新しいチラシの出来をあまりに気に入ってしまい、うれしくてたまらないんで、駅前でちょくちょくと配ってるのだが。
結局、誰がこれを手にしてくれるのか?という問題なのだよなあ。
つまり、ここにおいてすでに、人柄のいいひとだけが受け取ってくれる、という構造になってるわけだ。(昨日のブログのつづき気味)
「陶芸教室のご案内ですよ〜」かなんかとのどを枯らしてると、それに反応して足を止めてくれるのは、たいがい穏やかで、心優しく、そこそこ知的で、そこそこ可愛らしいお嬢さんたちだ。(それと、なんでもかんでも受け取ってみるという習性を持つおばちゃんたちと)
中には、わざわざ通り過ぎてしまったのちに振り返り、戻ってきて受け取ってくれるひとも少なくない。
その誰もが、目をキラキラさせてて、手渡すこっちとしても自然と気分よろしくなってしまう。
一方で、こうして駅前配布をしてると、絶対にこの人物は受け取ってくれまい、と相手の拒否反応まで察知できるようになる。
ここに例を挙げれば、

1、ものすごくおしゃれなひと
せっかく長く整えた爪を汚したくないのかもなあ。
2、ひどく威張って肩をいからせたひと
教えられる、という立場にそもそも興味がないようだ。
3、耳にイヤホンで歩きスマホのひと
こちらにも(車両にも)気づかないから仕方ない。
4、タバココーナーに急いでるひと
エネルギーが切れかかってるにちがいない。
5、眉間にしわを寄せたひと
おいおい怖いぞ、なにがあったんだ?
6、ひどく落ち込んで生気を失ってるひと
チラシどころじゃないのだなあ。

そんなわけで、激しい性格だったり、心がささくれ立ってたり、とてつもなく高い位に就いてたり、絶世の美女だったりする人物は、チラシを受け取らないようになってるんだった。
こうして無事にチラシは、人柄よろしき隣人たちに届けられる。
チラシは、受け取ってもらい、きちんと目を通してもらい、そして手元に残してもらう、という三拍子が必要なのだが、わが新作は、美しい配色をチラつかせて手に取るように誘導し、手にした以上はマンガで読まざるをえなくし、割り引きの半券に輝きを放たせて捨てることをためらうように、上手につくられてるのだ。
まったく、素晴らしいチラシができたものだとホレボレする。
ああ、あのときのきみよ、早く工房にきたらいいのに。
ま、いつでもその気になったらおいでくださいな。
チラシ配りは、希望の種をまくのと同じ。
けっこう好きな作業だなあ。





東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
みんなお待ちかねの窯出し・・・だけど、いちばん楽しみにしてるのは、実際に作業をするオレなのかも。
なんたって、面白いんだから。
十六時間焼いて、まる二日間冷まし、ついに扉を開けられる。
ほんとに待ちかねるよ。
そして、一点一点を鑑賞しながらの取り出し。
これが、大興奮。
みんなが悩み、苦しみ、汗をかきかき、そして楽しんでつくってくれた作品を、ついに焼き上がったホカホカの状態で手に取ることができるなんて。
こんなこと、ひとりきりでやらせてもらって、バチが当たんねーかな。
この上なく楽しい時間だ。
まったく、なんて素晴らしい仕事を選んでしまったんだろう、と本気で感じる。
あと、それに輪をかけてうれしいことがある。
陶芸教室をやっててしあわせなのは、人柄のよろしい人物しか集まらない、ってところ。
性格の悪いやつ、意地悪なやつ、横柄なやつ、「うぜー」「めんどくせー」「だせー」「きたねー」を口にするやつは、決して陶芸に手をつけようとはしない。
陶芸は、穏やかで質のいい人間だけがやりたがる、という魔法のような遊びなのだ。
「テロリストになるかわりに、芸術家になった」ってのはニキ・ド・サンファールの言だけど、「お寺にいくかわりに、陶芸をしてみた」ってのが工房生の心持ちなのかもしれない。
すげえなあ、陶芸。
これを見つけて、飛び込んでみて、しみじみと、よかった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
またわけのわからん目に遭ったわ・・・
焼肉屋で、隣のテーブルに座った四人連れの客。
あっちサイドの隅に、乳飲み子を抱えた若いお母ちゃんが座ってるわけ。
この状況で、赤ちゃんと対角に座ったこっちサイドの男(クズ)が、なんとタバコを吸い出すではないの。
この時点で人間として終わってるんだが、その横に座った妻らしき女(バカ)が、赤ちゃんの方に煙をよこすまいと、プラ板のようなメニューでこっち側に向けてあおぎはじめる。
神よ、なにゆえにこのように愚かな人間どもを創りたもうたか・・・
すべてがセットになって間違ってる。
ツレがいなければ、ケンカにしてやったんだがなあ。
ああ・・・飲食店でタバコ吸うやつ。
いつも考えるんだが、この手のやからの、自分がなにをしてるのか理解できない脳のスカスカぶりはタバコのせいなのか、脳がスカスカだからタバコを吸いたくなるのか・・・どっちなんだろう?
救いがない、正真正銘の害毒な人間だ。
あの赤ちゃんは、癌になる。
早々に死ぬであろう。
あの男のタバコのせいで。
賭けてもいい。

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おなじみのロックバンド、クイーンのボーカルであるフレディ・マーキュリーのお話です。
公開二日めのレイトショーにいってきましたが、シネコンのいちばん大きなハコはスカスカ気味。
そこで、予約席を勝手に立って、周囲に誰もいない最前列の中央で巨大スクリーンを楽しみました。
これが大正解。
サウンドもすごいが、画面の臨場感がハンパない。
おびただしいオーディエンスの前で、リアルにステージ場に立ってる感覚。
足での踏み鳴らしや手拍子(ドン、ドン、パン!)、拍手も指笛も自由にできるし、おススメします。
さて、よめはんにとっての神様・フレディには「様」付けをしないと叱られるわが家ですが、そのフレディ様の化身であるナントカという俳優がはじけてます。
大きな歯を歯茎の裏に仕込んでブサイク顔(ちょっと極端では?)になった彼は、まさしく生き写し・・・だけど、ちょっとタッパがなく、足が短いかな。
しかしまあ、不自然でもなく、スクリーン上を飛びまわります。
それに乗っけて、フレディ様本人の歌声!
こいつがすごい。
彼の声は、声帯の振動じゃなく、炸裂です。
「あ」の音声を出すとき、ひとは「ぅあ」と前段に呼気を漏らしがちになるわけですが、彼の声にはそんな頼りなさがありません。
いきなり、完璧に彫刻された声が、ぽんっ、と出てきます。
衝撃的な音の発動かつ声量で、しかもそいつが正確極まりない。
そんな力強い歌声に加えて、ステージ上のパフォーマンスも自信満々にみなぎりわたり、コミカルなまでにリズミカル。
同系統・・・と言っていいかどうかわからないけど、ミック・ジャガーのフレキシブルな曖昧さもなく、デビッド・ボウイの頽廃的な不健康さもなく、ただただ元気で健全。
しかも、高等音楽教育を受けたらしき演奏と楽曲は、洗練の極み。
ロックの完成形と言いたくなります。
なのに、なのにですよ、フレディ様ときたら、ヘンテコカラフルな全身タイツに、女装、胸毛をやみくもに誇張したかと思えば、ヒゲに赤いスカーフときてなぜかパンイチ・・・と、変態性のオンパレード。
わからない・・・そこだけは理解できない・・・
が、泣けてくるほどのすげーパフォーマンス・・・
掛け値無しの天才と言わねばなりますまい。
ところが、ステージを降りたフレディ様は、真の友だちもなく、自信のかけらもなく、ただただ少年のようにナイーブなひとりのゲイ。
常に思い悩み、道に迷い、人生をさまよってます。
ついにはエイズに侵され、衰弱していくわけですが(←これってネタバレじゃなく、誰でも知ってる事実だよね?)、ついに腹をくくります。
こうして迎える最後のステージは、圧巻!
前評判通りに、魂が震えました〜っ!
・・・と、ここで終わっといたらよかったのですが。
映画を観終えた後、調子に乗ってよめはんのフレディ様コレクションをブルーレイで観たら(よめはんは映像正面で正座)、本物のフレディ様は、まさしく本物でした。
やっぱぜんっぜん・・・言っちゃ悪いけど、まるっきり違う。
本物は断然、動きが大きいのに優雅で、からだのキレもケタ外れ。
その歌声ときたら、気宇壮大。
感動、感激、衝撃の渦にただただ巻き込まれ、耽溺するしかありません。
その尊いお姿に、心底震えました。
・・・というオチで、ごめん。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
カミオカンデがニュートリノを観測するメカニズムがいまいちよくわからなかったんだけど、ようやく理解できたよ。
みんな、知りたいよね?
あのね、超音速飛行機が音速を超える瞬間、ドップラー効果による衝撃波が発生するじゃん。
動いてる物体から発生する音の波長が進行方向に向けて圧縮されて高音になるのが、ドップラー効果。
さらに超音速で動く物体ともなれば、前方で圧縮されて圧縮されて詰まりに詰まった音の壁を、ついには自身が突き抜けてしまう。
自分が出すすべての音を、自身が突き抜け、背後に追いやってしまうわけだ。
ドカーン!
ここで発生するのが、衝撃波。
さて、こいつを光の波長に置き換えてみる。
高速で飛ぶ物体が出す光もまた、ドップラー効果によって前方に波を圧縮させてる。
具体的に言うと、こちらに向かってくる白い光は青寄りに見え、遠ざかると赤寄りに見えるのだ。
「夜空に輝く一切の銀河は、地球から遠ざかってる!」と、ハッブル(&最近変更されたところによるとルメートルも)が発見し、宇宙が刻一刻と膨張してることが確認されたわけなんだけど(すなわち、それを逆再生すると、宇宙は一点に向かって縮み、ビッグバンの特異点に収斂する)、これは天体の赤方偏移によってわかったことだよ。
えーと、それでですね、カミオカンデなんだった。
要するに、物質が・・・ここではニュートリノって素粒子なんだけど・・・が光速を超えてくれさえすれば、ドップラー効果により、衝撃波的なものが発生してくれるんで、それを観測したい。
観測できれば、「ニュートリノに質量が存在する」って証拠にもなる。
が、この一文にはさまざまな矛盾が含まれてる。
質量を持つものは決して光速には至らない、と特殊相対性理論が言ってるし、そもそも光速はこの世で最速なんだから、そのスピードキングを追い抜くなんてことはあり得ない。
が、水中では違うのだった。
なにしろ、あれほどせっかちな光が、ゆっくりと動いてくださる!
つわけで、鉱山跡の巨大な空間に純粋な水が満たされたわけなんだった。
このデパートほどもある水槽が、カミオカンデね。
さて、ここにニュートリノを突っ込ませる。
水中での光速は、普段の75%。
このスピードなら、追い抜けないこともない。
ところが、どんなものもすり抜けてしまうオバケのような存在が、ニュートリノだ。
何個かを突っ込ませてみても、観測はできない。
が、おびただしい数を突っ込ませれば、どうだろうか?
ニュートリノ自体の観測は難しくても、どれかがまんまんに満たされた水分子とぶつかって、酸素からか水素からか、電子をはじき出してくれる。
この飛び出した電子が、水中ではなぜか光よりも速いらしい。
電子が超光速に至った瞬間に、例のチェレンコフ光ってやつが、つまり超音速における衝撃波のように発生する。
カミオカンデは、この発光を巨大水槽の周囲ぐるりに張り巡らせた増幅器とセンサーで捉える、という装置なのだ。
ニュートリノが押し出す電子から発生するチェレンコフ光・・・
よくこんな小さなサインを感知できるもんだ。
こんなバカげたことを考えて、実際につくっちゃったおなじみの小柴さん(ノーベル賞のおっちゃん)なんだけど、カミオカンデ完成の直後(かつ自身の退任直前)に、383年ぶりなんていうすぐお隣の銀河の超新星爆発にかち合い、ケタ外れのニュートリノが降り注ぐという幸運に恵まれて、そのうちのわずか11個を捕まえることができたんだ。
いやー、実験物理学ってのも面白いもんだね。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
金に汚い、わめき散らす、不倫をする、嘘をつく、不勉強で受け答えがどうしようもない・・・
そして、誰もが問題を起こしては、雲隠れする。
国会内に、まともな女性議員が皆無、って状況。
結局、政治の世界で女性が活躍できないのは、彼女ら、実際に当選した女性国会議員たちの振る舞いのせいなんじゃないだろうか?
本当に、出てくるやつ出てくるやつ、どうしようもない女ばかりなのはなぜ?
ま、考えてみたら、男性議員はもっと粗末だが。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
キリスト教、ってなんなんだろうなあ・・・と考える。
恐れずに言うが、福音派、というのか、まったくへんな連中だ。
アメリカのキリスト教の最大会派で、その大部分がトランプさんを支持してるんだって。
トランプさんが、自分のたちの願いを叶えてくれるから、らしい。
エルサレムを大切にしてくれるし(中東でどんな混乱が起ころうとも)、昔の家族生活を守ってくれるし(LGBTは退治だ!)、野蛮人を徹底的に封じ込めてくれるし(異教徒よ、来んな!出てけ!)、ありがたやありがたや・・・
あの横柄な人物を応援すると、神様の近くにいけるんだね。
要するに、トランプさんがどんな品性だろうと、政治的に傍若無人に振る舞おうと、自分たちに恩恵がくるなら、それは瑣末な問題に感じるようだ。
トランプさんは、彼らにとって、神の使いに他ならない。
それとも、彼がうまいものをよこしてくれる以上、よそで行ってる暴虐っぷりには目をつぶろう、というご都合主義か。
見識というものがない。
しかしまあ、これが彼らの考えるキリスト教の教義なんだろう。
こう見てくと、キリスト教ってなんなんだろね?
思えば、歴史上でこれほど多くの善良な人々を殺しまくってきた宗教はない。
「教義に逆らえば、火あぶり」「異教徒は殺し、その土地は奪う」なんて時代が何世紀もつづいた。
今でも、人工中絶を進める医師を「悔い改めさせるために殺す」なんて事件は後を絶たない。
キリスト教が、イスラム教なんかとは桁違いの利己主義であることは間違いない。
そう考えれば、彼らがトランプさんを崇めるのは得心がいく。
これまでのアメリカは、独善的だが、ある意味では牧歌的(能天気)な考えのもとに、世界中で大暴れし、自分たちの信じる秩序を築いてきた。
そこには、少なくともおっちょこちょいな正義はあった。
だけど、トランプさん以降は違う。
自分たちの利益のためのみに秩序(自分たちが勝手につくったやつ)を破壊し、揉め事の種をばら撒き、肥え太ろうとしてる。
そこに知性はなく、力があるのみ。
とにかくでかい声を張り上げて、小さな声の連中に言うことを聞かす。
これって、キリスト教の姿勢なの?
しかし、当該の教徒らはまさにトランプさんのその部分を応援してるわけだから、なかなかの信仰心だ。
そしてそれは、キリスト教がここまでのし上がった方法論でもあろうか。
敬虔な教徒ほど、トランプさんの応援に熱心に声を張り上げてる、ってのも興味深い。
彼らの中にはへんな神様がいるなあ、と思わざるを得ない。
当のイエスさまの意見を聞いてみたいよ。
さぞや迷惑がってることであろう。
なむなむ・・・

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
南米方面からアメリカに向けて、移民キャラバンが長々と隊伍を連ねてるんだって。
「もうくんな!」と言われると、いきたくなるもんなのかもね。
中東からヨーロッパへの難民キャラバンの壮大さにも恐怖を覚えたけど(あの流入はもうおさまったのかな?)、世界中で民族の大移動が開始されてるみたいだ。
つわけで、我が日本をかえりみてみると。
安倍さんは、時限付きのガイジン奴隷だけを欲しがり、「長く住む連中はいらん」とムシのいいことを言ってるわけだが、そんなに都合よくいくはずがない。
そもそも、外国人さんがそれほど日本で働くことに魅力を感じるとも思えない。
インバウンドで外国人さんが日本にきてくださるのは、ただただ旅費が安く上がるからだろう。
昭和の昔、日本人は「あっちは物価が安いんだよ〜」なんつって、タイだのフィリピンだのに出かけたもんだったが、今や、日本がそんな割安な国になってるわけだ。
それは逆に言えば、「日本で働くなんて、給料が安くてやってらんねえよ」ってことでもある。
今や、貧困にあえぐ日本人労働者が、はるかに高い給料を払ってくれる韓国や中国に出稼ぎにいく時代だ。
なのに、「ガイジンよ、奴隷として受け入れてやるぞ、日本語と日本文化をみっちりと勉強してこい!」なんて求人広告を出したとして、今どき応じてくださる外国人さんがいらっしゃるのかどうか?
さて、移民キャラバンの話に戻るが。
あれは、近未来の日本人の姿に見えてしょうがない。
ついこないだ、我々は本当にああなる運命に紙一重だった。
福島の原発がメルトダウンを起こし、たまたまデブリ(炉の内容物=アッチッチの核そのもの)が意味不明に寝静まってくれたからよかったものの、あれが破裂してたら、もう日本全土は住める土地ではなくなってた。
「全土って、大げさな・・・」と思うかもしれないが、全土だ。
まず、福一のデブリが破裂した途端に、半径250キロ圏(東京を含む東日本全域)には足を踏み入れることができなくなる。
すると、福二、東海村、女川あたりの原発にも近づくことができなくなり、このへんも暴走開始。
すると、さらに汚染域はひろがり、エリアの外へ外へと点在する原発にも近寄れなくなり、メルト連鎖・・・と芋づる式。
とにかく、原発いっこの破綻とは、国内全部の破綻(あるいは、隣国の原発へも波及)を意味するんで、日本はついにひとが住めない土地となるんである。
そうでなくても、今この瞬間に大地震、火山の大噴火、スーパー台風の襲来・・・と、大災害には事欠かないこの国のこと。
すわ、どこへ逃げる?
キャラバンをつくって、朝鮮半島に渡って頭を下げるか、中国大陸に散らばるか・・・
とにかく、移民・難民問題を他人ごとだなんて思ってると、手ひどいしっぺ返しを食らうことは間違いない。
ましてや、ガイジンさんを「奴隷として連れてくる」なんて発想は、天にツバするようなもの。
万有引力があるかぎり、ツバは自分の顔に戻ってくる。
我が政府は、未来を想像する、という知的作業を最も不得手としてる(あるいは、わかってておろそかにし、今のみを生きてる)が、この点はよく考えるべきだろう。
今だにこの天災と人災、そして文明災にまみれた国土を「神の国」だなんて考えてるおっちょこちょいなひとは、きちんと思い直したほうがいい。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園