フットハットがゆく! -93ページ目

(第96回)おおいに熱し!

 
 96回目ということで、月二回、年24回の計算で、ちょうど4年このエッセイを書いたことになる。飽きっぽい性格なのによく一度も休まず4年続いたと思う。いろいろと励ましてくださった読者の方や、編集、印刷関係者の皆様にもお礼申し上げます。

 さて、96という数字でとっさに僕が思いつくのは、前回書いた自分の体重のことである。デブデブに肥えて自己最重量「96キロ」になったのが先月の話。ついにダイエットを決意し、最終目標は69キロである。なぜ69キロかというと、96でスタートしたので、数字をそれぞれゴロっとひっくり返すと69なんで、ゴロがいいということで…。

 69キロという数字にはもう一つ思い入れがあって、今をさかのぼること18年前、僕が18才だった頃の体重なのである。僕はその頃が人生で一番モテたので、その時代へのオマージュの意味を込め、目標の数字としたいのだ。

 11月になるとまさにラグビーシーズン到来!という感じになるが、18の僕は高校のラグビー部で大いに熱し青春を謳歌していた。
 僕のいた高校は小柄な選手が多く、69キロの僕がフォアードのロックというポジションをしていた。ロックにはそのチームで一番大柄な選手がいるのが普通で、強豪校のロック選手たちは、80キロや90キロは当たり前、100キロに近い選手もいた。(ちなみに『スクールウォーズ』で有名な京都の伏見工業高校出身の大八木敦史選手がロックのポジションである。一度京都の宝ケ池競技場で見かけたことがあるが、化け物みたいな体格である。)

 それはさておき、とにかく69キロの痩せロックだった僕は少しでも体重を増やしたくて、いろいろと努力をした。しかし、普段からきつい練習をこなしていたため、何食っても太らない。持って生まれた骨の太さがないと、スポーツマンとしての増量はなかなか難しいのだ。
 そんな時ふと見たテレビ番組で、イングランドのラグビークラブの特集があった。練習が終わった後に選手がみなパブでガブガブとビールを飲むシーンがあった。イングランドといえばラグビー発祥の地。ラガーマンにとっては聖地であり、その国の大柄な選手たちがみな練習後にビールを飲んでいたのだから、僕は「これや!」と速攻飛びついた。
 それから毎日、練習後には小遣いをはたいて自販機で缶ビールを買って飲んだ。僕は高校生…未成年の飲酒ということになるが、決して美味しいと思って飲んでいなかったし(逆に苦し良薬のつもりで飲んでいた)、増量のための涙ぐましい努力なので、この際許してもらおう。
 しかしまぁ、高校現役中には結局体重は増えなかった。でも引退してからぶくぶく太り、いまやりっぱなビール腹となった。

 痩せないのが悩みの96キロと、増量できないのが悩みの69キロ、いったいどちらの悩みが重いのか、一概に数字では表せない。

2005年11月1日号掲載 


大八木敦史
大八木敦史 1961~
京都市出身の元ラグビー日本代表選手。同志社大学日本一。神戸製鋼7連覇にも貢献。

追記・・・昔の自分の写真を見ると本当に痩せています。ビールの他に、牛乳1リットルを練習後に一気飲みしたり、食べたらすぐ寝るなど、増量のためにいろいろしました。今ではいい思い出…あぁ青春時代に戻りたい…w


泣き虫先生の7年戦争 スクール・ウォーズ(1)泣き虫先生の7年戦争 スクール・ウォーズ(1)
(2001/02/07)
山下真司

商品詳細を見る