伊藤潤二先生のどうかしてるパニックホラー長編『ギョ』の最終巻(第2巻)に収録されているどうかしている短編「阿彌殻断層の怪」です。このお話は設定の突飛さもさることながら、人間の本能的な恐怖をえぐるようについてくる苦手な人は本当に無理な短編漫画だと思います。そういえばホラーって単なるエンターテイメントではなく人を怖がらせるものなんだなと、感覚が狂って作品への向き合い方がおかしくなりつつあったかつての私を修正してくれた作品です。

 

 舞台は山奥、本来なら人など押し寄せるはずもない舞台ですがどういうわけか、たくさんの登山客で押し寄せています。その原因が地震によって突如現れた数キロに及ぶ巨大断層です。「ブラタモリ」じゃないんだからそんな断層を見に集まらなくても…と思うのもつかの間、この断層にはとてつもない特徴がありました。それは断層に人型の穴が大量に空いているという事です。これはすごい!人が集まるのも納得の壮観な光景が広がっています。しかし中には単にこの神秘的な光景を一目見に来たというだけではなく、何となく使命のようなものを感じて無性に来なくてはいけないような気がした。という人がちらほら見受けられます。「山が俺を呼んでいる」を地で行くような謎の使命です。

 集まった人の中には当然、地質学者の人々も含まれています。断層の付近に集まって調査をしたところ、この穴は果てしないほど続いているという事が分かります。穴というより、人型のトンネルです。そんな物理的にも存在的にも深すぎる穴に何と入り込もうとする猛者が現れます。周囲の人が止めますが、男は一向に入るのをやめません。どうやら単なる好奇心や悪ふざけの類ではないらしいです。男はしきりにこの穴は俺の穴だと叫びます。そして遂には穴に入ってしまいました。すっぽり収まってそのまま滑るように奥に奥に入っていきます。俺の穴という言葉通りというか、見事なジャストフィットです。

 どうやら断層に奇妙なシンパシーを感じて集まった人々は誰もかれも、自分にぴったりの穴の存在を察知して集まったようです。そして穴を見つけたが最後、次から次へと入っていきます。入っていった人々は一体どうなってしまうのか。本来なら分かるはずがないことですが、本作ではこれまたシンパシーで感じることができます。何とあれほどぴったりだった穴は途中から徐々に形を変え、中の人間もそれに合わせてまるで矯正のように形が変わっていきます。是が非でも進むのをやめたいものですが、摩擦で体は勝手に進んでいきます。当たり前ですがジャストフィットなので戻ることもままなりません。凄まじい圧迫感、想像するだけで悲鳴が上がります。シンパシーによりそんな恐ろしい体験を仮想とはいえ体験した面々ですが、それでも穴に入っていきます。一体この穴は何なのでしょうか。

 

 実はこれもシンパシーによって判明しています。ご都合主義的な展開かもしれませんが、現代の科学では証明できないことは先述の教授たちを見ても明らかなので仕方がありません。ちなみにこのシンパシーについてもシンパシーによって解明されています。この穴の正体はずばり、太古の人間が作り出した旧文明の遺産でした。現代の科学では証明できない建築技術を持っている古代文明。何ともロマンのあるお話です。現実でもエジプトのピラミッドなんかは現代の技術ではとても建てられない凄い物らしいですよ。そしてその遺跡はかつて処刑場として使用されていたのでした。シンパシーを感じて集まった人々はそこで処刑された人々の末裔だったのです。

 歴史のロマンを感じたいところですが、無惨な処刑の全貌を知ってしまった以上、手放しには感傷に浸れません。もし自分にそっくりの穴があったなら、入ってしまいたい気持ち。シンパシーは感じなくても、何となくわかります。

(出典:『ギョ 2』伊藤潤二 小学館 2002年7月)