水中を漂うあぶくになった「彼」なわけだけど、その場から主体的に移動しよう、なんて野心はまだない。
なぜなら彼は、「広さ」という概念を持ってないんだから。
ちょうど、人類が天動説を信じきってたように、自分の周囲がこんなにも広がってるなんて、思いもしないわけだ。
周囲の抵抗物(水)がゆらゆらとうごめく中で、視覚を持たない彼は、自分がただそこに「在る」としか感じることができない。
しかし、自分が移動「させられて」いることは感知しようがなくても、自分の周囲の環境全体が動いていることは理解できそうだ。
ということは、彼が方向という感覚を持つことはあり得る。
彼が身を置く水とは流体であり、外界からの抵抗と刺激は、いつも球体の全面均一にはやってきてはくれない。
取り込むべき要素が接触してくれる箇所にも、偏りがある。
つまり、水が流れてくる方向から、常に欲しいものはやってくる。
その位置に、外界との出入り口を集中させることは可能だ。
彼は、効率という概念を獲得する。
こうして新陳代謝を重ね、彼は体内の平衡を保つわけだが、この作業がこなれてくると、やがて当たり前のアイデアがひらめく。
すなわち、このやり方で、自分の中に自分をつくれるぞ!というわけだ。
この様式を取り入れれば、自分の体内においてもまた同様の小さな化学反応実験室をつくれる理屈だ。
つまり、あぶくの体内に、入れ子構造のようにして相似形のあぶくをつくり、そこでもまた要素の出し入れをすれば、より濃密な小部屋ができる。
こうして、今もって有機物のあぶくであるにすぎない彼は、知性を持つことなしに、構造を複雑化させ、機能の効率をアップさせていく。
あるいはこのとき彼は、周囲から勝手にやってくるエネルギーを取り込むよりも効率的な、自家栽培エネルギーを獲得してしまったかもしれない。

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生命が水中から発生したことには疑いがない。
となると、最原初のその構造は、独自の系を外界から隔てるべく、油膜のような結界を張りめぐらせた、有機物のスープだったわけだ。
そしてその形は、表面張力と、周囲からの圧力による、完全な球体だったことは間違いない。
さて、未だ意志を持たない彼の最初の仕事は、浸透圧による透過現象と、化学反応ということになる。
油膜を間に置いて、外界から系の内側へと必要な要素を取り込み、腹の奥で化学反応を起こし、必要のない要素を排出する。
ここまでは、特別な神様からのいただきもの(知性)がなくてもできそうだ。
その一連の反応を「活動」と書き換えると、次のような表現になる。
「彼」は、油膜の内側にもともとあった有機物と外界からすくい取ったものとを突き合わせてなんらかの実験を行い、作用の報酬に得たなんらかのエネルギーを元手にさらなる実験を可能にする熱量にフィードバックさせ、それにともなって発生した汚物を外に追い出しつつ、入れ替えにまた必要な要素を取り込み、その繰り返しによって、常に内部を等質に保つ。
動的平衡だ。
そしてその連鎖は、まさに「生きる」という活動そのものでもある。
この生命の卵ともいうべき無意識の循環現象の円を閉じ込むあぶくは、自分と同様の構造のものを再び生み出そう・・・すなわち、子孫を残そう、などという着想はまだ持ち得ていない。
つまり彼は、自身の個体を永遠に永らえさせよう、という突拍子もない願望を抱いている。
これが、この世で最初に生じた意志といっていいんじゃなかろうか?

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持続的な生命活動には三つの条件が必要、ってのが生物の発生って問題を考える上でのヒントになるようだ。
すなわち、下の三つ。
1、系の独立性(膜に覆われるかなんかして、アイデンティティを保てる)
2、動的平衡(新陳代謝をしながら、形質を保てる)
3、自己複製(増殖して、子孫を残すことができる)
これらのひとつでも欠けると、生命の維持は不可能、あるいは、一代限りの偶然、ってことになる。
だけど逆に言えば、これらのひとつでも達成できた一代限りの偶然が数多く起きれば、次の条件を満たすための熟成の猶予となりうるな。
だとすれば、最初に起きた偶然は、「膜に覆われる」という現象にちがいない。
そこで、数多くの実験が行われたわけだ。

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敬愛できる店があって、そこは「禁煙」なわけ。
売り上げが落ちようが、損しようが、とにかく店の誇りにかけて禁煙なわけ。
だからこそ敬愛できるんだけど。
そこに、見るからにバカそうなカップルが入ってきてさ。
「タバコ吸えないんですか?」って。
「すいません吸えません」って店主。
そしたらバカども、ものすごいブーたれた顔で出てったわ。
しかしね、考えてごらん、おバカなふたりよ。
ここがひょっとしてタバコが吸える店だったとして、きみたちが吸いはじめたとして。
きみたちは気分がいいだろう。
ところが周囲の客は、ほらきみが今、そうして見せたブーたれた顔で、タバコを吸うきみたちを見るのだ。
きみたちはおめでたいからわかっていないが、これまでもそうだった。
きみたちがタバコを吸うたびに、周囲からその顔をされていたのだ。
きみたちは、煙の量と等量にけむたがられている。
さらにリアルに言えば、きみたちがカウンターでタバコを吸うたびに、きみたちは周囲から「死ね」と思われている。
そんな周囲の顔に、きみたちはいまだに気づけないでいる。
ブーたれてる場合か。
もう一度言う。
断言できるが、飲食店でタバコを吸う人間は、周囲から「死ね」の視線で見つめられている。
タバコを吸わないひとに、ちゃんと聞いてごらん。
間違いなくそうだから。
少なくともうちのよめはんは、その目できみを見つめている。
あのな、タバコが吸える店だからって、タバコが自由に吸えるわけじゃないのだ。
私の前で吸うな、と言われたら、吸うな。
それが常識というものだ、わかったか。

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書きたい病と、読みたい病を発症中。
アウトプットした分だけ、インプットしていく。
今いちばん興味があるのは、生命の誕生。
赤ちゃんがどう生まれるか・・・じゃなくて、生命体が活動を開始した最初を知りたい。
つまり、鉱物しかなかったこの世界で、いかにして無機物の中に「タマシイ」が発生したのか、って点。
その開始点。
物の本を読んでも、「水中から高温の有機物が噴き出し、そこに雷が落ちてシアノバクテリアが生まれ、それがやがて進化した」とか、乱暴な例では「宇宙から降ってくる隕石の中にアミノ酸が含まれてて、それが単細胞生物に進化した」なんてあるけど、すっ飛ばしてんじゃねえ!って話だよ。
こっちは、生物が進化をはじめる、そのさらに前段階を知りたいのよ。
海の底で、あるいは宇宙の奥で、どんな過程を踏むと、うごめくという行為が生まれるのか?ってこと。
要するに、単細胞生物よりももっと原始的な段階で、いかにして「生きよう」なんて奇妙なことが着想されたか。
そいつは天才にちがいない。
単純に想像するに、最も原始的な「活動」らしきものは、化学反応の連鎖による自動的なもの。
つまり、水分を含んだものに塩が触れて収縮、とか、浸透圧の加減で平衡と破綻状態が行き来、とか、あるいは電気が信号として関わったかもしれないし、磁力が介入したかもしれない。
そういったものが、いつの時点でコントロールされるようになったか、ってこと。
そこに、最初の意思が生まれるわけ。
・・・この話は面白いから、アイデアがこぼれたその瞬間に、ここに覚え書きに綴っていこうと思う。

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誕生日だった。
一応、お母ちゃんに感謝の電話。
よくぞこの天才を世に生み落してくだすった。
2月23日。
数年後からは、天皇誕生日になるらしいよ。
それにしても、51かあ・・・
キミマロによると、人間は51までなんだって。
あとは、ごじゆうに、なんだそうな。
うまい。
しかし、至言ではある。
この一年で、全部出しとこうっと。

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辺野古のあんなにきれいな海を、平気で埋め立てることができるんだなあ。
どういう神経なんだろ?
アメリカの振る舞いには、嫌悪感を通り越して、友だちであることを諦めたくなる気分だよ。
嘉手納の面積で満足できないのかなあ、本当に不思議だよ、あの国民の支配癖。
その脱力感以上に、アメリカの言いなりになる日本の態度が気持ち悪い。
この国は、完全に美質を失った。
政府は、貧乏人どもをどう扱えば干せるのかを完全に熟知してて、要するに辺野古は、「反対するものには罰を与える」「でも賛成してくれればものをあげる」方式で命令に従わせようという、あからさまな例だ。
辺野古住民は、悪いことをしてるわけじゃない。
「怖いものをつくらないでくれ」「きれいな海をめちゃくちゃにしないでくれ」と言ってるだけ。
ただそれを口にするだけで、この国では罰せられるんだった。
そして、もらえるべきお金を奪われるんだった。
一方、土下座したものには、お金が振る舞われる。
このやり方で、民意なんてはかれっこない。
東京では、町の公園を一個つぶすだけで、住民の反対運動が起きる。
そこで「反対するなら、おまえの町だけ干し上げる」と言われたら、どう思う?
おそらく、やめるしかないだろう。
ところが、そこにできるのは、うるさくて、危なくて、昼も夜も安全にも安心にもまったく配慮しないタイプの軍人たちが操る航空機が離発着するスタイルの飛行場なんだよ?
それでも沈黙できる?
沖縄の海を見たことがある?
いっこの公園じゃないんだよ?
あの美しい海を、回復不能なまでにコーティングしようってんだよ?
反対せん?
土下座できる?
沖縄県の一部住民は、ついに土下座をした。
その気持ちは痛いほどわかる。
彼らも、生活を守らなきゃならない。
それを利用した政府の、完全な勝利だと思う。
ただ、日本の美質は完全に敗北した、とも思う。

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年賀状は毎年、150枚くらい書いてたんだけど、ついに今年分からやめた。
年末のストレスがものすごいし。
大掃除がやっと終わった・・・とソファにからだを投げ出したところで、「制作しろ」という親方(よめ)方面からのプレッシャー。
そこから、撮影、デザイン、プリント、大量の宛名書き&一言添え。
帰省の新幹線の座席で、往復めいっぱいの時間を費やしてやっと仕上げ、Uターンで帰り着いた東京で3日に投函、ってのが例年だった。
一枚一枚に添える「ひとこと」すべてを三行も四行も書くひとなので、新幹線を降りて大きなウインドウの前を通りかかると、自分の顔が10歳分ほども老いさらばえてる。
こんな正月、あかんやろ!といつも思ってた。
つねに回収率(つの?返事が返ってくる率)は大負け越しだし、さてはこの人物もやめたか・・・ってのが年々増えてくんで、いっそきっぱりやめてみた。
そしたらあんた、年末年始の時間の自由なこと!
わたしは解放されたのだーっ・・・と叫びたくなったよ。
例えば、年賀状に自筆の一字もないものがくることがあるけど、心が乾いてる〜。
裏も表も、ロボットにやらせたか?
「出さねば!」の強迫観念だけが、その人物を動かしてるにちがいない。
こういうものは、送らないほうがマシ。
こちらとしても、その質では、DMとして扱うしかない。
それに対して、手づくりのものはあったかい・・・
ハンコものとか、絵手紙とか、頭をしぼりにしぼったデザインものとか、笑かしものとか、いいよなあ・・・
返事を差し上げねば、と思わされる。
でも、まあ、もう出さないんだけど。
みんなも考えて。
出すなら、きちんとしたものを、だろ。
でなきゃ、出す意味ねーだろ。

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いやー、おすもうさんたちの酒盛りときたら・・・ねえ。
報道されて最初の頃にいちばん感じたのは、「おすもうさんが、ビールをビンで頼むな!」ってことだったよ。
いちいち注ぐのめんどうだろ。
ピッチャーで飲めよ、プラの。
ビンがなければ、ビンで頭を小突くことなんてできないはずだしね。
何年か前の事件のときもそうだけど、おすもうさんはビールビンを凶器に用いがちなんで、目の前に置いたらダメ。
と思ったら、今度はカラオケのリモコンじゃない。
硬いものを探すな!横綱ともあろうものが。
ダメージを与えるためにそれを使うか、って話だよ・・・の前に、凶器を使うな、と思うんだけど。
でもやっぱしあいつらは、何度も繰り返しに間違いを繰り返してきた通りに凶器を用いがちなんで、こう言いたい!
「酒の席で、あたりめ(スルメイカ)以上の硬いもんを目の前に置くな!」と。
テーブルは、ダンボール!
グラスも、紙コップを使え!
ボトルは「大五郎」だろ、プラ容器の3リットル入りの!
ペットボトルで殴り合ってみろよ、たのしいよ、それこそ親睦だろ。
そして、あたりめは、他に例を見ないほどに硬いことこの上ない食べ物だけど、そいつを用いて頭を殴りつけてみると、案外やわらかくて、どれだけひどく叩きつけても、警察沙汰になるようなことはない。
おすもうさんの飲み会は、こうしたルールを厳密にすべきだろう。
なんかたのしそうじゃん!
これなら貴乃花さんも、八角さんも、落とし所として文句のつけようがないんじゃなかろうか。

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ロシア史、好き!
ロシア革命から、今月でちょうど100年なんだよ。
前にも取り上げた気がするけど、「ロシア指導者ハゲフサ理論」を知ってる?
ロシアの最高指導者の地位には必ず「ハゲ」と「フサ」が交互に就任する、という不文律があるのだ。
最初の指導者はレーニンで、みんなが知ってる通り、つるっパゲだよね。

それを継いだのがスターリンで、フサフサだ。

その後にフルシチョフがくるんだけど、ツルッツル。

そして剛毛のブレジネフね。

そして短命のアンドロポフ=ハゲに、

同じく短命のチェルネンコ=フサ。

上の二名は、ハゲフサの歩幅合わせに利用されたとしか思えない。
こうして、満を辞してつるっパゲのゴルバチョフが就任。

クーデターが起きて、そのどさくさにまぎれて、フサフサのエリツィンが台頭。

完璧だ。
ところが、ここで問題が発生する。
微妙にフサのプーチンが就任してしまい、「ハゲフサ理論」が危機にさらされるのだ。

ここでロシア指導部は、ウルトラCを繰り出す。
いったんプーチンを退場させて、フサフサ極まるメドベージェフを担ぎ出したのだ。

そして再び、プーチンが最高指導者に返り咲き。

だいぶフサエリアの後退とハゲエリアの拡大が見られ、理論は命脈を保とうとしている。
こうした経緯に鑑みても、プーチンがつるっパゲになるまでこの座に留め置こう、という最高指導部の判断が働いたことは疑いがない。
こうして、ロシア指導部ハゲフサ理論は、未来永劫つづいていくのだ。
信じるか信じないかは、あなた次第です。

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