フットハットがゆく! -95ページ目

(第94回)見ぃや!先、早う!

 
 先日、友人ら3人で京都の繁華街で晩飯を食べ、その帰りに喫茶店に行くことにした。友人の一人が
「かなりやばい店を知っている…」
 というので、いってみることにした。西木屋町四条を少し上がった、ピンク色の看板が立ち並ぶ路地に埋もれる小さな喫茶店。その名も『クンパルシータ』。

 年季ものの木製のドアをギギッと開けると、そこには赤を基調としたアンティーク風の椅子とテーブル。いかにも古い!という壁の写真や飾り物。そして何といってもそこにいるお婆ちゃんが、えもいわれぬ雰囲気を醸し出している。歳の頃なら80歳か、90歳か、100~…もあり得るかと思えるほど年季の入ったお婆さま。
 ヘアピンのように曲がった背中に、妙に愛着を感じる。店のムードとお婆さまの存在に、まるで宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』の異次元の館に迷い込んだかのような錯覚になる。なんともくぐもったビミョ~な音質でカセットテープのタンゴが鳴っている。ノスタルジックな気分になり、自分が今どこの国の、どの時間にいるのか分からなくなる…。

 さて、当初客は我々3人のみ…それでも、お水が出てくるまでに15分かかった。
「何にいたしましょ?」
 とお婆さま。3人そろって『ブレンドコーヒー』を注文。ちょうどその頃もう一人若い男性客が来店。かなりマニアックな喫茶店だが、若い人も来るんだな…と思いつつ、コーヒーを待つ。
 途中、豆を炒るいい~香りがするが、肝心のコーヒーはなかなか来ない。やがてテープがガチャリと止まり、店内がしんとなる。時計を見ると、かれこれ店に入ってから45分、
「ありえへんなぁ」
「スローライフやなぁ」
 と笑っていられるのも1時間まで…。
「生きてはんのかな?」
 とか思ってカウンターをのぞくと、せっせと作業してはる。そして注文から1時間15分。ついに待望のブレンドコーヒーが!

 ひじょうに濃厚で深みがあるが、まろみがあって清々しい味。多少いらいらし始めた気持ちを一気に鎮めてしまう、とても優しい気持ちになれる味のコーヒーであった。

 「若い人にも分かるように…」
 と、お婆さまが美輪明宏のカセットテープをかける。そのおどろおどろしい歌声が、またしてもこの店を異次元に運ぶ。終戦翌年の昭和21年にお店を始め、昭和35年に改装。現在にいたるという。今年は戦後60周年ということで、戦争の思い出話などもしばし聞く。

 さて、我々と少しお話しした後、お婆さまはお盆に水を乗せて、我々と15分違いで入ったもう一人のお客さんのところにいった。そして
「何にいたしましょ?」
 という声が…。あ、ありえへん…。でもそのお兄ちゃん、その間新聞を読み、本を読み、しまいには何か書き物をしていた。このお店に慣れている方のようだ。

 ちなみにその心温まるブレンドコーヒーは一杯400円。お時間のある人はぜひ行ってみてください。でも異空間にある不思議なお店だから、急に神隠しのようにその扉が見えなくなってしまう可能性大です。誰にも先んじて早うに見に行ってください…。

2005年10月1日号掲載 


宮崎駿
宮崎駿 1941~
東京生まれ。アニメ映画監督。代表作は『となりのトトロ』、『もののけ姫』など多数。

追記・・・このお店、今でもあるんでしょうか?…本当に世の中には、もののけとしか思えないような方がおられますが、実は誰よりも人間らしかったりするものです…。


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