フットハットがゆく! -128ページ目

(第17回)行こう広海

 
 僕は年に何回か、丹後の間人(たいざ)へでかける。そこにある旅館の社長に、なにかとお世話になっているのだ。旅館の目の前は日本海。大きく美しい日本海を見ると、壮大な気分になり、同時に心が洗われる気がする。冬のカニは最高、夏の海水浴もいいが、これは二年前、花火大会があるからと、七月に遊びに行った時の話。

 花火は夜だから、昼間は暇である。暇なら釣りにでも行ってこいと、社長にいわれた。アジならバカでも釣れる、というので、竿を借り、餌を買って、一人寂しく間人港の埠頭へ。

 釣りなんて、十数年ぶりだ。照りつける太陽の中、糸を海に垂らす。たまには太公望もいいな。なにかゆっくりと、哲学的なことでも考えてみよう、と、腰を下ろす間もなく、小アジが一匹かかる。体長四~五センチ。ちっちゃー…でもアジはアジだ。バケツに魚を入れる。

 ふと見知らぬおじさんがヒョコヒョコやって来て、バケツをのぞき込んでいう。
「小アジか。これはなぁ、カラアゲにしたら、ビールのあてに最高や」
 大の酒好き、ビール好きの僕の心をくすぐる、この言葉。僕の目は、真夏の海面のようにキラキラと輝き出す。

 哲学なんてどこへやら。ジャンジャン釣ってやろうと、針に餌をつけ、再び糸を垂らす。すぐに次の小アジがかかる。ようし!
「めんどうな仕掛けやなぁ。さびきで釣りなはれ」
 と、おじさん。

 彼のアドバイスに従い、さびき網の仕掛けを、釣り具店に買いに走る。
 さびき網とは、直径二センチ深さ五センチほどの円筒形の網(オモリも兼ねる)と、その上に小エビの疑似餌針が五~六個ついた仕掛けの事である。網に冷凍オキアミなどガサっと入れて、そのまま海に放り込む。網から流れ出たオキアミに、小アジが群がり、ついでに疑似餌針にも食い付く、という要領の良さで、一投するごとに三~四匹の小アジがかかる。

 ビールのつまみ!酒の肴!よだれを垂らしながら釣り上げた小アジは、二時間で三百匹あまり。調子こいて釣り過ぎた。

 餌もなくなり、背中もヒリヒリして来たので、旅館に帰り、三十匹ほどカラアゲにしてもらう。軽く塩をふり、一匹丸ごと口に放り込む。サクッと骨ごと食べられて、ほんのり苦味もある。そしてビールをゴクッゴクッ…あぁ最高!総理大臣も大満足!

 残りの小アジは氷詰めにして、家に持って帰った。

 それから毎日アジ、アジ、アジ。

 さすがにアジは見るのも嫌になり、野良猫に大盤振る舞いしたら、家の裏庭が、猫の巣窟になってしまう始末。二度と釣るか!とその時は思うのだが、やはり今年も夏が盛りになると、アジ釣りに行きたくなる。

 哲学的な考えをひねくり回したり、憲法をひっくり返してみても、自分が生きている理由など分からないが、汗を流した後に冷たいビールを飲んだ瞬間、あぁ、生きていてよかった!と思う。

 そのビールをさらにうまくする小アジのカラアゲ、今年も海に行って、いっぱい釣って来るぞ!

2002年7月16日号掲載 


伊藤博文
伊藤博文
山口出身の政治家。倒幕運動に参加、のち明治憲法立案に当たる。初代総理大臣。

追記・・・昔は人をおだてたりする時に「よっ!総理大臣!」などといったりしたのですが、最近はいわないですね(笑)。インド人もびっくり!…とか、総理大臣も大満足!…っていう言い回しが、僕が子供の頃あった気がします。


伊藤博文 近代国家を創り上げた宰相 PHP文庫 (PHP文庫)伊藤博文 近代国家を創り上げた宰相 PHP文庫 (PHP文庫)
(2004/01/06)
羽生 道英

商品詳細を見る