『純と愛』その51 | 日本の未来を考える

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旧ブログ名:NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』、『純と愛』批判をメインにしたブログ。リンクはご自由にどうぞ。

今日のツッコミは、エミリーさんにお任せします m(_ _;)m ⇒「純と愛」しらけチック。


相変わらず酷い内容。

「離婚」の話から「赤ちゃんの笑顔」に焦点が変わるのは先週の天野と一緒w

キャラもブレブレ。いつの間にか「~なこと」「~な人」になっている。

話が詰んだ状態になり、イトシに”逃げ道”を作ったのは、すでに指摘したとおり。


エピの使いまわし、時間稼ぎの無駄な描写の多さ、

子供や感動的なBGMで、視聴者の目を欺くやり方、

ヒロイン上げのため、他のキャラを貶める手法・・・


制作者(主に脚本家)の引き出しの少なさが特に目立つ年明けからの里やの騒動。


「くだらない、つまらない、ありえない」


そんな感想しか思い浮かばない・・・

まるで前作・『梅』を彷彿させる ( ̄▽ ̄;)!!


いや、これはワテの主観だけではないぞ!

ヤフみん感や他の感想サイトを見てみれば分かる。

タイトルを『梅』に変えても違和感のないコメントがずらりと並んでいるから。Σ(・∀・;)


大まかに分類するとこのようになる。


1.ヒロイン批判(演技が下手、ウザイなど)

2.登場人物批判(気持ち悪い、変人だらけなど)

3.話のつじつまが合っていないこと(時系列のミスや法的不備含む)

4.ご都合主義なこと(リアリティ欠如、取ってつけたような描写が多過ぎ)

5.脚本家、制作部のあざとさへの批判(局批判含む)


で、結局、


「くだらない、不快だ、説得力がない、共感(感動)できない」


という感想が生まれる。。。。全く同じ構図。


・前作・『梅』はOKでも、今回の『純愛』はダメ。

・その逆、『梅』はダメだったが、『純愛』は許せる。


こっちの方が理解に苦しむ。どちらも「駄作」なのに (´・ω・`)


視聴率が比較的高いことも、局に多くの批判意見が寄せられたのも一緒w


確かに個人の感想である限り、好き嫌いが出てしまうのは仕方ない。

(特にヒロインや俳優の好き嫌いによる影響が大きいのは、ヲタク、マニア層の言動を見れば明らか)

しかし、それに拘り過ぎると”ダブルスタンダート”になり、説得力がなくなってしまう。


俳優など、極端に言えば”誰だっていい”(最低限の演技力があれば)と思っている。

特定の俳優に固執するのはファンブログだけでいい。。。。そんなのワテがやる必要はない。

ただし、”はまり役”や”ハズレ”があることは認めなければならない。

(例えば、『梅』なら松岡役の高橋光臣、『純愛』ならサイコパス役の風間俊介など)


このブログでは、NHKとドラマ制作者を中心に批判している。

取材不足、常識、認識不足、視聴者軽視のNHKの制作姿勢が、その元凶だと考えているから。


批判や批判精神が大切なことは周知だろう。

公共放送において、「嫌なら見るな」が通用しないことは、過去に何度も述べた。


実際に、このブログの影響と思われる(関係者が見ている可能性が高い)シーンもあるので、

そのために、ネットで下調べしたり、調査したり、なるべく根拠のある批判になるよう心がけている。


*あくまで個人の趣味ブログなので、ネタ要素を入れるのはご容赦いただきたい m(_ _;)m


ダメなものはダメ。

おかしいものはおかしい。

ならぬことはならぬ、のですよ(`・ω・´)


今後もその姿勢で批判していきたいと思います。(・∀・)