フットハットがゆく! -111ページ目

(第34回)尊い秘で良し

 
 とある新婚夫婦がいた。結婚してもしばらくは恋人気分でいたかったし、生活もまだまだ安定していなかったので、ずっと避妊を続けていた。にもかかわらず、若き妻に月のものが来なくなった。彼女は運動不足による不順だと信じ込んで、毎日テニスに汗を流した。友人とボーリングに行った時には、張り切りすぎてスッ転んで、尾てい骨を激しく打った。

 しばらくしてもお尻の痛みが引かなかったため、彼女は病院に行き、骨折していないか調べることにした。レントゲン室に入り、機械を下腹部に当てる。X線を発射する前に、機械を操っていた若い医者が彼女に聞いた。
「妊娠はされていませんか?」
 もし胎児にX線を当てると、大変なことになるのだ。
「はい。していません」
 と彼女は無邪気に即答した。医者はしばらくその女の顔を見ていたが、
「やはり、万が一ということもありますので、先に産婦人科に行って下さい」
 といった。面倒くさいと思いつつも彼女が産婦人科に行くと、なんと妊娠していることが判明した。

 帰宅して、その旨夫に伝えると、彼は半分喜び、半分悲しんだ。まだまだ、子供を養うという自信が、彼にはなかったのだ。夫婦で話し合った結果、中絶しようということになった。

 翌日、産婦人科におもむいた夫婦であったが、そこで医者に一喝された。
「ちゃんと結婚もしているのに、なぜおろすのか」
 と。たとえ生活が苦しくとも、安易に堕胎すべきではないと、年老いた医者はとうとうと説いた。それを聞くうち、若い夫婦にも子を授かった幸福感がじわじわと込み上げてきて、結局、生むことになった。

 そうして今からちょうど三十四前の桜咲く頃、とある男の子が生まれた。避妊、流産、X線、中絶、といった逆境を乗り越えて、無事この世の光を見た。たいした奴だ。


 しかし生まれてからの彼は、これといってたいしたことはない。天王山も賎ヶ岳も迎えることなく、なんとなく平凡な人生。自分の存在価値に、疑問を持つこともしばしば。なにもかもイヤになって、もう死んでしまいたい!なんて思うことも、人間だから時にはあるでしょうとも。

 が、そんな時ふと、彼は思い出すのだ。会ったこともない二人の医者、レントゲン室の若き先生と、産婦人科の年老いた先生のことを。もしいつか自分が出世するなり、あるいは結婚して子供など生まれたら、「探偵ナイトスクープ」に頼んで二人を探してもらい、ぜひお礼をいいたい…と彼は思っている。

 それまでは頑張って生きなければならないし、あるいは、そのために生きているのかも知れぬ。…と、考えたりもする。もちろん両親にも感謝はしているだろうが、そこはやはり照れ臭くて、態度にしにくいというもんだ。

 さて、その彼とはいったい誰なのか、それは尊い秘密ということで、良しとしてもらおう…。 


2003年4月1日号掲載 


豊臣秀吉
豊臣秀吉
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。

追記・・・もちろん、この子供は僕ですねん。親から聞いた話を元に書いてみました。


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