イメージ図

ナワテ通り(松本市)

カエル大明神なるものが祀られているカエルの聖地

僕の大好きなカエルグッズがぞくぞくありました

 

 

 以前取り上げた北杜夫さんの短編「霊媒のいる町」にも同様の感想を述べましたが、今回もまた何とも不思議なお話です。タイトル通り、自分のお爺ちゃんを大尊敬しているある孫が語り手となってお爺ちゃんについて掘り下げる掌編なのですが、子どもの視点だからか、ごく短いからか、何もかもが釈然としないまま終わります。こういう小説、めっちゃ好きです。

 

 語り手である僕くんのおじいさんは元は海軍の偉い将校だった人で、威厳はあり気品もありなのに朗らかで教養もある、まさに僕くんが絶賛するに値する紳士です。そんな立派なおじいさんですが、それだけにとどまらず何とカエルになることもできちゃいます。突拍子もなく、「ワシはカエルになったんじゃ」と言い出し、ピョンピョン飛び跳ねたり、虫しか食べないと食事を突っぱねたり、僕くんが作ったかまくらに潜り込んで冬眠すると言い出したり……。姿はおじいさんそのままに、カエルになり切ってしまうのです。そして、まちまちの時間でこれまた突然ケロッと(上手い洒落)正気に戻り、カエルになっていた記憶まで消えてしまいます。皆まで言うな…明かに狂人です。

 

 昨今流行した造語で、好意を向けていた相手に一瞬で幻滅することを「蛙化現象」なんてものがありましたが、この僕くんは反対に、このおじいさんのカエル化を神秘と称し、むしろおじいさんの一番の推しポイントにしています。当然、他の家族はおじいさんがカエルになるたびに正気に戻ってくれと泣きを入れ、ご近所に顔向けできないと恥じているのですが、僕くんは「なぜこの素晴らしさが分からない」と家族の方に不満を抱きます。

 

 そんなおじいさんにある小説家から取材の依頼が来ます。もちろん、カエルについてではなく海軍についての取材ですが、何とこの小説家が阿川弘之。まさかまさかの実在の小説家、しかも超ビッグネーム。阿川先生の小説を愛読していたというおじいさんはこの取材に応じますが、家族は当然、カエルになりやしないかと心配します。大勢の不安と、若干一名の期待を背負っていざ対面ですが、会うや否や早々、阿川先生の方からピシッと敬礼をして、「閣下!阿川大尉であります!」と挨拶。実際、海軍に入隊してそのエッセイまで出している先生らしい一面というかなんというかですが、ともかく滑りは好調に始まります。

 

 そこからしばらくは順調におじいさんも軍のお話をして、一段落ついて二人は休憩がてらお酒を入れることになります。そこで酔った阿川先生が突然軍艦マーチを熱唱します。そして、これに感化されたのかおじいさんは唐突に「ワシは多くの前途ある若者を死なせてしまった。その中には餓死者もいる!その責任はとる!」と叫び。いよいよカエルになってしまいます。部屋中をピョンピョン飛び跳ねながら、「ワシは食料カエルじゃ!みんな、早く捕まえろ!カエルが逃げるぞ!」と叫びます。

 

 待ちに待ったカエル化に手を打って喜ぶ僕くん。阿川先生もさぞ感激するだろうと期待する僕くんでしたが、そのリアクションは期待していたものとは違いました。しかし、決して他の家族のようにドン引きするわけでもありませんでした。驚きこそすれ、その顔は何とも苦々しい表情でした。そして、止めに入る僕くんのお母さんに「私は閣下の気持ちが痛いほど分かります」と真面目な顔で言います。

 

 その後、阿川先生が出した本には、おじいさんの戦争時代の体験が悲しい物語として綴られているだけで、カエルの事は全く描かれていませんでした。これに僕くんはまたも不満を抱きます。あの神秘的な素晴らしさが分かるのは僕だけなのだろうと、僕くんが結論付けてこの話は終了します。

 

 不思議な話です。まっすぐおじいさんのカエル化について考えるなら、文脈的にそこにはシェルショックというか、戦争により抱えることになった重度のストレスが、食用ガエルになることで表面化したのだと考えられますが、なぜそこで阿川先生がとか、そもそも何故ウシとか豚でなくカエルなのかとか、分からないことは多くあります。

 このお話を無理くり高尚に捉えるなら、何となく戦争に関する少年たちの無関心のように感じれます。部下の若い兵士を死なせてしまったことが耐え切れずカエルになってしまったおじいさんを、嘆かわしく思うでも真摯に向き合うでもなく、神秘的で素晴らしいと思う。僕は中学生の頃、父親の本棚から抜き取って読んだ小林よしのりの『戦争論』では、神風特攻で亡くなったゼロ戦パイロットたちを神秘的ないし感動的なものとして描いていましたが、それに近い感覚かもしれません。

 

 戦争は当然あってはならないことだけど、それはそれとして国の為に闘ってくれた祖先には多大なる感謝を…という考え方はごく当たり前に抱いていた殊勝な価値観に思いますが、その実はひどく独善的なことなのかもしれません。それを、子どもの視点というピュアなモノとして描いたブラックユーモア的な側面が、この不思議な不思議なお話しにはあったのかも…と捻るにはあまりにカエルになるおじいさんと軍艦マーチを歌う阿川先生単体の味が濃すぎます。一先ずは、これ単体で味わってから色々考えるべき、何とも濃厚な短編小説です。

 

出典:『夢一夜・火星人記録』北杜夫 新潮文庫(1992.7)