5歳もうすぐ11ヶ月。年中の年度末。
年長へ向けて。
年中の一年を振り返りたいと思います。長くなりますが、パパとのシェアのためもあり。
メンターのご指導を前年度2月から毎月受けられて、
地域のT保健師さんには、療育センターの相談室の先生と個別マッチングしてただき、
相談室のきよみ先生(仮名)とは毎月→隔月でお会い出来て、ママのメンタルケアや、
子どもの相談&ドクターにつないでいただき、
予約満杯のドクターに6月、2月、とお会い出来てご相談出来ました。
とても有り難い一年でした。
年中の担任のK先生は、自閉症のお子さんを預かった経験がおありでした。絵カード、写真カードで指示したご経験をお持ちでした。
自閉傾向グレーゾーンの息子は、口頭で指示が通るとき/通らないときがあり、
その先生でも戸惑われてました。
最初は、指示が聞けないとき、他のお子さん同様に叱られたりもしていたようです。
秋になっても、「指示を聞けなかったのですが」と不思議そうに
先生からご相談いただきました。
目の前の相手の話を、「うん」と言いつつ、無視しちゃうのですから、
周りも相手も驚きますよね。。。
運動会の練習だったので、周囲の歓声が大きくて、指示が聞けないのです。
副担任の先生は新人のM先生で、
息子への接し方をお便帳(特別にもう1冊用意してました)に書くと、
若い柔軟さで、私より上手に実践なさってらしたと感じました。先生に恵まれました。
息子は4月からテニスに通い初め、とても温かいコーチお二人にみていただけました。きめ細やかで面白~い男性Yコーチには、2人クラスにて。
男っぽくかっこいい女性Mコーチには、マンツーマンクラスにて。
レッスン中、他のママさんがゆっくりケータイ触られてる横で、
〇×ノートを作り一般ルールを教えて、絵カードを書きながら励まして、
レッスン中の忙しかったこと

園と違って、息子がどういう点で戸惑い、つまづいているのか、
よく観察できました☆
テニスレッスンで知った息子の事を、園へのお便帳に生かしたり。息子はよーーーく頑張りました。
相談室のきよみ先生(仮名)も、
「
障害特性からしたらかなり負担な活動です。好きだからこそです。
行くだけで、褒めてあげて下さいね!」
というような。
難しい動作を練習出来て、息子の運動能力がとても上がったと感じました。フォアハンド・ストロークとバックハンド・ストロークという難しい言葉を覚え、
それぞれの動きを覚え、ボールの来るタイミングでラケットを振る!
それがとっても、難しく、大変なようなのです。
他にもサーブ、ボレーなども。
視覚に特性があるため、ネットがあると、ボールが見えないっ!ってなったりもして。ネット無くしたら、テニスにならないし。。。

褒められないと、やりたくない、と頑張り抜けない状態から、
自分で「スーッぽん!(辛い気持ちを空に投げる)」として、
次のラリーに向かう事まで出来るように。
テニスは12月で止めました。
息子は型にはまったレッスンが苦手で、合わない様子です。
合気道は楽しく続けています。
メンターに教えていただき、靴を買った事も良かったです。動きが格段に良くなりました。
足も早くなりました。
クラスで1番の足の速いやんちゃなY太君と毎日走って帰るのを楽しみにするようになりました。
どうやら過敏性がやわらいできたようです。
ドクターあいちゃん先生は、
「
このまま、過敏性を忘れていったり、なくしたりできる子もいますよ」と。
そうなるといいな

春には、女の子と遊び、
秋には、活発な女の子や、大人しい男の子と遊び、
3学期になると、やんちゃ軍団の中に入り、走り回るようになりました。
お友達関係も充実してきて、「クリスマス会

を自宅でやりたい」と言い、
二日連続、合計6名のお友達に来てもらえました☆
バレンタインデーにも、手作りチョコ

をいただけました☆
春頃は、登園の不安から、
朝から園庭のトイレでママとウンチ

して、時には2度も。
2階のトイレは他の子がいるから嫌と言い、日中は我慢してしまい。
それが秋前には、「せんせーーー!ウンチ

出たよーーー(拭いての意味)」と
トイレの中から叫べるようになり。
今では「俺、自分で拭けるで。」と言う。まだ練習中で、お母さんチェックのために私を呼ぶ。
(いつもキレイにウンチ

拭けてるから大丈夫だけど、
母がまだしばらくは、きちんと拭いてやりたくて。)
年少では、ずーっと、苦手だったプール。
年中の初夏でも、「嫌やねん」と言ってました。
でも、年中の真夏をむかえると、楽しめるようになりました。
ざっぱーーーん!と投げ込まれて、「もう一回したい」と言えるように。
「心が乱れて、指示を受け付けられない」ということも少なくなりました。
わざわざ
クールダウンする場所に移動する必要なども、全然ありません。
「落ち着くまで、あっち行ってるねー、
落ち着いたら、〇〇してね」などと声かけする必要もなくなりました。
こだわりも少なくなりました。
園庭の砂落とし。階段を上がっていても、戻ってまで砂を落としに行くのが、
初めの習慣でしたが、それもなくなりました。
新品のりの中のシートをいつ取る?誰が取る?捨てるの?とか
年中の当初、しつこく聞いてました。
グループ分けのメンバーやグループ名が覚えられない、という事も
少なくなりました。
年長の初めはどうかな?
朝のご用意は、母の見守りを必要とするくらい、不安でした。5月からずっと、秋まで見守りが必要でした。
今では、母のこと忘れて、気持ちは園に向けて前向きです。
4月では、自分の気持ちが認識できず、困っていてもニコニコ表情でした。療育センター相談室で、感情の絵カードを教えていただいて、
5月から夏くらいまで本格的に使いました。
まだ使い初めの春頃は、自分のしんどさを表現できず、体調不良のままに
テニス・レッスンさせてしまい、翌日の遠足をお休みしたりしていました。
それでも、夏くらいには、自分の気持ちに気付き、先生に伝えられるようになってきました。
療育センターのドクターには、「困ったら、上手く言えなくても大丈夫。
先生に言えば、助けてもらえて大丈夫。という感覚を持てるように。」と
ご指導いただいてました。先生にもたくさん、ご協力いただきました。
私からも「聞き取れなくても大丈夫。
周りのお友達を見て、真似っこしたらいい。
先生に聞きなおしたらいい。
周りを見て、今、何してる時間か考えてみよう。」と話して聞かせました。
メンターからも息子は「応用力がある」とおっしゃっていただいてます。
丁寧に教える必要はありますが、すぐに実践できて、ほんと見習いたいくらいです。
発達障害の関係の本などを読んでいて、
「特に学齢期、困ったときに、助けを求められず、二次障害になる」例が紹介されてあって、
この点を、取り組んで来ていました。
「一人で不安や不満をつのらせ、急にパニックや癇癪を起こす」ではなく、
「困ったとき、手助けされず、寂しさ、悲しさ、孤独感を深めていく。」でもなく、
「自分の気持ちを先生に伝えたり、先生や親を信頼して相談する」を目指してきました。
進んだという手ごたえを感じています。
冬には、
お友だちが「聴いてくれない」と息子の肩をつかんで、
爪痕で二ヶ所出血しました。
「迷ったけど、先生に言って良かった。
M先生が消毒してくれた。
K先生がHちゃんと仲直りさせてくれた。」
と最終、ニコニコ

の経験になりました☆
息子の不安感が安心感へ変わって来ている様子なのも、感情カードの効果だと思います。
生活習慣もカードでバッチリになってきました。
本当に5月から7月にかけて使っただけ。
寝る前や出発前の支度に関して、大丈夫になりました

まだまだ声かけや見守りが時に必要です。
能力としては出来ても、
母が階上でお化粧してたりすると、やはり寂しかったり、
支度せずに遊んでしまったり。
状態が良いと、朝は自分で全て終える事も出来るようになりました。
夜は暗がりが怖いので、一緒にいてやる必要があります。
視覚が違うので、夜の室内がどんな風に見えているのか分かりませんが、
きっと、なんだか怖く感じているのでしょう

7月中旬には、年中で唯一のパニック

組内での玉入れリレー。
わーわーわーーー!!!という歓声の中。
終盤はさらに大盛り上がり。
次の子にボールを渡せず、ウロウロ、ぐるぐる。
その日、凹んでましたが、翌日にはケロリ。
翌日、頭が「まっしろ」と自分で表現できました。
「まっしろ」の感情カードを作ってやる事で、安心し、落ち着いた様な感じです。
メンターからは、
「キャパオーバー。それ以上頑張りようがない。
次からこうしよう、と話しても無駄。」との事でした。
冬から最近にかけて、
イジメか!?と心配になるような事件もありましたが、
息子の心が、その事件のおかげで、強くなってきている、と感じます。
この件は、また、別の機会に。
1年間かけて、変っていない点も。口頭の指示が苦手。
一度にいくつか言うと、指示が通らない。
指を立てるなど、視覚を使って説明すると出来るが、今はまだ、話者に依存しています。
自分でイメージと組み合わせながら聞く容量が息子にあるか・・・?
難しいかもしれません。
自宅だと、メモに文字を書いて説明したり、図や表に書いています。
「口頭で3つ以上の指示、しかもルーティンでない事」という練習を、
自宅でも、させた方が良いのか否か?分かりません。
指吸い。6歳を目標にしてきましたが、現時点ではまだ、手放せていない行動です。
園や外では、ほぼ、やりません。
自宅で両親だけのとき、寝る前によくやります。
イメージして楽しみでわくわくすると、特に。
とっても悲しいと、時に。
以上です。
色んなことがあったなぁーーー、と思います。
息子が私を母として選んで来てくれたことに驚きです。
「次に生まれるときも、この家にする」だそうです。
ありがとう
