フットハットがゆく! -125ページ目

(第20回)山辺の赤い人

 
 お盆、十六日。

 今出川ゆ打ち出でて見れば真っ赤にぞ、大文字の高嶺に火の粉降りける。


 さて、その大文字山であるが、僕は最近毎日、運動不足解消のために登っている。銀閣寺のある如意ヶ岳のふもとから、標高四六六メートルの大文字山に登るのに約二五分。ちゃんと登山道もあるし、ちょうどよい運動になる。山を往復する間、二十人くらいの人とすれ違う。初対面の赤の他人であろうが、皆なぜか山では挨拶を交わす。世知辛い世の中、何となくほっとする。

 頂上はもちろん「大」の字の所。京都市が一望できて気持ちいい。たかだか五百メートル足らずとはいえ、やはり山を征服した達成感があり、ストレス解消にもなる。かなり汗をかくので、登った後のビールもうまい。

 毎日ただ漠然と登るのもつまらないので、疎水沿いを歩く時のように、何か色々考えながら行く。最近は、ヒューマンウォッチングに凝っている。特に自分が体力的に余裕のある下山時、登ってくる人の「顔」を見るのが面白い。

 登山者の顔は十人十色悲喜こもごも。真っ赤な顔で汗だくになり、今にも死にそうな表情で登ってくる人。余裕の顔で、おしゃべりしながら登ってくる人。ぐっと足下をにらみ付けながら登る人。前だけ向いて登る人に、いちいち後ろを振り返る人。色んな顔がある。

 僕が特に好きな顔は、強い目的意識を持って、山に登る人の顔である。
 例えば…暑いのにウエットスーツを着込んで登って来る女の子、ダイエットを目的として登山していることは明白だ。目的がはっきりしている分、苦しい表情の中にも瞳に強い光が感じられる。ので、僕はその顔が好きだ。

 同じように、体育会系の選手が鍛練のために登ってくる時の表情も好き。しかし嫌々サボりながら登ってくる選手もいて、そういった人の顔は最悪…嫌いである。

 すれ違う人がたとえ初対面でも、その人が定期的に大文字山に登っている人か、初めて登っている人かは、何となくわかる。毎日登っている人は、表情に余裕がある。初めて登る人は、目的地(頂上)への距離とペースがつかめず、「まだかいな」と苦しそうな顔をしていることが多い。
「もう少しですよ」と教えてあげると、ほっとした顔になる。ごく自然な、人としての反応だ。

 尊敬すべきは、初めて大文字山に登っているのに(地図を持っていた)、とても自信と余裕に満ちた顔をしている人だ。想像だが、その人は既に日本や世界の様々な山を征服しており、今日はたまたま大文字山を通過するといった感じなのだ。

 ザッザッと登って行く姿が、さっそうとして格好いい。登山靴、リュックなどの装備も本格派っぽいのだが、何より「顔つき」が「いい」のだ。

 男の「顔」は履歴書、とはいうけれど、ああいう顔をして、人生の山々も歩きたいものである。

2002年9月1日号掲載 


山部赤人
山部赤人
奈良前期の歌人。三十六歌仙の一人。万葉集に長歌・短歌50首を残す。

追記・・・この回では、『大文字山の頂上は「大」の字の所ではない!』という読者からのご指摘が何件かありました。まぁ、僕にとってのゴール地点というつもりで書いたのですが…。実際の頂上は「大」の字からもう少し上ったところになりますが、林の中なので見晴らしは良くありません。


大文字山を歩こう—里山で自然観察大文字山を歩こう—里山で自然観察
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