国会前の反対デモ、すごい。
朝日新聞は、一面トップから二面、政治面、それから社会面ぶち抜きに地方面まで、デモの報道。
ところが読売新聞はというと、ほとんど言及なし。
社会面にわずか数行の言及があったけど、「国会前のデモでひとり逮捕」の記事だった。
付けられた小さな写真は、ずらり居並ぶ警戒中の警察からの目線で、デモ隊とのにらみ合いの図。
法案反対の朝日は明らかにはしゃぎ過ぎだけど、政権に盲目的に追従する読売の世論誘導もえげつない。
一紙だけ読んでると、物事は立体的に見えないね。
読売だけ読んでるひとは、法案反対のうねりをまったく知らないにちがいない。
やはりこの極端な二紙の読み比べはおもしろい。
さらに極端に、聖教新聞と産経新聞におけるこの件の報道も読んでみたいんだけど、誰か持ってない?

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めちゃくちゃにしてくれたなあ。
戦争放棄や、主権在民、それに民主主義・・・
憲法の中には、大切なものがいっぱい。
それをいとも簡単にレイプするんだなあ。
「日本文化」自体が、安倍政権によって壊されてく。
こうなると、もう歯止めは利かない。
いったん軽んじて踏みにじった憲法に、政権が従うわけがないもんね。
他国で戦争ができるようになる、って現象よりも憂うべきは、独裁がはじまった、ってことかもね。
それにしても、自民党からも公明党からも、ただのひとりも、ただのひと言も、反対の声が上がらないのが・・・まあ見事だね。
そのアイデンティティー、政治家なら一生かかえてよね。

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この議論が噛み合うわけがない。
両者の主張する論点がすれ違い過ぎ。
賛成派は「集団的自衛権は大事だろ、憲法を度外視しても」って立場(論法はめちゃくちゃだが)で、反対派は「憲法がまずあって、その枠内での自衛権であるべきだろ」って優等生的正論。
賛成派の主張は「現実を見ろ」って一点で、一方の反対派(オレ含む)の怒りは「スジを通せ、ヒキョーもの」って一点かと思われる。
集団的自衛権が必要、ってのは、世界の状勢から見ても理解できないわけじゃない。
イスラム国みたいな極端な世界征服野望勢力が現実に跋扈してる現在、よそのみんなよすまんが戦ってくれ、うちは自分の手を汚さずに用心棒(あの力持ちの国)にお金を払って守ってもらうシステムなんだ、ではとてもすましてもらえなくなってる現状はある。
ただ、憲法をないがしろにしてでも戦争のできる国を目指す、って進め方は、いくらなんでもスジが通らない。
用心棒の国から命令されて、わが国のトップは国民の命を戦地(あの国のやらかすイチャモン戦争の戦地!)に差し出そうとしてるわけだが、この構図を察知する国民は当然のごとくに「なんじゃそりゃ」「ありえん」と言ってるわけなんだった。
そもそも、ナントカ事態で想定されるあらゆる事案は、個別的自衛権すなわち今までどおりの法の運用で対処できる。
それでも法案の内容や適用範囲をあいまいにしたまま、ハイブリッド法案を採決にかけようとするのは、その先にある「アメリカさまの戦争のお手伝い」をしたいがためであることははっきりしてる。
それをするならするではっきりと腹をくくって、憲法改正をしたらいいだけの話なんだが、あのひとはどうしても、今、ナウ、問答無用にやらかしたいらしい。
喫緊の選挙もないし、束の間経済がよくてアホの国民がうっかりと支持してくれてるし、ね。
それでも、あまりにもやり口が卑怯なんで、国民の多くは怒ってるんだった。
そもそも「国民に戦争をさせる」ことができるようにする、いわば日本国史上最重要のこの法案は、国民の完全なコンセンサスが必要でしょ。
にも関わらず、進め方が粗雑すぎ、感覚が軽薄すぎ、方法論が汚すぎる。
「アベノミクスをしまーす」「経済、それだけでーす」の選挙で大勝した与党が、「民意を得たのだから、われわれの好きなようにやらせてもらう」なんて言い放って新たな安全保障環境を構築するなんてのは、本当に戦争前夜の異常を感じさせられてならない。
とにかく、自由も民主もとっくに失った現在のあの党は、まともな感覚を持った国民には気持ち悪さしか感じられない。
ところでかえりみると、安倍さんのこの度の企てを、このブログは2007年8月の時点ですでに予測してたよ。
「平和憲法の破棄、自衛隊→自衛軍への増強、アメリカと手をたずさえて海外で戦争に参加、という道を着々と築こうとしてます」と。
それを本当に実現させるところまで持ってきた安倍さんは、なかなかの腕前といえる。
そしてこのまた8年後に、わが日本はどんな国になってるのかな。
平和でいられてるかなあ。
それとも、まんまと策略通りにおっちょこちょいな戦争をしでかしてるのかな。
あるいは、未曾有の天災と第二の原発事故とで全国民がヨーロッパに向かう難民になってるか・・・はたまた、財政の破綻でハイパーインフレのスラムと化してるか・・・
とにかく、自由で民主なあの党(と、公明な党)は、なんにもいいことしてくれなかったなあ、と国民の多くが述懐してるにはちがいない。

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高校生はデモをするな!
・・・とか言うやつおるけど、ナゼ?
ここから数週間の間、政権をほっといたら、日本の将来がなくなってしまう、ってことを知らない連中の言葉だ。
のんきだなあ。
デモをするヒトビトを「平和ボケ」と呼ぶやからがいるけど、それはどっちなのかな?
法案に賛成してもいいけどね、ちゃんと戦争いけよ、おまえら。
まったく意味も大義もないアメリカの戦争に。
あいつら、つくりにつくってためにためた兵器を消費するために10年おきに戦争しないと経済を回していけないひとでなし国なんだから、そのへんも理解しといてよね。
そんな戦争のケツを持つのはまっぴら御免。
常識的に生きてれば、戦争なんて必要ないはず。
アラブのテロリズムもイスラム国も、アメリカが身勝手な戦争を起こして自ら呼び込んだ帰結、ってことを忘れちゃダメ。

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みんなは知らないと思うけど、サッカーのなでしこJAPANが負けたのは、オレのせいなんだ。
ぼーっとテレビを観てるだろ。
他チャンネルだよ。
ふと思い立って、ザッピング(チャンネルガチャガチャ)してみるだろ。
すると、ふとなでしこの試合のチャンネルを通りかかるだろ。
お?と思って立ち止まったそのわずか30秒くらいの間に、なでしこは失点するんだよ。
二度ともだよ。
キョトン、だよ。
なにかの間違いかとさえ思うよ。
90分間戦ってるうちの、失点シーンなんて、ほんの数十秒だろ。
その瞬間に、通りかかっちゃうんだよ。
でも、それは逆なんだ。
オレが通りかかるから、彼女たちは失点しちゃうんだ。
ほんとに申し訳なく思うよ。
広島の試合だってそうだよ。
ふとチャンネルが合うと、黒田はホームランを打たれちゃうんだ。
広島が勝てないのは、実はオレのせいなんだよ。
ほんとにごめん。

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特攻をかっこよく描くのは、ほんとによくない文化だなあ、と思う。
特攻隊員たちは、本物の犬死にを強いられたひとたちなんだよ。
その行為は「かわいそう」と感じこそすれ、精神が美しいなあ、なんて目で見ちゃいけない。
最近の、イスラム国が少女たちに爆弾を抱えさせて自爆テロをさせる、って構図と少しも変わりない。
特攻を美化した映画なんて、噴飯ものだよ。
結局、視聴者はカワイソがりたいだけなわけでしょ?
陳腐だよ。
イスラム国を舞台にして、爆弾を抱えさせられた少女を主人公にした映画を作ってみたらいい。
少女は、さらわれてきていやいやさせられてるのかもしれないし、あるいは祖国建設、捲土重来の崇高な心(たとえそれが勘違いでも)を持った子なのかもしれない。
「アッラー・アクバル!」は、「天皇陛下万歳!」と瓜二つのおまじないだよね。
そんな言葉に操られ、市場にいって、ドッカーン。
祖国を奪った憎いやつらは死に、ジハーディストとしてのお役目を果たして、無事にアッラー(靖国?)の元へ。
これって美しい?
美化して描ける?
そこにあるのはカルトなエゴイズムであって、尊さなんてものはどこにもない。
むしろそれをされた相手にとっては、卑劣!の憎しみだけが募り、周囲にとっては、愚昧・・・の虚無感だけが残る。
そもそもこの手の行為は、死の作法ってものがあらゆる意味でおかされてる。
そのカワイソさの裏に隠された、腐りきったものをこそ描かなきゃ。
それをさせる指導者側の醜悪さや下劣さを。
当時の特攻を命じた軍部ってやつは、外国に対して謝るのと同時に、国民に対して謝んなきゃいけない。
なのにそんな軍部を再びつくりあげようって今の政権は、どうしようもない。
思想もやり口も、そっくりに見える。
それを応援しちゃう国民がいるんだなあ・・・不思議。
この流れを後押ししてんのは、やっぱ特攻の美化、あたりなんじゃないかとオレは見てんだけど。
日本人は好きだからね、このたぐいの情緒。
だけどそれね、美しくなんかないよ。
要するに特攻ってのは、国家が国民を身勝手に扱い、むざむざと死なせてた軍国文化の象徴だ。
国家が国民に「シネ!シネ!」と言って、じゃんじゃん殺してたんだよ。
だから特攻ってのは、もっと「これほどこっぴどい目に遭わされて、突っ込まされて、ただただ犬死にさせられました」って、美しくもなんともない陰惨な描き方をされなきゃダメだ。
それこそが真実ってもんだろう。

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すき、と決めたらまっしぐら。
その人物のCD(データじゃヤ!)をぜーんぶ手に入れて耽溺してみる、大人買いのジャズ聴きです、わたくし。
さて、ロバート・グラスパーは、殺し屋みたいな風体のひとです。
実際、何人かを半殺しくらいにはしてるにちがいないんですが(推察)、にも関わらず、なんとなく今の音楽界は「このひとのもの」って雰囲気になってまして。
世界を獲ったったでー、という、いわばギャング界でいうところのドンですね。
とりあえず、現代ジャズ界における最近の最重要人物です。
なのに、現場でからだを張る鉄砲玉の方がお似合いの・・・まあ言っちゃ悪いけど、ワルい顔のひとです。
そんなたたずまいなのに、ピアノと音楽性に関しては洗練が行き届いてます。
頭脳も明晰なんだろうなー、を思わせる音使いです。
そして、そんな確かな才能をベースにして、相当にリスキーな冒険と実験をくり返すギャンブラーでもあります。
そんな仕事っぷりで、ことごとく当ててるわけです。
当ててる、ってのも的を射てないな、つまり、時代にのっかった、ってよりか、時代に半歩進んでる音楽性なのですよ。
アグレッシブ&プログレッシブ。
そのピアノは、まさしく自由自在。
今ぼくは、ジェリ・アレンと、ブラッド・メルドー、それからこのロバグラをヘビーローテに聴き込んでまして、それぞれのプレイヤーはいろんな方向に自由です。
ジェリは、自由奔放の自由。
本能でもって、天衣無縫に音を飛翔させる魔法使いです。
ブラッドは、感性がそよぐままに、技巧を駆使して表現しつくすひと。
どんだけ引き出しを持ってんの?と言いたくなるほどに禁欲的に音楽を練り込む職人さんなんだけど、それを突き詰めて、ついにフリーさを半周させた抑制的昇華ってところにまでたどり着いちゃったという、まあ禅の境地で音を編む修験者です。
逆にロバート・グラスパーは、自由自在に音を遊んでるひと。
楽曲の構成から、リズムの展開、メロディラインの転がし、周囲とのコンビネーション・・・そのたわむれ方が普通じゃない。
4拍子が4小節の間に12拍子にまで展開されてく(※説明ちがってるかも)リズムなんて、耳にした経験もなかったもんね。
確かに新しいのです。
さて、彼を世に送った話題作、ヒップホップやR&B融合の「ブラック・レディオ」のシリーズは、おもしろいけど、ブラックコテコテに塗り込めすぎで、ぼくにはあまり好ましくない。
むしろ初期のサイドマンものや、トリオみたいなシンプルなものが、ジャジーな意味でチャレンジングで、しかもしっかりと構成を効かせた上で高度に遊んでて、興味深いです。
フリージャズとヒップホップ系、今後はどっちに軸足がいくのか注目だけど、才能の容量を考えると、次はもっと別なギャンブルに浮気する心づもりかも。
そのことを思うと、眠れなくなるくらい待ち遠しくなります。
やっぱりワルい男なのでした。

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いちばんの問題は、この国にいよいよヒットラーが現れた、ってことなんだよな・・・
法案の中身はともかく、あのひどいやり口はまさしくナチズムそのもの。
国家運営はもとより、意思決定プロセス、実行作業プロセス、それに報道コントロール・・・すべての行動が独裁的になっちゃったね。
自由民主党はナチスに成り下がったよ。
自由なんだってさ(笑)、民主主義なんだってさ(泣)、まっ黒い冗談だ。
党員は意見も言わず、「ハイル、なんとかー!」ってあの総統さまにひれ伏してるわけだ。
そして、国民の半分がその政権を支持してる、と。
いい国だー。
すばらしきこの世界。

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ドラァグクイーンのオナンちゃんは、普段は介護の仕事をしてるんだって。
あの美しい筋肉は、そこでつくられてるのかな。
オナンちゃんはよめはんの学生時代からの友だちで、たまにオレも一緒に飲むんだけど、メイクを落とした彼女は、普段はほんとにかっこいい知的な男の子だ。
それで介護の話なんだけど。
職場の周囲は、同僚の彼がドラァグクイーンとは知らないんだって。
彼も周囲に知らせないし、周囲も彼がそれだとはわからないらしい。
職場でみんなで観てるテレビ番組に、ド派手な衣装の彼女が現れても、隣の彼が彼女だとは誰も気づかない。
つまり、あいついなくなったな、と思ったら、彼は変身して彼女になって華麗に舞い、そして帰ってきたなと思ったら、介護をがんばるひとになってるんである。
まるでウルトラセブンのモロボシダンみたいだ。
つくづくオナンちゃんはかっこいい。
それにしても、ドラッグじゃなく、ドラァグなんだなあ。

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