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(第25回)おののき蒙古

 
 先月、十月の中旬にウズベキスタン共和国に行ってきた。文化交流として日本を紹介するイベントに、映像担当として参加したのである。
 日出ずる国よりのこのこ出掛け、見知らぬ土地でいろいろハプニングもあったが、首都タシケントでのイベントはとりあえず成功した。観光は少ししか出来なかったが、異文化を見るのはやはり刺激があって面白い。

 少し国の紹介をしてみる。旧ソ連国で独立したのは十一年前。中央アジア中央部に位置し、国面積は日本の約1.3倍、人口2400万人でなんとその60%が18才未満という若き国である。同時に、シルクロードの古代都市、世界遺産4都市をかかえる歴史ある国でもある。

 古くから様々な国より侵略を受け、特に蒙古軍には壊滅的な被害を受けた。ので、現存する歴史的建造物は、ほとんどがジンギス・ハン時代以降のもの。
 侵略者におののく人々は、家を建てる時必ず玄関を小さくみすぼらしく作ったという。
「この家は貧乏」
 と判断した侵略者は、そこを襲撃せず素通りする。今でも古い家にはその形が残されており、例え金持ちの家でも玄関はみすぼらしい。家の中に入れば、広くて豪華なのだ。
 何となく京町家っぽいな。そういえば、京都も歴史上たびたび主が変わった。その都度新しい体制に迎合していかなければならないので、次第に京都人は本心を見せなくなった…という。

 ウズベク人、特に首都圏の人々は京都人のように保守的ではない。良きか悪きか、社会主義から資本主義となりわずか十年で、完全アメリカナイズされた方向へと進んでいる。僕らが歓迎ディナーで招かれたレストランに登場したウズベク人歌手は、女性はマドンナ、男性はフランク・シナトラを歌っていた。

 翌日、これも接待でクラブディスコに連れられたが、
「ここはNYか?」
 と見まがうほど。自国の文化を捨て、取っ付きやすいアメリカンに走るその姿勢を見ると、まさに西洋にかぶれた日本の姿を見るようで、物悲しくもある。
 他国の文化に染まらず、古くても自国の文化と歴史を守っている方が、よっぽど国として魅力的だとは思うが…まぁこの意見は、さんざんCO2を排出して経済成長を遂げた後、エコロジーを叫ぶのに似ている…。

 さて、昨日から妹の旦那の友人、イギリス人3人がロンドンから日本を訪れており、僕は京都の案内係である。「ジャパンを見せる」という意味で、京都はこれ以上ない街であり、その点では僕も自信と誇りを持っている。先人が残してくれたもののおかげである。そして、海外に出掛けようが、海外の客を招こうが、見えてくるものはやはり「日本」であり、それは僕が日本人だからである。


 ちなみに第二次世界大戦後、ソ連に抑留された日本兵が建てたというオペラハウスが今でもタシケントに残っており、その精巧さと大地震にも耐えた屈強さゆえに、
「日本人は素晴らしい技術を持った民族」
 として、ウズベクでは認められているらしい。

2002年11月16日号掲載 


小野妹子
小野妹子
日本最初の遣隋大使。生没年未詳。

追記・・・6年前のエッセイです。その時に聞いた話で、サッカーの人気が年々高まっている…と聞きました。実際、ウズベキスタンは日本を脅かす存在になり、ワールドカップアジア最終予選でも同グループに入りました。日本代表もウズベキスタンまで試合に行くんですね…(2008/7月)


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