フットハットがゆく! -133ページ目

(第12回)みな騒げ、ぢ!

 
 誰もが何らかしらの持病を持っていると思うが、僕は物心ついた時から、ぢ病であった。
 特にひどくなったのは高校時分、ラグビー部の試合の最中にブチッといってからは、悪化の一途。大学時代、社会人と、タイミングを見て通院したり、いろいろな薬を試したが、結局よくなることは無かった。

 他人にうつったりはしないが、決してカッコいい病気ではない。「汚い!」と騒がれそうだが、僕は自ら
「俺はぢだ!」
 と公表していた。先にいってしまうと気分も楽だし、同志の人には同情もしてもらえた。

 ぢはとても痛いので、悪化すると集中力も切れ、とても不機嫌になる。その経験から僕は、イライラした人に出会った場合、
「この人はぢなんだ」
 と思うようにしている。その思い一つで、八つ当たりされたり、心外なことを言われたりしても、許してあげられるのである。不機嫌になる気持ちはわかるぞ…と優しい目で見てあげられるのである。

 ちなみにタクシードライバー時代、他車の強引な割込みや追い抜きに、カッと来ることもしばしばであったが、そんな時は、
「あの人はウンコが漏れそうで、必死にトイレを探しているのだ」
 と思うようにしていた。


 さて、雨にも負けず風にも負けず、だが、ぢの痛みには勝てずに、僕は三十少し前に、遂に手術に踏み切ることにした。友人に保険のきく専門医を紹介してもらい、入院した。

 意外なことに、その病院には茶髪でショートカットのちょっと可愛い看護婦さんがいた。歳の頃なら二十三、四という感じだったが、とても優しくて、手術に対する恐怖とケツの痛みに苦しむ僕にとっては、天使に見えた。ナイチンゲール現象というものか。

 体温を計ったり、心電図を取ったり、彼女の手がかすかに自分の体に触れると、それだけで痛みが和らぐようだった。が、鼻の下を伸ばしているのもつかの間、ふと見ると、ナイチンゲールがカミソリを持って立っている。毛剃りである。患部周辺の。

 生まれてあれほど恥ずかしい思いをしたことは無い。これを経験すれば、もうこの世に恐いものなんて無い。退院したら、この子に告白してやろう!自分だけ見られっぱなしで終わるか!なんて、真っ赤な顔で考えているうち、無事剃り終え、手術台に上がると今度は真っ青。

 痛くないと聞いていたのに、死ぬほど痛い。後で聞いた所によると、スポーツマン(尻回りの筋肉の発達した人)や、喫煙者は、普通の人より痛みを感じるらしい。両方の条件に当てはまっていた僕は、多分手術中に流した脂汗で、2、3キロは痩せたろう。


 退院してからの僕には、今まで知らなかった世界が待っていた。トイレに行くたび恐怖することもなく、自転車をずっと立ちこぎすることもなくなった。

 でも未だに不機嫌な人に出会うと、「ぢなんだ」と思うようにしている。できることなら、
「いい病院紹介しまっせ」
 といってあげたい。

2002年5月1日号掲載 


宮沢賢治
宮沢賢治
岩手の詩人・童話作家。童話「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」など。

追記・・・みな騒げ、ぢ! = みなさわげぢ = みやざわけんじ = 宮沢賢治…。ぢネタはけっこうウケます。日本人にはぢの人が多いといいますが、どうやら本当なんでしょうか?(笑)。可愛い看護婦さんはその後退院後にばったり飲み屋で会ったのですが、結局告白はしませんでしたね(笑)。


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