フットハットがゆく! -121ページ目

(第24回)小話喫茶

 
 茶でも飲みながらするような、軽い小話を二つ三つ。


 タクシードライバーになった頃、僕には少なからずの借金が金融会社にあった。その時乗ってきた二人のお客さんは、会社の先輩と後輩といった感じだった。耳に入る話の内容によると、どうやら金融会社の社員さんらしかった。先輩は熱心に語っていた。
「学生と若いサラリーマンには金を貸せ。本人が返せなくても、親が返すから回収率は高い!」
 まさにその通り…自身の借金も、半分以上親に肩代わりしてもらった僕としては、耳が痛かった。


 別の日、神社での結婚式から披露宴会場となるホテルへのタクシー、僕は親戚者の車担当であった。その車中の空気は、鉛よりも重かった。
「体裁繕うために式は上げたけど、二人とも冷めきっとるし、もって半年やな」
「もう妊娠6ケ月やろ?子供生まれたら変わらへんか?」
「ほんまに旦那の子やったらええけどな」
「さっさと離婚して、養育費だけ欲しいんちゃうか?」
「こんな結婚式に呼ばれる、うちらもかなんな…」
 ズーン。今日は仏滅か?なんたる結婚式だ…。お供に使われる、僕らもかなん。


 その日の午後、今度は葬式場から火葬場へのお供である。この場合はドライバーも黒ネクタイを締め、絶対に白い歯を見せてはいけない。さすがに火葬場に向かう時の車内は静かであったが、帰りはえらいことになっていた。酒も入り、非常に賑やかであった。亡くなられたのは九十八才のおばあちゃん、大往生で、病院にも一週間しかいなかったそうだ。久しぶりに親戚一同が集まったと見えて、車内は和やかで笑いに溢れていた。
「せっかく京都に来たんやし、これから観光に連れてってえな、ワハハ」
「運転手さん若いなぁ。うちの子、嫁に行き遅れとるんやけど、あんたもろてくれへんか?ガハハ」
「もしなんやったら、うち旦那と別れるさかい、うちをもろてんか?ガハハハ」
 と笑うおばさん連中。大安吉日?あまりの明るさに、葬式に笑顔は不謹慎ではという思いも、この時ばかりはどこかに消えた。結婚式とお葬式、一日で、人生の悲喜こもごもを見た気がした。

 タクシーというのは、一瞬ではあるが、様々な人の人生が通り過ぎていくので、面白い。


 しかしそれもこれも、お客さんが乗ってくれた場合の話で、手をすろうが足をすろうが、誰も乗ってくれない時もある。閑散期になると、2時間以上空車で走っていることも…。そんな時赤信号の向こうに、手を上げて待っているお客さんが見えると、まさに神様に見える。

 ところがその神は、左折してきた違うタクシーにシュッと乗ってしまった。赤信号のバカ!…頭に血が上りかけた次の瞬間、トントンと後ろのドアを叩かれ、
「あいてますか?」
 …捨てる神があれば、拾う神もある。
 赤信号がなければ出会わなかったであろうその人が、今の僕の奥さんです…とかいったら話も面白いだろうけど、そこはウソ。こと女性に関しては、ずっと空車状態が続いている…。

2002年11月1日号掲載 


小林一茶
小林一茶
江戸後期の俳人。俗語・方言を交え、独自の作風を示した。

追記・・・当時の僕の年齢は27、8歳でした。この後、タクシーに関する小話集は「小話喫茶」シリーズとして数回登場します。こういうお客がいた、ああいうお客がいた、という話はプライバシーの侵害にもなるのでしょうが、もう辞めてから10年以上も経っていますので、時効としていただきましょう(笑)…。(2008/7月)


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