐らせていくことが書かれています。
どちらも、それ相応の特徴を持っているわけですが、貞観政要では「守成の方が難しい」とされているわけです。
では、これを学生生活や就活に当てはめて考えてみましょう。
僕がFUNで5年近く学生さんと接してきた限りでは、サークルの見学時において、最も雄大な夢と積極性を持っているのは一年生です。
一年生の意欲や夢に触れ、「まだまだ世間を知らないね」という先輩もいるでしょうが、そういう人は既に夢を捨てただけで、要するに嫉妬しているだけです。
見学に来て入部する比率が少ないのは二年生で、毎年、就活のためだけに入った学生は辞めやすく、連休明けや内定後に入った学生は卒業まで続きます。
酒なし、遊びなし、コンパなし、休日の早朝から勉強、いくら取材をして記事を書いても単位も手当てもない、という完全実力主義、自己本位のサークルですから、こういうサークルに来る1年生は文句なく意識が高いです。
就活が終わってから入る4年生が最大のグループですが、こういう学生さんたちも具体的な成長意欲を持っています。
このように、いつ、どういう動機で入部したかは、その後の成長や活動への参加姿勢に如実に反映されるというのが、顧問として見てきた4年間の偽らざる感想です。
そして、5~7月という、一般的な学生が最も手を抜きやすい時期に入部した学生は、コツコツ参加して成長する傾向が強いように思えます。
別に、小さなサークルでの限られた経験から「現代学生気質」を論じようとは思いませんが、学生の行動を観察してきて、一つ断言できることがあると感じています。
それは…
「多くの学生は、逆境ではなく、順境で夢を裏切る」
ということです。
例えば、学生さんはよく、学生同士で「就活で現実を知ってへこんだ」、「お金がなくて留学を断念した」、「TOEICで英語力の不足を知って勉強に挫折した」と話します。
何を言わんとしているのか、まったくもって意味不明の思考回路です。
こういう思考習慣や言語感覚が、いかに異常で不可解なものであるか、当の学生さんだけは気付いていないかのようです。
本当に就活や留学、試験が自分の夢を挫いたのでしょうか。
そんなことはありません。
学生は、就活や入社といった出来事を「逆境」だと見なすこともありますが、実際にそれらが逆境であるはずがなく、自分のレベルの下落は、既に順境において完了していた、と考えるのが適切です。
就活や試験などの「逆境に見える状況」は、ただ自分の力不足を顕在化させるだけで、逆境が人を挫けさせるのではありません。
ましてや、逆境がその人から能力を奪ったり、その人の価値を下げるなどということは絶対にありません。
ですから、「逆境で挫折した」という種類の言葉遣いは、基本的な事実を誤認した倒錯心理に過ぎません。能力や知識の減少、下落、劣化は、とっくに終わっており、逆境はそれを自覚させるだけです。
つまり、人生の真実は、まず挫折が逆境に先立って起こり、確実に自分を蝕みながら、能力の棚卸しを迫られる試験や就活などの時期を迎えて、乗り越えられない自分を認めた時、「挫折した」と感じる、ということです。
そして、「夢を捨てた」とか、「へこんだ」と言う学生が大量に出現するわけです。
しかし、逆境で夢を捨てることやへこむことなどはありえず、正しくは、夢は逆境を迎えるよりもずっと昔に「捨てられていた」のであり、気持ちもはるか前にへこんでいたのです。
例えば、入試や試合など、「認識しやすい課題」がある時は夢を維持し、受験や練習に力を入れる人はたくさんいます。
つまり、予想に反して、実際には、人は逆境の渦中にある時の方が夢を捨てないわけです。
というより、自分が逆境だと自覚している範囲の中で、人はより具体的な努力を行う動機付けを自分に対して行いやすくなる、ということです。
ところが、見えやすい敵が去った後に自分の意志を強く保ち、やるべきことを前倒しでやれる人の、なんと少ないことか。
試練が去ると、若者はすぐに言い訳の天才になり、次々と「今はまだ頑張らなくていい理由」を作り出して、自分からどんどん夢を裏切っていきます。
例えば、受験勉強の本来の目的は「大学で勉強すること」であるはずですが、「有名大学に入れればそれでいい」などという意味不明な動機で勉強した学生は、入学した途端にサル化していきます。
入学当初、あるいは学年が上がった当初、つまり4月のうちは「頑張るぞ!」と思って、色々とやりたいことを描いていたのに、連休を経て本性が現れ、自分で自分の夢を叩き潰す学生も多いものです。
自分の時価総額は際限なく下落し、知性、精神力、体力も暴落して、しばらくして新たな敵に出会った時、自分の側に何も準備ができていないことに驚いて恐怖におののく学生は後を絶ちません。
「敵国外患無キ国ハ常ニ滅ブ」(孟子)とも言うように、張りを失った学生も「順境」の中で滅び、目覚めた時には、昔の夢に到底間に合わない老化した自分を発見するのです。
強制や命令といった外圧の中で頑張るのは誰でもできることで、そんなものは努力とは呼びません。
自ら定めた計画を遅滞なく、質を下げずにこなせてこそ、本当の努力だと言えます。
まさに「守文ハ草創ヨリ難シ」。
学生といえども、この鉄則から逃れることはできません。挫折はいつも、逆境ではなく順境のうちに進行し、逆境において自覚されるだけです。
就活で「へこんだぁ~」と言っている学生さん。本当に「就活で」へこんだのですか?「既にへこんでいた」の間違いではありませんか?事実をごまかすと後からもっと苦しくなるので、正確に見極めたいところですね。
あるいは、まだ自分は本当に挫折してはいないと感じるなら、友達の内定に嫉妬したり、同じ状態の学生と集まってお互いの不運を嘆いたりするのは、最大の時間の無駄ではありませんか?
アランの定義集(岩波文庫)には、恐怖の本質が書いてあります。
「恐怖の恐怖たるゆえんは、その人を完全に飲み込んでしまい、恐怖への自覚を奪ってしまうことだ」と。
つまり、「本当の恐怖とは、ちっとも怖くない」ということです。
先月までは「しなくちゃ大変」と思っていたことを、いつの間にかサボってしまい、気付けば「こんな生活だけはしたくない」と恐れていたのと全く同じ種類の生活の真っ只中にいる自分を発見した…。
このように、本当の恐怖はいつも優しく寛容で、「それくらい、別にさぼっていいじゃないか」とにこやかに語りかけてくるものです。
それに答えて「そっか、まだいいよね」と誘いに乗り続けるうちに、恐怖は確実にその人の可能性を食い尽くし、未来の希望を奪っていきます。
「授業出なきゃやばい」が「補講出なきゃやばい」に劣化し、「ノート借りなきゃやばい」が「単位取れなきゃやばい」に劣化し、「就職しなきゃやばい」が「卒業しなきゃやばい」に劣化していく…。
優しい恐怖に飲み込まれるほど、自分を自分らしく保つハードルは確実に一段ずつ下げられ、最後は、高校時代の自分でもできていたことさえできない「元本割れ人間」になってしまうことさえあります。
こういう人も、「学生」のうちは高い初任給を払って雇う「新卒」として扱わねばなりませんが、学生証を失えばただのプーなので、卒業を待って、安値で買い叩く派遣会社が続々と現れます。
このように、「昔怖かったことが、今はもう怖くない」という心理的変化は、本当に克服したという場合を除いては、人間的劣化現象の結果で、既に恐怖に飲み込まれ、痛覚を失った哀れな人間というほかありません。
事故や怪我で神経障害を持った人は、痛覚を失って普通の人が「痛い」と感じることが痛くなくなり、それだけ考えると「いいなあ」と思う人もいるかもしれませんが、自覚を失った本人の体は傷だらけになっていくそうです。
いくら周囲の人が「ケガしてるよ!」、「血が出てるよ!」、「そのままだと死ぬよ!」と言っても、本人だけには、全く危機感も回避への準備も生まれない…。
連休明けから「大学=人生最後のパラダイス」などと勘違いして自傷作業に熱中するような学生も、こういう人たちと何ら変わらないのではないかと思います。
「頑張れば得られた能力」、「昔頑張って身に付けた知識」、「去年は持っていた意欲」は、精神的出血で際限なく失われ、就活でそれに気付くわけです。
ほんと、同世代の狭い世界でまとまってしまい、そこで流通する情報だけが世の中の真実だと錯覚すると、大学も老人ホーム状態になるのだと感じます。
「怖い」という感覚を健全な範囲で残して生活や勉強、仕事に取り組むことは、自己管理の基本中の基本ではないでしょうか。
このような恐怖の本質から考えても、恐怖が恐怖だと自覚、理解できている創業期や逆境の方が、より「親切な環境」だとも言えます。
恐怖が恐怖の姿をしていない時にこそ、人は「守成」に失敗して挫折していくわけですから。
全ての勉強や仕事は「人生自体の本質的リスクマネジメント」の性格を持っているのですから、リスクを失った人間が腐敗していくのも、やむをえません。
その意味では、「五月病」なる意味不明な無気力現象は、物事の本質を考えようともせず、考える力もない知的、精神的未開人だけがかかる「自己責任の天罰」だと考えていいでしょう。
ということで、このように、まず順境で自ら夢を潰し、逆境で潰れ具合を再確認する学生も多いものです。
自ら先に潰れている人を、企業や採用担当者がへこませることなど、不可能です。
我々、採用側の経営者に言えることは、ケンシロウのように、「おまえはもう、へこんでいる」と教えてあげるくらいのことだけです。
「新しい学年にも慣れてきた」という心地になり、順境が始まるとされる連休明けこそ、大切な守成の時期が始まると心得、地道な成長を歓迎したいものですね。
逆境を嘆いていた学生さんも、長期的視点に立って今の意味を考えてみれば、勇気が湧いてくるのではないでしょうか。
「昨日内定していたら、今日の努力はできなかった」と考えれば、今味わっている逆境に感謝できる日がきっと来ますよ。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
ただ今、教育・学校部門59位、就職・アルバイト部門35位です。
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