フットハットがゆく! -109ページ目

(第80回)ひら~り

 
 昔、テレビ番組の取材でヒマラヤ山脈のエベレストを見に行った。
 世界最高峰のその山を見るには、ネパールの首都カトマンズから数日かけてトレッキングし、標高4000m弱のキャンプ地まで行かなければならない。そこから初めてわずかに遠目にエベレストが見える。その場所までは素人でも行けるのだが、時に大変な苦痛を伴う。


 一人の若い母親が小学生の子供二人を連れてエベレストを見に行く!というドキュメンタリーを撮りに、僕はAD(助監督)としてヒマラヤ行脚に同行した。

 トレッキングの行程を省くために、カトマンズから飛行機(少し大型のセスナ機)でルクラというヒマラヤ山中の小さな村に飛ぶ。はっきりいって、この飛行機はジェットコースターよりも恐いが、窓からの景色は最高であった。
 ルクラの標高は約2800m。カトマンズから飛行機でショートカットした人は、重かれ軽かれ、高山病にかかる。僕はついて1時間ほどでふらふらして来た。
 荷物運びからガイドや調理人まで勤めるシェルパ数人、それとロバ役のヤクとともに、行軍を開始。最初の宿泊地を目指しアップダウンの激しいごつごつの山道を何時間もかけて行く。

 しかし、この途中で僕は完全に高山病に侵され、頭ガンガン、高熱発症、極度の悪寒と戦いながら宿(粗末な山小屋)に着いた時は意識もうろう、食事もせずに寝袋にくるまり完全ダウンとなった…。


 真夜中、強烈な腹痛で目が覚めた。

 猛烈な便意が目前に迫っていたが、僕はここがどこで、トイレがどこか全く見当がつかなかった。
 はだしのまま壁づたいになんとか山小屋の外に出たものの、墨のようにま~っくら。山奥で一夜を過ごした人は経験あるだろうが、照明器具がなく、曇り空で月も星も出ていないと、本当に上も下も分からぬほどの暗闇になる。平衡感覚を失い、這いつくばるようにして前に進む僕。前に進むといっても、何か目標物があるわけではなく、ただ少しでも小屋から離れた所で野グソをしたいという思いなのであった。

 しかしついに腹をえぐるような便意に耐え切れず、仕方ないのでその場でしようと思ったが間に合わず…パンツを汚してしまった。
 そのパンツを紙代わりにしてお尻を拭いた後、それを暗闇に向かって放り捨てた。その後、はだしで自分のうんちを踏んでしまったが、頭がもうろうとして気を失いそうだったので、ふりちんのまま小屋に這い戻り、寝袋に潜り込んで再び泥のように眠った。

 翌日、撮影隊が出発する時はじめて、小屋の横が畑になっていたことを知った。そこのトマトらしき植物の枝に、汚いパンツがひら~りひらりとぶら下がっていたが、知らぬ振りをして出発した。


 この日は高山病に追加し、昨晩から引き続きの極度の下痢に見舞われた。次の宿泊地に至る7~8時間の間に、だいたい20回くらい野グソをした。後にも先にも、あれほどの下痢は経験したことがない。
  

ヒマラヤ紀行次回へつづく。

2005年3月1日号掲載 


ヒラリー
エドモンド・ヒラリー 1919~2008
ニュージーランドの登山家。1953年エベレスト初登頂に成功。

追記・・・この時の苦しみは忘れもしません。最初、野グソは恥ずかしくてたまらないのですが、だんだん慣れて来て、皆もしているし、それが自然で当たり前になって来ます。紙面用文では割愛しましたが、極度の下痢の他に、ぢによる出血も酷く、ほんとうに苦しかったことを覚えています…。


Expeditions Vol.1 エベレスト:世界最高峰への道Expeditions Vol.1 エベレスト:世界最高峰への道
(2007/12/21)
ピート・アサンズエドモンド・ヒラリー

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