で、「トゥルースリーパー」がやってきたわけだが。
巨大な箱が運び込まれたんで、こりゃ期待できるぞ!と思いきや、中身はスカスカ。
ちょっと大型のバウムクーヘン的な物体が入ってる。
ところがこいつをほどいてみると、みるみるうちに回復を見せはじめ、30分後には巨大なマットに早がわ・・・おそがわり。
真央ちゃんや康介くんがスーツケースの脇に携え、遠征先までわざわざ持ち込めるわけだ(あれはエアウィーヴか)。
さて、カバーを張って、シーツを敷き、夜を待つ。
そしてついに夜がきて、よめはんいよいよお試しの仕儀となった。
体を横たえると、吸いつくようなホールド感。
沈み込みが止まったところで、完全に体のラインにフィットし、骨や筋肉が最も自然な均衡状態に保たれる・・・的な謳い文句は伊達じゃない。
この食感・・・いや触感は、どこかで経験がある、と脳内のデータを洗い、「ハイチューだ!」と気づいた。
ハイチューのあの弾力とホールド感、そして回復力なのだった。
しっくり、ぴったりと食いつき、かといって肌離れもナチュラルな、ほどよい密着感。
寝返れば、先刻のくぼみはふさがり、新たに生じる肉体の起伏に合わせた凸凹を形成する。
この融通無碍っぷりも頼もしい。
こうして一晩を新しい相方に包まれ、明くる朝に起き出したよめはんの一言が、「一夜にして腰痛が治った!」。
たまりきった疲れをリセットし、生まれ変わったような爽快感・・・なのだそうな。
なんてものがうちにきたんだ、オレも欲しい。
しかし例によって、相撲部屋のちゃんこシステムが採用されてるしはん家。
よめはんが散々に使い倒した数年後に、くたびれきったものがダンナに回り、これより開発されるであろうハイパープレミアムな新製品がよめはんの元にいくものと思われる。
それまでは、年々やたらとうず高くなっていくよめはんの寝具を見上げながら過ごすとしよう。
それにしても、もったいないほどのこの名文・・・オレ、製品販促のコピーライターになれるな。
おしまい。

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肩が凝る〜、腰が痛い〜、首筋が〜、頭痛が〜・・・とよめはんが夜な夜なやかましいので、なんとか始末をつけねば、と思ってたのだ。
そこに、あるひらめきが。
「ショップ・ジャパン」という通販番組が不意にテレビ画面の中ではじまったので、ぼんやりと観るでもなく観てたときだ。
そこで我々は、「トゥルースリーパー」を見出したのだった。
つまりこれは、低反発マットという布団の中敷きみたいなもので、その上で横たわると、からだの出っ張りに合わせて凹んでくれるので、快眠が約束されますよ、というものだ。
疲れも取れ、腰痛がなくなりました、とバレーボールの中田久美さんも大絶賛してるではないか。
こいつだ!と飛びついた。
わが家の布団物語は、話せば長くなるのだが、聞いてみる?
サムライであるオレが、独り暮らし時代から愛用する油揚げのように貧相な綿布団で凍えてたのに対し、よめはんは寝具を買うのに金に糸目をつけない女で、まずは羽毛布団を購入したのだ。
これが、なぜか自分の分だけだ。
「あなたはそれが好きで寝てるのでは?」と、オレ愛用の油揚げを指してのうのうとのたまうのだが、とにかく彼女はこれでふわふわを得た。
ところがこれが、冬は温かいが、それ以外の季節では暑すぎるというのだな。
寝汗かきで、眠ると温泉のようにホカホカになる彼女には、今少し薄いタイプが必要なようだ。
そこでもう一枚、「羽毛の量が半分ですよ」という軽めの羽毛布団を購入してきた。
こいつを春秋は彼女が使い、残った分厚い方がオレにあてがわれるわけだが、なるほど暑い!
そして冬になると、彼女が温かい方を用い、ダンナに薄い方があてがわれるわけだが、さぶい!
まあこれはこれでいい、よめはんがしあわせに過ごせるのなら。
このひとは枕にもうるさい女で、高いの、低いの、やらかいの、硬いの、自分でつくったの、ひとにつくってもらったの、いろいろと試すのだが、なかなか気に入ったものがない。
ところが、毎年宮古島で滞在するホテルのものが最高だ、とついに最高の一品にたどり着いたので、優しいダンナはそこに問い合わせ、手に入れる。
こうして掛け布団と枕問題には決着がついたわけだが、まだ敷き布団問題が残っている。
この最後の難題を、ついに「トゥルースリーパー」が解決してくれるというわけだ、たのむぞ。
さて、購入は、今回もまたよめはんの分一枚だけ。
からだに合わなければ、ダンナに回そう、という魂胆だが、まあいい。
長くなったので、つづく。

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東北新幹線で虹をくぐった後、一ノ関から気仙沼に向かう大船渡線の二両編成の電車に乗り込む。
ちょうどすべての座席がふさがろうかという乗り合い状況だった。
最後に空いた一席が、オレの左隣。
そこに、新たにふたりの、たぶん台湾からの観光客かなあ(台湾人と中国人の違いってすぐわかるの、なんで?)が乗ってきた。
これが30付近のカップルなのだ。
席がいっこしか空いてないんで、メガネの女子を座らせ、ノッポの男子はドア付近のバーにもたれて、仕方なしにスマホいじりをはじめた。
なんとか座れないもんかなあ、と考えてるところに、ふと向かい側を見ると、おばはん(ブス)が隣に高級そうなバッグ(たぶんパチもん)を置いて二席を占有し、ひとに座らせまいと居眠り(のフリに間違いない)を決め込んでる。
オノレ、と思い、睨みつけてみる。
オレは、外国文化との接点であるこうした不意なコミュニケーションの場は、外交の最前線と考え、日本国家の誇りと日本人としての自尊心にかんがみ、必ず介入することにしてるのだ。
ババア、かばんどけろや〜・・・と念じてるところへ、うまい具合いに、そのバッグ(パチもん)の中の携帯が鳴りはじめた。
おばはん(ブス)は舌打ちでもしたいところだろうが、こうまで派手に着信音が鳴っては、寝たふりをした目を開かざるを得ない。
そこへすかさずオレは席を立ち、「そこ、空いてんなら座らせてもらえます?」と・・・ここがオレのえらいところだが・・・天使の笑顔でお願いをする。
相手は、えっ、ああ、はい、などと口をモゴモゴさせつつ、バッグをひざにのっけた。
オレはその空いた席に座り込みつつ、ドア方面の台湾人♂に目配せ。
彼が移動すると、世にも美しくスマートな動線が描かれた。
相方との邂逅相成った台湾人♀(コミカルだが可愛い)は、輝かんばかりの笑顔でこちらに向かってお辞儀。
オレは再び天使の笑顔でそれに応える。
ピタシとパズルが嚙み合い、国家の誇りは守られ、日本人の美意識は海外に伝わり、完全無欠の一両が出来上がり、ってわけだ。
こうして前途洋々、発進した大船渡線、っつー旅路のはじまりであったとさ。

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汁をアテに酒を、って飲み方が気に入ってて、最近はもっぱらおツユをすすりつつ、焼酎をくいっとやってまして。
シブすぎるかなあ。
でももう唐揚げとかベタベタのもんなんて食べられないし、焼き鳥クラスも胃に重たくきちゃうの・・・
汁はいい。
裏切らない。
ものすごくうまいスープを出してくれるお店があるんで、チューチューしまくってる。
スープの底に沈んでる、鯛のお頭を焦がしたのとか、里芋のマッシュを素揚げたものとかを突きくずしつつ、それらが放出した成分をたぶたぶに溶かし込んだあっちっちのダシをチュー。
んで、冷たいのをぐい呑みからチュー。
こういう飲み方、未来かなあ。
流動食時代が開けても、オレはわりと大丈夫そうだ。

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クリストファー・ノーラン監督は、かの名作「バットマン/ダークナイト」を撮った、美意識の高い職人さん。
この「ダンケルク」では、ドイツ軍によりフランス北端の海岸に追い詰められたイギリス兵たち(このへん、歴史的にわかりにくい)が、ドーバー海峡を渡って撤退する模様を描きます。
ナチスドイツは一時フランスを征服するんだけど、そんな劣勢のフランス軍を援護したのがチャーチルのイギリス軍、って構図です。
だけど敗走して、何十万という兵が海岸に追い詰められるわけです。
追い詰められると言っても、敵軍との直接のドンパチが繰りひろげられるわけでもなく、ただただ本国からの船を延々と待ちわびる、って超地味な画づら。
ノーラン監督は、このやんなるくらいに長い場面を、彩度を落とした色彩と、底の重い音楽とで、ものすごい緊張した空気感に仕上げてくれます。
その臨場感ね。
リアルな表現、ってのとも一線を画す、胃が痛くなるようなマジ戦争(本物の戦争は派手じゃなく、もっとずっと疼痛みたいに意地の悪いものなのだ)の現実に引き込みます。
ストーリーらしいストーリーはなく、ディテールがあるのみ。
登場人物は、背景や履歴もろくに説明されてない多くの一般兵たちで、それぞれが必死に「ここから逃げのびる」ことだけを考え・・・というよりは乞い願い、ただ待ち、こらえ、動いては水泡と帰し、あきらめ、また待ちわびる、って延々のループ地獄に置かれて、それを見せられる観客側もただただ耐えるしかありません。
とにかくデフォルメもなにもなく、面白みもなく、ああこれが戦場の現実かあ・・・という、つまり、息詰まらされては、息を呑み、息を殺し、息をつかせない、という場面の連続。
音楽はずっと底暗いのが流れつづけてるし、こちらの心理状況も完全にあちら側(戦場)に連れていかれたまま、戻ってこられません。
窒息しそう。
ところがついに後半で、劇的な開放がやってくるのです。
それはもう、見事な対比。
二度の泣かせどころが用意されてるわけですが、解き放たれた瞬間の胸をすく感動ときたらない。
その鮮やかさ、のびやかさ、清浄すぎる静けさ・・・
ずっと、ずーっと、延々ととどめ置かれてきたそれまでの重苦しい気持ちを一気に吹き飛ばす、素晴らしい滑空感!
目が潤んで、その美しさに陶然としました。
ノーラン監督史上、最も地味な作品、と言われてますが、その手際と美意識には度肝を抜かれます。
胸を突かれました。
つか、戦争したがってるやつ、全員これを観て苦しんでみろ〜。

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下のブログ、激しいね。
だけどオレは、タバコ吸いと投票棄権者に対しては、どれだけペシャンコに言っても省みないことにしてるんだ。
なにしろやつらには、なにも言い返す権利がないからね。
言いたい放題にしていい連中だと思ってる。
例えば、子育て世代の若いお母ちゃん。
選挙いった?
なにっ、いってないとな?
だったら、「子育てに援助を!」なんて図々しいことを言うべきじゃない。
福祉が、若者よりも老人に手厚いのはなんで?
権力者たち(選挙で選ばれた側のヒトビト)はこう考えてる。
「若い世代に、年金をくれてやる必要はない」
「あいつらは票にならないからね。ほっといていい」
「どれだけ痛い目に遭わせても、批判しようとしないんで、あの世代はらくでいいわ」
「それよりも、老人たちにもっとサービスをしてあげなさい」
「老人は必ず投票にいくからね。おー、こわ」
「ビンボー人対策?放っておきなさい」
「それよりも、金持ちをもっと金持ちにしてあげなければ」
「金持ちは、必ず投票にいくからね。絶対にサービスを怠ってはなりませんぞ〜」
・・・かように、投票行為と国家の政策とは密接なので、投票する一団はひたすらに優遇され、投票しない一団はひたすらに軽んじられるんである。
若いひとたちの給料が上がらない?
当たり前じゃん、投票にいったの?
大企業が国家に優遇されてる?
そりゃそうだろ、ものすごく票をつぎ込んだからね。
なるほど、こう書くと、投票があざとい行為に見える。
しかし、政策への意見の反映とはこうした行動によってのみ行われる。
投票しない一団が割りを食うのは、因果律なのだ。
投票行動をしないヒトビトは、「それでもいいよっ」と言うかもしれない。
なるほど、それはかっこいい態度だ。
ただ、それなら投票結果に対し、絶対に不平不満を言ってはいけない。
国家の進む方向を決めるのは、投票した(きみの代わりにしてくれた、と言わねばならないが)ひとたちだからね。
投票しなかったきみは、政治に関しての一切に口をつぐむことだ。
この禁を犯すから、オレは投票しなかった連中をさげすみたくなるのだ。
「投票しないのなら、黙ってろ!」とだけは断固として言わせてもらう。

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あまりにくだらなすぎる今回の選挙への投票をボイコットしよう、って動きがあるみたいだけど、バカは本当にバカなことを考えつくなあ・・・
こういうのにかぎって、酒の席なんかで政治のことを語りたくてしょうがないんだから、筋が通らない。
投票しないんだったら、黙ってろ、って話だよ。
語りたいんだったら、投票しろ、って話だよ。
だいたいおかしいだろ、投票を棄権するってことは、白紙委任だろ?
自分の代わりに投票してくださった方々の意見に「手放しで従います!」ってことだよ。
その意味では、勇ましいことだ。
日本の政治がどっちに向かおうと構わない、って宣言してるわけだもんね。
税金は今までの十倍支払いなさい、と言われようと、5歳から80歳までの健康男女全員を軍隊に徴兵する、と言われようと、政権に一言でも文句を言った人物は死刑、と言われようと、従ってくださるわけだ?
「おまかせコース(投票棄権)」を選んだってことは、それは自身の責任(他者への委任)においてつくられた法律ってことになる。
こういう白紙委任の構造と意味が理解できてんのかなあ・・・
そこが理解できないからバカなんだろうけど。
だけどね、バカもほどほどにしときなよ。
オレは本当に、投票にいかないやつをバカだと思ってるし、侮蔑するべき存在だと思ってるんだ。
ちゃんとものを考えてない、って意味で、この人物は実際的にバカなんだから。
ただ、白紙委任をした結果において決められたことには全的に従う、という潔い精神であえて棄権しようってんなら許せるな。
そういう人物は、次の選挙まで政治に関しては一切の不満も漏らさず、地蔵のように口をつぐんでるはずなので、無害でいい。
国家に忠誠を誓う人物とは、こうあらねばならんからね。
投票棄権をしようとしてるあなたは、結局、他のひとが選んでくださる投票結果と、次の政権の振る舞いに対し、土下座をしようとしてるんだった。

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質量を持つものの周囲の時空はゆがむ。
つまり、物体があると、その周りの空間はぐにゃっと曲がるのだ。
物体が大きければ大きいほど、空間は大きくねじ曲げられる。
その「幻想の地点」から「本来あるべき地点」への最短距離の加速度・・・が重力の正体ってわけなんだった。
ま、それはざっくりと理解してもらって、要するに、質量の大きなものの周囲は、時空が大きくゆがんでる。
あっちの方でゆがんだ時空は、こっちにまで伝わってきて、今この場所もちょっとだけゆがめられる。
時空はどこまでも、一枚のマットとしてつながってるからね。
ちょうど、対岸で石を落とすと波が立ち、こっち岸まで伝わってくるのと同じだ。
その波=重力波を検出しよう、って試みが、ついに成功したわけなんだった。
検出されたのは、ブラックホールふたつがぐるぐる回ってるという、世にも邪悪な天体が放つ重力波。
ブラックホールは、かつて超巨大な天体だったほどのものすごいものすごい質量を限りなく小さな一点に集めました!って特異点だから、そいつがふたつダンスをしてるとなると、その重力(時空のゆがみ)たるやすさまじいものだ。
そいつが宇宙空間を伝わって伝わって、ついに地球にまでたどり着いたやつを、アメリカのチームが拾ったわけだね。
さて、話は戻るが。
人類は天体望遠鏡をのぞき込んで、どこまでもどこまでも遠い天体を観測したいんだった。
138億年先を見てみる。
前編で説明した通り、宇宙開びゃく後の最初の37万年間は、煮えたぎった鍋状態にあったせいで、いかなる波も独立選別して抽出することができない。
ところが、ここに「重力波」という新しい波の概念が現れた。
みんな、ビッグバンがどんなものか知ってるよね?
現在のこの宇宙に散らかされてる物質を、瞬きする間にいっせいにバラまいた、あの事件だ。
そいつを逆再生すると、ビッグバンというのはすなわち、考えうる限りに最大の質量を一点に凝縮した状態、ってことになる。
空間のゆがみ(重力)もすごいだろう。
そいつを検出できないわけがない。
すでに、その手のものを検出した例もある。
ビッグバンが吐き出したすさまじい光は、現在もこの宇宙空間に一様に「波」としてひろがってるのだ。
その「宇宙マイクロ波背景放射」をつかまえたおかげで、ビッグバンの存在は現実のものと認定されたんだから。
ビッグバンの瞬間の重力波をつかまえたら、この世界の誕生の瞬間がどんなだったか、わかるかもね。
それは本当に、「世界のはじまりを見る」ってことなんだった。

おしまい

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重力波がノーベル物理学賞を受賞したよ、わーい。
ここで、重力波の説明をさせてもらうね。
知りたくね?
まず、ひとの目は、「波」を受信するレーダーシステムだ。
「電波」とか「音波」の、あの波だよ。
つまりぼくらの目は、見てる対象が放つ「可視光」という、紫外線から赤外線の間にある波長の、いわゆる光を受け取って、脳内に送り、映像化してるわけ。
そうしてきみはその目で、星を見るじゃない。
星の姿は輝いて見えるよね。
だけど、それだけじゃ、星の存在すべてが見えてるとは言えない。
ざっとした外観が理解できるだけで、内部構造がわかんないし、組成がわかんないし、温度や密度やなんやかんやがわかんない。
だったら、可視光だけじゃなく、星が放つ赤外線をとらえてみよう、次はX線だ、ガンマ線だ・・・となる。
星は、いろんな波を送ってくれてるわけだから、そいつをつかまえて解析すれば、いろんなことがわかる、ってわけだ。
ところで、きみが見てるその月の光(可視光)は、数秒前に月が放ったものだ。
光は、月から地球までの距離を1、3秒かけて進むんで、きみが見てる月の姿は、1、3秒前のもの、ってことになる。
太陽が放つ光は、約8分後に地球に到達するんで、きみが見る太陽の姿は、8分前のもの。
太陽が今この瞬間に爆発しても、きみがそれを知るのは8分後ってことだ。
同様に、アンドロメダ銀河までは254万光年って距離があるんで、天体望遠鏡から見るアンドロメダ銀河は、254万年前の姿ってことになる。
つまり、遠くの天体を見ることは、宇宙の昔の姿を見る、ってことなんだ。
ということはだよ、138億光年先の宇宙を見れば、それは138億年前の、すなわち、宇宙開びゃく(新装オープン)の姿を見られる、ってことじゃない。
いわゆる、ビッグバンの様子が見られるわけだ。
ってわけで、人類は今、130億光年先の宇宙までは見てるんだ。
ところが、そこから先がしんどい。
なにしろ、遠すぎるからね。
そもそも、ビッグバンが起きた138億年前から37万年間は、宇宙が煮えたぎってて、あらゆる光(波)が混線してたんで、可視光線はおろか、なんとか線もかんとか線も、絶対に検出できないんだ。
ところがここに、ついに「重力波」ってものが登場する。

つづく

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ブログをさかのぼってみたら、一年半、腕立て伏せの習慣がつづいてた!
自分でも、上腕はなかなかの形に研ぎ上げられたと思ってるので、次はいよいよお腹かなあ・・・
南の島にいって海パンになってみたら、びっくりしたし。
腹筋を一年間つづける!
宣言したからには結果を出さざるを得ない、の法則を信じてみる。
今日で二日め。
わるぞ〜!

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